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御堂誠は、港湾区の外れにある古いコンテナヤードにいた。
錆びたフェンスの向こう、使われなくなった荷捌き場の隅で、古い配送バンの下に潜り込んでいる。周囲には使い古しの工具箱と、外されたセンサー部品と、油の染みた布が散らばっていた。
車体はくたびれていた。塗装はところどころ剥げ、側面にあった企業ロゴは雑に削られている。だが、見捨てられた車ではない。タイヤは新しく、ライトのレンズは磨かれ、車体下部の配線は古いなりに整然と束ねられていた。
古いが、死んではいない。持ち主にまだ必要とされている機械は、そういう顔をしている。
俺は、その車の手入れの跡から、持ち主の性格を先に読んだ。捨てられない男だ。だが、感傷で抱え込む男でもない。使うために直し、直したから使う。壊れたものを磨くのは、思い出のためではなく、まだ働けるからだ。
「御堂誠さんか」
俺が声をかけると、車の下から低い声が返ってきた。
「呼び捨てでいい」
「わかった」
「なら好きにしろ」
男は車の下から滑るように出てきた。エルフだった。
黒髪を後ろでひとつに束ね、尖った耳だけが、作業灯の光を受けて妙に綺麗に見える。顔立ちは整っていたが、広告塔に立つような清潔なエルフとは違った。革ジャンの袖口は擦り切れ、作業着には油が染み、細い指の爪の間には黒い汚れが残っている。
見た目は三十代半ば。だが、目が若くない。疲れているのではない。長く見てきた目だった。
「久我ミナトか」
「ああ。あんたが道路屋か」
「灰桜の匂いがする」
「よくわかるな」
「昔、企業物流課の喫煙室でよく嗅いだ」
「企業にいたのか」
「昔な。五十八年も生きていれば、企業のひとつやふたつ通る」
「五十八?」
思わず聞き返すと、御堂は面倒そうに俺を見た。
「エルフだ」
俺は、その若くない目を、もう一度見た。三十代半ばの顔で、俺の倍以上を生きている。ため口をきいていい相手ではなかった。
「……失礼しました」
「急に敬語になるな。調子が狂う」
「そうもいかない。五十八には勝てない」
御堂は面倒そうに鼻を鳴らし、それきり何も言わなかった。諦めたらしく、油のついた手を布で拭いた。
その仕草に、俺は妙な既視感を覚えた。企業を辞めた人間には、独特の距離の取り方がある。他人に近づきすぎない。だが、必要なときには、迷わず手を突っ込む。捨てられた側なのに、捨て方だけは体が覚えている。俺と、同じ匂いだった。灰桜の匂いを言い当てられたのは、鼻がいいからではない。この男も、あの喫煙室の側にいたからだ。
「狐から聞いています。元・企業物流ネットワーク管制のドローン使いだと」
「今は道路屋だ」
「運び屋ではなく?」
「道路がなければ運べん」
それで説明は終わりらしい。
御堂はバンの後部扉を開けた。中には六機のドローンが、固定具に収まって並んでいた。どれも新品ではない。補修跡があり、部品の世代も揃っていない。だが、汚れてはいなかった。
機体には名前ではなく、番号だけが白く塗られている。一号、二号、三号、四号、五号、六号。
「名前はつけないんですね」
「壊れたときに困る」
「冷たい」
「困るのは俺だ」
御堂は、一号のレンズを布で拭いた。続けて二号のアンテナを指で弾き、三号の黒い外装を確かめ、四号の作業アームを開閉させ、五号の腹にある照明を短く点けた。
「一号は目。二号は声。三号は耳塞ぎ。四号は手。五号は灯り」
「説明が短いですね」
「走ればわかる」
たしかに、その方が早そうだった。
一号は拭かれるあいだ、じっと動かずにいる。二号のアンテナは、こちらの声へわずかに傾く。四号の作業アームだけは、固定具の中でも指先を開いたり閉じたりしていた。名前はない。だが、癖はある。
道具は、長く使われると、持ち主の呼吸を覚える。五機は、古い工具箱に収まった五本の指みたいだった。
そして六号だけが、奥に置かれていた。他の五機より大きく、固定具も太い。機体の塗装は剥げ、企業ロゴは削られている。腹部には、長い銃身が抱え込まれていた。細く、長く、異様なほど丁寧に磨かれている。
「六号は」
俺が訊くと、御堂は少しだけ手を止めた。
「最後だ」
「武装している」
「してる」
「違法ですよね」
「違法だ」
「なぜ持ってるんです」
「捨てられるなら苦労せん」
御堂は、六号の固定具を他の五機より一段ていねいに締め直した。
「愛着ですか」
御堂は少し考えた。
「責任だ」
それ以上は言わなかった。俺も聞かなかった。
六号の腹にあるのは、対ドローン用の対物ライフルだった。企業物流戦争と呼ばれた時代、無人輸送車と配送ドローンが、港湾道路の上で互いを撃ち落としていた頃の遺物だ。今では所有しているだけで面倒な代物で、使えば企業も警察も寄ってくる。
存在してはいけない機体。そういうものほど、たいてい一番よく整備されている。
俺は、その長い銃身に、うっすらと油の膜が引かれているのに気づいた。埃ひとつない。可動部の継ぎ目には、新しい潤滑剤が差してある。他の五機が「使うための道具」なら、六号だけは、「使わないために手入れされている道具」だった。抜き身の刃物を、鞘の中で毎日研いでいるようなものだ。
「道路屋にも」
御堂がぽつりと言った。
「昔はいろいろある」
「聞かない方がいい話ですか」
「聞いても、道路は戻らん」
御堂は六号の固定具を確認し、ゆっくりと後部扉を閉めた。
「道路は、消したことにしても残る」
その言い方には、実感の重さがあった。消したことがある者だけが、消しても残る、と言える。消される側の願いではなく、消した側が思い知った事実として、彼はそれを口にしていた。
「だから道路屋ですか」
「だから、まだ走ってる」
それ以上、御堂は言わなかった。




