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狐の情報屋は、旧市街の地下喫茶にいた。
店名は《尻尾》。ひどい名前だ。
地下へ降りる階段の途中から、匂いが混ざり始める。焦げた豆、こぼれた酒、湿ったコンクリート、誰かが吸っている霊煙の甘い匂い。表通りの監視カメラは、この階段の下までは届かない。だからここには、届かないでいたい連中が、匂いの底に沈むように集まる。
入口には、ヒューマン、亜人類、怪異市民、未登録存在、いずれも歓迎、と書かれた手書きの札が下がっている。その横には、神祇庁の認可証が貼られていたが、有効期限は十年前に切れていた。
店内は狭い。古い木のカウンター。安い酒。焦げたコーヒー。客席には、狸の運び屋、片角の鬼、顔の輪郭が少し薄い女、若いエルフの詐欺師がいた。誰もこちらを長く見ない。見たことが記録になると、面倒が増えるからだ。
カウンターの奥で、狐がコーヒーを淹れていた。
男とも女ともつかない顔立ち。長い金茶の髪。細い指には金の指輪がいくつも光っている。尻尾も耳も出していないが、目だけは化けきれていない。金色の、縦に細い瞳。笑っているときほど信用してはいけない目だ。
「久我くん。朝から女連れとは景気がいいね」
「仕事だ」
「サエちゃんも久しぶり」
サエは返事をしなかった。カウンター席に座ると、メニューも見ずに言う。
「一番苦いやつ」
「舌が若いねえ」
「甘いのが嫌いなだけ」
狐は笑い、黒い液体をカップに注いだ。コーヒーというより、何かの呪詛を煮詰めたような色だった。
「古椿を探してる」
俺が言うと、狐の手が止まった。ほんの一瞬だ。だが、止まった。
「誰から聞いたの」
「死んだ河童から」
「生きてるのに?」
「都市行政網では死んでる」
「それはまた、嫌な殺し方だ」
狐は頼んでもいない濃い茶を俺の前に置いた。
「僕は、ただでは教えない。人助けでも、命がかかってても、同じ。等価交換。これは主義じゃなくて、体質でね」
「金なら払う」
「金だけとは言ってない」
狐は笑った。
「いつか、僕が困ったとき、久我くんに一つ頼む。内容は、そのとき決める。断らない。それが今日の茶と情報の値段」
嫌な条件だった。中身の見えない借用書に、先に判を押すようなものだ。だが、沼田ゲンの身体は、今も少しずつ薄れている。
「わかった」
「即答だ。困ってる顔してる」
「困ってる」
狐は満足そうに頷き、古い紙の地図を滑らせた。紙。今どき、紙の地図。逆に信用できる。
「古椿は、旧都庁第二庁舎の地下。廃止済み行政バックボーンの保守区画にいる。表向きは閉鎖済み。実際には、電源だけ落とされずに残ってる」
「なぜ残ってる」
「落とすと、何が一緒に消えるかわからないから」
狐は地図の一点を爪で叩いた。
「古椿は、腕のいいハッカーじゃない。念で電子を操る類でもない。最新の量子鍵はたぶん苦手だ。でも、誰も読めない古い規格を茶飲み話みたいに語れる。消されたログを覚えてる。聞いてないことまで知ってる」
「それは助かるのか、面倒なのか」
「両方」
狐の目が細くなった。
「久我くん。古いサーバは、古い犬の首輪も覚えてるよ」
俺は返事をしなかった。
サエがカップを置いた。
「じいさんは、サエのことも知ってる?」
「知ってるかもね」
「なら会うのやめようかな」
「会わないと、河童くんは死人のままだ」
「嫌な言い方」
「正確な言い方」
サエは立ち上がった。椅子が床を引っ掻く音がした。店の客たちが一瞬だけ視線を向け、すぐに逸らす。
「行くよ」
「コーヒー代」
「ミナトが払う」
「俺か」
「七割ある」
「もう消えかけてる」
狐が地図の隅に料金を書いた。情報料と、茶代と、場代と、将来の相談料が含まれているらしい。
帳外屋の仕事は、報酬より先に支払いが増える。




