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人間は、心臓が止まれば死ぬ。
怪異は、名前を失えば薄れる。
亜人類は、登録を消されれば都市から締め出される。
そしてこの街では、どれもだいたい同じ意味だった。
心臓が動いていても、名前が消えれば薄れる。息をしていても、登録が切れれば締め出される。生きているかどうかは、この都市では、医者ではなく、帳簿が決める。
*
河童の技師が死んだことになったのは、第七複合ビルの一件から三日後の朝だった。
本人は生きていた。
非営利の怪異市民診療所で、薄い毛布をかけられ、点滴につながれていた。甲羅の補助具は外され、首元の拘束タグの跡には薬布が貼られている。青緑の肌は生気を失って灰色がかり、水を失った河童の皮膚は、乾いた川底のようにひび割れかけていた。それでも、毛布の上へ投げ出された手の指には、配管仕事でついた古い切り傷の跡がいくつも残っている。働いてきた手だった。呼吸は浅いが続いている。心拍もある。血中霊素濃度も、危険域からはゆっくり下がっていた。
少なくとも、ベッドの上の沼田ゲンは死んでいなかった。
だが、都市行政網は別の判断をしていた。
最初に通話画面へ映ったのは、鳥居診療所の女医の顔ではなかった。ベッド脇で停止した白い看護ドローンの、腹部が開きかけ、黒い遺体識別タグが半分だけ吐き出されている。
『患者情報が存在しません』
ドローンの合成音声が、病室の空気を平らにした。
『死亡済み個体を検出』
女医が端末を叩いた。警告は消える。三秒後、また戻る。
『遺体搬送プロトコルへ移行します』
女医は舌打ちし、今度は壁際の物理スイッチを叩いた。看護ドローンの目が消え、病室には点滴の落ちる音だけが残る。
その点滴も、いつ止まるかわからなかった。
輸液ポンプの脇で、別の警告が赤く灯っている。
『死亡済み個体への薬剤投与は認可できません』
女医は薬剤パックのバーコードを剥がし、手書きのラベルを貼った。規則違反だ。だが、規則を守れば、ベッドの上の生きた患者は、記録通りに死ぬ。
女医は、しばらく黙って沼田ゲンの顔を見ていた。この病室で、彼女はこれまで、どれだけの「記録の外へ落ちた者」を、無償で診てきたのだろう。数えても報われない仕事だ。
彼女は、河童の乾いた手の甲に、濡らしたガーゼをそっと乗せた。ガーゼが触れた場所だけ、青緑がわずかに戻った。だが、それも長くは続かない。
都市行政網が「死んだ」と決めた者は、肉体まで、少しずつそれに従おうとする。名前が消え、記録が消え、誰にも呼ばれなくなると、怪異市民の身体は、輪郭から薄れていく。今はまだ、ガーゼで戻る。だが、記録が戻らなければ、いずれ戻らなくなる。
ベッドの上で、沼田ゲンは苦しそうに息をしている。
死亡済み個体は、まだ生きていた。




