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帳の外 ―まだ、ここにいる―  作者: 佐和井 泥
第三話 道路は嘘をつかない

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23/37

3-7

 地上に出たのは、午前三時半を過ぎた頃だった。


 出口は港湾(こうわん)第三ゲートの外側、旧資材置き場の奥にあった。錆びたフェンスと壊れた料金所の陰に、地下搬送路の口が隠れている。近くの高架道路では、何事もなかったように朝前の車列が走っていた。


 御堂(みどう)はバンを停めた。一号が上空から戻り、二号がアンテナを畳み、三号が低く唸りながら後部へ入る。四号は走行中に傷ついたセンサー部を最後まで確認し、五号は照明を落として固定具に収まった。


 最後に六号が戻る。御堂(みどう)は六号の銃身を布で拭いた。撃ったばかりの機体を、まるで眠らせるように扱っている。名前はつけない。褒めもしない。ただ、雑にはしない。


 布を動かす手が、時々、止まった。止まってから、また動く。長く五機に神経を分けていた反動なのか、自分の指の感覚が、まだ半分戻りきっていないようだった。彼は一度、右手をぐっと握って開き、それから、確かめるように銃身の冷たさに触れた。指先に感覚が戻ると、また布を動かし始める。


「また使うんですか」


 俺が訊くと、御堂(みどう)は銃身から目を離さずに答えた。


「使わない方がいい」


「じゃあ捨てれば」


「古い道具はな」


 御堂(みどう)は布を畳み、六号の固定具を締めた。


「捨てる相手を選ぶ」


 それは、六号の話だけではないのだろう。


 保険会社には、コンテナ発見の報告を入れた。地図外地下搬送路への誤進入、怪異(かいい)性交通障害、資材の一部損耗、コンテナ本体は回収可能。企業警備ドローンとの交戦については書かなかった。書けば面倒が増える。書かなくても、向こうは知っている。


 担当者は画面越しに青い顔をしていた。


『道路がコンテナを飲んだ場合の約款はありません』


「作ればいい」


『簡単に言いますね』


「保険屋でしょう」


『盗難ではないんですか』


「未払い道路保守費の怪異(かいい)性自動回収です」


 担当者はしばらく黙った。


『今、即興で言いましたね』


「はい」


『最悪です』


「でも、盗難よりは揉めにくい」


『そこが最悪なんです』


 担当者は疲れたように笑った。


『追加調査はお願いできますか』


 俺は端末を御堂(みどう)へ向けた。御堂(みどう)は画面を見なかった。


「道路なら受ける」


『道路以外は』


「専門外だ」


 それで話は終わった。担当者は何か言いかけて、やめた。この道路屋には、値切りも、追加注文も、通用しない。受けるのは道路。それ以外は専門外。境界線が、料金表より先に引かれている。


 御堂(みどう)は運転席へ向かった。夜明け前の港湾(こうわん)区に、潮の匂いと排気の匂いが混じっている。高架道路の上では、白い無人トラックが列を作り、都市のどこかへ荷を運んでいた。


「助かりました」


 俺が言うと、御堂(みどう)はドアに手をかけたまま答えた。


「仕事だ」


「また頼んでも?」


「道路なら」


「道路以外は」


「専門外」


 同じ言葉を、彼は少しも飾らずに言った。


 飾らないのは、それが看板だからだ。道路屋。それ以上でも以下でもない。この街では、看板をひとつに絞れる者は強い。何でも屋は、何でも押しつけられる。御堂(みどう)は、押しつけられないために、自分の持ち場を一本の道に絞っていた。その潔さは、俺には少し眩しかった。俺の看板は、いまだに帳外屋(ちょうがいや)という、輪郭の曖昧なものだった。


 御堂(みどう)は一度だけ高架道路を見上げた。街灯の下を車列が流れていく。無人トラック。配送ドローン。夜勤明けを運ぶ小型バス。誰かの生活を載せた道。


 その視線は、車を追ってはいなかった。車が通る、その下の路面を見ていた。継ぎ目。ひび。補修の跡。


「道路はな」


 御堂(みどう)が言った。


「人より長生きする」


 俺は黙っていた。


「だが、放っておくと曲がる。塞がる。忘れられる」


「だから道路屋ですか」


「ああ」


 彼は運転席に乗り込んだ。古いバンのエンジンが低く鳴る。窓が少しだけ下がり、御堂(みどう)がこちらを見た。


「道路は嘘をつかない」


「地図は?」


「嘘を書く」


「企業は?」


「地図を売る」


 俺は少し笑った。


「いい街ですね」


「そうでもない」


 御堂(みどう)は無表情で言った。


「だが、走れる道はまだある」


 バンは静かに動き出した。番号だけのドローンたちと、違法な六号と、五十八歳のエルフの道路屋を乗せて、古い配送バンは夜明け前の港湾(こうわん)道路へ消えていった。

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