第52話 忍君、お盆前のアルバイト
「今日、暇だね~」
「そうだね」
若草市内中心部から少し外れにある居酒屋は、しんと静まり返っていた。
21時を過ぎた辺りで、店内は空っぽになったからだ。
お盆の時期は大概こんな感じらしい。
いつもは23時で閉店だけど、今日は22時閉店だ。
店長は「後は任せた」と言って先に帰った。
明日からお店も一週間休みだから、店長は家族を連れ立って故郷の九州へと帰るらしい。
俺もバイトが終わったら家に帰って寝て、朝早くバスに乗り帰郷する予定だ。
「横峯君の地元って、どんな所なの?」
洗い物を食洗器に入れて、スイッチを入れる。
白石さんは調理室の入り口の柱に肩をもたれていた。
「俺の地元は、海が綺麗。食べ物も美味しい。」
「え!?海あるの?」
白石さんが壁から肩を離して食い付いている。
「うん。俺んちの目の前、海だよ」
「えー!!羨ましいなぁー!!」
首を振り、少しカールのかかったポニーテールが横に揺れた。
「白石さんは、若草市内だっけ?」
白石さんが初バイトの日、自己紹介で聞いた気がするけど記憶が曖昧だ。
「うん!実家から通ってるよ~」
そうだった。
「だから、帰省する人が羨ましいんだ」
そう言うと口を尖らせた。
「…都会が実家なの、便利でいいじゃん」
「そうかな?私も横峯君の地元に行ってみたい!」
満面の笑みで言われても…。
「まぁ、バスで3時間くらいだし。また、来てください」
「いいの!?」
いいのって、別に…。
「俺の地元に来るのに、俺の許可必要ないから」
「えー!!横峯君、案内してよー」
嫌だ。とは言えない。
「うーん…」
笑顔だった白石さんの顔が、急に真顔に近い、不安そうな顔になる。
「横峯君って、地元に彼女が居たりするの?」
居ない
「いない」
けど、好きな人は居る。とは言えない。
「そっか!!じゃあ、やっぱり案内してよ~」
白石さんは両手を合わせてお願いしてきた。
「…また今度」
「やったー!!」
白石さんは両手を上に上げて、リスみたいな丸い目を細めて笑った。
嘘つき。胸がチクリと痛む。
「じゃあ、店長早めに閉めていいって言ってたし、もう締め作業してくるね!」
そう言って鼻歌を歌いながら調理室から出て行った。
俺も調理テーブルやシンクを消毒して、ゴミを袋にまとめ、外に出した。
白石さんもテーブルや椅子の消毒、レジを締め終えたみたいだ。
22時まであと20分程あったから、何となくバックヤードの椅子に座り、雑談をした。
「横峯君って、背高いよね」
「180㎝もないよ」
「横峯君のお父さんも、背高いの?」
おとうさん?
「…横峯君?」
おとうさんっていたっけ?
俺に、おとうさんなんて。
「俺、父親居ないから」
白石さんは丸い目をさらにまん丸にしてびっくりしていた。
「え…なんかごめんね」
そう言って上目遣いで肩をすぼめた。
沈黙が流れる。
だけど、俺の頭の中はうるさかった。
あの男の声、仕草、いつも着てる作業着。
嫌なものを思い出した。
「…本当に、ごめんね?」
「ん?あぁ…大丈夫。こっちこそごめん」
白石さんは伺うように俺の顔を見ていた。
その表情には未知の感情への怯えと恐れ、哀れみ、悲しみ、同情、そして自己承認欲求。
全部が何かの成分表の円グラフみたいに、整然と合わさっていた。
まるで、小さい頃の俺みたいな顔だと思った。




