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四話『アウトローに花束を(前編)』



 昼下がりのカフェテラスというのは思っていたよりもくつろげるものだ。

 ほのかにバラの香りがするアイスティーを飲み干して、赤色の小さな腕時計に目をやる私は辺りを見渡して彼女を探す。

「そろそろかな」

 私のいるカフェテラスから約三十メートル先にいる女性。シンプルな白のブラウスを着こなし、ご自慢の黒髪をなびかせながら彼女は私のいる席に駆け寄った。


「久しぶりだね雅」

「久しぶり緑里。なんとか間に合ったね」

 少し乱れた息を整えながら、雅は私の向かいの席に座る。

 さりげなく耳にかかった髪を掻き分ける仕草は相変わらず見とれてしまう。

「映画なに観る? まだ決まってないよね」

「その前に預けてた物……お願いできる?」

 その雅の言葉を聞いた私に夏の暑い日差しがさらに追い討ちをかけた。

「あ……うん。本当に大丈夫?」

「うん平気。いいかげん私も向き合わなきゃ」


 私が彼女に渡した物。それは、あの文化祭前に皆で撮った写真だった。


 四年前のあの高校最後の文化祭。

 フクッペが死んだ日。


 あの日以来、雅の……私達の時間は止まったまま。

 私達は歳をとる。あの頃より大人になる。雅は大学で医学を学び着々と将来に向かって歩いているらしい。

 サリーは短大を卒業して今はペットショップで働きながら英語の勉強をしている。

 サリーが動物好きなのも海外に興味があるのも、高校を卒業した後に知って意外と思った。

 最終的には海外で服を売りたいとワケの分からないことを言い出した。

 でも私達はあの頃に何かを。何かを忘れていた。

 その何かが私達を止めている。

 そこにはフクッペの存在があった。


 フクッペはあの日。文化祭の前の日。

 私達の知らない友達と遊びに出かけ、その翌日の朝。私達の住む町の海岸近くの小さな倉庫で遺体となって発見された。

 遺体からは薬物が検出されたらしい。

 遊び半分で薬物に手を出し、脳を焼かれて亡くなった。警察からはそう聞かされて、新聞の片隅にフクッペの事が載せられた。


 あの時。フクッペの事を聞かされた職員室で泣き崩れた雅は思い出したくない。

 その場にしゃがみ込み、小刻みに揺れる肩を抱くようにして泣き出した雅。

 その時の彼女は少し触っただけでも壊れてしまう。そんなガラス細工のように私には見えた。

 その日、彼女はカッツンが撮って渡してくれた集合写真を私に返した。

 カッツンが全員分を現像してくれた集合写真を私は四年間、自分のと雅のと二枚持っていた。



「四年経ったね」

 私が言う。

「緑里も大人になったね。髪も伸ばして、ポニーテール似合ってる」

「髪も少し茶色く染めました」

 雅に向かって敬礼をする私の気持ちはその態度と違い複雑だった。

 私は大人になれたのだろうか?

 人生のレールをシッカリと良い方向に進めているのだろうか?

「横谷くんは? 元気? 同居してるんだよね?」

 雅の質問に私は頭を掻きながら答える。

「いやぁ~確かにバイトで貯めたお金で去年からアパート借りて一緒に住んでるけどさ……」

 私は一瞬だけ躊躇いをみせるが、雅の吸い込まれるようなうるんだ瞳にノックアウトした。

「アイツ大学辞めちった」

「えっ! 本当に?」

 口元に手を当てて雅は驚いた。

「サークルで音楽やってたじゃん。そのメンバーと喧嘩してさ……それに卒業できるか危うかったし」

 それを聞いた雅は少し納得した表情になる。

 さすがにサブのバカっぷりは彼女も理解しているようだ。

 そんな彼氏をもつ私が少し情けなく思えたが、今に始まったことではない。

「とりあえず映画観終わったらアイツ殴りにいく? 夜に居酒屋でサリーと一緒に飲む予定なんだ」

「わかった。じゃあちょっとだけ」

 そう言って私達は映画館へ向かった。



 夜になって私達はサブとサリーと合流する。サブの計らいで居酒屋を予約していた。

 いくつかある個室の一室に案内され、席に腰かけて店員に注文をする。

「私はカルピスチューハイ。雅は?」

「私は明日朝から予定あるからウーロン茶で」

 え~、と言ったつまらなそうな表情をするサブ。

「サリーも久しぶりだよね、ひーちゃん先生の結婚式以来?」

 私は似合わないアロハシャツを着てサングラスをしているサリーに言った。

 久しぶりなのに雅と違ってサリーはあんまり変わっていない。

「そやな。あれは見物やったな」

 なんせサブが騒いで無茶苦茶だったからなぁ。料理ひっくり返しちゃうし。

「テンション上がれば人間やっちまうもんだぜ」

 そう言って笑うサブの頭を私は叩いた。


 しばらくして店員が飲み物を持ってきた。

 私はチューハイの入ったグラスを手に先陣をきって乾杯する。


「それにしてもアレだよな。二十歳過ぎてもたいして変わらないな」

 飲み始めてから数分が経ったころに急にサブが言いだした。

 自分で頼んだ唐揚げを頬張りながら、私に向かって指をさす。

「‘緑里様’はね。相変わらず音感無いし英語の歌詞はテキトーに誤魔化すしさ」

「うるさいなぁ。音感なくても歌えるもん。音楽はねぇ……ハートよハート。ハートがあれば大丈夫なの!」

 少しずつお酒に酔い、熱が入る私とサブ。こういうやり取りも同居してから何度もある毎度のことだ。

「それ無理あるから」

 私に向かって冷静にツッコミをいれたサリーにムッとしてみせる。

 サブは親指をたててサリー側に寄り添いだした。

「聞いてくれよサリー。ユッケな、ほぼ毎日わざわざウチの大学のサークルに顔を出すんだぜ」

 ほほぉ、とサリーはアゴを摩りながらサブの言葉に聞き耳をたてる。

「ボーカルのヤツにさ。あ~だのこ~だのとダメ出しがひどくてさ、日がな一日アパートでゴロゴロしたりして何様だと思いませんか」

「まぁ~最近の‘若者’はコレやからアカンなぁ~」

 なにをとばかりに私はテーブルに身を乗り出してサブの耳を引っ張った。

「誰がゴロゴロしてるって! いつもアンタの汚いパンツを誰が洗ってやってると思ってんの! 私は短大をシッカリ卒業してんの、誰かさんみたいに途中でやめたヤツに言われたかないわ!」

 それに卒業後はコンビニのバイトも始めたし、親からの仕送りも断っている。

 ……まぁ卒業後に進路見つけられなかったのは申し訳ないと思ってはいるけど。

「んだよ~。辞めた時は『仕方ないよ』とか『それでいいのだ』って言って励ましてくれたじゃん」

「半ベソかいて『こんなハズじゃなかった』って言われたらソレしか言うことないじゃんか!」


 ――クスッ。


 私達の言い争いに割って入る小さな笑い声。その声の主は雅だった。

 一気に私達の個室は静まりかえり、隣の個室で飲んで騒いでいると思われる中年の男性達の声が聞こえ始めた。

「本当にこのやり取り……相変わらずだね」

 雅はそう言ってウーロン茶の入ったグラスに口をつける。

 私とサブは呆気にとられて大人しくなった。

「口喧嘩の続きは二人っきりの時にな」

 サリーが間を置いてから言う。

「オッス」



 雅のことを考えて、電車の終電に間に合うように私達は店を出る。

 サリーが雅の家の近くまで送ると言って、二人とは店の前で別れた。

 私とサブは家で軽く飲みなおそうと自販機で数本のお酒を買って家路に向かう。会話はほとんど無かったけど、夜空を見上げながら風を浴びてスゴく気持ちが良い。

 アパートに着くなり私は缶チューハイを片手にベランダに出る。

 後に続くようにしてサブが私の肩に手をまわした。

「見てみ~サブ」

 私が指さす方には茶色い毛の猫が子供を二匹連れ、アパートの隣にある小さな公園のブランコでじゃれあっていた。

「お、ありゃ弱虫子猫じゃねぇか」

 その茶色い毛の猫は私とサブがこのアパートに引っ越してから見掛けるようになった猫で、いつも鳥や近所で飼われている犬にイジメられていた。

 そこで私達が勝手に弱虫子猫と命名したが、子供も作って少し身体が大きくなっている。あれではもぅ子猫とは呼べないな。

「なんだアイツ。いつのまにかガールフレンド見つけて子供作ってたのか」

「いやいやあの子メスだから見つけたのはボーイフレンドだよ」

 ふ~ん、とサブは言ってビールを飲みはじめた。

 少し沈黙が続いた後、私はベランダの柵にもたれかかりながらサブを見上げる。

「ねぇ……サブ」

「ん?」

「雅さ、絶対に吹っ切れてないよね」

 サブは小さな声でだな、と答えてビールを飲み干した。

「まぁ仕方ねぇよ。フクッペもフクッペだ、アイツがもっとよ……」

「時間進めよ」

 私はサブの話の途中で腰を折り、少し声を張り上げて言った。

「あの頃の時間を進めようよ」

 サブはキョトンとした顔で私を見る。

「もぅ見てられない。雅も今の私達も」

「んなこと言ったってどうするんだよ」

 私は腰に手をあてて笑って答えた。


「バンド復活しよう」


「……マジで?」

「うん大マジ。一度だけの復活でいいの。スタジオ借りてレコーディングしてさ、デモCDでも作って売り込むの」

 ちょっと待てとサブは慌てだす。

「そんな簡単に言うなよ。俺はまだ最近までドラムやってたけどサリーとかブランクあるだろ? それにアイツそろそろペットショップ辞めるって」

「もぅ海外行くのサリー?」

「いや、それは知らねぇけど……つーか何で?」

 私は夜空に背を向けて、部屋に入るなりベッドに座って背伸びをする。

「ん……理由とかは特に。ただ吹っ切れたいんだ。私もサブも雅もサリーもスタート地点に戻って、新しいスタートした方が良い。そんな気がしただけ、私のワガママ」

 ベランダの鍵を閉めたサブは頭をポリポリと掻きながら私の隣に腰かける。

「いや、あの頃の時間を進めるとかさ、そんな臭いセルフはお前らしいけど。俺だってまたスタート地点だしさ」

 サブは少し気の抜けた顔でため息をした後、私と顔を見合わせて覚悟を決める。


「……じゃあやってみるか」


「うん。小さい会場でもいいからライブやろ、んでサブは働け。無職は許さん」

 サブはヘイっと返事をして立ち上がる。私を見下ろしたサブの顔は少し昔の頃の笑顔だった。

 その顔を見た私は少しホッとした。

「お、でもギターどうすんだ? 心当たりあんの?」

「うん。直人なおとを誘うつもり」

 次の日。


 私達はサリーに連絡して、バンド復活のために動き出した。

次で最終回です。よろしくお願い致します。

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