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探偵など要らない学園生活  作者: 塚山 凍
Case 7 双子のどちらかに恋をした事件

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使用感 或いは副読

「だけど……話を元に戻すようでも申し訳ないのだけれど、二人の利き腕が違う、という確証はあるの?確かに、違ってさえいれば、右利きの方が思い出の少女だ、と言えるでしょうけれど……」

「ああ、あるさ。その証拠こそ、例の万年筆の話だ。あれが無ければ、僕も解けなかったさ」


 早見の疑問に対して。霧生は余裕綽々で答える。

 その様子を見ながら、俺はもう一つ問いかけた。


「茉奈先輩の方が万年筆を何故か使わなかった、というあの話で……利き腕の差が分かる、ということか?」

「そう言うことだ。……ちなみに、一応確認しておきたいんだけど、早見さんと相川君は、右利きだよね」

「ええ、そうよ。霧生さんもそうでしょう?」

「今も右手でフォークを持っているしな」


 ハンバーグに添えられていたポテトをつまみつつ、俺たちは返答する。

 すると霧生は、こんなことを言い出した。


「……ここに左利きの人が居たら、説明が楽だったんだけどね。まあ、言うよりも体験した方が良いか」

「体験?」

「ああ、ええと、ちょっと待ってね」


 そう言って、霧生は一度立ち上がり、俺の隣に置いてある荷物の中をガサゴソと漁りだす。

 そしてすぐに、筆箱と一冊のノートを取り出した。

 さらに霧生は、その筆箱の中から、一本の万年筆を取り出したため、俺は結構驚いた。


 ──高校生の持ち物か?万年筆って……。


 無論、俺の驚きなど意に介することなく、霧生は話を続けた。


「上手い具合に、万年筆ならここにある。相川君、ちょっと書いてみてくれないか?」

「書くって……何をだ?」

「何でもいいよ。名前でも寿限無でも。ただ、最初は普通に右手で書いて、次は万年筆を左手で持って書いてほしいんだ」


 ──左手で……?


 不思議に思いつつも、俺はノートと万年筆を受け取る。

 そして、言われるがままに適当なページに文字を書いてみた。


「じゃあ、普通に右手……」


 特に理由もなく、相川葉、相川葉、と何度も名前を書いてみる。

 結構高い万年筆なのか、さらさらと気持ちよく名前を書くことが出来た。

 紙を濃く彩るインクが映えている。

 その手先を、霧生と早見がじっと見つめていた。


「じゃあ、次は左手……」


 ──と言っても、右利きの俺がわざわざ左手で書くんだから、相当下手な文字になるな……。


 そう思いながら、適当にえいやっと、万年筆の先をノートに接触させると────。

 ガツン、と手(・)首(・)に(・)衝(・)撃(・)が(・)走(・)っ(・)た(・)。


「あれっ?」

「どうしたの?」


 一画目から躓くとは思わなかったのか、早見が驚いて声をかける。

 その声に、俺は起きたことをそのまま答えた。


「……これ、書けない」

「書けない?」

「ああ、何というか、ペン先が絶対に引っ掛かる」


 手元を見られながら、何度か挑戦してみるが、結果は変わらない。

 同じように相川葉、と書いてみようと思ったのだが、「相」の一画目となる横棒を書こうとすると、少しでも力を籠めた瞬間に、紙に万年筆が食い込むのだ。


 右利きの俺としては、今まで一回も経験したことが無い──それ故に勘でも分からない──ことだった。

 左手でこの手のペンを持つと、書けない。

 いや、力を抜けばできなくはないのだが、非常に書きにくい。


 ──万年筆がページに対して垂直になるから、書けないのか?


 悪戦苦闘しながら、俺はその原因を考察する。

 俺が右手で万年筆を使う時に困らないのは、基本的に文字と言うものが、左から右に書くものだからだ。


 右利きの人間がペンを持つと、自然にペンは持ち手から見て右に傾き、どう力を籠めようが、ペン先が紙に突き刺さるようなことはない。

 だからこそ、さらさらと文字が書けるのだ。


 しかし、左手でペンを持つと、当然ペンは持ち手から見て左側に傾く。

 この状態で横書きに、左から右に文字を書いていくと、少しでも力を籠めればペンが垂直になってしまい、紙に突き刺さる危険性が増す。

 気を付ければそうはならないが、それでも紙を引っ掻くようになってしまい、かなり負荷がかかっているのが分かった。


「知らなかった……これ、左利きの人にはかなり使いにくいものなんだな」

「まあ、どうしたって右利きの人が多いからね。昔は左利きでも、右利きに矯正した人もいたらしいし、左利きの人用にはできていないんだ。左利きの人が万年筆を使おうと思うと、かなりの工夫が求められるよ」


 どこで知ったのかは知らないが、霧生が良く理解した様子で解説を挟む。


「具体的には、万年筆の傾く方向を変えたり、上手い具合に力を抜くコツを見つけたり、だね。ただ、それでも使いにくいことに変わりはないから、文房具としては敬遠されることも多いらしい」

「そんなに、なの?」

「ああ、それと、理由はもう一つ……相川君、一度書くのを止めて、君の左手を開いてみなよ」

「ん?」


 霧生と早見の声につられ、俺は掌を一度開く。

 するとすぐに、手のある一点に視線が吸い寄せられた。


「何だか、小指が……」

「インクで汚れているわね」


 早見の言う通りだった。

 掌の小指側の側面、要するに紙に接していた部分が、インクで黒く汚れている。


 何故、と一瞬思ったが、良く考えればこれもまた、当然のことだった。

 さっきも考えたが、横書きで文字を書くと、左から右に書いていくことになる。


 右利きの場合は、書いた文字の右側、つまりまだ文字を書いていないところに手が置かれるため、問題は無い。

 だが左利きの場合は、書いた文字の左側に────今まで文字を書いてきたところに手が置かれるのだ。

 当然、インクが乾いていなければ、手が汚れることになる。


 鉛筆やシャープペンシルのような物であれば、文字も薄いためまだ問題がないかもしれないが、万年筆のようにインクが濃いものだと、結構汚れが付く。

 と言うか、よくよく書いてみた文字を見てみたら、いつの間にか文字が指で擦れて、紙に滲んでいた。

 これでは読みにくいことこの上ない。


「……これが、茉奈先輩が万年筆を使わなかった理由、か?」

「だろうね。万年筆を敢えて使わず、そしてもう一人の方が代わりに書こう、と言っているのは、これで説明がつく。つまり……」


 淡々と、霧生は話をまとめにかかった。


「君が見た光景と言うのは、茉奈先輩が何故か万年筆を使わずに他の筆記具を探し、そして里奈先輩が万年筆を勧めながらも、結局止めた、という内容に集約される」


「茉奈先輩が左利きだとすれば、これは全て説明がつく。さっきも言ったが、左利きの人にとって、万年筆は使いにくいからね。左利きの人用に、インクを薄くしたようなものもあるらしいが、そんなに気の利いたものが部室に置いてあるとも思えない」


「だから、茉奈先輩は別の筆記具を探した。しかし、里奈先輩は、彼女に万年筆を使うことを勧めた」


「ここから、里奈先輩は右利きである、と分かる。恐らく、彼女は普通にその万年筆も使っているのだろう。と言うか、彼女が使っているからこそ、その場所に万年筆が置かれていたんだ」


「だからこそ、つい彼女は姉に万年筆の使用を勧めた。相川君がそうだったように、右利きの人には、左利きの人の感じる使いにくさは想像しにくいからね。しかし、流石は姉妹だ。すぐに彼女は、姉が万年筆の使用を好んでいないことを思い出して、取りやめた」


「まあ大体、こういう流れだったんだと思うよ」


 ふう、と説明を終え、霧生は息を吐く。

 一方、俺と早見は、その話からすぐに「アイちゃん」の話に移った。

 霧生の言うように、これは片方の謎が解ければ、もう片方も自動的に解けるものだったのだから。


「恐らく、茉奈先輩は左利きで、里奈先輩は右利き……ということは」

「必然的に、右利きだったという『アイちゃん』は、里奈先輩の方、ということになるわね。まさかかつて右利きだった人が、後から左利きになるとも思えないし……」


 いつものように、すんなりと。

 霧生は、まるで解き方が分かっているかのように、「日常の謎」を解いて見せた。

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