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「セキュリティはAIで十分」と言われクビになったエンジニア、異世界で管理者権限を拾う  作者: 田中田田中
Bug 003: 垂直的特権昇格

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12/16

Debug 003: 光を求めて

【ラムダ視点】

 協会の食堂に案内された時、私は嫌な予感がしました。


 いえ、言葉にするのは難しいのですが……何か、違和感があったのです。

 魔力感知で周囲を(さぐ)りながら、私は椀を手に取りました。


 薄い味のスープ。

 野菜の()(はし)が浮かんでいるだけの、質素な食事です。


 子爵家から食料が届いたはずなのに、なぜこれほど質素なのでしょうか。


「一度贅沢を覚えてしまえば、それでないと満足できなくなってしまいます」


 エンシュア司祭の声が、穏やかに響きました。


「神は、慎ましさを尊ばれます。 質素な暮らしの中にこそ、真の幸せがあるのです」


 宗教的な価値観。

 それ自体は理解できます。


 ですが――


 私はスープを一口飲みながら、隣のチェックサム様の魔力を感じ取ろうとしました。


 しかし、何も感じません。

 相変わらず、魔力の波動がまったく伝わってこないのです。


 不思議な方です。

 あれほどの大魔法を無詠唱で放てるのに、魔力の気配がまったくない。


 そう考えた時でした。


 ふっと、視界が……いえ、魔力感知で捉えていた世界が、(かす)んでいきました。


「……っ」


 体が重いのです。

 まぶたが、勝手に閉じていきます。


 睡眠薬……!


 隣でチェックサム様が何か呟いているのが聞こえましたが、言葉は聞き取れませんでした。


 意識が、闇に沈んでいく――



 ◆◆◆◆◆



 目が覚めました。


 頭が重く、体もだるいのです。

 魔力感知を展開しようとしますが、うまくいきません。


 魔力が、遮断されている……?


「……ここは」


 私は呟きました。


 周囲を少しずつ感じ取っていきます。

 狭い石の部屋。

 いえ、牢屋です。


 鉄格子が目の前にあり、外には薄暗い通路が続いています。

 そして、両手首と両足首に、金属製と思われる重い枷が()められていました。


「魔封じの枷……」


 魔法使いを封じるための枷です。

 これでは魔法はおろか、魔力感知すらまともに使えません。


 薄汚れた粗末な服を着せられ、レイピアも弓も奪われています。


「やはり、人身売買でしたか」


 私は小さく呟きました。


 孤児院という名目で人を(さら)い、売り(さば)いている。

 エンシュア司祭の正体は、そういうことだったのですね。


「チェックサム様は……?」


 隣の牢屋を魔力感知で探ろうとしましたが、魔封じの枷のせいで感知範囲が極端に狭い。

 数メートル先すら、ぼんやりとしか分かりません。


 その時でした。


「お目覚めですか」


 穏やかな声が聞こえました。


 エンシュアです。

 彼の足音が、牢屋の前で止まりました。


「随分と長く眠っていらっしゃいましたね」


「……貴方は、何者なのですか」


 私は()いかけました。


「司祭ですよ。 孤児を保護する、ただの司祭です」


 エンシュアは笑いました。


「ただ……少々、副業をしているだけです」


「人身売買?」


 私の声は、怒りで震えました。


「ええ。 まあ、そうですね」


 エンシュアは気にした様子もなく、続けました。


「しかし、私一人でやっているわけではありませんよ」


「……まさか、シープラ帝国の聖女協会……」


 エンシュアの声が、少し低くなりました。


「ほう、やはりご存じでしたか」


 私は眉をひそめました。


 聖女協会といえば、各国に存在する宗教組織です。

 神を(まつ)り、民を導く、そういう建前の組織。


 ですが、実態は権力と金の巣窟(そうくつ)であることも多い。


 シープラ帝国。


 私の故郷。

 そして、私を追放した国。


「……」


 私は黙りました。


「あの国の()()()は、とても聡明(そうめい)な方でして」


 エンシュアは続けます。


「この辺境の地から、定期的に『商品』を送るよう指示を受けているのです」


 商品。

 人を、商品と呼ぶのですか。


「その聖女様は、お美しくて、お優しくて……皆に(あが)(たて)られている方なのですよ」


 エンシュアの声には、畏敬の念が込められていました。


「ですが、その裏では……こうして、邪魔者を排除するための指示も出されるのです」


「邪魔者……?」


「ええ。 例えば……」


 エンシュアは少し間を置きました。


「『もしお姉さまを見つけたら、殺してくださいね』と」


 私の心臓が、警告を鳴らしたように早く鳴っていきます。


「……何ですって」


「ああ、失礼。 聖女様の言葉を、つい口にしてしまいました」


 エンシュアは笑いました。


 『お姉さま』。


 クロージャが、私のことをそう呼ぶのです。

 表向きは「慕っている妹」を演じながら、裏では私を(おとしい)れ続けた、あの異母妹が。


「貴方……まさか、クロージャの指示で……?」


 私の声は、震えていました。


「さあ、どうでしょう?」


 あの異母妹の魔の手が、こんな平和な他国まで伸びているなんて。


「ですが、この世界は広い。 偶然、ここに来られた方もいるでしょう」


 彼の声は、相変わらず穏やかです。


「ただ……そういう方が、万が一いたとしたら」


 エンシュアは一歩、牢屋に近づきました。


「私は、聖女様の指示に従うだけです」


 ガチャリと音がしました。

 牢屋の鍵が、開けられたのです。


「さて、では――」


 エンシュアの足音が、牢屋の中に入ってきます。


 そして、何か重いものを持ち上げる気配。


 鈍器です。

 おそらく、鉄の棒のようなものでしょう。


「お休みなさい」


 エンシュアの声が、冷たく響きました。


 鈍器が、振りかぶられる。


 私は魔封じの枷で動けません。

 抵抗することもできない。


 ああ、こんなところで――


 その時でした。


「待て」


 低い声が、響きました。


 聞き覚えのある声。

 いえ、少し低くなっていますが……間違いありません。


「チェックサム様……!」


 私は思わず叫びました。


 牢屋の入り口に、人影が立っています。

 あの声、あの輪郭……間違いなくあのお方です。


 あのお方はいつも私の助けが必要な時に、手を差し伸べてくださるのです。


 そして、その周りには――


 大勢の人々。

 囚人たちが、鉄の棒を握りしめて立っています。


「な、何だ……!?」


 エンシュアが狼狽えました。


「なぜ脱出できている!? 魔封じの枷は!?」


 チェックサム様は何も答えず、ただ冷たい視線をエンシュアに向けました。


「その女から離れろ」


 低い声。

 ですが、その声には(あっ)倒的な力がありました。


 エンシュアは一歩、後ずさりします。


「く、くそっ……!」


 彼は鈍器を振り上げましたが、次の瞬間――


 囚人の一人が、エンシュアの腕を掴みました。


「うおおおっ! この恨み、晴らさせてもらうぞ!!」


 囚人たちが、次々と牢屋に入ってきます。


 エンシュアは()(すべ)もなく、取り押さえられました。


「……助かりました」


 私は小さく呟きました。


 チェックサム様が、牢屋の中に入ってきます。

 そして、私の枷に手を触れました。


 次の瞬間――

 カチャリと音を立てて、枷が外れました。


「え……?」


 私は驚きました。


 魔封じの枷が、こんなに簡単に……?


「立てるか」


 チェックサム様の声が、優しく響きました。


「はい……!」


 私は立ち上がりました。


 魔力が、戻ってきます。

 魔力感知も、少しずつ元に戻っていきます。


「ありがとうございます、チェックサム様……!」


 私は深く頭を下げました。


「また、助けられてしまいましたね……」


 本当にいつも、助けられてばかりです。


 情けないのです。

 チェックサム様のお力になると決めたのに。

 自分の力で何もできない自分が、情けないのです。


「気にするな」


 チェックサム様はいつものように素っ気なく言いました。


「行くぞ」


 そして、牢屋の外へ歩き出しました。



 ◆◆◆◆◆



 地上に出ると、そこは協会の広場でした。


 エンシュアの手下(てした)であるゴロツキたちが、私たちを取り囲んでいます。


「逃がすか!」


 ゴロツキの一人が剣を構えました。

 ですが、囚人たちが鉄の棒を握りしめて立ちはだかります。


「お前らの恨み、思い知れ!!」


 囚人たちが、ゴロツキたちに突撃しました。


 剣と鉄の棒がぶつかり合う音。

 ですが、剣の方が真っ二つに折れる音が響きます。


「な、何だとっ!?」


 ゴロツキたちが、驚愕の声を上げました。


 強化された鉄の棒です。

 チェックサム様が、囚人たちに渡したのでしょう。


 さすがです。


 私も魔力感知を展開し、周囲の状況を把握しました。


 ゴロツキたちは次々と倒されていきます。

 囚人たちの怒りは、凄まじいものでした。


 そして――


「くっ……ならば!」


 エンシュアが詠唱を始めました。


()よ、()()に――」


 ですが、次の瞬間。


 魔法陣が、消えました。


「な、何!?」


 エンシュアが狼狽えます。


 チェックサム様が、何かをされたのでしょう。

 無詠唱で、魔法を消し去ったのです。


(いかずち)よ、(てん)より――」


 再び詠唱を始めますが、また消されました。


「くそっ……くそっ……!」


 エンシュアは焦りに顔を歪めました。


 そして――彼は懐から、小さな袋を取り出しました。


「ならば……これで!」


 袋の中身を、空中に撒き散らします。


 何か怪しい粉が、周囲に広がっていきます。


「ククククク……これは睡眠薬の粉末! この一帯全てを眠らせる!」


 粉が、囚人たちの顔にかかりました。


「う、うわ……!」


「眠い……」


 囚人たちが、次々と倒れていきます。


 私も粉を()い込んでしまいました。


「……っ」


 まずいのです。

 また意識が、遠のいていく――


 ですが、次の瞬間。


 体が、温かくなりました。


「え……?」


 眠気が、消えました。

 体も、軽くなっています。


 チェックサム様が、何かをしてくださったのでしょう。


「これで、お前も睡眠薬無効だ」


 チェックサム様の声が聞こえました。


「は、はい……! ありがとうございます……!」


 私は頷きました。

 このお方は、私が求めているものをいつも用意してくださいます。


 その時、牢屋から一人の女性が出てきました。


 シスター服を着た、包容力のある体つきの女性。

 イテレータと名乗っていた方です。


「私はあなたをどう料理してやろうかと、あなたを呪ってやろうかと、あなたから囚われていたこの数日間……考えに考え続けてきました」


 イテレータの声が、変わりました。


 優しげな声が、まるで別人のように冷たく、狂気を(はら)んでいます。


「ふふふ、ふふふふふ……今やっとあなたにっ! あの時の成果が披露できますっ!!」


 彼女は鉄の棒を握りしめ、エンシュアに向かって走りました。


 そして――


 ゴンッ! ゴンッ! ゴゴゴゴゴンッ!!


 鉄の棒が、エンシュアの脳天に叩き込まれました。


「ぐあっ……!」


 エンシュアが、地面に倒れ伏しました。


 ……凄まじい怨念。

 恨みというものは、ここまで人を変えるのですね。



 ◆◆◆◆◆



 エンシュアを縛り上げ、協会を制圧しました。


 ゴロツキたちも全員捕らえ、囚人たちは自由になりました。


「チェックサム様……!」


 私は彼を見上げました。


「また、助けられてしまいましたね……」


 本当に、いつも助けられてばかりです。


 魔封じの枷で動けなかった私を、助けてくださいました。

 睡眠薬を無効化してくださいました。


 貴方様は、本当に……


 私の頬が、ほんのりと熱くなるのを感じました。


 盲目だから顔は見えませんが、魔力感知で貴方様のシルエットを「視て」います。

 その姿が、私にとってはとても(まぶ)しいように感じます。


 その時でした。


「チェックサム様と、仰有るのですね!!」


 イテレータの声が響きました。


 彼女が、チェックサム様に抱きつく気配を感じました。


「本当に、本当にありがとうございました!!」


 イテレータの声は、先ほどの狂気は消え、また穏やかで優しい声に戻っていました。


「あなた様のおかげで、私たちは救われました!!」


 ……。

 私は少し、イライラしました。


「あなた。 少し、離れていただけませんか?」


 私の声は、自分でも驚くほど低くなっていました。


「あら? ですが私はただ、感謝の気持ちを伝えていただけですのよ?」


 イテレータの声が、少し意地悪そうに響きました。

 そして、さらにチェックサム様に密着する気配。


(あな)()(さま)も、同じではありませんか?」


「私は……私はその、先に……!」


 私は思わず、チェックサム様の反対側の腕に抱きつきました。


 温かいのです。

 そして、(たくま)しいのです。


「チェックサム様は、私が先に出会ったのです!」


 私は主張しました。


「まぁ、でも助けていただいたのは私も同じですわ」


 イテレータが、負けじと言い返します。


 二人で、チェックサム様を挟んで張り合っております。

 ……ああ、私は何をしているのでしょう。


 ですが、離したくないのです。

 この温もりを、離したくないのです。


 その時でした。


「勘弁してくれ……」


 チェックサム様が、小さく呟きました。


「え? チェックサム様!?」


 私は驚いて、手を離しました。

 ですが、もう遅かったのです。


「あ、待って――」


 私は叫びましたが、次の瞬間――


 チェックサム様は、跡形もなく消えていました。



 ◆◆◆◆◆



 協会の広場に、私とイテレータだけが残されました。


 囚人たちは、それぞれ家路につき始めています。


「……行ってしまわれましたね」


 イテレータが、残念そうに呟きました。


「ええ……」


 私も、肩を落としました。


 また、助けられただけで終わってしまいました。

 お礼も、ろくに言えませんでした。


 そして――


 またしても、颯爽と助けてくださいました。


 私が魔封じの枷で動けず、エンシュアに殺されそうになった時。

 チェックサム様は、囚人たちを連れて現れてくださいました。


 まるで、騎士のように。

 私を助けてくださいました。


 ……ああ。

 私の胸が、熱くなります。


 これは、何なのでしょうか。


 感謝の気持ち?

 いえ、それだけではありません。


 もっと、()いたいのです。

 もっと、(はな)したいのです。

 もっと、()りたいのです。


 貴方様のことを。


 そして――


 イテレータという、ライバルが現れました。


 彼女も、チェックサム様に助けられました。

 彼女も、チェックサム様に感謝しております。


 そして、彼女も……チェックサム様を、慕っております。


 それが、私には分かりました。


 このままでは、チェックサム様を取られてしまいます。


 私だけの――

 いえ。


 私は首を振りました。


 私だけの、なんて。

 そんな(おご)った考えは、許されません。


 ですが――


 私の心は、もう(うそ)をつけませんでした。


 これはそう、恋なのです。

 あのお方に、恋をしているのです。


 初めて聞いた貴方様の声。

 「ラムダ!」と叫んでくださった、あの声。


 あの時から、私の心は()かれていました。

 炎のように、熱く。


 そして今、また助けられて――


 私は、もう誤魔化(ごまか)せません。

 あのお方が、好きなのです。


「……必ず、また会いますから」


 私は小さく呟きました。


 チェックサム様。

 あのお方は、私にとって唯一(ゆいいつ)の『光』です。


 この世界で、唯一。

 私を救ってくださる、唯一の『光』。


 だから――


 私は、あのお方を(あきら)めません。

 諦めきれません。


 必ず、また会って。

 今度こそ、ちゃんとお礼を言います。


 そして――

 もっと、貴方様を知りたいのです。


 私の心は、既にそう決めていました。

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