57 天女の温泉
「美しい……」
「ありがたやありがたや……」
泰山にある温泉旅館『天仙娘々』。
こんな山奥にある旅館に泊まる商人や旅人は少ない。
しかし今は100人近い人だかりが出来ている。老若男女皆うっとりしており異様だ。
彼らの目当ては──。
「いらっしゃいませ。ゆっくりしていって下さいね」
受付で柔らかく微笑む、美人画から抜け出してきたような若女将だ。
「天仙娘々……幅広いご利益のある、最も優しい天女様。そんな方が何故こんな所に……」
「だからじゃないか? 潰れかけていたこの旅館も、天女様のおかげですっかり持ち直し潤っている」
「本当優しい天女様だねえ」
天女が来る前、この旅館は閑古鳥が鳴いていた。山奥故当然だ。
それが今や。
村の知名度は上がり、天女見たさに見物客が押し寄せ、その影響で村は一気に発展した。
商路が確立し旅人が増え、都から最新の情報を取り入れられた。
この旅館も、今日完成の貸切露天風呂を増設出来る程大きくなった。先日、都から皇帝も訪れに来た。
旅館を経営している家族は目を回し疲弊しきっているが、その顔は幸せに満ちている。
「天女っつぅのはもっと人目を気にするもんだと思ってたぁ」
「でも今日で天界に帰ってしまうそうじゃないか」
「今日が見納めか……目に焼き付けておこう」
誰かが漏らした声にうんうん、と皆が頷く。
そして、皆また視線を天仙娘々に向けるのだった。
***
「天女様、報酬はこちらで十分ですか?」
「十分すぎる程です、有り難うございます」
「それは何よりです。今までお世話になりました」
一礼し、村長は完成したばかりの貸切露天風呂を後にする。
天仙娘々はその後ろ姿を見送ってから、にんまりと笑みを深めた。
「これで安全に温泉入りたい放題だわ~」
天女がわざわざ旅館で働く理由。
それは――人目を気にせず天女達が安心して浸かれる温泉の為。
山奥の秘湯だと、人目は無いが大勢で浸かりにくいし温度管理に難がある。かと言って人里はうるさい。
だから。
山奥の寒村に無難な貸切露天風呂を作らせたのだ。
人目にはそんなに付かない綺麗で大きい温泉。理想的だ。
故にここの家族には無理をさせた。
このままじゃ過労死するだろうが、まあ天女と働けたのだ。良いだろう。
「さってと、早速みんなを温泉に誘わなきゃ〜」
天仙娘々はそう声を弾ませる。
どうしてみんなの笑顔を思うとこんなに嬉しくなるのか、不思議だった。




