最終話『アウトローに花束を(後編)』
いつからだろう?
将来に不安を感じはじめたのは。
いつからだろう?
もどかしさや遣る瀬無さが付きまとうようになったのは。
大人になって、初めて自転車に乗れた時を思い出せないように。
ホント……いつからだろう?
◆
「サリーがスタジオおさえたらしいよ」
サブがカーテンを全開にする。
窓から寝起きの私に容赦なく朝日が照らされた。
眩しさのあまり私は目を細めながらサブに歩み寄る。
「おはよう。そして何だって」
「サリーがバンドの練習できる場所おさえたんだよ」
おーおーそりゃ良かった。と、私は喜びたいのだが。どうも起きたばかりで状況が判断できず、とりあえずサブに抱きつくことにした。
「お腹……空いた」
それを言うのが精一杯だった。
◆
それから三日後の日曜日。
私とサブは少し重い足取りでサリーが手配してくれたスタジオに向かった。
私達のアパートから歩いて五分の駅、そこから電車に乗って十分。そのスタジオというのは古風な喫茶店の地下にある。
「もしかしてココ?」
サリーに持ってくるように頼まれて、私達の家に置いてあるギターを背負った私は少し疑いの目で呟く。
いい感じな場所じゃん、とサブはサッサと中へ入っていった。私も後に続く。
「よう。お二人さん来たな? 迷わんかった?」
喫茶店の扉を開けると聞き慣れた声が中から聞こえてきた。
先に来てユッタリと紅茶を飲んでいるサリーだ。
「……駅から近かったから問題なかったよ」
「ん? なんや元気無いやんけ?」
サリーはほんの僅かなサブの異変に気付いた。
「ユッケも……風邪か?」
「いやぁ~」
私は額に手を当てて回りくどく説明する。
「昨日はその……テンションが上がってさ。サブと一日中。ほ、保健体育を」
「は?」
サリーが首をかしげた。
当然の反応だ。
「つーかヤッてたんだよ」
暴露するな馬鹿サブ!
「お前ら、俺が昨日ペットショップで仕事している間ずっと‘おしべ’と‘めしべ’の観察か? 受粉の問題を二人で仲良く問いとったんか?」
珍しくサリーがキレた。
「一日中上下運動か? そんな暇あったら練習せい! そして俺に女の子紹介せい!」
サリーが壊れた。
「ご無沙汰だったからさ……ゴメン」
朝から足取りが重かったのはこーいうワケだ。
「まぁええわ。ほな早く練習するで、他の予約してるグループいてるから時間無いし」
サリーは問い詰めてきたりはしなかった。
私が急に話を持ち出したバンドの復活。
私のワガママに黙って付き合い、この数日の間に練習が出来る場所を手配してくれた。
なんだかスゴく大人だ……私なんかよりスゴく大人で、悔しいとかそんなんじゃなくて。ちょっとだけ羨ましかった。
サブだってそうだ。
大学を辞めてから、家計のことも家事のことも色々と積極的に取り組もうとしてる姿勢がある。
前に雅やサリーと飲んでた時に私はサブにヒドイ言い方したけれど、ヒドイって言うのは私なワケで。
私があまりに無様だ。
地下にあるスタジオに移動しても、私はそんなことばかりを思っていたけど。シッカリとしていて、さらに落ち着いた雰囲気な練習場所は初めてだったので大きく深呼吸して気持ちを切りかえた。
「そういや聞きたかったんだけど。近いうちにサリー海外に行くんだろ? いつ?」
「未定やで。とりあえず一度アメリカに下見旅行に行きたい思うけど、それもライブが終わってからや」
ゆっくりと時間をかけて準備をし、いつかは海外に移住したいらしい。
「ライブって。なにサリー? やれる場所あるの?」
私が聞くとサリーは自分の肩掛けカバンから一枚のチラシを取り出す。
それには東京ミュージックライブと書かれていて、しかも開催日時は一ヶ月後。
「オイオイそれって結構有名なインディーズのイベントライブじゃん。俺達みたいなのが挑戦すんのかよ?」
確かに私達の実力では恥をかくだけ、そんなレベルの高い連中が集まる年に一度のイベントだ。
「お前らしくないなサブ。やるんやったら一発ドーンとやったろやないか」
「面白そう。インディーズの聖地じゃん。せっかくだからやろうよ」
私もサリーに便乗して乗りかかる。
――トントン。
「私も賛成。参加費とか支援してもいいかな?」
スタジオ出入口の扉を軽く叩く音がし、それと同時に二人の男女が入ってきた。
「雅! 直人」
早くも差し入れなのかペットボトルが数本入ったコンビニの袋を持って立つ雅の後ろで、髪を金色にした長身の男が佇んでいる。
「……どうも」
軽く会釈するその男は『福田直人』
バンドを復活すると決めた日。どうしても私の頭から離れなくて、ギター担当を誰にしようと考えたとき真っ先に名前が上がったフクッペの弟だ。
電話で連絡をとり、私が自らバンド復活に誘った。
ギターも前からフクッペから教わっていたらしく、フクッペが言うには才能もあるそうだ。
『まぁ俺の方が百倍上手いけどな』と付け加えて。
当然と言えば当然か、直人から電話越しでフクッペの話を持ち出されたけれど。私は‘そのこと’については黙秘をさせた。
スタジオに着いたらサブにもサリーにも、もちろん雅にも。その話は黙っているように告げる。
「はい直人、家から持ってきたギター。気合い入れてよ!」
私は直人に背負っていたギターを渡した。
直人は唇を噛み締めながらそのギターの重さを感じる。器用にもすぐさまチューニングも始めた。
「俺がんばりますから」
きっとフクッペの事とか色々と言いたいことがあったんだと思う。
それらを口には出さず言った一言に私達は全員で悟り、私は代表して親指を立てて直人を迎え入れた。
「それにしても驚いちゃったな。急にA9ーSOUL復活だなんて」
「うん。雅のおかげでもあるんだよね」
「え?」
私の言葉に雅はキョトンとした。
「最近のみんな見てるとね。私だけ置いてきぼりって気がしてたんだ。
そりゃ気のせいかもしれないけどさ、大人になりきれてないって言うか……」
サブには言った通り、雅のフクッペに対する想いのこともあるけど。
「前から雅が言ってくれてたじゃん。人によってはかけがえのない曲はあるって。その言葉思い出してさ……ドンと一発いろんな人に聴いてもらおうと思ったんだよ。私達のラヴソング」
「はぁ? ラヴソング!?」
スタジオ中にサブの大きな声が反響する。
「ジュリアーノとかは知ってますけど、ラヴソングなんて俺知らないッスよ?」
直人も驚きを隠せないでいる。
それもそのハズだ。一緒に暮らしてるサブにも内緒にしながら、今の今まで黙っていたのだから。
「もう歌詞と題は考えてあんの。曲もイメージできてる、後はサブ次第」
「前に言ってたレコーディングとかもマジでやるんかいな?」
「とうぜん! ライブ当日までにCD作るよ!」
私の次々と提案する発言に皆は呆然として身体が固まる。端から見たらマネキンが並んだ光景だ。
「噂ではな。このライブにドラゴンスレイヤーってのが来るくらいやねんで」
「マジかよサリー。それってデビュー間近のビジュアル系バンドじゃん。ドラムの秋人ってヤツのマネしてんし俺」
「なによサリー。さっきまでの威勢はどうしたの? ケンカ売ってやろうじゃん。カッツンも呼んでCD売り込むよ!」
現実はそんなに優しくはないって言うけど、上手くいけばデビューだって……そんなんでいいんだ。
そんなガムシャラでいいんだ。
ガムシャラなやり方で大人になれれば。
「そ、それで? どんな題名なの?」
少しの間、沈黙になったスタジオに雅が声をあげた。
「俺も知りたいです」
直人も身を乗り出して聞いてくる。
「それじゃ発表します。コレをラストに歌うからね」
私の前で皆が息を飲んだ。
「『アウトローに花束を』……常識人デビューに向き合う前に、ちょっと社会の秩序からはみ出してみたいって気持ちを込めて作ったの」
「お前らしいじゃんソレ」
「うん! 決まりだね!」
そして私達はライブに向けて練習を始めた。
きっとアウトローな私はキッカケってヤツを探してたんだと思う。
その形がようやく見えたような気がする。みんなおかげで私はこれから大人への門を蹴破る。
そして一歩一歩と前進して行く。
きっとあの頃の時間は進みだした。
私達はスタートした。
長い間かかりましたが、ようやく完結しました。
これからもユックリなのですが、小説は書いていきたいと思います。




