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帳の外 ―まだ、ここにいる―  作者: 佐和井 泥
第一話 座敷童はビルを出ない

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1-6

『上に、こわい人たちが来ています』


 コマリが言った。


「何人だ」


『たくさんです。数えるのが、こわいです』


「無理に数えなくていい」


 俺は少し声を落とした。相手は十歳の姿をしている。実際に何であろうと、こわいと言った子どもに、正確な数を出させる趣味はない。


『でも、エレベーターは使えます。わたしが、隠します』


「隠せるのか」


『家のことなら、少し』


 その「少し」に、どれだけの無理があるのかは、声の震えでわかった。


 俺たちはエレベーターに乗った。コマリは、上昇するあいだずっと、監視カメラのログを書き換え続けているらしい。箱の中の照明が、時々ちらついた。子どもが息を止めているような、そんなちらつきだった。


 地下三階でエレベーターが止まった。だが、扉は開かなかった。


『ここで、待ってください』


「どうした」


『上の廊下に、こわい人が二人います。エレベーターの前です。今、別の階に行かせます』


 照明が、また激しくちらつく。コマリが、あちこちの設備を同時に動かして、企業部隊の注意を逸らしているのだ。俺は箱の壁に背を預け、待った。サエは沼田(ぬまた)を背負ったまま、扉の隙間を睨んでいる。


 狭い箱の中で、消毒薬の匂いがまだ鼻に残っていた。俺の指が、また震え始める。灰桜(はいざくら)を取り出そうとして、俺は手を止めた。この密閉された箱の中で青い霧を吐けば、サエの嫌がる匂いが充満する。彼女は今、拘束具(こうそくぐ)のあった実験区画を出たばかりだ。


 俺は煙草をくわえただけで、火を点けずにいた。フィルターを噛む。それだけで、少しだけ気が紛れる。


「吸わないの」


 サエが、正面を見たまま訊いた。


「今は、いい」


「震えてるじゃない」


 見られていた。俺は口の中で、乾いた笑いを噛み殺した。


「箱が狭い。お前が嫌がる」


 サエは、しばらく何も言わなかった。それから、沼田(ぬまた)を背負い直しながら、ぼそりと言った。


「……吸えば。私のことは、気にしなくていい」


「気にする」


「なんで」


「相棒だからだ」


 サエの肩が、一瞬だけ止まった。彼女はその言葉を、皮肉で受け流すこともできたはずだった。だが、しなかった。ただ、正面の扉を見たまま、小さく息を吐いた。


「……変な男」


 その声には、いつもの棘がなかった。


 照明が安定した。


『行けます』


 コマリの声とともに、エレベーターが再び上昇を始めた。


「サエ」


「何」


「あの子を、どうすると思う」


 サエは沼田(ぬまた)を背負ったまま、正面を見ていた。


「企業? 端末に詰めて、使えるところだけ残す。あとは捨てる」


「だろうな」


「あんたは?」


 俺は答えなかった。


 まだ、答えを持っていなかったからだ。

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