三話『ラブ&ピース』
文化祭まで一週間をきり、私達の練習にも熱が入る。
ガムシャラにやってるだけの学生レベル、でも人によってはかけがえのない曲はある。クラスメイトの雅によく聞かせているこの言葉だけが、現実に目を背けている私の支だった。
「短大行けた後の心配?」
そう言うのは保健室の教師『柊碑佐子』
あだ名はひーちゃん先生。年齢二十二歳(自称)
ヘアースタイルはウェーブのかかった黒髪を肩の部分から赤いゴムでとめていて、バランス的に一言で例えるなら美。服装は夏だろうが黒のハイネックにジーパン。たまに白衣をまとっていて、知的な眼鏡も印象的。
そしていつも小説を持ち歩き、近くを通り過ぎると濃いコーヒーの匂いがする。
雅に引けをとらず、道行く男子は必ず見とれる。まさに大人の女性。
まぁ私の足元にも及ばんワケだが、喘息持ちで保健室に通う私の相談役になってくれている。
「背けている内容? それもあるけど色々と、短大行くってのも正直ピンとこないし」
保健室のベッドで寝そべりながら、机で書き物をしているひーちゃん先生に呟いた。
「趣味は音楽。それ以外は中途半端、私に耳が無かったら絶対に死んじゃってる自信あるよ」
「なにソレ? でもまぁ歌を歌ってる時や聴いてる時だけ喘息がでないってのは不思議なことね」
ひーちゃん先生が口元に手を当てながら感心している。
もし神様がいるとするなら、気まぐれなのかどうなのか……喘息というものを私に与えた。
かわりに私には音楽さえあれば無敵になれる身体をくれた。
「で、緑里ちゃん達がやってるのってパンクバンドだっけ?」
「はぁ!? 違う違う。ロックだよロック。あ、でも結構いろいろやってるなぁ……でもパンクとかヘビメタじゃないから」
◆
「なぁ。サビのところだけどさ……変更しない?」
放課後の音楽室。フクッペの口から漏れたこの一言に、開いた口が戻らなくなった。
「変更するって『カラーレンズつけて笑った』ってとこかいな?」
「いや、『くり返す毎日』ってとこ」
サリーの問いに即答するフクッペ。
なににしろ私の歌詞に文句があると見た。
「おいおい、ジュリアーノは完成した曲じゃん。今更に変更ってどうよ。確かにユッケの作詞能力なかなかに皆無だけどさ」
サブのその言葉に直ぐ様反応した私は、背後から冗談混じりで首を絞める。
「あっはっはっ……やかましい。末代まで呪っちゃうぞ」
舌を出しながら私の腕をタップするサブの目はいつもより少し真剣だった。
「とりあえず新曲が間に合わなかったんだ、持ち合わせの三曲でいこうぜ」
サブに便乗するようにサリーが頷く。
「そやそや、文化祭じゃなくても卒業前に披露できる機会あるしな」
私達三人が納得している中、フクッペだけは一人不満げな顔をしている。
確かにこの時期、私達のメイン曲のサビを変更するのはどうかと思う。
私が歌詞を作って初めて上手く出来た思い入れのある曲だし、ここはサブとサリーに賛同して何より皆の雰囲気を悪くしないようにする。
「……そうだ。写真、写真撮ろう」
私は人差し指をピンっとたてて言った。
「はぁ? 写真?」
「うん。ほら……私達ってバンド結成して以来さ、集合写真みたいなの撮ってないじゃん」
とっさの思いつきだった。
学校の体育館ではもちろん。学校の外、とある民家の軒下でのゲリラライブなど様々な場所で写真を撮ったり撮られたりしてはいた。
しかし、手元にある写真には全員が写っている写真はバンドを結成した時に撮った一枚しかなかった。
「待ってて。優秀なカメラマン連れてくる」
理由はどうでもよかった。
ただ。高校三年生になった頃から、何気ないことでも何でも全力でやりたくなっていた。
だから今回の文化祭でのライブも成功させたい。成功すればなんだか、上手く未来に向き合える気がしたからだ。
◆
音楽室を出た私は一度職員室へ向かい、壁にかけられている部室の鍵を確認する。
写真部の鍵が無いのを確認し、ついでに靴箱で彼女の靴を確認する。
「よし……いるいる」
外に出ていないなら必ず部室にいる。私は小走りで写真部のある第二家庭科室へ向かう。
この第二家庭科室は普段決して生徒は使用しない余った教室だ。そんな場所になぜ写真部がポツンとあるのかと言うと……。
――ガラッ。
「やっほ~カッツン! 相変わらず一人~?」
「その呼び方やめぇや~」
教室にいる一人の女子生徒。サリーより少し気の抜けた関西弁で喋る彼女は『佐々原楓』
あだ名はカッツン(私しか呼んでない)
ひーちゃん先生みたく年中同じ、彼女の場合は耳まで覆った黒いボンボン付きニット帽を被り、短めの栗色に似た髪が帽子の縁から顔を出している。
部活でカメラを片手に近所の街へ出掛けると、商店街の人達から愛されており、コロッケ屋のおっちゃんからたまにタダでコロッケを貰っている。
本人は気付いていないだろうが。その天然とも電波さんともとれる性格に周りの人達は過剰なまでに反応する。ようするにほっとけずに構いたくなる存在のようだ。
「なんか御用で?」
「いやね……私達のバンドのさ、集合写真を撮ってもらいたいんだよね」
カッツンはその手に持つカメラをいじりながら少し考える。
「別にええけど顧問の許可は?」
「そんなの必要ないじゃん。それにウチも写真部と同じで顧問なんて幽霊みたいなもんだしさ……つーかウチら部活じゃなくてフリーだし、毎年ライブは体育館でほとんどゲリラみたいなもんだよ」
するとカッツンはゆっくりと首を縦に振る。
「……ええよ」
その言葉を聞いた私は、さっそくといった感じでカッツンの手を引き音楽室へ。
この開き直りともとれる高ぶる気持ちは、小柄なカッツンを振り回せるくらいの勢いだった。
◆
少し興奮気味の私は音楽室の扉の前に着くと同時に息を整える。
扉に手をかけると、後ろからポンっと肩を叩かれた。
「緑里。楓ちゃん連れてなにしてるの?」
振り向いた私はその声とツヤのある綺麗な髪ですぐに誰だか分かって答えた。
「皆で集合写真撮るんだよ……雅も入る?」
「え、いや私はメンバーじゃないし迷惑だよ」
「そんなことないない、フクッペの彼女はメンバーと一緒一緒」
強引に中に連れ込むと、男三人が待ってましたと盛り上がる。
「なに? 三対三で合コン?」
「写真だっつってんだろ」
サブの額をデコピンを浴びせて私はカッツンに合図する。
「よろしくカッツン」
「いや~悪いね佐々原さん、急に呼び出したりして」
意外にもフクッペが真面目なことを言った。
「別に。写真部は撮ってなんぼやし」
「つーかアレかいな、写真部って今年で最後?」
「……たぶん」
カッツンはサリーの言葉に頷く。決して写真部が嫌われているということではない、ウチの学校の生徒もカッツンを見る目は商店街の人達と一緒だ。
単純にカメラへの興味などが無いだけに思われる。
「緑里、やっぱり私……」
「え~い雅。観念しろい」
私は雅の肩に手を回して離さないようにした。
「ほないくで」
カッツンの言葉に私達はドラムを中心にそれぞれの楽器を持ち、寄り添いながらピースサインを出す。
そしてカッツンのお馴染みの‘掛け声’を待つ。
「ハイ。まいど~」
「おおきに~!」
一同が声を張り上げる。
――カシャ。
私……目瞑ったかも。
◆
文化祭当日。
天候は晴れ。髪をなびかせる風がスゴく心地が良い。
その日。私は妙に落ち着いていた。
今までの興奮がウソのようだった。
周りでは他の生徒達が出店の準備を終えて最終確認をしている。
雅も生徒会の仕事で忙しく、カッツンもどこかで写真を撮っているのだろう。
文化祭が始まる。
一般の人がゾロゾロと校内に入り、賑わいを見せ始める。
風に乗って微かに焼きそばの匂いがする。
私達のバンドは、体育館で他の部活の生徒達の劇や演奏の後に強引な形で披露する。
毎年それでやってきた。
そうして文化祭を盛り上げた。
だが今日はいつもと何かが違った。
サブだってサリーだってノリノリだ。ドラムのペダルを新品にしたり、良いエフェクターを手に入れたり、私達のバンドは女神が息を吹き掛けてくれたかのように絶好調のハズ。
「緑里ちゃん。準備はできた?」
学校の正門近くで佇む私に声をかけてきたのはひーちゃん先生だった。
「うん、大丈夫……サブ達が馬車馬の如く働いてくれてるから」
「そう、それにしては浮かない顔ね。先生達は少し迷惑してるけど、私個人はあなた達のライブを楽しみにしてるのよ」
ひーちゃん先生には悪いけど、その言葉は私の励ましにはならなかった。
「フクッペがね……まだ来てないの」
「福田くんが?」
雅の話によると。彼女からたまに聞かされている、昨日他の友達と出掛けたのを最後に連絡がとれないらしい。
雅もフクッペが今回の文化祭を楽しみにしていることを知っているから、あえて心配はしていないらしいが。
「ユッケ~。フクッペまだ?」
痺れを切らしたサブが正門にやってきた。
「な~にやってんだアイツ? 寝坊かな?」
サブが腰に手をあてて深く溜め息を吐く。
サブも今日は妹のかれんちゃんが文化祭に来ていて俄然やる気を出している。
「ねぇ、サブ」
「……ん?」
立っているのに少し疲れた私は、サブの胸に倒れるかたちで顔を押し付けた。
「なになになに?」
サブは慌てた様子で。だけどシッカリと私の肩と頭に手を乗せ、暖かく抱きしめてくれた。
「昨日私さ。回送少年見たんだ」
「……へぇ」
私は一呼吸してからサブを見上げた。
幸運をよぶ回送少年。それは私達だけの絵空事。
ひーちゃん先生が校内に戻るのと入れ違いで、この三年間滅多に会うこともなかった教頭先生が私達の元へ歩む寄って来た。
先生に呼ばれ、私達は職員室に足を運んだ。
そこにはすでにサリーと雅がいた。
二人を囲むように複数の先生がうつ向いたまま口を開かない。
場の空気の重さに、私もサブもヒシヒシと感じた。
開いた窓から浴びる日光が、私には急に炎のように熱く感じた。
もう……察しがついていた。感じてしまっていた。
サリーも雅も、鈍感なサブも。
友達だからこそ感じていた。
そんな中で教頭がゆっくりと口を開いた。
私達はその言葉一つ一つを噛み締めながら聞く。
三年生最後の夏休みを目の前にして。
フクッペが死んだ。




