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ブラックなショートショート集  作者: 上津英


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57/59

57 天女の温泉

「美しい……」

「ありがたやありがたや……」


 泰山(たいざん)にある温泉旅館『天仙娘々(てんせんにゃんにゃん)』。

 こんな山奥にある旅館に泊まる商人や旅人は少ない。

 しかし今は100人近い人だかりが出来ている。老若男女皆うっとりしており異様だ。

 彼らの目当ては──。


「いらっしゃいませ。ゆっくりしていって下さいね」


 受付で柔らかく微笑む、美人画から抜け出してきたような若女将だ。


「天仙娘々……幅広いご利益のある、最も優しい天女様。そんな方が何故こんな所に……」

「だからじゃないか? 潰れかけていたこの旅館も、天女様のおかげですっかり持ち直し潤っている」

「本当優しい天女様だねえ」


 天女が来る前、この旅館は閑古鳥が鳴いていた。山奥故当然だ。

 それが今や。

 村の知名度は上がり、天女見たさに見物客が押し寄せ、その影響で村は一気に発展した。

 商路が確立し旅人が増え、都から最新の情報を取り入れられた。

 この旅館も、今日完成の貸切露天風呂を増設出来る程大きくなった。先日、都から皇帝も訪れに来た。

 旅館を経営している家族は目を回し疲弊しきっているが、その顔は幸せに満ちている。


「天女っつぅのはもっと人目を気にするもんだと思ってたぁ」

「でも今日で天界に帰ってしまうそうじゃないか」

「今日が見納めか……目に焼き付けておこう」


 誰かが漏らした声にうんうん、と皆が頷く。

 そして、皆また視線を天仙娘々に向けるのだった。


***


「天女様、報酬はこちらで十分ですか?」

「十分すぎる程です、有り難うございます」

「それは何よりです。今までお世話になりました」


 一礼し、村長は完成したばかりの貸切露天風呂を後にする。

 天仙娘々はその後ろ姿を見送ってから、にんまりと笑みを深めた。


「これで安全に温泉入りたい放題だわ~」


 天女がわざわざ旅館で働く理由。

 それは――人目を気にせず天女達が安心して浸かれる温泉の為。

 山奥の秘湯だと、人目は無いが大勢で浸かりにくいし温度管理に難がある。かと言って人里はうるさい。

 だから。

 山奥の寒村に無難な貸切露天風呂を作らせたのだ。

 人目にはそんなに付かない綺麗で大きい温泉。理想的だ。

 故にここの家族には無理をさせた。

 このままじゃ過労死するだろうが、まあ天女と働けたのだ。良いだろう。


「さってと、早速みんなを温泉に誘わなきゃ〜」


 天仙娘々はそう声を弾ませる。

 どうしてみんなの笑顔を思うとこんなに嬉しくなるのか、不思議だった。

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