公正13
母さん。
おれのために、よみがえってくれたんだね。
おれと母さんと、最初からやり直していたんだね。
母であり、娘であり。
濃い血でつながった、ほんとうの、家族。
細胞レベルでつながった、かけがえのない、いとしい、血肉。
すべてが、かちりと音を立ててはまった。
もう、孤独じゃない。
いや、今まで孤独だったのか?
ああ。
そうだったのか。
公正は、驚き、納得し、安堵した。
フランス語では母の中に海がある。
日本語では海の中に母がある。
そんな意味の詩を書いた詩人がいたっけ。
あたたかな、母なる海で。
公正は、もう独りではなかった。
大きな温かい胸に抱きとられて、どこまでも許されていた。
どこまでも大きく伸びて。
世界に身を委ね、なめらかに溶け合った。
翡翠は、少しづつだが、確実に成長していく。
十を過ぎると、だれもが二度見するほどになった。
今までは、無事に育つか、とか、学校になじむか、とかの心配だった。
それよりもはるかに大きな、別の心配が、公正を悩ませるようになってきた。
翡翠が目をつけられないように、できるだけ地味な格好を。
髪はせっかく長く伸びて惜しいから、せめて三つ編みを。
共学はダメだ。女子校がいい。
部活なんかで遅くなるなんて、危険すぎる。
どんなオオカミがよだれを垂らして見つめているかわからない。
いつも公正が守っていたいが、そんなことは不可能だ。
男たちのいやらしさ。貪欲さ。執着。
目的のためなら、あることないこと、手管を弄し、嘘も平気でつく。
とにかく男というものは、立って歩けるようになった子どもから、寝たきりの老人に至るまで、油断ならないものだ。
たとえ親切でも、手を貸すな。声をかけるな。道案内をするな。
口酸っぱく言い聞かせたが、晩稲でおとなしい翡翠が、いざという時に身を守れるかは、実に不安だった。
瑠璃にも不安を訴えたが、反応は鈍かった。
「そんなの、経験でしょ?
あんまり父親がガードし過ぎても、将来、本人が困るだけじゃない」
クローゼットの前で、服を着たり脱いだりしながら、瑠璃は面倒くさそうに答えた。
「だからって、被害に遭ってからじゃ遅いんだ。
一生、心の傷になるかもしれないんだぞ」
「そうなるって決まったわけでもないし。
ずっとつきっきりで守るなんて、所詮無理なんだから。
そんなに心配なら、核シェルターにでも閉じ込めたら?」
そして、意味ありげにふっと笑った。
「あなたが、そんな心配するなんてね。
バチが当たったのかしら?」
公正は、かっとなった。
「……白雪姫の継母は、実は実母だった、という説もあるそうだ」
聞こえたのか聞こえなかったのか。
瑠璃は、ハンドバッグをつかんで、玄関に向かった。
「…わたし、友だちと会う約束があるの。もう出るわね」




