表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
探偵など要らない学園生活  作者: 塚山 凍
Case 2 宿泊できない密室事件

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/220

遭遇 或いは奇貨

 密室もの、というジャンルがある。

 推理小説における、トリックの分類の一つだ。


 もしかすると説明は必要ないかもしれないが、この後の「日常の謎」に関わって来るため、一応詳しく述べよう。

 密室、とは名前の通り、鍵のかかった部屋のことである。

 と言っても、扉には鍵がかかっているが、窓からはいくらでも出入り可能、などという状況では、さすがに密室とは呼ばない。


 あらゆる出入口が何らかの方法で通過不可能になっており、鍵を持つ人物、あるいは何らかの条件を満たす人物以外は侵入できない空間。

 それが、密室である。


 古今東西、密室は推理小説の題材として広く利用されてきた。

 例えば、こんな具合に。


 ある部屋の中心で、一人の男の死体が発見された。

 扉以外に出入口は無く、そして当の扉には鍵がかかっている。


 当然、こういった疑問が浮かぶわけだ────「犯人は、被害者を殺した後、どうやって部屋の外に出たんだ?」。

 無能な警察は、これを自殺として処理する。

 自殺なら、被害者が一人で密室の中に籠っていても、おかしくはないからだ。

 しかし、そこに探偵が現れ、鮮やかに謎を解く────。


 概ね、以上のような経緯を経て話は進む。

 そしてまあ大体の場合、実は真犯人がいて、何らかのトリックで不可能犯罪をやり遂げたのだ、という話になる。

 魅力的な謎がある、大きな浪漫を抱えた話と言えるだろう。




 ただ、これも前に言及した通り、リアリティ、という点で考えるならば────残念ながら、リアルではない、と言う話になるだろう。

 そもそも、もしその手の密室トリックを使えば、誰でも不可能犯罪が出来るというのであれば、現実の犯罪者たちも密室殺人を連発するはずである。

 それが無い、ということはつまり、実行するだけのメリットが無く、かつ仮に実行しても、現実的にはすぐにバレるのだろう。


 もっと言えば、個人的な意見になるが、密室というのは読者を唸らせる力はあっても、その作品世界で犯人たちがわざわざ実行するだけのメリットが無い気もする。

 こう断言すると、身も蓋も無いのだが。


 自殺に見せかけたいのであれば、標的をビルの屋上にでも連れ出して素早く突き落とす、とか言った方法では駄目なのだろうか。

 或いは、街中で通り魔の仕業に見せかけて殺し、すぐに立ち去る、というのも効果的な気もする。

 わざわざ密室を作るよりも、よほどバレないだろう。


 この辺りが、密室ものの弱点かもしれない。

 そのせいか、様々な偶然から結果的に現場が密室になったが、犯人は密室にする気は無かった、というトリックの作品もある。


 何にせよ、ファンタジー世界の魔法や、SF世界の超技術同様、現状では密室が活躍するのはフィクションの中だけの様である。

 しかし────密室は、当たり前だが現実世界でも作ろうと思えば作れることが出来る。

 鍵を閉めたトイレだって、密室と言えば密室なのだ。


 何が言いたいかと言えば。

 この密室というのは、()()()()()()()()()()()()()()()()、という話である。

 程々に現実的で、しかし不思議な状況。

 日常でも起こり得る密室、という状況は、日常の謎の中でも扱われる。


 いや、違うか。

 こういった方が良いだろう。

 日常の謎は、しばしば密室という形に見せかけて登場する、と。


 今回は、そんな話だ。








 それは、俺が霧生と会話をしてから────あの謎を解いてもらってから、一週間が経った日のことだった。

 まだ不慣れながらも、高校生活にも馴染んできた頃である。


 その日の朝、俺はいつものように自転車で登校をし、駐輪場で自転車に鍵をかけていた。

 もう、いい加減慣れてきた仕草である。

 さして意識することも無く、俺は鍵を引き抜き、校舎に向かおうとしていた。


 しかし、その時。

 ふと、周囲の様子の中に、見慣れないものがあることに気が付いた。


「……何だ、あれ」


 俺が視線を向けたのは、体育館倉庫の方向である。

 校舎と体育館の間にある、古ぼけた倉庫の前。

 そこに、何故か人だかりがあった。

 生徒たちが、何人か集まっているのである。


 彼らは、まるで何かを囲んでいるかのように、倉庫前に集まっていた。

 彼らの背中のせいで、倉庫が見えない程である。

 どうやら、あの倉庫の前に何かが置かれていて、それを集まった生徒が遠巻きになって見ているらしい。

 彼らの囁き声のせいで、うるさく感じるのだ。


 ──何があるんだ?


 そして、何となく、俺はそちらに足を向けた。

 校舎とは逆方向だが、幸い授業開始までには多少余裕がある。

 時計を見れば、午前七時三十分。

 少し早く来すぎてしまった。

 見物くらいはできるだろう。


 そう考えて歩いていくと、いよいよ生徒たちの声が大きくなって来た。

 同時に、倉庫の前にあるものも見えるようになる。

 俺もまた遠巻きに見る生徒の一人になった時には、はっきりとその様子を確認できた。


 そして、すぐに眉を顰める。


 ──女子生徒が、抱き合っている……?


 意外な光景に、俺は疑問を覚えた。


 倉庫の前にいたのは、五人程度の女子生徒。

 彼女たちは、何故か、互いに涙目で抱き合っていた。

 全員が全員体操服なので、まるで何かの大会に優勝した瞬間のようにも見える。


 勿論、四月の朝にそんなことが起こるはずもないが。

 そんなよく分からない光景を、周囲の生徒たちは物珍し気に眺めているのである。


 ──どういう状況だ、これ?


 当然、俺の頭にはそんな疑問が湧く。

 その疑問に答えてくれたのは、近寄ったことで聞こえてきた彼女たちの会話だった。


「本当にごめんね、私が確認をしなかったから……」

「ううん、三奈のせいじゃないよ……私だって、何も言わなかったから」

「だけど……」

「朋美、本当に大丈夫?」

「うん、心配かけてごめんね」


 どうやら、抱き合っている内の一人は、朋美、というらしい。

 彼女は何故か、周囲の女子生徒から酷く心配されていた。

 大丈夫、ごめんね、心配だ。

 そんな言葉が、幾重にも重なって彼女に投げかけられる。


 それを見て、ようやく後方で生徒たちが会話していることの内容を理解できた。


「……一晩閉じ込められていたんだって?」

「ああ、部活の道具を仕舞っているうちに、間違って閉じ込められたらしい」

「朝練まで誰も気が付かなかったのか……」

「今、先生が来るってさ」


 ──閉じ込められていた……?


 思わず、俺は眼前で抱き合っている朋美、という生徒の顔を見た。


 今聞いた話を総合すれば────彼女は恐らく運動部の部員か何かなのだろう。

 そして、道具を片付けているうちに、誤って倉庫に閉じ込められた。

 まだ彼女が中に居るというのに、外から鍵をかけられたのだろう。


 ここの倉庫は、内側からは鍵の開閉が出来ない、ということを、俺は体育の授業で聞いていた。

 何でも昔、倉庫に籠って煙草を吸っていた生徒がいたために、中に閉じこもって悪さが出来ないよう、鍵を取っ払ったらしい。

 つまり、外から鍵をかけられると、外に出る手段が無いのだ。


 倉庫に鍵をかける段階だったということは、いい加減部活動も終わり、全員帰る頃である。

 当然、それ以降は生徒も教師もいなくなってしまう。

 取り残されてしまえば、泣こうが叫ぼうが、誰も来てくれないわけだ。

 部活中だったというのなら、スマートフォンも持っていなかったのだろう。


 結局、誰にも気づいてもらえず、彼女は倉庫の中で一晩過ごした、ということか。

 話によれば、朝練で倉庫を開けたらしいから、それで気が付かれたようだが。


 そこまで考えて、俺はもう一度彼女たちに視線を向けた。

 相も変わらず、彼女たちは抱き合いながら互いに謝り合っている。

 過剰なようにも思えるが、あれが彼女たちなりの心配の表現なのだろう。

 尤も、そのせいでこうして人が集まってしまったわけだが。


 そう納得して、俺が人ごみを離れようとした瞬間────。

 ふと、俺の中で何かが叫んだ。




 ──待て、立ち去るな、何かがおかしい……!




 叫び、と言ってしまっては、これまた過剰な表現になるか。

 強いて言うなら、そこで感じたのは、違和感。

 この状況が、何かおかしい、という感覚が、突然に俺を襲った。


 ──何だ?


 我がことながらその感覚を不思議に思い、俺は顔をしかめる。

 妙なところで勘が良い俺には、しばしばこういうことがある。

 何というか、理屈では分かっていないのに、勘の方が勝手に警鐘を鳴らすような体験。

 俺には、それがよくあった。


 この時が、まさにそうだった。

 目の前に居るのは、ミスで倉庫に閉じ込められた少女と、それを心配する部活の仲間。

 中々無いことではあるが、決して奇妙な話でも無い。


 しかし、俺の勘は、これを「奇妙だ」と言っていた。

 何か、おかしな点がある、と。

 この場で、説明できないことが起こっている、と。


 問題なのは、その不思議な点というものを、俺自身が分かっていないことだった。

 完全に勘で考えているため、違和感の正体についてとんと分からない。

 これもまた、俺にはよくあることだった。


 大抵の場合、少し考えれば何故違和感が生じたのかは、分かることが多い。

 しかし、この時は違った。


 この時点では、どれだけ考えてもその理由は見つけられなかったのだ。

 ただ、何か違和感があったな、と考えただけで終わってしまったのである。

 さらに、その場に教師が駆け付けたことで、眼前の状況自体も有耶無耶になってしまった。






 状況が動いたのは、その日の昼のことである。

 昼休みの間、学生食堂でうどんをすすりながら、俺は朝感じた違和感について考えていた。


 早見唯の件もそうだが、俺は自分が感じた違和感や疑問点、というのをかなり大事にしている。

 それらを感じた時には、可能な限り解き明かそうとする性質なのだ。


 だから、その時も俺は自分が感じた違和感について考えていた。


 ──何故、俺はあの光景に違和感を感じたんだ?


 勘、というのは勘であるが故に前兆がない。

 だからこうやって、俺自身にも理由が不明な形で告げてくることもある。


 確かに違和感があるのに、何故違和感があるのか分からない、というのは、非常に気持ち悪かった。

 なまじ、違和感を覚えている感覚も、その理由を見つけられない感覚も、俺自身の中から発生しているのだから、始末が悪い。

 妙な例えだが、自分自身と喧嘩をしているような気分になる。


 ──……しかし、勘にしたって確かに理由があるはずだが。


 うどんの汁をズズズ、と啜りながら、俺は自問自答する。


 当たり前の話だが、俺は超能力者などではない。

 人間を越えた第六感だとか、神様と交信できる能力だとか、そんな物は無い。

 ただ、勘が良いだけだ。


 そして、超能力などがない以上、俺の勘、というのは常に理由があるのだ。

 例えば、天気を当てるのだってそうだろう。

 何となく、今までの経験則で俺は天気を判断しているが、あれだって実際のところは、空気の感じや空模様、肌の感覚から総合的に判断しているのだろう。

 要するに、勘と言いつつも、その実態は案外論理的なのである。


 つまり、今朝、あの朋美とかいう倉庫に閉じ込められていた生徒を見た時に感じた違和感にも、確かな理由が────違和感を発生させるに足る要素があったはずなのだ。

 あの光景そのものに、俺の無意識に働きかける何かがあった、ということになる。


 ──まあ、その何かが分からないんだが……。


 ふう、とため息をついて俺は器を下ろす。




 するとその時、どことなく聞き覚えのある声が食堂に響いた。


「……えっ、じゃあ本当に倉庫に一晩居たの!?」

「うん、一応水泳部のシャワー借りて、着替えはしたんだけど……」

「あれ、じゃあ今着てる制服は?」

「ああ、これは鞄の中に置きっぱなしだったから」


 数人の、女子生徒の声。

 そのうち二人には、聞き覚えがあった。


 静かに、しかし目ざとく、俺はその声の方向に目を走らせた。


 まず、会話の内容から何となく察しがついたが、そこに立っていた女子生徒の一人は、朝見た女子生徒だった。

 件の、倉庫に閉じ込められたという「朋美」である。

 体操服から制服に着替えていたが、間違いない。


 彼女の胸元には、「相模」と書かれたネームプレート──校則で必ず付けることになっている──があった。

 どうやら、相模朋美、という名前らしい。


 それと、もう一人。

 彼女と話している女子生徒がいる。

 驚くべきことに、その生徒もまた、俺が知っている生徒だった。


「だけど、本当に大変だったねー。お母さんとかは、大丈夫だったの?」


 いかにも心配そうな口調で、彼女は────早見唯は、相模朋美と話していた。




 丁度昼食を頼んだところだったのか、二人はプレートを手に持ちながら移動している。

 そして──本当に偶然に──俺の座っている机の、隣にある机に座った。

 たまたま、そこが空いていたのである。

 図らずも俺は、かなり近くで二人の顔を見る形になった。


 ──この二人、友達だったのか。


 意外に狭い人間関係に、密かに俺は驚く。

 そもそも朝の段階では、あの相模という生徒が一年生であることも知らなかった。

 あの様子を見るに、どうやら彼女は、早見唯の取り巻きの一人だったらしい。


 そんな確認をしているうちに、二人の会話は進んでいた。

 席が近いため、彼女たちの会話の内容は自然と耳に入ってくる。


「……それで、どんな流れで閉じ込められたの?」

「あれ、言ってなかったっけ?」

「うん、お昼に聞こうかなーって思ってて。第一、あんまりないよね、倉庫で一晩明かすなんてさ」


 そう言いながら、早見唯は身を乗り出すようにして相模朋美に話を迫っていた。

 どうやら、あの閉じ込められ事件に興味津々らしい。

 まあ、そのくらい好奇心が強くなければ、一週間前、俺に話しかけてくることも無かっただろう。


「えー、けど、別に面白い話じゃないよ?それでも聞く?」

「うん」


 真っすぐに早見唯は頷いた。

 余程関心があるのだろう。その顔が真剣であることは、横目でも分かった。

 何となくだが、早見唯はかなりの噂好きなのではないか、と思った。

 ただの勘だが。


 そして、彼女の噂好きを抜きにしても、この状況は俺にとってチャンスでもあった。

 朝の時には状況から話を推測するしかできなかったが、本人の口からきけば、より詳しい状況が分かるだろう。

 そうすれば、俺が感じた違和感の正体も掴めるかもしれない。


 盗み聞きのようになってしまってかなり品が無いが、俺が盗み聞きをすることで、誰かが損するわけでもない。

 俺は、いかにも「ただうどんをすすっているだけの人」であるかのように振舞いながら、耳だけは確かに、隣の席へと向けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ