↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帳の外 ―まだ、ここにいる―  作者: 佐和井 泥
第六話 猫又は荷を落とさない

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
43/63

6-3

 旧市街の地下喫茶《尻尾》は、昼でも夜のようだった。


 狐は、頼んでもいない濃い茶を、俺の前に置いた。金の指輪が、ポットを傾けるたび、ちゃらりと鳴る。男とも女ともつかない顔に、金色の縦に細い瞳。


室井(むろい)ね」


 狐は、俺のメモを覗き込んで、金色の目を細めた。


「〈環状ロジ〉の、下請けの。……ああ、あいつは、美味しいよ」


「美味しい?」


「叩けば、埃どころか、金が落ちる」


 狐は、自分の茶を、ひとくち啜った。核心に触れると、この男は一瞬、手が止まる。今、止まった。


室井(むろい)はね、独立の運び屋を潰すのに夢中で、自分の足元が留守になってる。……大手から預かった荷を、こっそり抜いてるんだ。高いやつをね。抜いた分は、事故か、盗難か、未登録運送屋のせいにして、帳簿を合わせてる。上前をはねてるのさ」


「証拠は」


「あるよ。あいつの集配拠点に、裏の帳簿がある。抜いた荷の、行き先リスト。……なきゃ、あいつだって、自分がいくら盗んだか、わからなくなるからね。泥棒ってのは、几帳面なんだ」


「なぜ、あんたが、そこまで知ってる」


「僕の商売は、情報だ。金の匂いのするところにゃ、鼻が利く。……室井(むろい)はね、稼いだ金を、あちこちで使ってる。使えば、跡が残る。跡を集めりゃ、絵になる。あいつは、他人を蹴落とすのに気を取られて、自分の跡を消すのを忘れてた。欲の深い男の、いつもの間違いさ」


 狐は、金色の目を細めて笑った。笑っているときほど、信用してはいけない目だった。だが、今日の狐は機嫌がよかった。室井(むろい)のような、わかりやすい悪党の話は、この男の好物らしい。


「情報料は」


「今日は、面白そうだからいらない。……そのかわり、あんたが室井(むろい)をどう料理するか、あとで全部話してくれ。ネタになる」


 中身の見えない借用書に、また一枚、判を押した。だが、悪くない取引だった。狐は、室井(むろい)の集配拠点の場所を、紙の切れ端に書いて寄越した。湾岸の外れ。大手の看板を掲げた、大きな倉庫だった。


     *


 運び屋の一家は、旧市街の、古い銭湯の二階にいた。


 もう湯は沸いていない。だが、猫又(ねこまた)たちは、その広い板の間を、ねぐらにしていた。若い走り手が、五、六人。荷を仕分ける者、屋根の地図を描き直す者、傷の手当てをする者。みな、身が軽く、目が夜に光る。


 部屋の隅に、一人、膝を抱えて座っている子がいた。


 まだ尾が一本の、若い猫又(ねこまた)だ。手の甲に、剥がしたばかりの粘着弾の跡が、赤く残っている。昨夜、荷ごと貼りつかれた子だ。


「ナズナ」


 銀次(ぎんじ)が呼ぶと、その子は、びくりと顔を上げた。


帳外屋(ちょうがいや)さんだ。婆さんの薬を、なんとかしてくれる」


 ナズナは、俺を見た。それから、また、目を伏せた。


「……あたしのせいだ」


 小さな声だった。


「あたしが、落とさなかったから。荷を、抱えたまま、貼りつかれた。すぐ捨てて逃げてれば、こんな……当局に突き出される口実に、ならなかったのに」


 俺は、その子の前に、しゃがんだ。


「荷を捨ててたら、薬は、どうなってた」


「……どうせ、企業に押さえられた」


「捨てても押さえられた。抱えても押さえられた。どっちでも、同じだ。……あんたのせいじゃない。突き出したのは、あんたじゃない。室井(むろい)だ」


 ナズナは、俺を見た。琥珀色の目に、涙が滲んでいる。だが、こぼれはしなかった。


「あんた、速いんだろう」


 俺が訊くと、ナズナは少しだけ、顎を上げた。


「……この街で、いちばん」


「じゃあ、覚えておけ。この一件、最後に運ぶのは、たぶん、あんただ」


 ナズナは俺をまじまじと見た。それから、少しだけ、迷った顔をした。


「……あたしが、また、しくじったら」


「そのときは、俺が請求書を書く口実ができる」


 横で、サエが、ふん、と鼻を鳴らした。


「それ、私の口癖」


「借りた」


 ナズナがその二人のやり取りを見て、少しだけ笑った。強張っていた肩が、ほんの少し緩む。


 板の間の向こうで若い猫又(ねこまた)たちが、屋根の地図を広げて、明日の道を描き直していた。塞がれた道に×をつけ、まだ通れる道を、赤い線でなぞる。誰かが道を奪えば、また別の道を探す。潰されても、また繋ぐ。この一家は、そうやって生きてきたらしかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。