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帳の外 ―まだ、ここにいる―  作者: 佐和井 泥
第三話 道路は嘘をつかない

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21/34

3-5

 地下搬送路は、息を詰めるほど古かった。


 ヘッドライトの光の輪の中を、細かい(ほこり)がゆっくりと舞っていた。何十年も、風の通らなかった空気だ。壁を撫でる御堂(みどう)のバンのタイヤ音だけが、長いトンネルの奥へ、奥へと吸い込まれていく。時々、天井の継ぎ目から、錆びた水が一滴、フロントガラスに落ちた。


 天井は低く、壁のコンクリートには戦前のものとも企業行政初期のものともつかない管理番号が残っている。照明はほとんど死に、代わりに青白い火が壁際で揺れていた。空気は湿っていて、古い油と、焦げたゴムと、霊素(れいそ)の甘い臭いが混じっている。


 御堂(みどう)のバンが、その闇の中をゆっくり沈んでいく。


 壁の一部で、塗装が剥がれていた。その下に、古い警告表示とは別の新しい傷がある。白い札のような整理ラベルだった。


 道路系除籍(じょせき)処理/IX-RD。地図上不存在。


 俺は喉の奥で、短く息を止めた。第七複合ビルの依頼書にも、沼田ゲンの抹消処理にも、似た札があった。


 住居。


 記録。


 道路。


 片づける対象が違うだけで、札の白さは同じだった。


 同じ手が、住居を片づけ、記録を片づけ、今度は道路を片づけている。別々の企業が、別々の理由で、別々のものを消しているはずなのに、最後に貼られる札だけが、いつも同じ余白の多い白さをしている。誰かが、この街のあちこちで消される「もの」を、同じ様式で帳簿に整えている。その手つきを想像すると、地下の湿った空気より、そちらのほうが冷たかった。


「見覚えがある」


 俺が呟くと、御堂(みどう)の横顔が硬くなった。


「知ってる印ですか」


「知らん」


 返事が早すぎた。


「そうですか」


「そうだ」


 御堂(みどう)は前だけを見ている。古い地下道の闇が、フロントガラスの向こうで口を開けていた。


「道を消す奴は、昔から印をつけたがる」


 消すだけなら、黙って消せばいい。だが、消した者は、なぜか印を残したがる。ここは片づけた、と、どこかに記しておきたがる。御堂(みどう)の口ぶりからすると、それは誇りではなく、手続きの都合らしかった。


 しばらくして、御堂(みどう)は低く言った。


「消したことまで、どこかに残したいんですかね」


「逆だ」


「逆?」


「消した責任を、誰のものでもなくすためだ」


 俺は、その言い方に、御堂(みどう)自身の過去が滲むのを聞いた。誰のものでもない責任。それは、命じた者にも、実際に手を下した者にも、責めが向かない仕組みだ。白い札を貼れば、道を消したのは「手続き」になる。人ではなくなる。


「その札を貼った奴の名前は」


「札には、名前がない。それが、いちばん質が悪い」


 御堂(みどう)の横顔は動かなかった。ただ、ハンドルを握る指が、一度だけ、強く閉じた。


 白い札は、闇の中にすぐ飲まれた。けれど、見なかったことにはできなかった。


 前方には、消えたコンテナトラックの尾灯(びとう)が見えた。無人のはずなのに、ブレーキランプが小刻みに明滅している。何かに導かれるように、古い地下道の奥へ進んでいた。


 御堂(みどう)は車間を詰めすぎない。路面のひび、壁のせり出し、天井から垂れる配管を見て、バンを滑らせるように走らせる。


 そのとき、二号の通信画面に警告が走った。背後から、複数の機影。


 企業警備ドローン。数は十。保険会社のものではない。荷主か、道路を消した側の企業か。どちらにせよ、俺たちを歓迎するために来たのではない。


「来ると思ってました?」


「来る可能性はあった」


「低くないですよね」


「低くなかった」


 御堂(みどう)は表情を変えずに言った。


 企業ドローンが発砲した。最初に飛んできたのは実弾ではなく、道路封鎖用の粘着弾だった。着弾した路面が黒く膨らみ、泡立つ樹脂がタイヤを絡め取ろうとする。御堂(みどう)はブレーキを踏まず、わずかに車体を流して避けた。


 古いバンが、地下道の狭い幅いっぱいに滑る。左の壁が迫り、右の配管が掠め、車体の下で小石が弾けた。


 御堂(みどう)はブレーキをほとんど使わない。曲がる先の壁のせり出しを、来る前から知っているように、車体をわずかに内側へ落として抜けていく。粘着弾がもう一度、今度は前方の路面へ撃ち込まれた。黒い樹脂が泡立ち、道を塞ぐ。


「五号、灯り。前の泡、温度」


 五号が前へ跳び、照明を浴びせる。泡の一部が、光を受けて艶を変えた。まだ固まりきっていない縁だ。御堂(みどう)はそこへ、タイヤ一本ぶんの幅だけ、車を通した。左の泡が車体を舐め、助手席の窓が黒く汚れる。抜けた。


「今の、計算ですか」


「見えてただけだ」


 見えていた、で通す速度ではなかった。だが、御堂(みどう)の呼吸は、少しも上がっていない。


「手動ですか」


「半分」


「残りは」


「車が覚えてる」


 御堂(みどう)の声は低く、落ち着いていた。


「この子は古い道が好きだ」


「名前はつけないんじゃ」


「車は別だ」


 その区別はわからなかったが、バンは確かに生き物のように走っていた。


「三号、耳塞ぎ。全部濁らせろ」


 黒い電子戦ドローンが後方へ下がり、低く唸った。企業ドローンの編隊が一瞬だけ乱れ、粘着弾の着弾が左右へ散る。


「四号、手。後部センサー」


 小さな作業アームを持つ四号が車体の背に取りつき、粘着弾の破片で焼けたセンサー部を走りながら削り直す。火花が夜の地下道に散った。


「五号、灯り。前方」


 五号がバンの前へ飛び、腹の照明を開いた。白い光が暗闇を裂く。


 その先に、消えたコンテナトラックが停まっていた。トラックの周囲を、炎をまとった巨大な車輪がいくつも回っている。人の背丈の何倍もある。鉄でも木でもない。道路に焼き付いた怨念(おんねん)と、擦り減った古タイヤの記憶と、消された交通記録とが、ぐるぐると丸く固まったような車輪だった。回るたびに、アスファルトを削るような低い音が、地下道の床を這う。


 炎の中心には、老人のような顔が浮かんでいた。刻まれた(しわ)の一本一本が、古い道路のひび割れによく似ている。笑っているようにも、泣いているようにも見えた。炎に炙られた壁には、車輪の影が、いくつもの沈まない太陽のように揺れていた。


輪入道(わにゅうどう)か」


 俺が呟くと、御堂(みどう)はバンを止めた。


「たぶん」


「道路の妖怪ですね」


「道路に出るというより、道そのものに近い」


「詳しいんですね」


「道路屋だ」


 背後では企業ドローンが迫り、前方には輪入道(わにゅうどう)。狭い地下道で、俺たちは挟まれた。


「どうするんです」


「話す」


「今?」


「道路相手に撃っても意味がない」


 御堂(みどう)はバンを降りた。俺も続いた。地下道の熱が顔に当たる。燃える車輪の熱、古いエンジン油、湿ったコンクリート、霊素(れいそ)の臭い。ここはもう企業の道路ではない。地図に載らないものたちが通る、別の都市だった。


 輪入道(わにゅうどう)がこちらを見た。


『通行料を置いていけ』


 声は、タイヤが荒れた路面を削る音に似ていた。人の喉から出る声ではない。何百年ぶんの車が同じ場所を通って、路面に刻みつけた音の記憶が、そのまま言葉の形をとっているようだった。


 燃える車輪が、ゆっくりと回る。回るたびに、壁の影が伸び縮みした。熱が、俺の頬をあぶる。だが、その炎は、こちらを焼こうとはしていなかった。ただ、そこにあるだけで熱い。怒りではなく、消えられずにいる者の体温だった。


「何を取った」


 御堂(みどう)が言う。


『道を直すもの』


「冷却材、電源セル、道路センサー、補修資材、遮断シート、換気フィルタ」


『道は腹が減る』


「通る者から取るのか」


『通る者からは取らぬ』


 輪入道(わにゅうどう)の炎が揺れた。


『塞いだ者から取る』


「今飲んだのは、走っていた車列だ」


『あれは塞いだ者の荷だ』


 御堂(みどう)は答えなかった。輪入道(わにゅうどう)の炎の顔が、御堂(みどう)をじっと見た。


 炎の中の(しわ)が、ゆっくりと動いた。道路のひび割れが、表情を作るように寄って、また伸びる。何百年ぶんの道が、一人のエルフを、値踏みでも敵意でもなく、思い出そうとしている目つきだった。


『お前、道を消したな』


 地下道の空気が、わずかに重くなった。


『標識を外し、灯を落とし、地図から削った。管制から切り、保守から切り、人の目からも切った。道は覚えておるぞ』


 御堂(みどう)は否定しなかった。


「覚えているなら、ちょうどいい」


『何がちょうどいい』


「今日は直しに来た」


 輪入道(わにゅうどう)が低く笑った。火の粉が、コンクリートの天井に当たって消える。


『企業が道を消した。電気を切った。空気を止めた。排水を殺した。地図から消し、標識から消し、交通網からも消した。だが道は残った。通る者も残った』


 輪入道(わにゅうどう)の後ろ、地下搬送路のさらに奥に、避難区画のような空間が見えた。そこに、人影があった。


 河童(かっぱ)らしき小柄な男。顔の輪郭が薄くなりかけた女。片腕が古い義肢(ぎし)の老人。誰もが、暗がりに身を寄せ合うように座っている。登録番号を持たない者か、持っていても地上で使えなくなった者たちだ。地上の顔認証ゲートは通れない。企業居住区には入れない。公共交通にも乗れない。


 義肢(ぎし)の老人が、こちらを一度だけ見た。警戒ではない。値踏みでもない。ただ、久しぶりに「消しに来た顔」以外の人間を見た、というような目だった。老人の義肢(ぎし)は、企業製の新しいものではない。関節に手作りの部品が足され、金属の上から古い革が巻かれている。地上の医療サービスから弾かれた者が、自分の腕を自分で直し続けると、こういう腕になる。


 輪郭の薄い女は、膝の上で小さな端末を握っていた。画面は暗い。たぶん、もう認証を通らない。それでも手放さないのは、そこに、かつて自分が誰だったかの残りかすが入っているからだろう。彼女は俺と目を合わせず、端末を、もっと深く膝へ抱え込んだ。


 誰も、助けてくれとは言わなかった。この地下では、言っても届かないことを、全員が知っている。届かないと知っている者の沈黙は、悲鳴より重かった。


 だから、地図にない道を通っている。


 その奥に、オークの子どもがいた。まだ牙も生えそろっていない、痩せた子だ。つぎはぎだらけの服の袖から出た腕は、大人のオークからは想像もつかないほど細い。その子が、自分の背丈ほどもある道路標識を、両手で胸に抱えていた。青い矢印の標識。錆と泥で汚れ、その子の身体には大きすぎた。


 それでも彼は、盾のように胸へ抱えている。腕が震えていた。重いからではない。手放せば、自分たちの通る道が消えると知っているからだ。道がなくなれば、自分たちもいなくなる。この地下では、それが比喩ではなかった。


 子どもの後ろで、輪郭の薄い女が、そっと手を伸ばした。標識を取り上げるためではない。抱える腕が疲れないよう、下から少しだけ支えてやるためだった。子どもは支えられても、標識は渡さなかった。二人で、一枚の錆びた標識を、抱え続けている。


 文字はかすれているが、まだ読める。


 ――第三避難路。


 子どもは、俺が一歩近づくと、標識をさらに強く抱え込んだ。奪われると思ったのだろう。細い腕に力が入り、錆びた金属の縁が、その頬を軽く擦る。それでも、離さない。


 この道が消えれば、自分たちの居場所も消える。それを、この子は理屈ではなく、体で覚えている。標識は、看板ではなかった。この子にとっては、命綱そのものだった。俺は、伸ばしかけた手を、静かに下ろした。


「それ、どこで拾った」


 俺が訊くと、子どもは答えなかった。代わりに、輪入道(わにゅうどう)が言った。


『この子は、標識があれば道は死なぬと思っておる』


 御堂(みどう)の表情が少しだけ動いた。ほんのわずかだった。だが、動いた。


「この道を維持するために、コンテナを取ったのか」


 俺が言うと、輪入道(わにゅうどう)は笑った。


『通行料だ』


「勝手に取れば盗みだ」


『勝手に消せば、殺しだ』


 返す言葉が一瞬詰まった。


 御堂(みどう)輪入道(わにゅうどう)を見たまま言った。


「道を直すなら、必要な分だけ取れ」


『足りぬ』


「足りないなら、道を塞いだ奴から取れ。通る奴から取るな」


『企業か』


「そうだ」


『企業は道を消す』


「なら、消せなくすればいい」


 そのとき、背後の企業ドローンが一斉に展開した。話し合いを待つほど、企業は暇ではないらしい。


「一号、目。上を取れ」


 偵察ドローンが天井近くへ跳ね上がる。


「二号、声。こっちの線を切らすな」


 中継ドローンが配管の影に入り、死んだ保守回線へ無理やり通信の脈を通す。


「三号、耳塞ぎ。全部濁らせろ」


 三号が強く唸った。企業ドローンの照準が一瞬だけ震える。


 だが、敵は十機。こちらは五機。地下道は狭く、避ける場所は少ない。


 企業ドローンは、無駄がなかった。二機ずつ組んで、一機が拘束(こうそく)波を撃ち、もう一機が退路を塞ぐ。御堂(みどう)のドローンが一機を落とすたびに、包囲は形を変えて締まり直した。個体で戦っているのではない。管制機が、十機をひとつの網として動かしている。


 二号が拾う通信の脈が、細くなっていく。三号の妨害が届く範囲も、じりじりと押し込まれる。四号が走りながら焼けたセンサーを削り直し、五号が照明で敵の目を焼くが、それでも数の差は埋まらない。


御堂(みどう)さん、押されてます」


「わかってる」


 彼の声は、まだ落ち着いていた。落ち着きすぎていた。切る手札を、一枚だけ、まだ伏せている者の声だった。


 企業ドローンが拘束(こうそく)波を撃った。青白い波が輪入道(わにゅうどう)を包む。炎が削られ、車輪の回転が鈍る。輪入道(わにゅうどう)は低く唸った。道そのものが軋むような音だった。


 拘束(こうそく)波が重なるたびに、燃える車輪のオレンジが、色を失っていく。炎が小さくなると、壁に映っていた沈まない太陽の影も、ひとつ、またひとつと沈んだ。地下道の温度が、目に見えて下がる。避難区画の奥で、輪郭の薄い女が、子どもを庇うように身を屈めた。輪入道(わにゅうどう)が消えれば、この道を照らす熱も、消える。


御堂(みどう)さん」


「まだだ」


「六号は」


「人がいる」


 御堂(みどう)の言葉で、俺は奥の避難区画を見た。そこには人影がある。対ドローン用の対物(たいぶつ)ライフルは、外せば壁も設備もまとめて吹き飛ばす。あれは人を撃つためのものではない。御堂(みどう)はその一線を知っていた。


 俺は拳銃を抜き、近い一機のカメラを撃った。弾は当たった。だが、落ちない。対人用の弾で、武装ドローンを止めるのは効率が悪すぎる。


 輪入道(わにゅうどう)が動いた。燃える車輪が企業ドローンへ突っ込み、一機を壁に叩きつける。機体が爆ぜ、火花が散る。だが残りのドローンは、輪入道(わにゅうどう)を中心に包囲を組み直した。拘束(こうそく)波が重なり、炎がさらに小さくなる。


 御堂(みどう)がバンへ走った。後部扉を開け、六号の固定具を外す。低い駆動音が地下道に沈んだ。


 六号が目を覚ます。


 他のドローンとは音が違った。軽い羽音ではない。古い兵器が、長い眠りから関節を動かす音だった。地下道の空気が、その音に、一瞬、静まった。輪入道(わにゅうどう)の炎さえ、揺れを止めたように見えた。機体の腹に抱えられた長い銃身が、五号の照明を受けて鈍く光る。


 輪入道(わにゅうどう)が六号を見た。


『その鉄の鳥を覚えておる』


 御堂(みどう)は六号から目を逸らさなかった。


『その鳥は、道を殺した』


「知ってる」


『なら、なぜまだ持つ』


「捨てたら、俺だけ楽になる」


 御堂(みどう)は運転席に戻らない。車体の横に立ったまま、片手を六号へ向けた。


 視線は前を向いている。だが、彼が見ているのは自分の目ではなかった。六号のセンサーが捉える照準線、三号が濁らせた敵管制の隙間、一号が上から拾う角度、二号が維持する通信の細い糸。そのすべてを、御堂(みどう)はひとつの道路のように繋いでいた。


「六号」


 御堂(みどう)が静かに言った。


「一発」


 六号の姿勢制御翼が開く。銃身がわずかに動いた。


 狙いは、企業ドローンの中で一番大きい管制機だった。拘束(こうそく)波の中心。あれを落とせば、輪入道(わにゅうどう)は動ける。外せば、奥の避難区画ごと持っていく。


 地下道の音が遠のいた。輪入道(わにゅうどう)の炎、企業ドローンの駆動音、バンのエンジン、オークの子どもが抱えたかすれた避難路標識、俺自身の呼吸。そのすべてが、撃発の前に一瞬だけ止まった。


「道を塞いだ弾で」


 御堂(みどう)が呟いた。


 その声は、俺にというより、六号に向けられていた。あるいは、この機体がかつて撃ち落とした、名前も知らない道に向けて。撃つのは一発だけ。彼はそう決めている。二発目を撃てば、それは戦いになる。一発で終えれば、これは、まだ修理の範囲だ。


「今度は通す」


 発砲。


 雷鳴のような音が地下搬送路を裂いた。衝撃波が、俺の胸を内側から叩く。狭い地下道が、その一発を何度も跳ね返し、耳が一瞬、遠くなった。弾は管制ドローンを正面から貫き、装甲も、制御部も、後部ローターもまとめて粉砕した。破片が壁に突き刺さり、火花が雨のように散る。


 管制機だったものが、火の玉になって落ちる。それを追うように、包囲を組んでいた残りの機体が、糸の切れた操り人形みたいに、統率を失って散らばった。


 拘束(こうそく)波が途切れた。輪入道(わにゅうどう)の炎が膨れ上がる。


 沈みかけていた沈まない太陽が、壁の上で一斉に燃え上がった。地下道の温度が跳ね上がる。冷えかけていた空気が、また、道の体温を取り戻す。燃える車輪が回転を上げ、アスファルトを削る音が、勝ち鬨のように地下空間を転がった。


「六号、戻れ」


 御堂(みどう)はすぐに言った。二発目はない。


 六号は銃身を下げ、ゆっくりとバンの後部へ戻った。御堂(みどう)は弾倉を抜き、薬室を確認し、安全状態を取る。戦闘の最中とは思えないほど丁寧だった。


 その手つきは、勝った者のものではなかった。撃った機体を、また眠らせる者の手つきだった。御堂(みどう)は六号の側面を一度だけ布で拭い、削れて消えかけた企業ロゴの跡を、指でなぞった。かつてこの機体が、どこの誰の道を殺したのか。その記録は、たぶん彼の頭の中にしか残っていない。


「本当に一発だけなんですね」


「二発撃つと、言い訳になる」


「高い弾だから、じゃなくて?」


「それもある」


 御堂(みどう)はそれだけ言った。


 管制を失った企業ドローンは散った。三号が通信をさらに濁らせ、一号が逃げる機影を追い、五号が照明で視界を焼く。輪入道(わにゅうどう)は炎の車輪となって地下道を走り、残った一機を古い壁へ叩きつけた。


 御堂(みどう)が運転席へ戻る。


「乗れ」


「どこへ」


「道の腹だ」


 俺は助手席に飛び込んだ。バンが走り出す。輪入道(わにゅうどう)が横を転がる。炎の車輪と古い配送バンが、地図にない地下道を並んで駆け抜けた。

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