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探偵など要らない学園生活  作者: 塚山 凍
Case 7 双子のどちらかに恋をした事件

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背水 或いは不変(Case7 終)

『ああ、そうだよ……早見さん、怖いぐらいにこっちの考えを当てるな』


 その日の晩。

 つまり、早見と霧生との夕食を終え、家に帰ってからの事。

 「アイちゃん」に関する真相を語りついでに発した問いに、日向は意外にもあっさりと答えた。


「……最初から、謎を解いてもらえるかどうかは、大して気にしていなかった、ということか?」

『真相に全く興味が無かった、という訳じゃない。だが……まあ、そうだな。そう受け取ってもらってもいいかもしれない』


 そんな謎めいたことを言ってから、日向は少しかしこまった口調になった。


『すまなかった、相川。あんなに協力してもらったのに、本当のことを言い出せなくて』

「いや、それは別にいいんだが……」


 突然の謝罪に戸惑いながら、俺は質問を重ねる。


「とりあえず、確かめておきたいんだが……お前は、どちらが『アイちゃん』なのか、もうおおよそ気が付いていた、ということで良いのか?」

『ああ、それについては間違いない。里奈先輩の方だろうな、というのは、前々から分かっていたよ』


 あっさりと、日向は肯定する。

 早見の推理は当たっていた、ということだ。


『早見さんも言っていた通り、時間は三か月近くもあったからな。大会の準備だとか、仕事の手伝いだとかで話す機会自体は結構あった。だから、見当はついていたんだ』

「……直接話すのは、避けたかったんじゃないのか?」

『それはそうだが、それ以前に確かめておかなければならないことがあったんだ』

「何だ?」

()()()()()。それが分かっていないと、二人とも俺の初恋の人ではない、という可能性が排除できないだろ?』


 なるほど、と俺は言われてみれば妥当な話に一人頷く。

 確かに、その会話をして置かなければ──要するに、二人の家が思い出の公園の近くにあることを確認して置かなければ──どちらが初恋の人なのだろう、と悩むこともできない。

 その時点では、「アイちゃん」は別にいて、二人はただの無関係な双子だ、という可能性もあるのだから。


「それで、上手い具合にどのあたりに住んでいるのか、くらいは確かめたのか?」

『ああ。と言うか、サッカー部では入部してすぐに部飯があったからな。そこで先輩も含めて全員自己紹介をしたし、出身中学とかも話したんだ』

「そうか、それでわかったのか」

『勿論、それだけじゃない。部飯では部員が全員集まっているから、一年生の一人にすぎないとは言え、多少は話す機会があったんだ。直に話しつつ、記憶と照らし合わせたら、すぐにわかったよ。あの二人、話し方も性格も、随分と違うからな。……勿論、利き腕も』


 そして日向は、とあるファミレスの名前を────つい数時間前まで、俺と霧生と早見がいたファミレスの名前を挙げた。

 そこで部飯が行われた、ということらしい。


 ──だとしたら、ちょっと皮肉めいた話だな……。


 ふと、そんなことを思う。

 要するに俺たちは、既に解かれた謎に対して、あーでもない、こーでもない、と話しあっていたのだ。

 それも、依頼者本人がその謎を解いた場所と同じ場所で。


「……しかし、だとしたらそこから三か月近く、お前は何をしていたんだ?告白に行く機会なんか、いくらでもあっただろう?」

『ああ、まあ、それは……』


 そこで突然、日向は口ごもる。

 だが、電話越しにそうしていても何にもならないことは分かっていたらしく、割合すぐに会話を再開した。


『……まあ、俺に勇気が無かったから、ということになるな。入部してすぐに告白なんてして、それでフられたら……』

「確かに、それ以降かなり気まずいだろうが……」


 その結果、何時の間にか六月になっていた、という流れらしい。

 偏見かもしれないが、今の日向の性格──幼少期と違って、押しが強いという性格──からはあまり想像できない理由だ。


 ただ、どちらかと言えば、これこそ日向の本質なのだろう。

 早見の「素」と似たような物だ。

 事実、小さい時の日向は、押しが弱く、初恋の相手に何も言えていなかったのだから。


「……その間、誰かに相談とかはしなかったのか?」

『しなかったな、俺の高校でのキャラは、何というか、もう押しの強い今の性格で決まっていたしな。その俺が、恋愛事で悩んでいるというのは、こう……』


 知られたくないし、キャラを崩してしまう、ということらしい。

 こうやって自分のキャラを気にする辺りも、早見に少し似ている気がする。


 いや、というよりも、こうやってキャラを多少気にするのが、普通の高校生の姿なのかもしれない。

 早見と同質の側面を、きっと俺たちは皆持っているのだ。

 良い悪いではなく、必然的な結果として。


「しかし、だからと言って何で日常探偵研究会に来たんだ?謎を解いている、なんて怪しい噂話を鵜呑みにして……」

『そこは、まあ、相川の話に出てきたとおりだな』

「発破をかける、という奴か?正直、勘でふと思い浮かんだ考えで、そこまで自信はないんだが」

『いや、当たっているよ』


 うんうん、と電話の向こうで日向が頷いているのが分かった。


『……最近になって、いい加減告白を恥ずかしがってばかりじゃだめだってことには気が付いたんだ。それで俺は、何とか自分を奮い立たせたい、と思っていた。それも、もう決して日和らないような、そんな決意がいるな、と』

「……告白って、そんなに勇気が要るのか?」

『要る』


 断言。

 少し経ってから、少なくとも俺の場合は、とフォローが入った。


 このあたり、実際に誰かに告白したことも無ければ、そもそも強く好きになった人もいない俺にとっては、未知の領域だ。

 そのせいか、どうも恋愛に関しては、勘が鈍い。


『要するに、俺は背水の陣の心境になりたかったんだ。もう告白する以外に道はない、くらいの心境にな』

「だから、敢えて顔の広い早見の居る部活に、相談をしに来た、ということか?()()()()()()()()()()

『まあ、そう言うことになるな……そのくらいしないと、勇気が出せない、と思ったんだ。まあ相川の話によれば、早見さんはそう言う性格じゃないらしいが、その時は知らなかったからな』


 申し訳なさそうな、日向の声。

 その声と同時に、俺は数時間前に早見が語った推理を思い出していた。






「……さっきも言ったけれど、知り合いが多すぎる私の前で恋愛に関する話をする、と言うのはそれなりに意味があると思うの。自意識過剰かもしれないのだけれど……」


「だったら、その意味とは何か?敢えて交友関係の広い生徒に、恋愛事のような、如何にも女子高生が話題にしやすそうな話題を振って来る理由は、何か?」


「……多分、理由はシンプルなものだと思う。如何にも話題にしそうな生徒に話題を振ったのだから、()()()()()()()()()()()()()()()、ということじゃないかしら」


「要するに、彼は告白する前に、自分自身を追い込みたかったのよ。告白って、当たり前だけど時間制限なんてものは無いから。明日にしよう、明日にしよう、と思っていると、すぐに時間が経ってしまう」


「だから彼は、敢えて私の前でその話をして、無理矢理に時間制限を設けた。私が誰かに、彼の恋愛相談について話してしまえば、一気に広まってしまうから──少なくとも彼はそう言う認識だったから──それまでに告白するよう、自分を奮い立たせたのね」


「……そんなことで告白できるのかって?……うん、そうね。相川君には、分からないかもしれない。だけど、私は効果的な手だと思う」


「恋愛事ってね、やっぱり皆、話題にするものなのよ。学校なんて、特にそう。男子生徒だって、一度噂になってしまえば、『さっさと告白しろ』とか言って、囃し立てるようなこともあると思う。日向君が、今までそのような兆候を見せていなかったとしたら、猶更」


「……だから、囃し立てられたくなければ、彼はさっさと告白するしかない。そうすれば、後で噂になっても、告白の結果も一緒についてくる形になるから、せっつかれるようなことは無くなるでしょう?」


「自分を敢えてそう言う状況の中に置けば、否が応でも告白をせざるを得なくなる」


「だからこそ彼は、私たちに依頼なんてものをしてきた。一応『日常の謎』と呼べる話──彼にはもうわかっている、双子の区別──を持ってきたのは、保険かしら。私たちがちゃんと依頼の受付なんてことをやっていたら、謎を抱えていない彼は門前払いになる可能性もあるもの」


「……ただ、彼の目的を考えると、この件を話した時点で目的は果たしているのだから、実際にはその謎が解かれるかどうかは、大して気にしていなかったんじゃないかしら。彼としては、もう分かり切っている話でもあるから」


「寧ろ、分からないくらいの方が良い、とすら思っていたかもしれないわね。その場合、私たちが謎を解くことを諦めて、『グダグダ言わないでさっさと直に聞いて来い。それしか真相を確かめる方法はない』という流れになるでしょう?これはこれで、彼の告白の後押しになるから」


「……他人に背を押されるだけでも、意外と力が出る物よ、人間って」


「尤も、実際には、彼の計画は上手くいかなかった。私たちが、依頼を断ってしまったから。一応初恋の人、というワードは出すことが出来たけれど、それだけでは弱い、と思ったのしょうね」


「……その後、貴方が彼を追いかけてきた。だからそこから先は、彼としてはもしかすると話に合わせただけかもしれないわね。一応依頼人、という体で来たのだから、貴方に協力しないとおかしい、と思って」


「そう言う意味では、貴方がサッカー部の部室に入部希望者として向かったことと、少し似ているわね。貴方が入部希望者だと偽ったように、彼は依頼人を偽ったのだから。あの時あなたたちは、二人とも似たようなことを、時間差でしていたのよ」


「……まあ、今の私の話は、全て証拠がない。ただの、妄想だけれど」






 ──妄想なんて、とてもとても。


 心の中で、俺は早見を称賛する。

 彼女の推理は、見事に的中していた。

 的中しすぎて、怖いくらいだ。


 ──恋愛や学校の人間関係に絡むことなら、間違いなく名探偵だな、早見……。


 改めて、そう思う。

 思い返せば、俺の拾った人物相関図の件では、もしかすると清書版も部室内にあるかもしれない、と彼女は独力で思い至っていたのだ。

 あの推測は、それなりの推理力が無ければできない。


 恐らく早見は元々、頭が良いのだろう。

 それに加えて、彼女の知悉することに関しては、高い推理力を発揮するのだ。


『……まあ、そんなわけで、推理は全て合っている。……変なことに巻き込んで、申し訳なかった』

「いや、それはもういいよ。……それで、告白、するのか?」

『ああ!もう、覚悟は決めたよ』


 おお、と俺は彼の熱意に少し引く。

 どうやら、自分の目論見が失敗したことで、逆に覚悟が決まったらしい。

 いい加減、他人に発破をかけられることに頼っても仕方がない、と思ったのだろうか。


「ああ、じゃあ、何というか、がんばれよ」

『勿論。当たって砕けろ、だ』


 そう言ってから、プツン、と通話が途切れる。

 改めて、気合を入れなおしているのだろうか。




 ──こういうところは、キャラ通りに一本気だな……いやまあ、今の性格は間違いなくそっちなんだろうが。


 そんなことを思いつつ、俺はスマートフォンをベッドに置く。

 それから、ぼんやりと考え込んだ。 


 ──しかし、あいつの告白、上手くいくのかなあ……。


 日向自身も言っていた気がするが、人間、十年も経てば変わるものだ。

 果たして向こうが、どれだけ日向のことを覚えてくれているのかなど、予想がつかない。

 日向自身、昔と比べて性格が大きく変わっている。


 遺伝子的にほぼ同一の愛崎姉妹だって、時間を経て、性格や口調が変化していた。

 どれだけ最初の条件が揃おうが、人は変わる、ということだろう。




 ──そう、人は変わる。良かれ悪かれ。




 ふと、思い立って部屋の窓を開けた。

 途端に、梅雨特有の湿った空気が、部屋の中に流れ込んでくる。

 同時に、少し小降りになったが、未だに止まない雨も。


 一瞬、気が引けた。

 それに負けずにぐっと体を乗り出すと、我が家の庭が見える。


 ガーデニングを一度試みて、そしてすぐに飽きたのだろうな、とすぐにわかる、殺風景な庭。

 端っこの方に、アジサイが咲いているのだけが癒しだろうか。


 それと、もう一つ。

 アジサイの隣には、細いツルが塀に巻き付いている。

 朝顔だ。


 今はまだ、小さい。

 だが、後少しすれば、あの朝顔も花を咲かすだろう。


「あれが咲くころには、梅雨も終わって……もう夏か」


 最後にそう言って、俺は窓を閉めた。

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