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コンテナが消えている、という話を持ち込んできたのは、湾岸物流保険共同体の若い担当者だった。
名前だけ聞けば公的な機関に思えるが、実態は企業連合の損失処理部門に近い。荷物が消えれば保険金を払う。保険金が増えれば、誰かが責任を取る。企業という生き物は血の匂いより先に、損失の匂いを嗅ぎつける。
「六日連続です」
担当者は、まるでその数字が自分の睡眠時間を削った張本人であるかのように、恨めしげに端末を見た。
担当者は、俺の事務所の古い応接椅子に浅く腰かけ、端末を机に置いた。よく仕立てられたスーツは、徹夜のせいか肩のあたりだけ皺が寄っている。若い。整えた髪の下で、目だけが妙に乾いていた。襟の企業連合の社章が、角度を変えるたびに青から緑へ、安っぽく色を変える。損失を数えるのは得意でも、人の生き死にを数えたことはまだない。そういう顔だった。
画面には、消えた荷の一覧が並んでいた。俺はひとつずつ目で追った。
高出力冷却材、大型ドローン用の電源セル、旧式道路センサー、港湾補修材、霊素遮断シート、換気ダクト用の古いフィルタ。
金に換えるには地味で、武器にするにはまとまりが悪く、生活物資と呼ぶには食い物も薬もない。だが、死にかけた設備を無理やり生かすなら、話は別だった。
熱を逃がす。電気を戻す。道を見る。壁を塞ぐ。漏れた霊素を遮る。腐った空気を外へ出す。
盗品のリストというより、延命処置の処方箋に見えた。
こういう盗み方をする奴を、俺は前にも一度だけ見たことがある。企業の資産倉庫から、換金価値のない古い部品ばかりが消えた事件だ。犯人は、金が欲しかったのではない。何かを、動かし続けたかった。壊れかけたものを、あと少しだけ生かすために、必要なものだけを、必要な数だけ抜いていく。そういう盗みには、欲より切実な理由がある。たいてい、その理由の先には、誰かが息をしている。
「盗まれたにしては、妙な荷ですね」
俺が言うと、担当者は眠そうな目を瞬かせた。
「高額品ではあります」
「売りにくい」
「ええ」
「壊しにくい」
「はい」
「使い道を知っている奴が盗ってる」
担当者は、そこで少しだけ顔色を変えた。企業の人間は、損失額を聞いた時より、意味があるとわかった時の方が青くなる。
「荷主は」
「それぞれ別です。輸送会社も別。運行ルートだけが共通しています」
「湾岸第十三ジャンクションから港湾第三ゲート」
「はい。午前二時十七分前後に、その区間を通過した車列の最後尾だけが消えます」
担当者が映像をもう一度再生した。
夜の高架道路を、十二台の無人トラックが走っている。速度は一定。車間も綺麗に揃っている。道路脇の監視灯が、トラックの白い車体を順に照らしていく。
十一台目が通過する。最後尾のトラックが街灯の影に入る。次の瞬間、映像の中から車体だけが消えた。
車列は何事もなかった顔で走り続けている。
「GPSは」
「消失直前まで正常です」
「ドローン追跡は」
「同じ地点でロストしています」
「企業警備は」
「盗難として調査中です」
「つまり、役に立っていない」
担当者は苦笑いした。否定はしなかった。
「未登録怪異、違法ドローン使い、内部犯、旧行政道路網への誤進入。社内ではいくつか仮説が出ています」
「どれも表に出したくない言葉ですね」
「そのために来ました」
彼は、疲れた手つきで報酬額を提示した。悪くない。ただし、命を賭けるほど良くもない。
「戦闘は別料金です」
「戦闘になるんですか」
「あると思って払うのが保険でしょう」
担当者は一瞬だけ笑いそうになり、すぐに仕事の顔に戻した。
「正直に言えば」
彼は、端末の消えた荷のリストを指で撫でた。
「上は、これを"事故"にしたがっています。事故なら、約款で処理できる。犯人がいると、責任の所在を決めなければならない。責任の所在が決まると、社内の誰かの評価が下がる」
「損失は数えられても、犯人は数えたくない」
「損失は表計算で済みます。犯人は、会議が要る」
乾いた言い方だった。この男は、まだ人の生き死にを数えたことがない。だが、損失なら、小数点以下まで数えられる。そういう訓練だけを、企業は丁寧に施す。数えられるものだけを見ていれば、数えられないものは、いないのと同じになる。
担当者は一瞬だけ笑いそうになり、すぐに仕事の顔に戻った。
「次の車列は、今夜二時十七分に同じ区間を通ります」
「ずいぶん急ですね」
「六日間、社内で揉めました」
「いい会社ですね」
「自分でもそう思います」
担当者を帰したあと、俺は端末を手に取った。最初に開いたのはサエの連絡先だったが、指は送信ボタンの手前で止まった。
今回は、斬ってどうにかする仕事ではない。道路を切られても困る。風の刃より必要なのは、夜の道路の癖を読む目だ。
それに、と俺は思う。サエは、狭い場所と、閉じた道を嫌う。地下の搬送路がどんな形をしているかは知らないが、名前に「地下」とつく仕事に、彼女を先に放り込む気にはなれなかった。
呼ばない理由を、俺はいくつも並べた。並べすぎだ、と自分でも思う。並べた理由の数だけ、本当は呼びたかったのかもしれない。俺は端末を伏せた。
俺は狐の情報屋に連絡を入れた。返事は短かった。
――道路屋なら、一人いる。




