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公正12

 手塩(てしお)にかけたせいなのか、娘のかわいさは特別だった。



 母親は息子がかわいくて、父親は娘がかわいいというが、その通りだと公正は思う。

 小さい恋人なのか何なのか、ちょっとしたしぐさにも、表情にも目を奪われた。


 母親の瑠璃に対しては、おどおどとおびえた様子なのに、公正には、はにかみながら甘えてくるのもかわいかった。




 翡翠が六歳の誕生日には、チワワを買ってやった。

 犬がいたらさみしくないだろうと思ったからだ。


 ミルクという名は、翡翠と一緒に考えた。

 翡翠と一緒に、ミルクの世話や散歩をした。


 ミルクを抱きしめる翡翠の姿を、公正は何度カメラに収めたことだろう。


 

 手の形が公正にそっくりだと気づいた時は、うれしかった。

 それだけのことで、全ての厄介(やっかい)ごとに、毅然(きぜん)と立ち向かえる気がした。




 

 翡翠は七歳、義雄は五歳になったころ。

 公正を育ててくれた祖父が亡くなった。

 公正は、葬儀に幸子と義雄を連れて行った。



 葬儀が終わり、実家に移動して。


「義雄ちゃんは、お父さん似だねえ」

 祖母がそう言ったのは、その日何回目か。


 祖母も少し、認知症の気があるのかもしれない。


 祖父が入院して久しいから、祖母はすでに覚悟ができていたのかと思っていた。

 が、そういう感じでもないようだった。

 祖父の死を実感していないような、ふわふわした雰囲気。



 しかし公正はそれ以上考えない。



 そうかなあ、と苦笑しつつ幸子を振り向くと。

 かすかに顔をゆがめていた幸子が、すっと無表情に戻った。



 ああ。

 やはり、そうか。

 

 幸子は、義雄が自分の父親に似ていてほしいのだ。



 滅多に実家と連絡も取らないし、日ごろおくびにも出さないが、幸子はファザコンだ。

 今日の葬儀の時も、参列していた父親の姿を、ずっと目で追っていた。


 公正は、早くから気づいていた。

 わかりにくいし、相当こじらせているようだが、継母とその娘に取られた父親に、振り向いてほしくて仕方が無いのだろう。


 しかし公正にとっては、別にどうでもよかった。

 公正に振り向いてほしくて、泣きつかれたり騒がれたりするよりは、よほどましだった。





 祖母が仏壇の引き出しから出してきた写真を見て、公正は驚いた。

 幼い公正を抱いている、母の写真だった。



 母の顔を、公正はよく知らなかった。


 母のことに触れるのは、みんなが避けていたからだ。



「ほら。義雄ちゃん、パパの小さいころとよく似てるでしょ?」


 祖母のがんこな主張を聞き流し、公正は、母の顔を食い入るように見つめた。


 少女のような若い母の面影。

 だれかに似ている。

 よく知っている、だれかに。


 …翡翠だ。


 公正は驚いた。

 そして、ひとりうなずいた。


 翡翠が成長したら、たぶんこんな顔になるのではないか。





 面倒くさい子どもの世話を、面倒なことが嫌いな公正が、なぜ黙って続けているのか。


 なぜ、自分の大切な時間をけずって、子どもの用事に当てているのか?


 翡翠が喜ぶことが、なぜあんなにも嬉しいのか。

 パパ、パパとまとわりつかれて、うるさいはずなのに、なぜ芯から温かくなるのか。


 翡翠と一緒に暮らすことが、なぜこれほど大切なのか。



 翡翠と過ごした日々が、走馬灯のように脳裏を駆けめぐった。


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