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帳の外 ―まだ、ここにいる―  作者: 佐和井 泥
第七話 ドワーフは地下を捨てない

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7-7

 俺は、震える手で、二つのことを同時に決めた。


 一つは、地下の連中を、生かすこと。もう一つは、この死んだ半分を、一度だけ、逆に握ること。


 二つ目は、決めるのに、一つ目より時間がかかった。地下を守るのは、いつもの仕事だ。だが、自分の死体を道具として使うのは、初めてだった。使えば俺は、俺を殺した仕組みと、同じ手を使うことになる。それでも、と俺は思った。敵が俺の死体で開けた穴なら、その穴の使い方をいちばんよく知っているのは、たぶん、俺だ。


 まず、守る方だ。


三ツ目(みつめ)。親方の帳面を、AIに食わせる」


「できるんですか」


「お前が言ったんだろう。読ませたいって」


 三ツ目(みつめ)の目が変わった。彼はガンテツを見た。ガンテツは、泥水の中で、何も言わなかった。ただ、保守帳を差し出した。


「汚すな」


「もう泥だらけです」


「それ以上だ」


 三ツ目(みつめ)は両手で受け取った。資格を止められた若い技師の手だった。だが、その手はまだ、仕事をしていた。


 三ツ目(みつめ)が保守帳を読み上げ、俺が企業の読める言葉に直す。


「A―17、雨量四十ミリ以上、先に開けるな。南西歩廊へ逆流」


「理由は」


「三十七年前、二名死亡」


 ガンテツの顔は動かない。だが、髭から落ちる水滴の間隔だけが変わった。


 俺は入力した。手動バルブA―17。旧式設備ではない。災害時排水圧調整弁。南西歩廊への逆流防止に必要。


「地下歩廊F―2、管理外通路。顔認証なし。地上を通れん連中が使っとる」


「そのまま書くと弾かれる」


「わかっとる」


 俺は言い換えた。人員退避補助導線。認証障害時の代替移動経路。嘘ではない。企業が読める形に直しただけだ。


 三ツ目(みつめ)が、次の行を読む。


「地下歩廊F―2の枝道。図面じゃ行き止まりだ。だが抜けられる」


「なぜ図面が間違ってる」


「掘った奴が、台帳に書かなかった。書くと埋め戻せと言われるからだ」


 地下には、そういう道がいくつもあった。書けば消される。だから書かない。書かないから、地図に載らない。載らないから、地下の連中だけがそれを使える。皮肉な守り方だった。


 人が生きる道、と書けば、企業は承認しない。だが、冗長系、迂回資産、災害時例外経路と書けば、承認することがある。意味は同じでも、帳簿が読める言葉にしなければ、帳簿は動かない。


 榎戸(えのきど)の地図を重ねる。赤い線は過去水位上昇経路。青い線は換気圧差および風道。黄色い線は停電時誘導灯残存区画。サエが繋いだ旧誘導灯の通電ログを添付する。小型の怪異(かいい)が示した弁の位置を、生体反応誘導による異常流路推定として載せる。


「気持ち悪い言葉だな」


 ガンテツが言った。


「企業は気持ち悪い言葉が好きなんです」


「だが、間違っとらん」


「ええ」


 俺は、地下の生活を、企業が読める一つの災害時例外パッケージに押し込んだ。属人化された保守は、リスクだと水城は言った。なら、リスクではなく、渡せる技術に変える。人間の身体にしかなかったものを奪わせるのではなく、こちらから渡す形にする。


 AIは、二度、拒否した。三度目に、三ツ目(みつめ)のAI補助端末が現場ログを災害時例外として学習し、俺が整えた書式が、ようやく通った。


『住民作成退避経路図を、災害時通行実績として一時採用』


『旧誘導灯通電ログを確認』


『災害時例外経路を承認』


『地下保守区画、手動迂回を許可』


 その瞬間、閉じていた古い誘導灯が、地下のあちこちで、鈍い黄色に灯り直した。


 守る方は、これでいい。地下の連中は、避難路を確保した。


 だが、俺は、端末の前を離れなかった。


 まだ、もう一つ、やることがあった。

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