8-5
その夜、俺とサエは、東の街区へ行った。
ヨナの住む古い集合住宅の共用の広間に、人が集まっていた。渡れなくなった者たちだ。オークの一家。工業島の作業員。骨格補強の老人。誰が呼んだわけでもない。ただ、明日の朝、第九橋が完全に閉じるという話が、静かに、大きな者たちのあいだを回っていた。
渡れる、最後の朝。
彼らは、低い声で明日どうするかを話し合っていた。迂回路は遠い。だが、最後にもう一度だけ、あの橋を渡っておきたい。向こう側に、仕事がある者。学校がある子。会いたい相手がいる者。明日を最後に、それが遠くなる。
ヨナは広間の隅にいた。俺を見て、少し驚いた顔をした。
「来て、くれたんですか」
「勝てない、と言ったろ」
「はい」
「勝てない。だが、明日の朝、一回分だけ間に合わせる方法がある。力ずくだ。あんたの、いちばん嫌いなやり方かもしれん」
俺は、橋のゲートの降下の仕組みを説明した。御堂が数秒だけ、降下を遅らせる。その数秒に、誰かが、あの重い板を支える。支えているあいだに、渡れるだけ渡る。
「支えるって、あれを。人の手で」
「あんたにしか、できない」
ヨナは答えなかった。だがその目が、少しだけ変わった。
そのとき、俺の足元に、影が落ちた。見上げると、剛が立っていた。五歳で、もう俺の胸ほどの背丈がある。手で、口を半分隠している。
「おじさん」
「なんだ」
「ぼくが大きいから。みんな、橋、渡れないの」
広間が少し静かになった。
俺は、その問いに、すぐには答えられなかった。この子は、そう思っていた。自分が大きいから。自分のような子がいるから。だから橋が閉じるのだと。
「違う」
俺はしゃがんで、剛と目の高さを合わせた。
「お前が大きいのは、お前のせいじゃない。橋を閉じたのは、お前じゃない。閉じたのは、大きい者を邪魔だと思ってる、別の誰かだ。お前は、何も悪くない」
剛は、しばらく俺を見ていた。それから、口を隠していた手を、少しだけ下ろした。牙が見えた。小さな、まだ子どもの牙だった。
「……おじさん、こわくないの。ぼくの牙」
「こわくない」
「ヨナせんせいも、そう言う」
「先生が、正しい」
剛は初めて少しだけ笑った。口を、隠さずに。
サエが、広間の隅でその様子を見ていた。何も言わなかった。ただ、いつもより、ほんの少しだけ長く、その子を見ていた。作り変えられた側の女は、こわがられることの意味を知っている。
御堂は、遅れてやってきた。広間の入口に立ち、集まった大きな者たちを、一度だけ見回した。
「橋屋じゃない」
御堂は俺に言った。
「道路屋だ。橋を直すのは専門外だ。……だが、道路の一部が、明日、殺される。それを黙って見るのは、性に合わん」
「数秒でいい」
「わかってる」
御堂は、それだけ言って帰っていった。明日の朝の、準備をしに。




