公正9
久しぶりに見る我が家。
温かそうな門灯が、寒かったでしょう、さあどうぞお入りなさい、と言っているようだった。
ここはおれの家だ。
金は出してもらったが、少なくとも所有者はおれだ。
さすがに少し緊張したが、努めて何くわぬ顔で、公正は自宅のブザーを押した。
はい、と返事があって間もなく、幸子がドアを開けて出迎えた。
驚きも見せず、以前と変わらぬ貼りついた笑顔で。
連絡も入れず急に帰ったのに、公正の着替えも洗面用具も、部屋も、すぐに使えるように清潔に整えられていた。
どの部屋にも、趣味のいい絵や花がさりげなく飾ってある。
たまに業者が掃除に来るまでは、散らかし放題で、綿埃が小動物のように動き回る家。
昨日までそこで暮らしていたのが嘘みたいだ。
温かい風呂にゆっくり浸かって出てくると、食卓にはすでに、冷たいのも熱いのも、何品もの料理が並んでいた。
ぜいたくではないが手の込んだ家庭料理だ。
いい匂いがする。
公正は、家長の席にどかりと座った。
タンブラーを取り上げると、幸子がすかさずビールを注ぐ。
真冬でも公正がビールを好むことを覚えていたのだ。
味付けが薄めでも、出汁をしっかりとった煮物や汁物。
外食やコンビニ弁当に慣れた身体に、じんわりと温かくしみていく。
今までずっと、こうして幸子とここで暮らしていた?
公正が錯覚するほどに、なにもかも完璧で、居心地がよかった。
幸子は相変わらず口数が少ないが、公正の不実を責めることもしない。
この女は、こうだったのだ。
いつまでも誠実に待っている女だったのだ。
わかりにくいだけで。
なかなかいじらしいじゃないか。
それからずるずると、公正は自宅に居ついた。
携帯電話には、瑠璃からしつこく着信があった。
前から、仕事用の携帯電話が必要だとは思っていたので、これを機に、もう一つ買った。
古い方は、電源を切って、机の引き出しにしまい込んだ。
瑠璃がここまで来ることはないと、公正は確信していた。
瑠璃のプライドが許すはずがない。
仕事から帰ると、食べて入浴して、だらだらとテレビを見てから寝る。
気が向けば、女房を抱く。
体調は良く、仕事もはかどった。
ぜいたくさえ言わなければ、十分恵まれた暮らしだった。
なぜ、この気楽な暮らしを遠ざけていたのだろう?




