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帳の外 ―まだ、ここにいる―  作者: 佐和井 泥
第八話 トロールは橋を渡れない

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59/63

8-5

 その夜、俺とサエは、東の街区へ行った。


 ヨナの住む古い集合住宅の共用の広間に、人が集まっていた。渡れなくなった者たちだ。オークの一家。工業島の作業員。骨格補強(こっかくほきょう)の老人。誰が呼んだわけでもない。ただ、明日の朝、第九(だいきゅう)橋が完全に閉じるという話が、静かに、大きな者たちのあいだを回っていた。


 渡れる、最後の朝。


 彼らは、低い声で明日どうするかを話し合っていた。迂回路は遠い。だが、最後にもう一度だけ、あの橋を渡っておきたい。向こう側に、仕事がある者。学校がある子。会いたい相手がいる者。明日を最後に、それが遠くなる。


 ヨナは広間の隅にいた。俺を見て、少し驚いた顔をした。


「来て、くれたんですか」


「勝てない、と言ったろ」


「はい」


「勝てない。だが、明日の朝、一回分だけ間に合わせる方法がある。力ずくだ。あんたの、いちばん嫌いなやり方かもしれん」


 俺は、橋のゲートの降下の仕組みを説明した。御堂(みどう)が数秒だけ、降下を遅らせる。その数秒に、誰かが、あの重い板を支える。支えているあいだに、渡れるだけ渡る。


「支えるって、あれを。人の手で」


「あんたにしか、できない」


 ヨナは答えなかった。だがその目が、少しだけ変わった。


 そのとき、俺の足元に、影が落ちた。見上げると、(ごう)が立っていた。五歳で、もう俺の胸ほどの背丈がある。手で、口を半分隠している。


「おじさん」


「なんだ」


「ぼくが大きいから。みんな、橋、渡れないの」


 広間が少し静かになった。


 俺は、その問いに、すぐには答えられなかった。この子は、そう思っていた。自分が大きいから。自分のような子がいるから。だから橋が閉じるのだと。


「違う」


 俺はしゃがんで、(ごう)と目の高さを合わせた。


「お前が大きいのは、お前のせいじゃない。橋を閉じたのは、お前じゃない。閉じたのは、大きい者を邪魔だと思ってる、別の誰かだ。お前は、何も悪くない」


 (ごう)は、しばらく俺を見ていた。それから、口を隠していた手を、少しだけ下ろした。牙が見えた。小さな、まだ子どもの牙だった。


「……おじさん、こわくないの。ぼくの牙」


「こわくない」


「ヨナせんせいも、そう言う」


「先生が、正しい」


 (ごう)は初めて少しだけ笑った。口を、隠さずに。


 サエが、広間の隅でその様子を見ていた。何も言わなかった。ただ、いつもより、ほんの少しだけ長く、その子を見ていた。作り変えられた側の女は、こわがられることの意味を知っている。


 御堂(みどう)は、遅れてやってきた。広間の入口に立ち、集まった大きな者たちを、一度だけ見回した。


「橋屋じゃない」


 御堂(みどう)は俺に言った。


「道路屋だ。橋を直すのは専門外だ。……だが、道路の一部が、明日、殺される。それを黙って見るのは、性に合わん」


「数秒でいい」


「わかってる」


 御堂(みどう)は、それだけ言って帰っていった。明日の朝の、準備をしに。

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