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『上に、こわい人たちが来ています』
コマリが言った。
「何人だ」
『たくさんです。数えるのが、こわいです』
「無理に数えなくていい」
俺は少し声を落とした。相手は十歳の姿をしている。実際に何であろうと、こわいと言った子どもに、正確な数を出させる趣味はない。
『でも、エレベーターは使えます。わたしが、隠します』
「隠せるのか」
『家のことなら、少し』
その「少し」に、どれだけの無理があるのかは、声の震えでわかった。
俺たちはエレベーターに乗った。コマリは、上昇するあいだずっと、監視カメラのログを書き換え続けているらしい。箱の中の照明が、時々ちらついた。子どもが息を止めているような、そんなちらつきだった。
地下三階でエレベーターが止まった。だが、扉は開かなかった。
『ここで、待ってください』
「どうした」
『上の廊下に、こわい人が二人います。エレベーターの前です。今、別の階に行かせます』
照明が、また激しくちらつく。コマリが、あちこちの設備を同時に動かして、企業部隊の注意を逸らしているのだ。俺は箱の壁に背を預け、待った。サエは沼田を背負ったまま、扉の隙間を睨んでいる。
狭い箱の中で、消毒薬の匂いがまだ鼻に残っていた。俺の指が、また震え始める。灰桜を取り出そうとして、俺は手を止めた。この密閉された箱の中で青い霧を吐けば、サエの嫌がる匂いが充満する。彼女は今、拘束具のあった実験区画を出たばかりだ。
俺は煙草をくわえただけで、火を点けずにいた。フィルターを噛む。それだけで、少しだけ気が紛れる。
「吸わないの」
サエが、正面を見たまま訊いた。
「今は、いい」
「震えてるじゃない」
見られていた。俺は口の中で、乾いた笑いを噛み殺した。
「箱が狭い。お前が嫌がる」
サエは、しばらく何も言わなかった。それから、沼田を背負い直しながら、ぼそりと言った。
「……吸えば。私のことは、気にしなくていい」
「気にする」
「なんで」
「相棒だからだ」
サエの肩が、一瞬だけ止まった。彼女はその言葉を、皮肉で受け流すこともできたはずだった。だが、しなかった。ただ、正面の扉を見たまま、小さく息を吐いた。
「……変な男」
その声には、いつもの棘がなかった。
照明が安定した。
『行けます』
コマリの声とともに、エレベーターが再び上昇を始めた。
「サエ」
「何」
「あの子を、どうすると思う」
サエは沼田を背負ったまま、正面を見ていた。
「企業? 端末に詰めて、使えるところだけ残す。あとは捨てる」
「だろうな」
「あんたは?」
俺は答えなかった。
まだ、答えを持っていなかったからだ。




