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探偵など要らない学園生活  作者: 塚山 凍
Case 8 如何にして相川葉の勘は鋭くなったのか事件

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発端 或いは序章の序章

 アリバイ、と言う物がある。

 現場不在証明、と呼んでも良い。

 推理物を多少なりともかじったことのある人であれば、すぐにピン、と来る単語ではないだろうか。


 もし分からない人がいたなら、こんな情景を想像してもらいたい。

 舞台は、警視庁内の取調室。

 いかにも怪しげな男が椅子に座り、彼の対面には強面の刑事がいる。


 彼らの話題は、先日起きた殺人事件だ。

 座っている男の関係者が、とある場所で殺された。

 その男には動機があるために、刑事は男が犯人なのではないかと疑っている。


 厳しい取り調べの応酬。

 のらりくらりと話を逸らす男の前に、刑事はこんなことを言い出す。


「ところで、○○さん。この事件が起きた時、どこで何をしていましたか?」


 この後、男がどう反応するかは、作品によって異なる。

 どこそこでこういったことをしていた、証言してくれる友人もいる、と言い出すのか。

 そんなこと覚えていない、と突っぱねるのか。


 何にせよ、この問いに関する回答こそ、その人物のアリバイだ。

 事件が起こった時、どこで何をしていて、それがどう証明できるか、という概念。

 推理小説には常について回る話である。


 ただ面白いのは、ただアリバイと言っても、その扱いに関しては作品ごとに異なる、という点だろうか。


 例えば、普通に考えて、完璧なアリバイがある人物と言うのは、犯人ではない。

 少なくとも、直接的な犯行はしていない。

 だって、アリバイがあるのだから。


 従って、アリバイにそこまで重点を置いていない推理小説で、完璧なアリバイを持つ人物が出てきたのであれば、その人物はまず犯人の候補から外れる。

 現場で犯行を起こすのは、不可能だからだ。


 勿論、共犯者がいたり、何らかの仕掛けで遠隔殺人を行ったりしたのなら、話は変わる。

 だが基本的には、アリバイのない人物の間から、犯人を見つけ出す流れになるのである。


 しかし、アリバイトリックを重視する作品だと、この解釈は真逆になる。

 端的に言えば「完璧なアリバイがある人物こそ、寧ろ怪しい」という流れになり、アリバイのある人物こそ、犯人になるのだ。

 そして概ね、そのアリバイは何らかの手段で偽装されたものでした、という話になる。


 推理小説につきものの要素の中でも、ここまで扱いが分かれるものは珍しい。




 そして、このアリバイと言う概念。

 「日常の謎」系の作品と、ビミョーーーーーに、相性が悪い。

 まあ、個人的な意見なのだが。


 と言うのも、これは簡単な話で、普通の人間と言う物は、そんなに確固たるアリバイだとか、証人が居ないまま過ごすことが多いからだ。

 そもそも、何月何日の何時に何をしていましたか、などと後から問われても、正確に覚えていないことの方が多いのではないだろうか。


 「日常の謎」というのは、名前の通り、日常でも発生する謎のことである。

 当然、その登場人物は基本的に一般人だ。


 普通、一般人と言うのは、誰かに監視されていたり、警察に尾行されていたりする立場にはない。

 このため、登場人物全員に、アリバイなどない。


 そもそも論になってしまうが、人間に睡眠時間と言う物がある以上、完璧なアリバイ、というのは存在しにくい、ということもある。

 例えば、何らかの事件が発生した時刻が、午前二時だったとしよう。


 この場合、まあ当たり前だが、登場人物は全員就寝している。

 アリバイを証明できる──要するに現場にいなかったことを第三者に言ってもらえる──人物など、いる方がおかしい。

 いたとしたらそいつは犯人だろう(これが先述した、「完璧なアリバイを持つ人物ほど怪しい」の理論である)。


 つまるところ、身もふたもないが、常にGPSでも使っていない限り、人がどこで何をしていたか、というのは、普通は証明しにくい、ということだ。

 それ故に、アリバイものは、「日常の謎」では少しばかり、立場が弱い。

 犯人の最後の絞り込みくらいには使えるのだが。




 ────だから、今回話す一件で扱うのは、アリバイではなく。

 アリバイと言う概念そのものを、支える概念に関することだ。


 一つ、質問をしよう。

 そもそも、アリバイとは、何ぞや?

 何故アリバイがあれば、犯人ではないと証明できるのか?


 この、俺が個人的に書き記している文章を読んでいる者が、俺以外に存在していたのなら。

 貴方は、ため息をついたかもしれない。

 そして、こう言うのだ。




「そんなの、当たり前だろう?」


「アリバイがあるなら、犯行は不可能じゃないか」


「だって、その人、別の場所にいたんだろう?」


「別の場所に居ながら、被害者にいた現場で犯行をするには、体が二ついるじゃないか」




 そう。

 貴方は正しい。


 アリバイと言う物は、全てこの当たり前の概念に支えられている。

 すなわち、「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()」。


 世界が、正常な物理法則に支配されている限り、覆しようのない現実。

 この理屈が成立するからこそ、アリバイが成立した者は犯人ではなくなるし、犯人だったなら、アリバイの方が偽物、ということになるのだ。


 前回関わった双子が、推理小説に嫌われやすい理由にも、これは含まれるのだろう。

 一卵性双生児がそれぞれ別の場所にいるだけで、ぱっと見は一人の人間が二か所に同時に存在しているように見えるのだから。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 逆に言えば。

 本来世界に一つしかない、オンリーワンの代物が。

 同時刻に、二か所に存在していたのであれば。

 そんな、有り得ない状況が起きたのなら。


 それは、必ず、解き明かさなくてはならない謎ということだ。

 そんなことが許されたら。

 他のどんな理屈も、成立しなくなるのだから。









「「合宿?」」


 俺と霧生の声が、綺麗に重なった。

 ハモる、という奴だ。


「そう、合宿」


 俺たちにそんな似合わない声を出させた元凶────早見は、そう言いながら鞄をゴソゴソと漁る。

 そうしてから、あっ、あった、と言って、彼女は一枚の写真を取り出した。

 自然、俺と霧生は部室の机に置かれたその写真に頭を寄せる。


 写真に写っているのは、どう見てもこの近くではない、どこかの自然豊かな光景だった。

 湖と建物が大きく映り、周囲には山やら丘やらが見える。


「……どこだ、ここ」

「どこかのロッジかい?」

「湖も見えるな」

「綺麗なところだね」


 めいめい、思いついたことを口に出すと、その一つ一つに早見は頷いた。

 そして、さらり、と中々衝撃的なことを言う。


「これ、実はうちの父親が持ってる、別荘みたいなところなんだけれど」

「……いや、ちょっと待て」


 二、三個突っ込みどころを見つけて、俺は口を挟む。

 話の腰を思いっきり折ったが、これは仕方がない。


「別荘って、あれか?お金持ちが持ってる、暇なときに遊びに行く感じの建物の?」

「いえ、別に資産家だけの持ち物でもないと思うのだけれど……」


 ──いや、普通は資産家の持ち物じゃないか……?


 恐らく世間的には、別荘まで所有する人間のことは、資産家扱いだろう。

 少なくとも俺は、別荘を持つ友人など今まで見たことがない。


「あー、あれか。じゃあこのロッジ、早見の家の……」

「だから、別荘だって言っているでしょう?夏休みには、家族で毎年のようにここに来ていたの」


 まあ、普段は管理会社に任せているから、そう何度も向かったわけではないけれどね、とよく分からない注釈を彼女は付けた。

 その様子に────彼女の、あまりにも普通に別荘について語る姿に、俺はある種呆然とする。


 ──何というか、本当にお金持ちなんだな……早見の家。


 以前、早見の住んでいる高級マンションを見て以来察していたことを、改めて確認した。

 夏休みに家族全員で、湖沿いの別荘で寝泊まり、というのが、彼女にとっては「当たり前」なのだ。


「その別荘が、どうしたんだい?」


 俺と違って、大して驚いていない霧生が、普通に質問を返す。

 彼女も早見の家がお金持ちであることを察していたか、或いは霧生の感覚も庶民の俺とは違うのか。


「……実はね、先ほど言ったように毎年のようにこの別荘に通っていたのだけれど、今年になって、両親が行かない、と言い出したのよ」

「それはまた、どうして?」

「何でも今年、両親が結婚して二十年らしいの。それで、二十周年記念ということで、夏休みは二人で海外旅行に行くとか言っていたわ」

「ああ、だから普段の別荘に行く暇がなくなったんだね。……君と妹さんは、その旅行には行かないのかい?」

「そう」


 そこで早見は、如何にも不満そうに、小さく頬を膨らませた。

 どうやら、ついていけないのが寂しいらしい。

 ただの勘だが。


「久しぶりに夫婦水入らずでいたいって言い出して……まあ、好きにすればいいと思うのだけれどね」

「まあ、二十年経ってもそこまで仲がいいというのは、素晴らしいことだと思うよ。仲が悪いよりは、さ」


 苦笑いを浮かべて、霧生がフォローを入れた。

 それとほぼ同時に、俺の方も会話の流れが読めてきた。


「……分かったぞ。それで、両親もいないから暇で、ロッジも空いてる。だから……」

「その通り。どうせ空いているのなら、夏休みの間、私たちで使わないかしら?」


 ニコリ、と彼女はまた美しい笑みを浮かべた。


「一応、部活動なのだから合宿をする理由付けはあるわ。管理人さんが隣に住んでるから、私たちだけで行っても大丈夫。第一、こういうことがないと、夏休みの間ずっと出会えなくなってしまうから……」

「一度くらい一緒に遊びに行こう、ということかい?」


 霧生がまとめると、早見は微かに躊躇って、コクン、と頷いた。

 要するに、何も計画しなかった場合、この日常探偵研究会が夏休みに集まることなどそうはないため──現状でも土日はまず会っていない──先に計画を立てておこう、という話のようだ。

 これが、早見なりの気遣いなのかもしれない。


「それで……二人とも、行ける?」


 僅かに緊張した様子で、早見が尋ねてくる。


「まあ、そもそもにして特に夏休みに予定はないから、行くことに支障はないよ」

「同じく」


 霧生の言葉に、俺も乗っかる。

 途端に、早見が緊張を和らげたことが、勘でわかった。


 しかし、それにしても────。


「……前々から聞きたかったんだが、早見の家って」


 どんな職業をしているんだ、と。

 そんな、ごく普通の問いを、俺は発した。




 本来、四月に出会った時点で、聞いていても良かったこと。

 もっと部活で話していれば、すぐに聞いていた事。


 それを今更のように確認したことが、発端となるとは。

 さすがに、俺の勘でも分からなかった。

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