公正10
そのうち、幸子も妊娠した。
悪阻がひどく、流産もしかけた幸子は、しばらく入院することになった。
幸子のいない自宅は、がらんとしてよそよそしかった。
いつものように過ごそうとしても、脱ぎ捨てた衣類はいつまでもそこにあるし、待っていても食事は出てこない。
仕事でくたびれた身体を起こし、公正はのろのろと洗濯物をかきあつめて洗濯機に入れた。
洗濯機を回している間に、途中で買ってきたほかほかの弁当を食べ、風呂掃除は面倒なのでシャワーで済ませる。
ああ、また洗濯物が出た。
しようがない、これは明日洗濯しよう。
洗濯機が止まって、取り出すと、まだ湿っている。
ここの洗濯機には、乾燥がついていないらしかった。
さてどこに干すのか。
外に物干しがあったような気もするが、天気はどうだっただろうか。
それに、いつ取り込めるかもわからない。
とりあえず椅子の背など、掛けられる場所に濡れた洗濯物を掛けていく。
数日もたつと、ひどくだらしない、安心してくつろげない家になった。
なんだ。
これなら、瑠璃の家と同じじゃないか。
そうだ。
翡翠は、どうしているだろう。
もう一歳になったはずだ。
歩くようになったかな。
仕事帰り、公正は久しぶりにマンションに足を向けた。
カギを取り出して、エントランスを通り、ドアを開けた。
「だれ?」
奥から、けだるそうな瑠璃の声。
「…ただいま」
さすがにばつが悪く、玄関のたたきに立ったままでいると、瑠璃が姿を現した。
穴が開くほど、たっぷり三分は公正を見つめてから、瑠璃はずんずんと歩み寄って来た。
その迫力に押されて、逃げ腰になりかけた公正を、瑠璃は両腕でドアに押し付けた。
「瑠璃!」
「なんで…ひどい…
どうして…どんな気持ちで、わたしが…」
恨み言が際限なく出てくる、酒臭い口を、公正は唇でふさいだ。
「翡翠は?」
ベッドで瑠璃の髪を撫でながら、公正はたずねた。
「ママに預けている」
「お義母さんに?」
瑠璃は、じっと公正の目を見つめた。
「父親が誰かなんて、口が裂けても言わないから、大丈夫よ」
「いや、そういうことを言っているんじゃなくて…」
「言っていなくても、そうでしょ? 困るものね、娘を二人ともはらませたなんて、うちの親に知れたら」
皮肉がどんどん出てくるが、これは瑠璃が気を許し始めた兆候なのだ。
だから、公正は受け流す。
「翡翠は、いつ、帰ってくるの?」
「さあね。
保育園もしばらく行ってないし、シッターも辞めちゃったから。わたしには無理だし」




