実感として 或いはもう一人の探偵役
かくして、謎は解かれた。
俺もまた、自分から出しゃばっておいて見事に失敗する、という結末からは逃れることが出来た。
ならば、俺たちの場合、この後に起こることは、概ね決まっている。
「あ、あああ、あーーーーーーー……」
周囲のお客さんに気づかれない程度の声量で────しかし、無声音とは言い難い声をあげながら、霧生が頭を抱える。
最早、こちらとしても慣れたもので、早見と俺は即座に霧生の目の前にある皿をサッ、と移動させた。
一秒後、皿をどけたことで生まれたスペースに、霧生が額をドン、と乗せる。
さらに、両手で髪をわちゃわちゃと掻きまわした。
「ああ、また僕は調子に乗って……おお……所詮は僕の妄想のようなものなのに……」
──相変わらず、二重人格染みた変化だな……。
ある種の呆れも感じながら、俺は皿を粛々と移動させた。
今までの経験から言って、こうなると十五分くらいは戻らない。
今回は特に、本来解かなくてもよかったはずの謎を流れで解いてしまっているので──霧生は元々、この依頼を断っていた──この羞恥はもっと長く続くかもしれない。
彼女が推理を恥ずかしがるのは、もう何というか、彼女の性のようなものらしいので、俺としては特に何か言う気はない。
ただその前に、確認しておかなくてはならないこともある。
俺は、霧生に、というか目の前で頭を掻きむしる少女に一度声をかけた。
「あー、霧生、ちょっと良いか?」
「うーーーー……がるるーーーー……」
動物か、と突っ込みを入れたくなったが、グッと我慢する。
何となくだが、現状を自覚させたら、この時間はさらに長引きそうな気がしたのだ。
まあ、ただの勘だが。
「えーと、さっき解いてもらった話だが、正しそうだし、そのまま日向に伝えておいていいか?元々、そう言う依頼だったしな」
「……」
「ちゃんと、日常探偵研究会はそう言った悩み解決はしていないって言うのは念押ししておく。あと、評判を周りに言わないようにも言って置くから」
「私も、百をもう一回叱っておくわ。今度こそ、言いふらさないように」
援護射撃の形で、早見が口を挟んだ。
それが効いたのか、額をテーブルにこすりつけながら、霧生はコクリ、と頷く。
了承、と受け取っても良いだろう。
また叱られることとなる早見妹は可哀想だが。
「ありがとう。……すまなかったな、一度は断ったのに、巻き込んで」
俺はすぐに礼を言って────同時に、謝罪もした。
今回の一件では、霧生と早見には迷惑をかけてしまった。
自分では手に負えなかった案件を、霧生と早見に丸投げしてしまったのだから。
今までの件もそうだが、特に今回は紛れもなく、彼女たちへの「借り」だ。
どこかで、借りは返さなくてはならないだろう。
俺の言葉に、霧生は特に反応を返さなかった。
依然として、恥ずかしがっているだけである。
一方、早見は何かを思い出したかのような表情で俺を見やり、ツン、と唇を尖らせた。
「私は別に怒ってはいないわ。連絡を入れなかった件については、もう許したから。ただ……」
「ただ?」
「これからは、何か困っていたら、私たちに変な配慮をして抱え込むようなことはしないでね……そう言うのは、癖になるから」
────とても。
とても、実感のこもった言葉だった。
聞いた瞬間、ゾクリ、と背筋が寒くなるくらい、重い言葉。
「自分が不快だ」とか「あなたのためにならない」とかではなく、「癖になる」という表現を使っているあたりが、特に生々しい。
──これ、適当に流していい言葉じゃないな。
勘で、それはすぐにわかった。
早見の目から、口から、顔から。
その真剣さが伝わってくる。
恐らく、早見としては、容易に想像できることなのだろう。
その、変に周囲に配慮して、自分だけで背負い込むという状態が。
人間関係に縛られていた彼女には、特に。
「……分かった。約束する。今度からは、一人でにっちもさっちもいかなくなったら、相談することにする。まあ、その分迷惑をかけることになるが」
「いいわよ、別に。迷惑だとは思わないから。私が力になれるかどうかは、また別でしょうけれど」
さらり、と言って、早見は顔を背ける。
その様子は、少し恥ずかしがっているように見えた。
──嬉しい言葉だが……後半は違うな。
「素」を知ってから特に思うのだが、早見は自己評価が決して高くない。
だから、こういう言い方になることもある。
部員仲間として、フォローくらいは入れておいた方が良いだろう。
「いや、早見くらい人間関係に詳しければ、力になれない、というのはまず無いだろう?今回だって、あの双子がキャラで容姿を似せていると見抜いたし……っと、そう言えば」
「……何?」
早見をフォローしようとしていると、ふとあることを思いつく。
一つ、早見に聞いておきたいことがあったのだ。
「それこそ、早速頼りたいことがあるんだが……この推理を聞いた日向は、まあ、里奈先輩に告白に行くよな?」
「そう言う話だったわね。それがどうしたの?」
「……女子の意見として、率直に聞きたい。日向の告白、成功すると思うか?」
謎の主題とはそこまで関係がないため、口にしなかったが、実を言うと日向から話を聞いていた段階で、少し気になっていたことだった。
すなわち、今していることは、本当に日向のためになっているのだろうか、ということ。
ついでだから、聞いておきたかった。
「よく、男性の方が夢見がちで、女性は現実主義者、なんて言うだろう?……日向としては『アイちゃん』は初恋の相手で、高校生になっても忘れられない相手なんだろうが、実のところ、向こうとしてはそんなこと言われても、微妙なんじゃないか、と思ってな」
「……つまり、自分はあの時遊んだ相手です、昔から好きでした、と言っても、寧ろ気持ち悪がられるだけじゃないか、ということ?」
「そうだ。実際、言い方を間違えれば、自分に異常に執着している、とも思われるかもしれない」
俺が入部希望者を装って、双子と会話をした時。
俺は、あまり昔のことを根掘り葉掘り聞いたら、ストーカー扱いさせるかもしれない、という警戒をした。
よくよく考えれば、あれは日向本人にとっても当てはまる。
十年近く前の夏に、一時期遊んだ少年が、今自分に告白してきたという状況。
これを運命的と取るか、あんな何でもないことをずっと覚えているなんてキモイ、と取るかで、相手の対応は変わって来るだろう。
もしキモがられるくらいなら、いっそのこと、昔のことには触れずに告白した方が良いかもしれない。
不誠実だが、印象を良くするテクニックともいえなくはない。
だからこそ、この手のことに詳しそうな早見に聞いておきたかったのだ。
「実際のところ、どうだ?そう言うのは、キモがられるのか?」
「……難しい話ね。勿論、嬉しく思う子もいるでしょうし、怖く思う子もいるでしょう。究極的には、個人差なのだけれど」
うーん、と悩ましい顔で、早見が腕を組む。
その顔は真剣そのものだが、隣で霧生が未だに頭を抱えているので、絵面が地味に面白い。
そんな、面白い光景の中で、早見がポツン、とあることを呟いた。
まさしく、今気づいたかのような、素直な口調で。
「ただ、あの日向とかいう生徒には、絶対に今の真相を伝えた方が良いと思うわ。……そうじゃないと、多分、告白する踏ん切りがつかないでしょうから」
「踏ん切り?」
「そう、踏ん切り。切っ掛けでもいいのだけれど」
そう言ってから、早見は切っ掛け、切っ掛け、と何度か小さな声で繰り返す。
彼女の様子は、何かを確かめているようでもあった。
何度かそうしてから、不意に。
早見は、こちらにその美麗な瞳を向けた。
「……ねえ、相川君。さっきの推理を聞いていて思いついたことがあるのだけれど、聞いてくれる?貴方の言う疑問にも、関わりがある話だと思うから……まあ、私の妄想みたいな、推理ともいえないお話なのだけれど」
「へ?……あ、いや、別にいいが」
言いながら、霧生の様子を横目で見やる。
見たところ、まだ羞恥に耐える一連の流れは終わっていないらしい。
早見の言う話とやらを聞く時間は、十分にありそうだった。
──ただ、あれだな。何か、話に流れが変わってきたな。
思いがけない展開に、俺は意表を突かれた気持ちになる。
今まで、霧生の推理の後、何かに気づくのはもっぱら俺の役割で、早見がこういったことを言い出したことは無かった。
そんな早見が、話をしたいという。
……いつの間にか、早見の雰囲気は大きく変わっていた。
軽く口角を上げ、細く綺麗な指を立て、目をつむる。
その様子は、やはり霧生に似ていた。
それも、謎を解いている最中の霧生に。
「さて────」
「実を言うとね、霧生さんの推理を聞いている時、一つ気になることがあったの」
「気になること?」
早見の話は、自身の疑問点から始まった。
どうやら、推理の流れを説明してくれるらしい。
「……あの推理の決め手になったのは、霧生さんの言う通り、利き腕の差、だったわよね?」
「ああ、そうだな」
「そして、普通に考えれば、二人の利き腕が違う、という事実は、当然二人も認識しているし、周囲に隠してもいないことよね?そうじゃなければ、貴方だって万年筆の下りを見ていないでしょうし」
一つ一つ分かっていることから確認するように、早見は口に出していく。
どうやら、これが早見の推理の仕方の様だった。
個人的には、結論から口にする霧生のそれより聞きやすい。
そんなことを思いつつ、とりあえず、俺は相槌を打った。
「まあ、利き腕を隠すような理由なんて特にないだろうから、そうだろうな。いくら意図して容姿を似せていたとしても、まさか利き腕の矯正まではしないだろう」
「私もそう思うわ。矯正までしたら、キャラ付けの域を超えているもの」
誇示するように、早見は自分の右手を左手の指でトン、と叩く。
「……つまり、周囲のサッカー部の部員たちは、『ウチのマネージャーは双子だけど、利き腕は違う』という認識だった、ということよね?」
「実際に彼女たちが、何かを書くところを見ていたら、そういう認識だろうな。まあ、親しくない部員は、全く差異が無いと思っているかもしれないが」
「確かに、そう言う人もいるかもしれない。ただ、貴方の話を聞く限り、サッカー部のマネージャーは、休日でも部室に来なければいけないくらい、日誌を書く機会は多いのでしょう?利き腕が違うことが判明する機会は、結構多かったと思うわ」
確かに、と俺は頷く。
ここまでは、全て妥当な話だ。
少なくとも、大きな論理の飛躍はない。
そして、だからこそ。
次の一言は、俺の盲点を的確に打ち抜いた。
「……ねえ、不思議に思わない?何で日向君は、自分の初恋の人候補である二人の利き腕が違うことに、一切気が付いていないの?入部してから、三か月近く経っているというのに」




