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三章 信頼の空路

 うるさい泣き声がずっと聞こえてくる。ゆっくりと瞼を開けばベンが僕の足元で地面に倒れ泣き続けていた。僕は地面に腰を降ろしてペタンと座っている。竜殺し……いや、真実の槍が僕の傍らに転がっている。竜殺しの槍は死んだ竜の骨を削って作られる。竜の骨。それは誰かの骨なんだ。真実の槍をそっと握り、それを通して僕の心が白き竜へと繋がっていく。白き竜は僕のため酷い怪我をしている。至る所に焼け跡がありあの洞窟に帰って横になっている。


 御身から離れることお許しください、我が子の無事を確かめたく。

 どうかゆっくりお休みください。ありがとう。


 僕はゆっくりと空を見上げ天に照らされる青空を眺める。噴かしの竜、心優しき黒き竜との戦いからどれぐらい過ぎたのだろうか? ベンが泣いているのだからそんなに経っていないだろう。でも僕は……そんな年数知るよしもないんだ。僕なんかが分かる訳がないんだけど……数千年以上の時を生きた気がしている。なんか意識がチカチカするんだ。


 ふ……と意識が途切れる。ぱ……と思考が真っ白になる。


 僕はそっと左手をあげ左側の顔を覆い隠す。僕は誰だ? シンザだ。僕はシンザ……だよね? 目の前で泣き続けているのはベン……ベン? いやそうだ僕の友達でベンだ! ここはどこだろう? そろそろ父さんと母さんがご飯を作ってくれるんだ。父さんと母さんというのは……誰なんだ? 僕は、僕は誰だっけ? それに前で泣いているこの子は誰? そろそろ薪を拾いに行かなくちゃいけないんだ。だから何をするんだ? そうだ母さんに絵本を読んでもらうために薪を拾いに行って、父さんに布団をご飯で遊ぶんだ。だから竜殺しの槍で水を汲んでから散歩して絵本を鍋に入れるんだ。ところでここはどこだろう? 父さんと母さんを探しても兄さんの姿は見つからない、兄さんなんていたっけか? 明日のご飯は服に出発するんだ。そうすれば皆泣きながら靴を雨が降って燃やすんだ。僕の隣にすごい大きなこれはなに? 林檎で石が中に水なんだ。ここはどこだろう?


 僕に雲が流れ出す。

「いて! 何するんだ!」


 振り返るとそこには誰もいなかった! 僕はいま確実に誰かに殴られた! 僕がいったい何をしたって言うんだ。頭をさすりながら前へ向くと黙って泣き続けているベンが僕を見ていて驚く。

「びっくりした!」

 ベンは何も言わずに僕の顔をじっと眺めている。

「お前……シンザだよな?」

「そう僕は……」

 僕はゆっくりと息を吸いゆっくりと吐いていく。ばらけていた記憶、点と点が線に紡がれていく。僕はシンザだ、心優しき黒き竜を殺してしまったシンザだ。

「シンザだよ。僕はシンザだ」

「お前その眼は……どうしたんだよ?」

「眼?」

「お前の左目が真っ赤になってる。その眼はあいつの眼だ……お前本当に、シンザだよな?」

 僕はちょっとだけ考える。

「うん、僕はシンザだよ。ねえ。僕の手を握って」

 僕はそっと両手を前に出す。

「あ、うん。こうか?」

 ベンが僕の両手をそっと握る。僕がベンと出会ったこと、旅する中で何があったのかを僕とベンは懐かしんだ。ベンの顔がゆっくりと笑顔になっていく。

「お前はシンザだ……シンザだよ! 訳分からねえけどシンザだよ!」

 ベンは僕に抱き着いて泣き叫ぶ。僕の髪の毛を力強く握り僕は痛みに顔を歪める。

「ベン痛いよ! 放してよ!」

「今までどこにいたんだよ! あいつが燃え尽きて! 竜殺しの槍だけが落ちてて! 俺はずっとお前のことを探していたんだ! 白い竜だけが飛び去って行って! 俺は訳も分からずお前を探した! どこにも見つからなくて泣いてたらいきなりお前の声がしたんだよ! どこ行ってたんだよ!」

 僕はベンをそっと抱きなおす。

「わ、分からないよ僕にも。放してよ」

「誰が放すか! あんなバケモン相手にどうやって生き残れるんだよ! あんな……俺の言葉じゃ説明できねえよ! お前は奴を倒した! 倒したんだ!」

 僕は心優しき竜が深淵に堕ちていく姿を思い出す。僕にとって彼は当然仇である、ベンにとっても仇である。だから僕らは喜ぶべきなんだ。そう僕は噴かしの竜に勝ったんだ! 勝ったんだよ……。




 ノルディア王国は大きく崩れた。城は破壊され、数々の民家が燃やされ、中央広場に至っては瓦礫の山だ。それでもなお死者はいなかった。国の外に出た瞬間に業火の渦が人を瞬時に焼き尽くしたろう、城壁沿いの内側にいなければ降り注ぐ業火に焼き尽くされていただろう。心優しき黒き竜はあれだけの業火を操ってなお、その外側をあえて狙っていなかった。僕を倒せば、この国はものの数秒で大地から消え失せる。彼はそうして人を試しては国を滅ぼしていったのか? 僕は本当に弱さの塊なんだ。もっと立派な人はいるだろうに、どうして君はもっと早くその手を止められなかったんだい? 空を見上げて尋ねても答えは返ってこなかった。

 ノルディア王国の人々は一人残らず全員思考を空白にしていた。助かった喜びもなく、恐怖に怯える涙もなく。壁に寄り掛かったり、家族と抱き合ったり、ただ立ち尽くしたり、ぐったり座り込んいる。誰も何も考えず何もしなかった。今は、それでいいと思うんだ。あれだけの力、自然を見せられすぐに動ける人はいない。

僕はベンにお願いして一緒に北の山へ白い竜の様子を見に行く。僕のせいで戦いに巻き込んでしまった。白き竜は心優しき黒き竜に焼かれ地面に落ちた。白き竜がまず心に描いたことは自らの子供。子供たちに自らを守る術はなく。白き竜は慌てて我が子のもとに戻った。僕を置いて逃げ出した訳じゃない。白き竜にも家族がいる。

 僕らが洞窟に戻ると強靭な肉体が幾重にも焦げていた。白き竜はとても衰弱し眠っている。僕はそっと両手を添える。そして噴かしの竜、心優しき黒き竜のことを全て伝えた。白き竜は何も言わない。ありがとう。

「ベン」

「なんだ?」

「ベンにだけはちゃんと僕の言葉で説明したいんだ。僕ちゃんと話すから」

「どうした言えよ」

「でも、それを言ったらベンが」

「言えって。まず話してみろよ」

「うん。僕が殺した噴かしの竜、あれは心優しき黒い竜なんだ」

 僕はこの先を言っていいのか悩んでいる。

「俺に話すつもりで悩んでいるならまず全部話せ。俺は全部聞くちゃんと聞く」

「ありがとう。あの噴かしの竜、あれは心優しき黒い竜だった。彼は僕の父さん母さんを殺し、ゴズウェルさんを殺し、荷物持ちを殺した。言わばベンにとっても仇であるんだ。時間が経てば皆噴かしの竜が倒されたことを喜ぶだろう。そりゃあそうだよ、だって皆の家を焼き家族を焼いた悪しき竜なのだから。でも、でもあいつは僕の心に寄り添っていたんだよ。前にベンに言ったよね。幻の中で噴かしの竜が僕に化け心を踏みにじったと。そのあと本物の荷物持ちが僕を引き上げてくれたのだと。でもそれは間違いだったんだ。心優しき黒き竜は僕の心に寄り添った、心優しき竜は僕の心に命を与えた。あの心優しき黒き竜は……命を……命を与えることができるんだ。彼は本当にすごいんだ。死にゆく僕に命を与えてくれた。見たことあるかい? 完全に焼き尽くした相手に命を与えて生き返らせる人なんて。僕は死にゆく直前で彼の心に触れてしまった。彼の心を紐解いてしまった。彼が人を殺戮し始めたんじゃない、人が竜を殺戮し始めんだ。だから彼は愛する家族や仲間を守るために必死になって戦った。何度戦いに敗れようと自らに命を与え、何度戦いに敗れようと自らに命を与え。ベン、君はノルディア王国であのとき空を見たはずだ。あれは……あれが憎しみと怒りに支配された復讐の業火さ。家族を守るため死に、友を守るため死に、自らに命を与えつづけその度に心を壊していった。僕は恐らくしてはいけないことをしたんだ。その心優しき黒き竜を必死に助けようとした、誰かの家族を焼き殺し、誰かの愛する国を焼いたあいつを。でも彼は心を閉ざしたまま何も言わずに静かな死を選んだ。彼は……あの人は……僕と同じ心を持っていた。怖いんだ、怖いんだよ。孤独から抜け出すために牙を磨き、誰かを守るために牙で貫き、誰かに復讐するために牙で感情を逆撫でる。あの人は本当に優しい人なんだ、優しい人なんだよ。でも……本来それが駄目な感情と悟りながら妥協せざるをえなかった。生きるため生き残るため家族や友を守るために。あの人は僕に言ったんだ。我の願いは成就した、真に強き竜殺し、私に悲願を見せてくれと。あの心優しき黒き竜は……あの人は……平和の礎になるべき竜だったんだ。命を与え、家族を愛し友を愛し、いけない感情がいけないことだと世に知らしめる存在……僕はこの世界を何も知らない。彼がどこであーなってしまったのかさえ分からないんだ。それを彼は教えてくれなかった。僕は……僕はその人の心を貫き殺してしまった。人に命を与えることができるほどの心優しき黒き竜を……僕がこの手で殺してしまった。父さんの言葉だ、あとで後悔するなら後悔しないほうを選ぶんだ。僕は父さんの言葉だと思ってそれを信じた、深く考えず。僕はいまあの心優しき黒き竜を殺してしまったことを非常に後悔している。とても後悔している。父さんどうか教えてください。後悔とは……後悔とはこんなに辛く痛いものなのですか?」

 涙はいつも耐えられず溢れ出る。僕を支配しているのは勝利の高揚感でも喜びでもない。深く心に突き刺さる後悔だ。後悔が僕の心を壊していくのが分かる。後悔してももう遅いんだ、もう駄目なんだ。

「俺が気軽にしていい話じゃないのは分かる。すげえ分かる。そして俺は馬鹿だ、お前と違って説明するのが下手なんだ」

 沈黙が場を制する。そしてベンが「あ」と言う。

「そうだお前両手を出せよ!」

 僕はベンに振り返る。

「え?」

「難しいことは知らねえよ? でもたぶん今ならなんというかそのこっちのほうが伝わると思うんだ!」

 ベンは僕にそっと両手を伸ばして来る。僕はベンの両手をそっと握る。




 砂漠でお前が俺を担いでいたとき。実はちょっと目を覚ましていたんだ。こんな馬鹿が世の中にいるのかと思った。奴隷ひとりの価値なんてたかが知れいてる。その金欲しさに奴隷を担いでる馬鹿がいると。俺とお前は同じ牢屋に入っていたな。俺はどうお前を利用してここから逃げ出そうと考えていたんだ。そしたらお前が上手くやって奴隷の身から解放された。最高だろ? 砂漠の中で奴隷を売ろうとしていたと思っていた奴が上手くやって、いきなり奴隷からの解放さ! とりあえずついて行くことにしたんだよ、命の恩人だし隙を見てどっかで別れようと思ってな。そのあと森でガイが竜に焼かれた男を苦しませないように介錯したな。俺はあのとき本当に怖かったんだよ、次は俺の番だなって。お前はそのときひとつも震えていなかった、こいつに感情はねえのかよと思っていたんだ。それで森の中で俺が大失敗したろ? あのときガイが俺を殺しにきたと思ったんだ。今なら言える! 俺のせいでシンザとガイは本当に死ぬところだった。なのにふたりとも俺を殺さないでくれたんだ! 自分の死よりも俺を支えてくれたんだ! 俺の人生で初めてさ! それにシンザも微笑んでくれた! シンザは感情がねえんじゃねえ強い男なんだって! 俺が大木に足を挟まれたとき、俺はお前に逃げろと言ってお前は俺に背を向けて逃げた。だってそうだろ! 俺はまたあのふたりを殺すのかって! 俺はひとり寂しく森の中で死ぬんだって。俺は本当にそれが怖かった! 死ぬのがじゃない! ひとりで死んで忘れられるのが! 俺が泣き叫んでいる間に、お前とガイが戻ってきてくれたんだ。だから俺のせいでガイが死んだのは当然なんだ。そしてお前が王都に入る直前だ、お前の雰囲気が怖かったんだ。当たり前だろ、俺が二度も失敗したせいでついにガイを死なせてしまったんだって。お前が俺に怒りを向けているんじゃないかと。でもお前は俺を一度たりとも責めなかった! 一度もだ! 王都に入ればお前が壊れていく、俺は怖かった! あれだけ強いシンザが雄たけびを上げながら暴れ続けるんだ! 暴れては大人しくなり暴れては大人しくなり。眠り薬を飲んでもお前は眠ることすらできなかった。眠らずに人並み以上の力で暴れ続けていたんだ。だからすぐに衰弱してお前はついに死んだんだ! 俺はずっと泣き続けたんだよ! そうしたらお前がいきなり生き返ったろ? もう俺は本当に嬉しかった! 嬉しかったのに、お前は完全に心を壊していたんだ。俺は本当に手を握っていただけさ! 俺はお前の助けになりたい! なのにそう、まさにいまいる洞窟だ。俺はお前の顔を殴り飛ばした! 一歩間違えればお前が死ぬんだ俺が死ぬんだ! それに俺がずっと自分に言い貸せた最悪の言葉を口にした! 俺はそのときガイに殴られ時のことを思い出した! 俺はシンザが無事で良かった! でもお前の心はまた治っていなかった! 壊れ続けているままなんだって! 俺はお前に最低なことを言ってお前を置き去りにしたんだ。俺は本当にお前を置いて逃げてやろうと思って。じゃあ心が壊れたままのシンザはどうするんだよ! でも俺みたいな馬鹿に心の治し方なんて分かる訳ねえだろ! 洞窟の先からずっとシンザの泣き声が聞こえてくるんだ! 心が壊れたシンザの泣き声が俺の心に刺さるんだ! だから俺はお前がずっと泣き止むのをただ両耳を閉じて泣き続けるしかなかった。ずっとガイに助けを求めたんだ、俺じゃ駄目だ助けてくれって。俺はお前より心が壊れていなかった。だからお前をひとりにしちゃいけないんだ! だから俺はお前のもとに戻ったさ。そこでお前は言った、父さんと母さんの墓を見つけて死ぬつもりだったって。そんなお前が、じゃあなんで砂漠で俺を見殺しにせず助けてくれんだって。お前は俺を誰かも分からずに助けてくれたんだ! お前は本当に真に強い男だ! じゃあなんでこいつの心はこんなにも弱いって俺なりに考えたんだよ。お前は俺を助けた、あの化け物からノルディア王国の皆を守った。けどお前は自分の心を守れていないんだよ。お前がジェシカを知って俺をからかって笑いながら逃げたろ? ノルディア王国とかいうデカい街に来て二人で楽しく回ったろ? 俺たちはまだ子供なんだぜ? 馬鹿みたいに笑い合いながら何も考えずに走ってりゃいいんだよ! 俺は奴隷だ、その世界で生きてきた。どいつもこいつも目先の利益しか考えていねえ、誰がどこで何しようが誰がどこでくたばろうか知ったこっちゃねえ。俺はそんな環境で育ったし、この世の中だ。俺もそれに染まったよ。けどお前は本当に強い男だ、お前は物事を本当に深く考えている、考えられる強い男なんだ! お前は俺が見た誰よりも人思いで心の優しい持ち主なんだ! 父さん母さん殺されて心優しい黒い竜のことすら考える大馬鹿やろうさ! でも俺は思ったんだ、お前はお前の心が守れていないんじゃないかって。お前がお前の心に寄り添っていないんじゃないかって。お前が後悔している重さは俺なんかに軽々しく分かることじゃない。でもお前は深く考えて考えて自分で自分の心を傷つけているんだよ。だから自分の心を守ってくれ、その強く気高い心優しい心をまず大事にしてくれ……うーん。ちゃんと俺のなんて言うんだ? 心は伝わっているのかこれ?




 僕はベンの両手を強く握りしめ大声で泣きはじめる。僕の心は壊れている。その心が治らないことを既に悟っている。でも僕は友の言葉にその心が治されていくのを感じる。僕は今まで一番大声で泣き叫んでいたと思う。ベンがずっと笑顔で僕の背を、僕の心を撫でて続けてくれる。僕は自分の心のことなんて一度も考えていなかった。僕は弱い子供だ、だから何も出来ないんだ。いつもその劣等感だけが襲っていた。ベンの心に如何に僕が自分の心を見ていないかと知る。


 僕にも人の心があるんだ。僕は自分の心の存在を知らないでいた。




 僕とベンは時間を忘れて洞窟で大の字になる。白き竜の住処だと言うことを忘れ何も考えずただボーっとしている。僕は僕なりに情けなく必死に生きてきた。生まれて初めてかもしれない。何も考えず何もせずただボーっと。しているだけ。なんというかこう、体の力が抜けていくんだ。大事に手にしていた真実の槍も半ば投げ捨てている。僕は何か考えようとしてため息を吐く。

「はあ」

「なんだどうした?」

「ねえ思考というのはどうやって止めるの?」

 ベンは静かに笑い声をあげる。

「それを俺が分かると思うか? なあ聞いてもいいか?」

「なに?」

「どうしてこうお前は頭が良いんだ。なんというか子供のくせに大人っぽいよな。ガイより大人に見えるぜ」

 僕は笑う。

「ガイに殴り飛ばされるよ」

「それはいてえ」

「僕の家は心優しき黒き竜の竜巻に閉じ込められていたんだ。父さんと母さんが助けを求めに外へ、食糧と水が尽きていく。僕は恐怖を紛らわせるようにずっと本棚の本を読んでいた。皆冒険に出るんだ、途中で仲間に出会って、問題を解決して、旅が終わるんだ。僕はずっと何冊も読み続けたんだ。あるとき気づいたんだ。本は誰かが書いているんだ、じゃあ本棚にある本を選んだのは父さんか母さんだと思う。父さんと母さんは僕に何か見せたかったんだと思う。子供の僕が分かる訳ないけど、それが何かずっと考えて考えていたせいかな」

「へー、すげえなお前は文字が読めるのか」

「うん。母さんが一生懸命教えてくれたんだ」

「俺も文字ぐらい覚えようかなあ。ところでさ」

「スー」

 僕は泣き疲れて眠ってしまう。

「それでいいんだよ」

 誰かが何か言った気がする。




 王国に戻ると正気を取り戻した皆が僕を見つけて大はしゃぎをする。皆が僕を称えて皆が僕の名を呼んでくれた。僕はこんなに人から褒められたことがない。それがただ純粋に嬉しかった。僕の左眼、赤い眼に驚く人もいたけど皆すぐに僕を純粋に迎え入れてくれた。ベンが僕にジェシカを紹介してくれて、皆が僕に美味しい食事を食べさせてくれて、お酒は流石に飲めないらジュースをくれて飲んで。僕はずっと止まらぬ人々の感謝を受け続けていた。そして僕は風邪をどこかでうつされた。

「へっぶちい!」

 盛大にくしゃみをして鼻をすする。

 ベンの提案で僕は軍医さんの下でお世話になっている。軍の駐屯地の外れにある軍の病院だ。僕はベッドで横になり熱にうなされている。真実の槍を壁に立て掛けて。ここなら誰も僕を追ってこないだろうと。ベンが僕の傍らで冷めた眼差しをしている。

「なに?」

 僕は鼻をすする。

「風邪だってよ。風邪、ねえ」

 軍医さんが笑いながら薬と水を持ってきてくれる。

「誰だって風邪は引くさ、そう誰だってね。これを飲んで」

 僕は何を渡されたか確認せず薬を口に含んで水を流し込む。咳が出てベンが僕の背をさすってくれる。

「あーあー英雄様がしょうがない。さっさと横になれよ」

 ベンが僕に布団をそっと掛けてくれる。

「ありがとう兄さん」

「ん? あ、ああ」

 僕の頭はいまグルグル回っている。すごい気持ち悪い。

「そう言えば先生、僕ずっと暴れていたんですか?」

「その話はあとにしろ」

「そうだシンザ。まずいまは風邪を治すんだ」

「風邪、ねえ」

 ベンが僕をからかいながら病室を出て行こうとする。

「どこへ行くの?」

「何ってここは病院だぜ? 俺がいちゃ悪いだろ宿屋に帰るぜ」

「嫌だ、ここに残ってよ」

 僕は鼻をすする。

「そうだね、出来れば僕も残って欲しい。何かあれば僕を呼んでくれればいいから」

「先生が良いってんなら残るぜ」

 その後、僕は完全に熱にうなされる。強烈に怖い悪夢とか、死が迫ってくるとか。そういうのじゃないんだ。僕はただ本当に高熱にうなされていた。頭が痛くて喉が痛くて、熱くて喉が渇くんだ。だから僕はずっと誰かを呼び続けた、でも僕はベンじゃない知らない誰かをずっと呼んでいた気がする。高熱にうなされながら、自分が誰を呼んでいるんだろうと。

 僕が完治するのに三日かかった。ベンは僕に着きっきりで僕を看病してくれていた。イビキがうるさくて傍にいるのが分かってた。風邪が治って本当に良かったと思う。熱は下がり眩暈は消え、頭痛が消え喉の痛みが消え喉の渇きが消え。軍医さんが僕を最後に確認してくれる。

「もう大丈夫だろう! 治って良かった。念のため薬を渡しておく。少し待っていてくれ」

 軍医さんが笑顔で笑ってくれる。それは純粋な笑顔だ、だから僕はつられて笑った。

「俺はやっと解放されるのか。ここに来て風邪とわ油断したな」

 僕はベンを見て被っていた布を両手に強く握る。

「僕さ、ずっとうなされていたとき。ベンじゃない誰かを呼んでいた気がするんだ。僕は誰のことを呼んでいたの?」

 父さんか母さんか荷物持ちか、それとも僕がたた高熱にうなされ勘違いしているのか。

「お前ずっと兄さん兄さん言ってたぞ。お前さ、兄貴いるのか?」

 そのときになって思い出す。そうだ僕はずっとベンのことを兄さん兄さんと間違えていた。その間違いがとても恥ずかしくて、僕は逃げるように布を被りなおす。

「ううん、いないよ。ごめん変なこと言って。熱にうなされていたせいだよ」

 ベンは何も言わなかった。そして口を開いた。

「お前次に俺のこと兄さんと呼んでみろ。俺、本気でお前の兄貴になるからな」

 僕は頭が真っ白になる。驚いた? 変に思った? 僕はすぐに布を除きベンの顔を見る。ベンが照れくさそうに笑って顔を背ける。

「わりい、ガラにもねえこと言ったな。こんな馬鹿な兄貴なんて強いお前にはいらないよな。水汲んでくるよ、喉乾いたろ?」

 僕は歩き去ろうとする兄さんの服を両手でしっかりと掴む。

「ん? どうした?」

 僕は少しだけ兄さんの服を引っ張った。

「おいなんだよ」

「兄さん」

 兄さんが驚いた顔を見せた瞬間、笑顔を見せる。

「もういいだろ離せよ」

「いやだ、僕は離さない」

 僕は無邪気に兄さんの服を押しては引いて押しては引いてを繰り返す。

「離せよ!」

「いやだ!」

 僕たちはじゃれ合った。そこに深い意味なんてない、ただそうしたかったからじゃれ合った。軍医さんが薬を入れた袋を手に戻って来た。

「待たさせたね」

「先生、左目を診てもらえませんか?」

「君が診て欲しいなら診るが。痛みは?」

「ありません、普通に見えている眼なんです。でも……やっぱりちょっとだけ不安なんで」

 兄さんが外を指さしながら歩いていく。

「俺本当に水汲んでくるよ」

 軍医さんが僕の左目を指で少しだけ開く。

「眼の形は人のそれではないな。色も赤いが目はしっかりと目だ。僕がいまから指を振るから、指先を目だけで追ってみてくれ」

「はい」

 先生が指先をゆっくり振るので僕は赤い眼だけで追う。

「何でもいい、違和感があったらすぐに教えてくれ」

「わかりました」

 先生の指は横に触れたり縦に触れたりと回ったりと、そして僕の左目は何も違和感がなかった。本当にただの眼だ。自分でもそう思うけど少しだけ不安だった。左目の赤は鏡で見たときあまりにも赤かった。ただそれだけだった。

「うん、自分の眼がこうなれば誰でも不安になる。無責任にはなるが少しを様子を見ていいかもしれない。もし痛みや何かあれば、僕に理解できるか分からないがすぐ診せてほしい」

「ありがとうございます」

 兄さんが水を持って戻り、持ってきたグラスに水を淹れていく。

「ねえ兄さん、僕の左目ってどう思う?」

「知らん」

「そんな」

 僕は兄さんから水を受け取る。

「いや、まあ誰でも最初は驚くさ、それはしょうがないよな。でも皆そこからすぐに何も言わなかったろ? 触れちゃいけないからとかじゃなくて、何というかお前の眼だなって思うよ。だから皆平気なんだよ。気にしてるのお前だけじゃないか?」

 そうか、気にしているのは僕だけか。優しく微笑んでいる軍医さんを見て僕は思い出す。

「そうだ先生、兄さんから聞いたけど僕ずっと暴れてて」

 軍医さんは僕の肩にそっと手をあて首を横に振る。それ以上喋らなくていいんだと諭してくれた。

「君が死んだとき僕は悲しかったよ。生き返ったと聞いたときは耳を疑ってから喜んださ。僕には君たちと同じぐらいの兄弟がいてね。あの……あの地獄をただ城壁沿いに子供たちを抱きながら見上げることしかできなかった。今日も僕は家に帰って家族の顔を見ることができるだろう。それは紛れもないシンザ、君のお陰なんだ。どうか自分が人に迷惑をかけたなんで思わないでくれ、思わなくていいんだ」

「ありがとうございます」

 僕が微笑むと軍医さんは微笑んでくれた。そして軍医さんは逆に自責の念を抱いている。あの英雄カシムの軍、心壊れてしまった人のことを救えていないことに。僕らが何も出来ず無責任に将軍に頼み軍医さんに託してしまった。僕に話すのは酷だろうと胸の内にしまってくれた。なのに先生は自分の未熟さを嘆いている。

「先生が気にすることじゃないんです。あの人の心は壊れてしまった」

 僕が先に告げてしまうと先生はとても驚いた顔をしている。

「君は」

「すみません変なこと言って。変なことしてるのも分かっています。ただ、ただ僕は本当にただの子供なんです」

 僕はベッドから足を乗り出し真実の槍をそっと手にする。

「行きましょう。あの人はこの先の牢ですよね」

 僕がお世話になった病室を出て奥へ続く階段。なんてことはない、廊下にひとつあるどこにでもある扉。そこには大きな鍵が付けられていた。何人もいれず何人も通さないようにする鍵。

「確かに彼はこの先にいる、待っていろいま鍵を」

 軍医さんが腰鍵を手にして僕に差し出した瞬間、僕は鍵に触れず鍵を開け、扉に触れず扉を開けた。軍医さんは目の前の光景を見て全てを止めている。綺麗な廊下とは違って荒い石造りの階段、冷え込む風が僕の心を冷やしていく。ゆっくりと降りると牢屋が六つ。外に繋がる道はない暗闇。本当に暗闇だ。

 そして一番奥、左手奥の牢屋に彼を見つけた。僕らが最初に出会った同じ体勢で。

「おい先生、どうしてこんな暗闇に」

 僕は兄さんに告げた。この人は完全に心壊した。それを無意識に治せないことを知った人々は彼を助けなかったんじゃない。あえてその場に残したんだ。それがこの人の心を保つ唯一の場所、姿勢だったからだ。 あの惨状が終わってから、軍医さんが見に行ってくれたこと。家が燃え崩れてもこの人が同じ場所同じ姿勢でいたこと。流石に放置する訳にも行かなかった。暴れる彼を抑え引きずってここまで運んだ。そして暴れて怪我をしないように床に繋がれた鎖に両手足を繋いでいるんだ。彼は炎に恐怖心を抱いている。だから明かりは許されない。でもこれじゃあ、彼の心は照らせない。

「先生、明かりをお願いしてもいいですか?」

 先生はそれが駄目と僕より知っているはずなのに、疑念なく僕の言う通りしてくれた。

「明かりを消せ! その明かりを消すんだ!」

 男が暴れだし僕は全ての鎖を触れずに解く。あのときと同じ、彼は両手で頭を叩きながら部屋の奥、隅へとしゃがみ込み、頭を抱えて体を前後に振って泣きはじめる。僕はいま非常に残酷なことを彼にしている。僕は彼を戦場に送り返してしまった。

 彼が今いる場所は森の中、業火吹き荒れそれが仲間たちを飲み込む。その泣き叫ぶ声を聞きながら岩陰に必死に隠れているのが彼なんだ。

「誰でもいいから助けてくれ! 俺の仲間が次々に焼き殺されていく!」


 僕は一瞬、業火燃える盛る大地で叫ぶ心優しき黒き竜を見てしまう。


 僕は両眼を必死に瞑ってその現実から逃避した。僕が今すべきことは彼を無事に家に帰らせることだ。彼の心は壊れそしてそのときを止めている。心が壊れれば割れた心の破片が落ちる。そして人は自分の心が壊れる瞬間に気づかない。落ちた破片がその場に残り人の意識を破片が鎖となりて縛り残す。体と言う時間の概念だけが休むことなく動き続ける。だからいま、彼はこうしてボロボロな格好で現実を生きながら、気づかないまま心が過去に置き去りになっている。今の僕ならそれが理解できる、ちょっと前の僕にだったらそんなこと理解できない。悩むのはあとでいい、今は彼の心の破片を彼に返してあげるんだ。それが心となるのだから。

 僕は泣き叫ぶ彼に近づいて、大人の体の大きさを身近に感じる。本当に大きな体だ、僕より強く、僕より優しいことが伝わってくる。僕はしゃがみ込み彼の背にそっと手を添える。そして真実の槍を本当にそっと振るんだ。その音色が彼の心の破片を導いてくれる。

 彼は何かに気づいて顔をあげる。

「あの音だ! 英雄カシムが来てくれたんだ! 俺たちを守るために! 皆で槍をかかげて英雄カシムを称えるんだ! そして皆で愛する家族の下へ帰るんだ!」

 彼の心の破片がゆっくりと彼の心に戻っていく。

 なぜ、なぜあなたは僕にこんな力を。僕は力の大きさに涙する。人が扱っていい力でわない。そして彼が僕を両腕でしっかりと掴む。大人に握られる力が痛くて驚いた。

「来てくれたのかカシム!」

「僕は」

 英雄カシムじゃない。そう言おうとして口を閉ざした。彼の顔はもはや別人だ。生気とでも言うのか、それに満ち溢れている。

「また一緒に俺と酒を飲んでくれ。英雄カシム・ヘイデン・オルティネス」

「ヘイデン?」

「もう忘れたのか? どうしてもお前に俺の感謝を伝えたくて、酒が飲めないお前を強引に誘ったじゃないか。来てくれないと思っていたのにお前は来てくれたんだ。俺はお前がどれだけの仲間を救っているのか延々と話し続け、つい俺は酒を飲ませすぎちまった。お前が酔い潰れて机に突っ伏したとき、英雄様になんてことをしたんだと俺が焦っているとお前は飛び起きた。そうだ僕面白い話がひとつあるんだってな。名前が長いから子供のときに一個外したんだと、名前を書くのが面倒だからって。皆が知っている名は英雄カシム・オルティネス。俺だけが知っているのが英雄カシム・ヘイデン・オルティネス」

 ヘイデン。

「そう言えば僕に彼女はいたっけ?」

 僕は嘘をついた。僕は英雄カシムを知らないんだ。その英雄カシムの振りをした。

 男は笑い声をあげる。

「酔い潰れてもう忘れたかの、あれだけ延々話していたのに。お前が愛する妻の名は」

 僕は間違えていてくれと心から願った。




「アリスティア」

「アリスティア」




 つまり……つまりそういうことなんだ。

「カシム、どうしてお前は泣いている?」

「ちょっと、目にゴミが入ったんだと思う。いまはゆっくりと休んで欲しい」

 僕はそっと彼から離れた。

「また一緒に酒を飲もう」

「僕はお酒飲めませんよ」

「同じことを言うなよ」

「お願いです、お願いですから今は休んでくれ」

「あー、友よありがとう」

 男の心がゆっくりと目を閉じた。

 逆に僕の心が叫んでいる。今の話を聞いて軍医さんは何ひとつ理解できないまま、一点だけを理解している。兄さんは僕と同じ様に混乱していた。僕は逃げるようにこの場を立ち去ろうとする。軍医さんが声をかけてくれるまえに、そっとしておいてください。そう意識に伝え軍医さんの口を閉ざす。兄さん来てくれ、そして僕は兄さんと逃げるように廊下へ続く階段を上っていく。駄目だ、駄目だ兄さん支えてくれ。僕が地面に落ちる前に兄さんが僕に肩を貸してくれる。僕はもう兄さんにぶら下がった鞄だ。そのまま廊下に戻って病室に戻る。退院するはずの僕がまた同じベッドに降ろされる。

「僕は」

「いい。何も考えなくていい。俺がこれだけ混乱しているんだ。何も考えるな」

 そこから僕は三日三晩、一滴も飲まずひとかけらも食べずにときを過ごした。皆が優しく水や食事を持ってきてくれても僕はそっと意識で拒絶した。四日目になれば僕の心は回復してくれた。置き去りにした心が僕の体に追いついて来た。兄さんが僕に水を渡してくれて、僕に食事を持ってきてくれた。

 味がしない。何故僕はここでこうして食事をしているのか? 生きるためか? 僕は食事の手を止める。兄さんが僕の顔を見てから何かを千切って僕に「あ」と言う。

「あ?」

「口を開けろ、あ!」

「あ」

 僕が口を開けた瞬間、兄さんが何かを僕の口にちょっと強めに押し込んで来た。

「食いたくなくても、最低それだけは食ってくれ」

 僕は何を口に入れられたのかも分からず。ただ顎を動かす。味がどんどん染み出してきて僕の目がゆっくりと喜びで開かれていく。酸味が少しあって卵の甘みがするんだ。キャベツの歯ごたえが心地よく僕の心を潤していく。

「なにほれおいひい!」

 兄さんが満面の笑みを見せる。

「だろう! 俺があるもんで作ってみたんだぜ!」

「もっとちょうだい!」

「ゆっくり食えよ」

 僕は兄さんからパンを奪って無我夢中で食べる。本当においしい。美味しさを嚙み締めつつ僕は答えの出ない闇を思い出す。英雄カシム・ヘイデン・オルティネス。それが僕の父なのだろう。だとするならば、僕の父はこのノルディア王国で国家反逆罪で死刑を宣告され国を逃げ出した身。父さん、あなたはこの国で何をしたのですか?

「なあシンザ、俺考えたんだよ。あのカシム軍にいた人に何があったか話をきくべきじゃ」

「やめろ!」

 僕は赤い眼もろとも兄さんを睨む。壊れ砕けた心のヒビは決して消えることがない。いま安易にその心に触れればまた壊れてしまう可能性がある。安易に人の心に触れてはならない、踏みにじってはならない!

 そして僕は我に返る。僕はいま、兄さんになんて酷い感情をぶつけてしまったのだろうか。手が震え、脚が震える。兄さんがいきなり僕の頭を小突いた。

「いた! 何するんだ!」

「俺はお前の兄貴だぞ! 弟のお前が俺に全力で感情をぶつけてなんで怯えるんだよ! 今度俺に本音をぶつけて怯えてみろ! 俺は弟を本気でぶん殴るからな! 分かったか!」

 僕は純粋に兄さんの怒りに恐怖する。それは兄さんが怖いからじゃない。兄さんの心が純粋に僕を叱ってくれたからだ。

「わ、わかったよ」

 僕は叱れたことにちょっと居心地が悪くなった。それでも兄さんは優しく僕の頭を撫で髪を力強くかき乱していく。

「お前がいますごいことになってんのは知ってんだよ! それでも俺はお前の兄貴だ! 兄貴をなめんじゃねえよ!」

 僕は照れながら兄さんの手を振り払う。




 僕らは答えが出ぬまま、分からぬまま。ノルディア国王と謁見することとなった。噴かしの竜が城、王座の間を吹き飛ばしているので急遽王国の中央広場。いまは瓦礫の山と臨時の医療テントが張られている。そこで僕と兄さんはノルディア国王と謁見することとなった。ほぼ全ての人が、皆が僕を心から称賛してくれている。僕の父、英雄カシムを国家反逆罪で死刑とした国王ですら僕を心から称賛していた。でもなんだろう、本当に分からないんだ。やはりノルディア国王に暗雲が見えるんだ、これは視覚的なものではなく感覚的なものなんだ。なんだ? この暗雲の正体はなんだ? ノルディア国王の傍らにいるオスウェル将軍、冷めた眼差しを自らの国王に向けている。僕を称賛しつつ国民からの指示を得ようとする魂胆がオスウェル将軍には見えているからだ。ただそれとも違うんだ。

「我、ノルディア国、国王であるスティング・ラーデが竜殺しシンザの功績をここに称える」

 形式的な称賛だ。それでも本来僕は心から感謝すべきである。それでもこの国王が自分を愛し自分の利益を最優先しているのかが感じ取れる。これは兄さんが見てきた人々と同じだろう。それがこの人の生き残る術である。だからその考え自体は決して悪くない。でもこの人は、人の心に目を向けない。僕が今何を思い何を考えいるのか読み取る気がないんだ。国王が綺麗な剣を両手にしている。オスウェル将軍が手でそっと跪くように教えてくれる。だから僕は跪こうとした。


 その剣を手にしてはなりません! 白き竜の咆哮が僕たちを揺らす。


「竜だ! 竜来るぞ!」

「逃げろげるんだ!」

 皆が我先に逃げようとする。だから僕は皆に言った。あの白き竜は僕と共に戦ってくれた竜。どうぞ恐れず称えてあげてください。少し僕の背後を開けてくれると助かります。

 全ての人が何が起きたか、何が聞こえたが理解していない。それでも皆足並み揃えて僕の背後に空間を開けてくれる。そこに白き竜が降りたつ。溢れ出る怒りに僕は驚く。

 なぜそんなにも怒りが溢れ出るのですか?

 その悪しき剣を手にしてはいけません! 奴は我が子を攫って行った!

 僕は白き竜が子供を三匹可愛がる様子を感覚で教えられる。

 我が子を攫った人間を焼き殺す!

 僕は赤い眼もギラつかせ白き竜を睨む。

 いまなんと言った! 僕は心優しき黒き竜のことをあなたに伝えたはずだ! 憎しみと怒りが原動力になれば「人の心」が死ぬのだと!

 白き竜は僕に怯えて少し下がる。

 私は我が子を取り戻します! たとえあなたに背こうとも!

 ならば僕に語ってみせよ! いまお前の目の前には僕がいるだろう! 全てを語れ!

 それは過去の出来事だ。白き竜が住む洞窟に大量の煙が押し寄せる。白き竜は生まれた我が子のため、子供をふたり連れ空へとあがった。まだ生まれぬ子、卵をひとつ残して。

 そういうことか。それが国王に見る暗雲の正体か。

 白き竜の卵のありかを知る者たちよ、あなたたちに牙を向けることお許しください。どうか今すぐ白き竜の卵をこの場に持って来い。出来ぬと言うのならば我が汝の全てを焼き尽くす!

 という素振りだけ僕は向けてみた。本当に申し訳なく思う。けれどこれが白き竜が言いたかったことなんだ。


 そうだよね?

 あなたに苦痛を強いることお許しください。

 おあいこだよ。


 少し待っているとひとつの荷馬車が中央広場にやってくる。荷台に白い大きな卵を乗せて。それを運んできた五人、皆僕の前に跪き涙を流し鼻水を垂らし全身を震わせている。

「どうか、どうか我らをお許しください! どうか!」

 ごめんなさい。大丈夫ですよ、無事に運んできてくれてありがとうございます。でも白き竜の怒りはおさまりません。どうか少し離れたところでお休みください。本当にありがとう。五人の男たちは許されたことを知り、僕に頭を下げながら群衆へと下がっていく。

 国王を含めいまの状況が皆理解できないでいる。

 僕は白い大きな卵を指さす。

「国王陛下この卵はどうされましたか?」

「それは私が兵士に頼んで竜の巣から盗ませた私の卵だ。生まれた竜を我が軍に加えれば強靭な軍となる! こちらに手なづければ竜に対する」

「陛下!」

 オスウェル将軍が割って入る。

「ノルディアには竜殺しはいないのですよ! 誰がその竜を手名付けるのですか!」

 国王は僕を指さす。

「ここに竜殺しがいるでわないか! 我が国を守ってくれた竜殺しが!」

「我々が戦わずに子供に戦えと言うのですか!」

「竜と叩かえるのは竜殺しのみ! 我々に何ができようか!」

「お忘れですか! 英雄カシムを理不尽に国から追い出したのはあなたなんですよ! 私の友や家族同然の兵を皆殺しにしたあなたが! 次は子供を戦わせろというのですか!」

「この国は国王で我が決める!」

「この」

 オスウェル将軍が剣を抜く。あなたは心強き、心良き人である。どうか心穏やかに剣をお納めください。オスウェル将軍が自らの剣を見る、自分が何をしよとしていたのか悟り静かに剣を収める。

 国王が怯えオスウェル将軍を指さす。

「こやつは王である我に剣を向けた! 衛兵! この男を捕らえよ!」

 オスウェル将軍が自らの国王を睨みつける。

「愚鈍な王には愛想が尽きた! 私に従う者は我に続け! いないというのであれば、私は堂々とこの場で散る!」

 お互いがお互いを憎しみ合い、周囲の衛兵は誰も動かない。どちらにつけば正しいのか? どちらにつけばおいしいのか? そんな思考が飛び交っている。子供の僕が絶対に口を出してはいけない場だ。これは大人同士の喧嘩でありその喧嘩の行く末が国を大きく揺れ動かす。けれども僕はあなたをそっと支えてあげたいのです。あなたは僕の愛した父を信頼してくれたのだから。

「僕はオスウェル将軍を信頼しています」

 たったそのひと言で良かった。オスウェル将軍が驚いた顔をして「なぜだと?」心に語り掛けて来る。僕の父を信頼してくれたのですから。オスウェル将軍はそれを感じて困惑していた。

「王を捕らえろ」

「子を戦地に送る王を捕らえろ!」

「オスウェルに将軍に続け! 国王を! 国王を捕らえよ!」

 衛兵たちが一斉に国王を抑えつけていく!

「何故だ! 私はノルディア王国の王であるぞ! この国は私のものだぞ!」

「違う! 民がいるから国がある! 我らの英雄カシムを追い出した愚かな男よ! 偽りの王冠を捨てこの場を去れ! 連れて行け!」

 国王は必死に抗いながらもどこかへ連れていかれる。オスウェル将軍はただ僕に疑問の眼差しを向けていた。私は君の家族を知らない、シンザ。お前は誰の子であるのか? そしてオスウェル将軍は自ら答えを出す。僕にゆっくりと近づいてくる。

「馬鹿な……そんな馬鹿な」

 英雄カシム・ヘイデン・オルティネスは僕の父です。僕は本当に弱い子供です、いまはその事実を受け止められません。どうか、どうかそっとしておいて欲しいのです。オスウェル将軍は僕に歩み寄ろうとする足を止めてくれた。

 ふと白き竜の卵から何かを感じる。それは僕が心優しき竜に与えられたものだ。

 僕はそっと腕を白き竜の卵へ腕を伸ばす。強さと優しさをもつ新たな王よ。どうかあなたの手で白き竜の卵をお返しください。それがこの国の王たるあなたの最初の責務です。オスウェル将軍が唾を飲み込んでからそっと白き竜の卵に手を伸ばす。両手でしっかりと持ち上げそれを白き竜の上に掲げる。その卵が少し動く。

「なんだ?」

「動かないで」

 僕はそう口で言った。

 白き竜の卵が小刻みに揺れ、徐々に切れ目が入ってくる。卵が割れると白い小さな竜の子供が光の眩しさに目を瞑っている。大丈夫、君のお母さんは傍にいるよ。白い竜の子供がそっと母親に顔を向けゆっくりと目を開ける。そして小さな小動物の様な歓喜の鳴き声をあげる。

 これが僕のお母さんだ!

 そう、それが君のお母さんだよ。

「白き竜よ、どうか……どうか我らを許してくれ」

 オスウェル将軍。いや、ノルディア王国の国王であるオスウェル国王が白い竜の子供をそっと掲げる。元々僕と共に戦ってくれた白い竜、皆が感謝し謝罪するのは当然だ。

 その温かな命に祝福を。

 あなたに敬意と感謝を。

 僕はそっと静かに、気配を消して中央広場を去る。皆で新たな誕生を祝うといい。兄さんちょっと人のいないところでゆっくりしよう。流石に僕疲れたよ。兄さんにだけ気配と意思を伝え僕らは人のいない。殆どの人が中央広場にいるんだ。少し離れればどこにも人の気配はない。

「新たな国王と竜の子供の誕生を祝せ! 声をあげろ! 英雄カシムに我らの声を届けさせろ!」

 国全体を揺らす歓声が中央広場から伝わってくる。それは爆発と竜巻に似ていた。その祝福が憎しみと怒りに変わればあなたが見せた光景になるのですか? どうか教えてくれ心優しき竜よ。しかし答えは返ってこなかった。たぶん僕いまからすごいこと言いそう。道の真ん中で腰を降ろし真実の槍に抱き着き、酷いため息を吐きながら両肩を下げる。

「はあああああああああああああああああ!」

 兄さんは笑って両肩を叩く。

「お疲れお疲れ!」

「大人って怖いよ」

「お前それいまさらかよ」

 兄さんは大声で笑い続け僕の背中を叩き続ける。

 僕はなんか馬鹿にされている気分で拗ねる。




 人々は日が経ってなお僕に称賛の声、心を届けてくれた。ある日、僕は国王オスウェル・ザーバスの正体を受け、夜に彼の邸宅に招かれた。大事な話があると。それは穏やかな夜。大きな門を抜け広い庭を抜け、大きく広い家に驚きながら僕らはオスウェルさんがいる部屋まで案内された。

「ここから先はシンザ様のみと……失礼しました」

 召使の方に兄さんが大事な家族であることを伝え。僕は部屋にお邪魔する。彼は暖炉の前で座っていた。隣に空いている椅子がひとつ、暖炉の小さな灯がそっとオスウェルさんを照らす。彼は怯えていた、それは僕にでわなく、いまから話すことについてだ。

「本来であるなら自らの足で赴き話すべきところ、この弱き王を許してくれ」

 僕は首を横に振って空いている椅子へ静かに腰を掛ける。本来ならば許可を得てから座るもの。しかし今の彼は非常に怯えそれも出来ないだろう。

「ぜひ話してください。話して欲しいのです。英雄カシム・ヘイデン・オルティネスは愛した妻アリスティアと共にこの世を去りました」

 オスウェルさんが僕が見たことのない驚きの顔を見せる。僕は静かに頷く。そして僕はオスウェルさんが静かに、本当に深くだ。深呼吸をした。

「英雄カシムにこの国から逃げろと言ったのはこの私だ。彼はパラムンデへ侵攻する侵攻軍を空から守護してくれていた。彼は本当に真に強き竜殺しだった。友のため、見ず知らずの家族のため。森に飛来する竜、潜む竜を次々と倒していった。だからこそ侵攻軍はパラムンデの近くまで侵攻することができた。そこで彼は気づいてしまったんだ。英雄カシムは本当に真っすぐで心優しく強い男だ。彼は皆を守るため盾となってくれていた。その先にあるのは」

「パラムンデへの侵攻」

 オスウェルさんは静かに頷く。

「彼は竜から人を守る盾となりつつ、殺した竜にも少なからず敬意を払っていた。そして自分が侵攻軍を守れば守るほど、それは次の殺戮への侵攻の道となることを理解してしまった。人を守る竜殺しが人を殺戮へ誘っていると。彼の心はどんどん崩れていった。挙句の果てに独断でパラムンデへと赴いてしまった。彼は竜殺しでありながら軍属だ。それがどれだけ重罪なのか理解しているのに。帰国した彼は前国王に言ってしまった。パラムンデと和平を結ぶべきであると。当時の情勢は彼に味方しなかった、ノルディア王国が侵攻軍をパラムンデへ送ればその土地を一日で確保できる算出がすでに出されていた。前国王は敵に内通しているとして国家反逆罪の名目で彼に死刑を宣告したんだ。彼はそれを甘んじて受け入れた。私は何故だと問いたいんだ、お前なら国王を倒し民がお前に付き従うと。あのときのことが今でも忘れられない。彼は、人を殺してしまうなら僕は自ら死を選ぶと。だから私は君の父を逃がすことしかできなかった。将軍という地位に付きながら彼に味方せず。ただときの流れに流され戦うことが出来なかった。別れのとき彼は笑顔だった。ありがとう友よ、と。そして愛した妻と共に彼は空へと消えて行った。シンザ、君の父を殺したのは間違いなくこの私だ。どうかこの弱き王を許して欲しい」

 僕は首を横に振る。

「僕がこうして、あなたの隣に座っていることこそ、あなたがしてくれた結果なのです。どうかその涙をおさめください」

 オスウェルさんは音もなく涙を流していた。この人も本当に強い人だ。どれだけの苦痛を、どれだけの痛みを味わいながらもその心は光輝いている。オスウェルさんは本当に信頼できる人だ。心からそう思うし、この国は豊かになるだろうとさえ思っている。僕みたいな子供に大人の複雑かつ繊細な構造は理解できないだろう。でも僕はそう思うんだ。

「僕が口を出していいのかわかりません。大人の話に首をつっこんでいいですか?」

「もちろんだ」

「パラムンデとは今後どう?」

「休戦協定を結ぼうと思っている、ノルディア王国は君が救ってくれた。いまはとても戦を仕掛けられるときでわない。それに竜の問題もある、もしいま竜が飛来すればそれこそ」

「竜はもう戦いません」

 オスウェル将軍が僕の顔を黙って見続ける。とても混乱している。

「それはどういう」

 僕はどう説明しようか迷っている。これは……兄さんがそっと肩に手を置いてくれた。

 たぶんこっちのほうが早い。

 そうだよね、ありがとう。

「オスウェルさん、僕は本当に心からあなたを信頼しています。だからこそ、申し訳ないのですが僕の左手をそっと握っていて欲しいのです。あなたにお見せしたいものがあります、あなたは真に強き王。あなたならこの世界を見せられるのです。どうか何があっても僕の左手をお離しにならないよう」

 僕はそっと信頼の左手を前に差し出す。オスウェルさんが僕の左手を見て混乱している。あたりまえだ、何が起きるか分からないのだから。けれども彼の心は僕を信頼してくれた。そっと握ってくれた手に少し父さんに似た温もりを感じる。僕は右手に持つ真実の槍をそっと振った。静かに響くその音はこの世に存在する全ての竜の心に届いた。




 我らの国を滅ぼした人類全てに「自然」の猛威を見せつけよ。竜の盾はそう告げた。

 真実の槍が心地よい音を心に響かせる。戦をやめろと告げいている。

 だから僕は牙をおさめた、だから私は怒りを止めた。

 けれどもこの心地よい音は一体なんだ? 

 僕はこの音を知らない。

 私はこの音を知らない。

 大変だ! 竜の盾が真実の槍を振った!

 大変だ! 竜の盾が真実の槍を振った!

 竜の盾は僕に言った!

 竜の盾は私に言った!

 僕が真実の槍を鳴らすとき、それは心の鐘となる。その音を聞きし愛しき僕の家族たち。この心の鐘を聞いたのならば、それが僕の悲願となる。憎しみと怒りに駆り立てられた弱き僕を許しておくれ。そのとき僕はもういない。君たちを愛してくれる人に全てを託しているだろう。どうか、どうかその真に心優しい「人」の声を聞いてあげてくれ。その「人」は君たちを導いてくれる。

 竜の盾は僕に言った! 心優しい「人」の声を聞いてあげてと!

 竜の盾は私に言った! 心優しい「人」の声を聞いてあげてと!

 だから僕はもう戦わない!

 だから私はもう戦わない!

 僕を守ってくれた竜の盾はもういない。

 私を守ってくれる竜の盾はもういない。

 僕はどこへ行けばいいの?

 私はどこへ行けばいいの?

 心優しい「人」が言った。フラゲ高原に向かえと。

 そこは僕を愛してくれると。

 そこは私を愛してくれると。

 大変だ! 愛してくれる場所が見つかった! だから僕は空を飛ぶ!

 大変だ! 優しさくれる場所が見つかった! だから私は空を飛ぶ!




 真に強き心の鐘を鳴らせる者。僕の心を解放してくれたことを感謝する。

 どうか小さく弱い僕を絶対に許さないでおくれ。僕は何も出来ないのだから。




 オスウェル国王は僕から手を離すとふらつきながら椅子に落ちる。震える両手でゆっくりと頭を抑えている。僕が逆の立場なら倒れているんじゃないか? そんなことを思いながら僕は飽きもせずまた涙を流す。何が成就だ! 何が悲願だ! お前は自ら心を閉ざした! なぜ僕に言わなかった! なぜ僕に語りかけなかった! 僕は小さく弱い君を絶対に許さない! 絶対にだ! 歯が折れそうなほどに食いしばる。兄さんがそっと肩に手を置いてくれる。悲しき怒りが徐々におさまっていく。僕は兄さんに何も言わなかった。

「わ……私が口を開くことを許してくれ」

 言いに決まってるじゃないですか、あなたは国王なのですよ。

 オスウェル国王は顔をあげる。

「今のがもし……いや! もしなんて言葉で片づけてはいけない! 私如きが語ってはいけない! しかし教えてくれ英雄カシムの子シンザ! 君がいましたことは」

 その言葉の先を感じ取り僕は無邪気に笑い声をあげる。あまりにもそれがおかしくて僕は笑い続けながら涙をそっと拭く。

「僕はそんな大それた存在じゃないですよ! 僕は本当にただの子供なんです! 殴られれば痛くて泣くし! 暗闇があれば怖くて泣くんです! あなたが信頼してくれた英雄カシムの子供は本当にただの子供なんです。どうか、どうか僕と兄さんを普通の子供だと思って接してください」

「いや俺は本当に普通の子供だぞ」

 僕は兄さんを睨み返す。

「じゃあ僕が普通じゃないって言うの?」

「大泣き虫の弱虫だな」

 僕は心の鐘を床に降ろし、椅子に両足をあげて兄さん目掛けて両手で殴ろうとする。

「馬鹿お前! 国王の前で!」

 しまった! ノルディア王国国王が目の前にいるんだった! 僕は慌てて椅子に座りなおし、心の鐘を慌てて手にする。それを見てオスウェルさんが笑ってくれる。

「確かに、確かに普通の子供だな。しかし今見させて頂いた……あまり深く考えないでおこう。ただ、君が望むことと逆のことが起きる可能性がある。竜が国に攻めて来ないと分かれば、人は人に戦いを挑むだろう。君で言うところの大人の話、になってしまうが。情勢と言うのは荒波だ。戦いに備えばならない脅威に備えればならないんだ」

 それでも僕はこの人なら大丈夫だと思う。

「パラムンデの国王、ハズィバルデ国王は僕を信頼してくれています」

 オスウェル国王が勢いよく立ち上がる。

「試しの王と会ったことがあるのか!」

「はい、ことの成り行きは省きますが。僕はこの、今は心の鐘と呼ばせて頂きます。その心の鐘と兄さんを交換したのです。だから本来、この心の鐘はハズィバルデ国王の手元に残るはず。ハズィバルデ国王は多くを語りません。ただこの心の鐘を返してくれたのです。僕はそれがなぜなのか分かりません。なのであえてお尋ねしますオスウェル国王。あなたは、僕を信頼していますか?」

 オスウェル国王はしっかりと首を縦に振る。

「父がそう言ったからでわありません、あなたはパラムンデの国王と生涯の和平を結ぶべきです。僕は大人の世界を知りません、僕ごときが本当に口にしていい場所ではありません。でもあなたとハズィバルデ国王はあなたの良き友となります。同じ心を持つ者同士、生涯の友となるでしょう。親しい隣人に手紙を書き僕にそれを託してください。僕はいちどフラゲ高原に戻ります。僕に託された愛しき家族の様子を見に行くために。道中パラムンデに寄りましょう、どうか手紙は心の言葉でお書きください。さすれば隣人は心を開きます」

 兄さんがまたそっと肩に手を置いてくれる。大丈夫だよ兄さん。僕はシンザだ。確かに変な口調だったね。ごめんね。僕はちゃんとシンザだけど、心の鐘を鳴らしたときに僕は一瞬世界の広さを知った。この世をそっと手で撫でられるような感覚さ。気をつけないと僕はいまこの世の理を理解できてしまう。それは小さな僕に許されることではない。安心してくれ兄さん、僕はあなたの弟で大泣き虫の弱虫さ。




 僕への称賛はいまだやまず。僕が宿屋の部屋にいると知れば皆が外から称賛をあげてくれていた。僕は蝋で判が押された大事な手紙を真っすぐに見つめている。それを大事な鞄に入れていく。そこに父さんと母さん、ゴズウェルさんが笑顔で並ぶ画を見つけ無心で眺める。僕は絶対にしてはいけないことをした、三人の魂が理のどこにあるのかを探そうとし、両目を力強く瞑り自らの力を拒絶する。この先を絶対に人が知りえてはいけない、人の子である僕が絶対に越えてはいけない。僕は辛く悲しくもその画を鞄にそっとしまう。僕は左手で左目を覆う。やはり感覚が日に日に鋭くなっていく。そこに苦痛なく恐れなく。だから僕は自らに眠る力を抑えた。託された力消すことは許されず。ただそっと抑えたんだ。僕は皆と楽しくご飯を食べたいだけの子供なんだ。普通の子供の僕に世界がどうとか世界の理なんてどうでもいいんだ。

 扉が開かれて兄さんが僕の好きなサンドウィッチを持ってくる。

「食事持ってきたぞ」

 僕は立ち上がって大きく背伸びをする。

「お、なんかスッキリしたな」

「なんて言うんだろう。いらない部分に蓋をしたんだ」

「いらない部分?」

「うん。いらない部分」

 そんなことより僕はこのサンドウィッチが大好物なんだ。兄さんから貰い僕は口いっぱいにほうばる。

「これすごいおいしいよね。お金とれるよ」

「そ、そんなに美味いか?」

「うん。帰りに食べるからいっぱい持ってきて」

「後で持たせてやるよ。ところでさ」

「大丈夫だよ兄さん。ここでお別れとか、いなくなるとかじゃないんだ。ちょっと行ってちょっと帰ってくるだけさ。ところでジェシカさんのこと好きなんでしょ?」

「お前またその話」

「ここが兄さんの家になるんだ」

 僕はサンドウィッチを楽しむ口を止める。僕はさっそくしてはいけないことをしていた。人の心が感覚で分かるんだ。その光は道しるべ、誰がどこへ歩き誰がどこで喜び誰がどこで悩み。兄さんはベッドに深く座り込む。

「俺の、家、か」

 そしてベッドにゆっくりと横になる。

「そうか。俺の家かあ」

 兄さんは本当に嬉しそうに笑っていく。

「俺さ! 自分の家持ったことないんだぜ! 生まれたときから奴隷だったし! ずっと鎖がついてたしな」

 僕の兄さんは僕より遥かに酷な世界を既に知っている。だからこそ苦しみながらも僕の心を支えられたんだ。本当にありがとう、僕の兄さんでいてくれて。そして僕は大事なことを兄さんに告げることにした。心の鐘を床に置き。

「兄さんまた僕の両手を握ってよ」

 僕は兄さんに両手を差し出す。

「なんだよ?」

 兄さんは僕の両手をそっと握ってくれる。

 兄さんを縛る鎖は全て解けた。この先にあるのは兄さんの純粋な心が道しるべになってくれる。もう劣等感や孤独感を味わう必要がないんだ。兄さんは皆に愛され人を愛することのできる人になる。兄さんを縛った巨大な鎖がまさに僕さ。そして兄さんの心で分かるだろ? 僕の心が伝わるだろ? あなたは僕に自分の心を守る優しさを伝えてくれた。強く気高い心の持ち主。どうかこの世界で人生を謳歌してください。この世はあなたを純粋に愛してくれます。

 兄さんが泣き虫なのだから、その弟の僕が泣き虫なのは当然だ。

「でも兄さん気をつけてね、ジェシカさんにフラれたら元も子も無いから」

 兄さんは涙を必死に拭く。

「俺まだ告白してないんだけど」

「あと兄さんはイビキだね。すごいねイビキ」

「そのぐらいで」

 僕は感覚で兄さんにお伝えする。すごいイビキを。

「嘘だろこれ?」

「本当。軍医の先生に診てもらったら?」

 僕はサンドウィッチを口にほうばる。それを口に押し込んでそろそろ出発することにした。

「はふぇ」

 僕は立ち上がって心の鐘を右手に握る。鞄を掛けて外に出ようとする。

「シンザ」

 兄さんが僕に手を伸ばす。僕はその手をしっかり握る。

 早くサンドウィッチを作ってよ。

 僕は兄さんに小突かれた。




 心の鐘を右手に握りノルディア王国を出るとき、皆が声で静かに「ありがとう」と言ってくれる。僕は何も言わずに微笑みながら道を歩く。そして僕は皆に告げる。どうか僕の父さんと母さんを愛してくださいと。ノルディア王国の外に出て、心優しき黒き竜が如何に憎しみと怒りに駆り立てられていたのかを知る。焼け野原だ、文字通りの焼け野原だ。道はどこにあるのだろうか? どれが道なのだろうか? 焼け野原を進んでしまえば確実に迷子になる。

 主よ、どうかあなたの道しるべとなることお許しください。

 僕はあなたの主ではありませんよ。どうか友と呼ばせてください。

 白き竜が三人の子供を自らの体に乗せ僕の前に降りて来る。僕はそっと風に乗って白き竜の背に乗る。三人の子供たちが僕に乗り始め、じゃれ合い始める。

 こいつは僕のだ!

 いいや私のだ!

 いや僕んだ!

 そして三人は母親に意識的に叱られしょんぼりしている。僕はそれを見てつい微笑んでしまう。

 行き先も告げていないのに白き竜は翼を広げて空を飛ぶ。ゆりかごのような温かさに僕はそっと目を閉じる。

 少しだけ、ほんの少しだけ眠る。着いたら教えて。

 着いた! 着いた! 着いた!

 とても長く心地よい眠りにつけた。それは本当に一瞬だった。僕は荷物持ちの画を受け取りに来た。もちろん貿易市場のテントはそこにない。ただなぜどうしてか。全て焼き尽くされた焼け野原、木の棒が傾きながら、そこに荷物持ちの画が釘で打たれていた。なぜだろう、とても遠き懐かしき人に思えてしまう。画は本当にすごいんだ、背中に籠いっぱいの荷物を持ちながら荷物持ちが酒瓶を口にする。酒を飲みながらも、隣にいる人に指をさし隣の男の人が笑っている。きっと荷物持ちの知り合いだろう。

「あ」と、僕は声を漏らす。お金を用意して来なかった。そっと画に触れると、皆が業火に焼かれる前に兵士たちが強引に国へ避難させている情景が目に浮かぶ。逃げ終えた瞬間に業火は容赦なく全てを燃やし尽くした。この画だけを残して。僕が店主にお願いして店主が僕のために書き残してくれたんだ。だからお金を払わず持っていくことなんてできない。僕はつい尋ねてしまう。

 荷物持ちの画を書いてくれてありがとうございます。その画がしっかり残っています。この画は幾らしますか?

 店主はノルディア王国にいる。画を書き殴っていた。ノルディア王国の現状を。彼が手を止め天を見上げる。

 どんな状況だろうと俺の画は一万ゾレムだ。無いならツケにしておいてやる持っていけ。クソみたいな人生をありがとよ。

 礼を言うのは僕ですよ。それを僕は伝えなかった。荷物持ちの画を受け取り、この先にあるのはまさに彼のお墓だ。白き竜の背をまた借りて荷物持ちの墓の前につく。墓は荷物持ちや他の人の墓も全て無傷、焼け跡すらなく残っている。僕は静かに荷物持ちの墓の前に立つ。これは君が殺した男の墓だ、それは僕の大切な人だ、だから僕は君を絶対に許さない。そして君は画や墓を傷つけず残してくれた。なぜ君は。僕の心はもう君に届かない、荷物持ちにも届かない。魂が深淵の先を越えればそれは穏やかに灯を消す。死はその人の全てを消す。人の心が消えたのならば光輝く声はもう誰にも届かない。世界はそうできている。だから僕……僕たちは人の心で書き残すんだ。たとえ友が死んでも心に刻み、愛した家族が死んでも心に刻み。僕の心が消えたとき、僕は誰かに書き残してもらえるのだろうか? 僕は静かに首を横に何度も振り続ける。いま僕が考えてはいけない、僕は小さな子供なんだ。考えるのをよそう、考えるのをやめよう。それが僕の心を守ってくれる。物事を深く考えるには僕の心は弱すぎる。

「ねえ荷物持ち、僕はあなたをガイと呼べないんだ。だって、だってあなたが自ら名乗るのを拒んだのだから。だから僕にとってはずっとあなたは荷物持ちなんだ。あなたの最後の言葉を僕は忘れない。僕たちを助けてくれてありがとうなんて言わない。どうして僕たちを置いて先へ行ってしまったんだい? 教えてくれよクソ野郎」

 あなたの言葉はとても汚かった。けれども本当に真っすぐな人だった。




 家へ続く空はあまりにも辛く、僕の心にのしかかる。白き竜に乗り心地よく空を飛んでいるはず。本来の僕であるなら喜びを溢れさせていたであろう。僕はいま深く考えてはいない、けれども僕の心にのしかかる友の死は、僕の子供の心が耐えらえるものではなかった。お願いだ、どうか心弱い僕をひとりにしないでくれ。

 僕がいるぞ!

 私もいるぞ!

 僕もいる!

 三人の子供たちが僕の心に寄り添ってくれた。ありがとう。

 荷物持ちと森に入る前に埋めた墓、僕も一生懸命に手伝った墓だ。たぶん荷物持ちの知り合いなのだろう。だから僕はその墓に立ち寄ることにした。友が知る人の墓なのだから。そして僕は墓の墓石を見て地面に力なく座り込む。そしてそっと心の鐘を地面に置くんだ。あなたは、荷物持ちは竜に焼かれた男の人の命をその手で絶った。すでに致命傷だったのだろう。そしてあなたはその亡骸をしばらく道に残していた。夜になるとあなたはその亡骸を見下ろしていた。スコップがあるか尋ねたとき、僕は荷物持ちに怒られて怖かった。墓を掘るのを手伝うとき僕がナイフで掘っていて、その道具が使えるかどうか教えてくれたね。そういえばあなたは僕に言いましたね。


 本来ならくだらねえ説教を延々と続けるところが、今回は出来るだけ早くしてえ。なので正解を持ってきてやる。


 そう言ってあなたはフライパンを持ってきたんだ。僕とあなたは一生懸命に穴を掘ったんだ。そしてあなたは母さんのような丁寧な手つきで男の人を埋葬した。あなたはその後墓の前から動かなかった。そしてあなたは僕に聞いたんだ。

「じゃあこいつの名前は?」と。

 僕は「わからない」と答えた。分かる訳がないんだ、仕方ないんだ。そしてあなたがこの墓の前から動かなかった、僕があなたの墓の前で動かなかったこと。だから僕はこの墓があなたの知り合いだという気がしたんです。そして墓の前にいるあなたに父の姿を重ねた。


 あなたは竜の炎に焼かれた愛する我が子を見た。

 あなたはその手で命を絶った愛する我が子を見下ろしていた。

 あなたは愛する我が子を早く埋めてあげたかった。

 あなたは愛する我が子の墓の前に腰を降ろした。

 そしてあなたは僕に尋ねた。

「じゃあこいつの名前は?」

「セズ! 愛する我が子セズ!」


 墓石に削られた文字がそう掘られている。墓石の隣に刃がボロボロになったナイフが一本落ちているんだ。それは僕が墓を掘り始めたナイフだ。そのナイフを震える手で取ろうとしてやめる。このナイフに触れてはいけない。荷物持ちはこのナイフで我が子の名を刻んだんだ。僕らに気づかれず、あなたはひとりで掘ったんだ。そして僕はそっと鞄から荷物持ちと……セズの画を見る。これが荷物持ちの愛するセズだ。本当にふたりとも嬉しそうなんだ。

 あなたは自分の我が子の死を目にしてなお、見知らぬ子供の僕らを助けてくれた。


 お前らが生きていて本当に嬉しいよ。


 なぜあなたは何も語ってくれなかったのですか! なぜ我が子の死を目の前にして僕らを守ることが出来るのですか! あなたが心優しい人なのは知っています! そんなあなたが我が子の死を目の前に耐えられる訳がないんです! でもあなたは耐えた! 耐え続けた! そして僕と兄さんを助けるためにあのときあなたは戻ってきてくれたんだ! だからあなたは死んだんだ! どうして皆同じ心を持っているはずなのに何も言ってくれないんだ! それは僕が頼りないからか! 僕が弱いからか! 僕の心が弱いからか! ならば僕が強くなれば語ってくれるのか! ちゃんと心を伝えてくれるのか! さすれば僕は強く生きねばならない! 誰よりも! そう誰よりもだ! 真に強き心の鐘を鳴らす者として強く生きねばならない! 友のため! 愛する家族のため!

 僕は左側の顔を手で覆う。そこには赤い眼がある。

 どこでもいいから聞いてくれセズ。あなたの父親ほど力強く心優しい人を僕は知らない。




 空高く舞う白き竜に乗り、僕はパラムンデの宮殿前に竜と共に降り立つ。竜がもう人を襲うことはないと皆に告げ。僕はそっと静かにハズィバルデ国王に謁見を求める。それは叶った。並ぶ六本の柱には赤や水色に輝く宝石。組み込まれている金色の彫刻、その柱が竜の骨と感覚で知る。僕はその間を抜けハズィバルデ国王に謁見する。僕は跪いて頭を下げる。彼も僕を見て困惑している。何か感じ取っているのだろう。彼は堂々と王座に座るが前に見た強さを僕は感じない。

「ハズィバルデ国王。ノルディア王国、国王のオスウェル・ザーバスからお手紙をお預かりました。これをどうかあなたに」

 僕は鞄からそっと手紙を取り出す。

「その手紙、受け取ることはできない」

「信頼する父を裏切った王国だからですか?」

 ハズィバルデ国王はずっと考えてはいるが、それを整理できないでいる。前に国王を見たとき、僕は凄い人だと思った。でもそれは偽りだった。この人の心は臆病なんだ。怯えているというほうが正しいだろう。僕にではない、人に対してだ。

「国王、あなたは僕が奴隷と交換した。いまは心の鐘と呼んでいます。この心の鐘をなぜ僕にお返しくださったのですか? どうか教えて頂けませんか? あなたの心の言葉で」

「あとで後悔するなら後悔しないほうを選ぶんだ」

「そうです、父の言葉です。あなたは英雄カシムをご存知なのですが?」

「英雄カシムは私の友だ」

「どうか父である英雄カシムの話をしてくれませんか? 英雄カシム・ヘイデン・オルティネスは愛した妻アリスティアと共にこの世を去りました」

 ハズィバルデ国王は、オスウェル・ザーバス国王と同じ顔を見せてくれた。それが嬉しくもそれを嬉しがってはいけないんだ。

「死んだ? 英雄カシムが死んだのか?」

 ハズィバルデ国王の脚が静かに震え始め、彼は立ち上がろうとしている。そこは階段状の上にある王座、踏み外せば怪我をする。どうか心穏やかでいてください。あなたの悲しみは僕にしっかり伝わっています。どうかゆっくりとお座りください。ハズィバルデ国王はゆっくりと王座に、そして偽りの仮面を脱ぎ椅子に深く座り姿勢を崩し、そっと片手で額を撫でている。放心状態の目に開いたままの口。これが本来のハズィバルデ国王の姿だ。

「国王、悲しみに暮れているところお許しください。どうかそのままで良いのです、あなたの言葉で父を話してくださいませんか?」

 ハズィバルデ国王は流石にゆっくりと姿勢を戻す。それは僕にしてくれた礼だ。

「英雄カシムは我々の国を救ってくれた。私の家族たちはもっと多く、国は今より遥かに栄えていた。そこへ六匹の竜が現れた、この国に竜殺しはいない。国が外から焼かれていく。家が燃やされ、愛する家族が燃やされていく。我々の国が亡ぶのも時間の問題だった。そこにひとりの竜殺しが黒き竜に乗ってやってきた。英雄カシムだ。彼は我々を滅ぼそうとした六匹の竜とひとりで戦い、そして全ての竜を地に落した。そのとき私は愛する家族たちに守られれていただけの存在。何も出来ず、何もせず、ただ英雄カシムの成り行きを見届けることしかできなかった。彼は六匹の竜を見て立ち尽くしていた。こんな強き戦士が世にいるのだと。私は彼に問いた、あなたは私の敵であるはず。何故その敵が私を助けると? そして彼は私に言った。あとで後悔するなら後悔しないほうを選んだと。後悔だけはしたく無かったと。そして彼はノルディア王国の侵攻軍を目の前まで来ていることを私に告げた。パラムンデはノルディア王国と小競り合いの戦争状態を長年続けていた。しかし次なるノルディアの侵攻軍は確実に我々を滅ぼすだろうと。僕はあなたたちを滅ぼすことに手を貸したくない。どうかノルディアと和平を結んでくれませんかと? 私は彼の願いを受け入れた。何故なら滅びの道から救ってくれた強き戦士、英雄カシムなのだから。ときを待ちノルディア王国の侵攻軍が飛来した竜の業火に焼かれ押し戻されていった。私は敵ながら案じてしまった。なぜ竜殺しが守らない、敵ながら強き戦士がいるでわないかと。パラムンデへの侵攻軍は完全に消滅した。私は敵の大軍が去った嬉しさよりも、何かが起きているという不安が大きかった。しばらくして英雄カシムが私の前に戻ってきてくれた。彼は私に跪き止まらぬ涙を流しながら震えていた。和平を築くこと失敗しました、どうかこの首お斬りくださいと。出来る訳ないでわないかと何度も説得した。もはや彼は完全に疲れていた。この地での安息を許し、少しして彼は空へ飛んだ。ときが経ちひとりの竜殺しが私の前に現れた、跪きもせず無礼な男だと思った。その男は言った、弟子である竜殺しカシムを救いたいと。だから援軍を欲しいと。私は……それを断ってしまった。私の兵士たちは全員強き戦士だ。竜と戦い死してなお戦えるだろう。だからこそ、援軍を送ってしまえば皆確実に死ぬだろう。それが分かってしまっていた。あの無礼な竜殺しのゴズウェルは言った。無理を承知でお願いしたどうか許して頂きたいと。英雄カシムが私たちを滅亡から救い、私は何もしなかった。そしてあろうことかその子を罪人とし謁見させたのにも関わらず、それでもなおシンザはこの地に戻り。いま聞く英雄カシムとその愛した妻の死。シンザ、君に言うべき言葉が見つからない。謝罪も許されないだろう」

 ハズィバルデ国王の心の壊れる音が聞こえてくる。光が枯れ果て、ヒビが入り、小さな破片がひとつひとつ落ちていく。あなたは僕の父を助けに行ったゴズウェルさんを僕が埋めたと知ったとき、あなたはこの子供が英雄カシムの子ではないかと不安になった。何故ならその子を罪人として取り扱ったのだから。心の鐘を兄さんと交換したとき。これは恐らく信頼でわなく償いとして心の鐘を僕に返してくれた。そうそれは信頼でわないのだ。

「ハズィバルデ国王、面白い話をひとつしてもよろしいですか」

「面白い話?」

「はい。私は赤毛の奴隷とこの心の鐘を交換しました。あなたは赤毛の奴隷のことを知らないでしょう。彼の名はベンといいます。共に進み、共に失い、僕をしっかりと支えてくれました。僕はその弟なりました。今では本当に大事な家族です。あなたはとても臆病な人です。それでもあなたは人に愛されているのです、その愛の重さにあなたが耐えられていないのです。あなたの王座は小さな光に照らされている。それがあなたの純粋な心の弱さです。光とはとても広く大きいもの。光は自らを遮ることをしません、あなたの心が答えを出せぬままそっと閉じた影なのです。牙を剥く者もいるでしょう。しかし人を恐れてはいけません、人は人からでしかその優しさを受け取れないのです。いまいちどノルディア王国、国王のオスウェル・ザーバスからのお手紙をお渡しします。ここに何が書かれているかを僕は知りません。これを受け取ったあなたが何を思いどう舵を取るか。子供の僕には恐れ多いこと。しかしあなたはこの手紙を受け取るべきなのです。光の下を歩くべきなのです。どうか、どうか私に和平という悲願を見せてください」

 ハズィバルド国王はゆっくりと震える足で立ち上がる。

 汝、恐れるなかれその足はしかと大地に立つ。僕は動かずたた待つのみ、ひとりの王が足を動かし僕の下で歩み寄る。そして静かに手紙を受けとった。皆この臆病者を称えよ、誇り高き王の誕生である。

 そして僕は外に見える六本の竜の柱を見る。我が父、英雄カシムは心優しい僕の父。父は戦果を誇りません。恐らく竜の亡骸を見て泣いていたのでしょう。その心を奪ってしまたことに。あなたは父への敬意としてその六匹の竜の骨を削り柱とした。そこに宝石を飾っていった。父が見たら悲しむでしょう、そしてこの柱こそあなたの心を閉ざす影そのもの。私の無礼をお許しください。

 六本の竜の骨を一瞬で業火で包む。業火は次第に弱くなり、それは弔いの炎となり火となり消えていく。どうか安らかに眠ってくれ。

 僕は思い出し笑いをしてしまう。

「あなたに会ったというだけで、僕大変なことになったんですよ。ぜひあなたも体験してください。僕は先に家に帰らせてもらいます。いずれまた」

 僕は本当に大変なことになる前に先に帰ることにした。誇り高き王とその他全ての者たちがそっと静かに跪く。だから僕は早く帰るんだ、大変なことになる前に帰るんだ。




 白き竜の上から見る砂漠は広大だ。灼熱の砂地を僕はよく歩いたもんだ。今は白い竜に乗って空を飛んでいるから楽できてちょっと嬉しい。そして眼下の砂漠に目を落とす。確か、そう確かこの辺りだ。僕と兄さんが初めてあった場所。僕は自分が砂漠で倒れどこで拾われたのかというのを知らない。心優しき黒き竜を見て、奴隷商は兄さんを囮にした。だから骨も残さず焼き尽くしたのか? 背を向け人の命を投げ捨てる人々を見て。兄さんは生き残ることに必死だった。僕はそんな兄さんを助けることにした。置いていったら死んじゃうだろ? 君はあのとき僕に心の鐘を託したね。どうして……どうしてもっと早く。その答えはもう返って来ないのだから考えなくてもいいのか? 深く考えても意味が無いのか? でも深く考えなくちゃ分からないんだ。でもそれが僕の心を傷つけていると兄さんが教えてくれた。それは君が殺さなかった奴隷だよ。君は先に飛んで行ったのだから知らないだろうけど。僕はその奴隷を担いでパラムンデまで運んだんだ。君がもしあそこで兄さんを……そら見ろ深く考えることを今すぐやめろ! 兄さんの言葉を信じるんだ! 僕は自らの心の弱さを知るべきなんだ! 自分で考え自分で絶望に浸る馬鹿がどこにいる! 兄さんは生きた! 僕を支えた! そして兄さんの未来はこの先明るいだろう……じゃあ僕の未来は? そうだ僕の未来は! きっと明るく……なるのだろうか。

 無地の砂地に答えなく逃げるように天を見る、暗がり始めたその空に星が無数に泳ぐ光。

「綺麗だ」

 そして疲れた。今日僕は何も考えなくていんだ。そう考えなくていいんだ。

 すぐに明日が来るのだから。僕は静かに息を吸い吐いていく。ただ無心で。




 朝だ起きろ!

 起きろ朝だ!

 いい加減に起きろ!

 何かが僕の頭を連続で叩いている。

「痛い、痛い痛い! なに?」

 子供のひとりが頭に乗って翼をバタつかせている。その翼が僕を何度も何度もたたく。目を覚ますと森の中、小川の流れる音が聞こえる。ここは確か僕が水筒に水を淹れたところだと思う。子供のひとりがずっと翼で僕を叩く。

「やめて! 痛いからやめて!」

 母がお前に見せたいと言っている!

 でも疲れているからそっとして上げなさいと言っている!

 でも起きないから心配になっている! いい加減に起きろ!

 僕に何を見せてくれるんだい? 僕は白き竜からそっと降りる。そして正面に父さんが地面に伏している姿が見える。隣にいる母さんは既に倒れ。ふたりの横には竜殺しの槍が一本ずつ落ちている。

「父さ」

 僕の前を巨体の誰かが通り過ぎる。手に持つ竜殺しの槍を投げ捨てて。急いで父さんに駆け寄っていく。

「なぜ私を待たなかった! なぜ外へ出た!」

「あの竜は、あの黒い竜はあなたを罠にハメようとしている。あなたが行けば僕には分かるあなたが確実に殺されることを!」

「だから私がこうして来たじゃないか! なぜ外へ出た!」

「子供が……もう持たないのです。あの竜巻に僕とアリスは耐えられた。けれども……シンザは強烈な負の感情に耐えられないんです。あれは竜巻なんかじゃない、地獄の牢獄です。おびただしい怒りと憎しみ、悲しみまでもが僕たちの心に降り注ぐ。僕たちを餌にあなたを殺す罠なんです。それ知らせるため、ふたりで行けば、どちらがひとりが抜け出れば。アリスはもう」

「お前の息子はまだ中にいるんだな?」

「息子は……息子のことは諦めてお逃げください。行けばあなたが殺される」

 そうだ、僕を諦めればゴズウェルさんが死ぬことはないんだ。それで良いんだ。

「けど、けど。心の弱い僕がそんなこと言える訳ないじゃないですか。そしてあなたにも伝えることが出来ないんです。伝えてはいけないんです」

「この老いぼれを舐めるな。誰の師と思っている。お前が口にすることは既に分かっている堂々と言え」

 父さんがゴズウェルさんにしがみつく。

「む、息子をどうか、私の息子を助けてください。僕は、僕は誰も救えなかった! 何も出来なかった! 愛する……愛した妻や息子さえも自らの手で救えなかった!」

「違う! 何度も言ったはずだ! ときの流れが悪かっただけだと! お前は正しいことをしていたと!」

「そして僕は別れの挨拶すらしていない! 息子にそれを悟られてしまうから! 僕の人生は無価値なものです! けれでも息子は」

「何が無価値だ! お前はちゃんと子を愛したじゃないか! 愛せたじゃないか!」

「師よ、愚かな……愚かな弟子をお許しください。僕にとって、この世は……この世はやはり地獄そのものです。誰も救えなかった、何もできなかった……あなたやアリスは僕を支えてくれたけど……この世が僕にとっての地獄なんです。息子の成長を見守ることすら許されなかった愚かな父です」

「お前はそこまで……なぜだなぜ言わんかった」

「強く生きようとすればするほど僕の……僕の心が壊れていく。足元が崩れていく。一歩進むたびに苦痛が押し寄せて来るのです。僕は……僕はそれをずっと隠して生きてきました。それが弱さであると思ったから。僕はずっと……ずっと自分の死をどこかで願ってしまっていた。僕は生きることを既に諦めたのです。だからこそ! だからこそ息子にこの苦しみを味わって欲しくないんだ! 既にこの世を諦めた僕がこんなことを口にしてはいけないんだ! でも言わせてくれ師よ! どうかあなたの命を懸けて僕の愛した息子だけでもお救いください! そしてお伝え下さい! 僕とアリスは死してなおシンザの心に寄り添い続けると! たとえ何があろうとも! お前の心に寄り添い続けると! それすら伝えられない僕を許してくれ……誰でもいいから僕を許してくれえ……」

「真に強き我が弟子よ……心穏やかに眠るんだ」

「神よ……もしいるのであれば私の息子をそっと見守りください。全ての苦痛は私がお受けします。どうか息子だけは……シンザだけは……」

 ゴズウェルさんはそっと父さんを静かに寝かせ、ゆっくりと立ち上がる。

「私も老いたものだ。よし、お前たちの息子に道を切り開き生涯の幕としよう。我が弟子よ、お前は私が強情なのを知ってるな。死ぬ気などない微塵もない! あの悪しき竜を葬りお前たちの息子に世界を見せてやる! そして……そしてお前を支えられなかった愚かな師を許してくれ」

 そして三人は静かに消えて行った。僕の感情と思考はもうグチャグチャだ。涙なんかもう垂れ流したまま。まさしく悲惨という言葉がお似合いだ。僕ひとりのため皆死んでいった。そして何より辛いのが父さんの心が死んでいたということだ。父さんは自らの死を願っていた。けれど父さんは自ら心を殺した訳じゃない。そう父さんの心は殺されていたんだ。なぜあれほどまで優しく人のために尽力していた父の心が殺されなくてわいけないのか! ゴズウェルさんはときの流れが悪かったと言っていた!

 誰が僕の父を殺した! 僕の父の心を殺した奴は誰だ! そして僕はお前に問うぞ! これを僕に見せる必要があったのか! 答えろ!

 しかしあなたは。

 そうだ! 僕は父さんと母さんに置いて行かれたと思っていた! 足手まといになるからと! そうじゃないと思いつつもそうでないかと! 孤独になる度それが僕の苦痛となる! だからこそひとりになるのが怖かった! 置いていかれるのが嫌だった! だからこそ真実が僕の心を突き刺した! お前は僕を主とほざいたな! ならば教えてやろう! お前の主はお前ほどに強くない! お前は僕がこれを見て僕の心が耐えられるとでも思ったのか! こんな正面から僕を愛してくれた人の死を見せてお前は……あなたは……僕が耐えられると思っているのですか?

 怒りを抑えようとしてもおさまらず。涙を流し自分の愚かさを呪った。父さんと母さんはずっと僕の心に寄り添ってくれていた。なのに僕はずっと置いて行かれたとどこかで思っていたんだ。

 僕の不安があなたにそうさせたんだ。いまの僕を絶対に許さないでおくれ。

 白き竜はそっとしておいてくれた。三人の子供たちが怯えて木陰で振るえている。

 ごめんね、怖がらせたね。

 お墓。

 墓?

 誰かのお墓見つけた。

 僕は思考がグチャグチャで何を耳にしたのか分からなかった。それを理解した瞬間に走り出す。子供たちが飛ぶ先をただただ駆ける。僕が水筒に水を淹れた場所、そこから本当に遠くなかった。もちろん立派な墓がある訳じゃない。ただ少し草の生えていない土が剝き出しでちょっと大きな石が二つ並んでいる。その隣に竜殺しの槍が二本静かに置かれていた。僕はその墓の前に滑りながら座り込む。両膝を明らかに怪我しただろうが痛みを感じない。父さんさんと母さんはそこに隠れていた。

「どうしてあのとき教えてくれなかったんですか! 僕を愛していたのでしょう! なんで黙っていたんですか!」

 それは本当にすれ違いだった。本の少し、本当にほんの少しだ。歩く方角がズレていれば僕は父さんと母さんを見つけていた。そしてそこで静かに死を待っていたであろう。

 噴かしの竜! 心優しき黒き竜よ! 僕は小さく弱いお前を絶対に許さない! しかし神よ! 神よどうか僕の願いをお聞きください! 深淵の先、魂の灯が消えすでにいないことは承知しています! ですがどうか! どうか我が父カシムの苦痛を取り除きください! さすれば僕はあなたを許します! ですからどうか! どうか僕の父さんの苦痛だけでも取り除いてあげてくれ……誰でもいいから助けてくれ……僕はまだその深淵の先に行くことを許されていないんだ。今の僕なら父さんの心を治せるんだ、死んだ父さんの心を治せるんだ。けれど父さんは死んでしまった。母さんも死んでしまった。

「会いたいよ、会いたいんだ。それだけでもいいんだ」

 ゴズウェルさんがそっと竜殺しの槍に近づく。

「友よ、すまないが槍を使わせてくれ、なあにもしものときさ。お前の槍を私が届ける」

 ゴズウェルさんが槍を交換する。つまりいま僕が手にしている心の鐘は、父さんの槍となる。ゴズウェルさんは死してなお僕に父さんの槍を届けてくれたんだ。僕は手にする心の鐘を強く握る。。

 父さん、あなたはずっと……僕の傍にいてくれたのですか?

 どれだけ泣き叫ぼうが誰も何も言ってくれない、僕が殺してしまった神でさえ。




 あれだけ泣けば放心状態にもなる。森の中はとても暗く、僕はそっと手の平で光の球を作り出す。その光、森の暗がり優しく照らし僕の心も癒してくれる。自分で自分の心を癒しているのが馬鹿馬鹿しくてしょうがない。もういいや考えるのをやめよう。

「父さん母さん、早く家に帰ろう。そろそろ朝になっちゃうよ」

 傍の暗闇に、僕のことをそっとしておいてくれた白き竜の姿と子供たちを見る。

 少しぐらいはいいよね?

 どうかお心のままに。

 僕は今からしてはいけないことをする。使ってはいけいない力を使う。ここは暗い森の中、そこに愛する家族を残せない。そっと軽く手を握りそっと軽く開くんだ。

 ここは僕の家の外、その隣に父さんと母さんの墓がある。その横にゴスウェルさんのお墓。そして死した白き竜。

 東の空から昇りし太陽。それは空を照らし山を照らし大地を照らす道しるべ。

 死した白き竜よ。あなたを置き去りにした僕を許してほしい。そして「自然」に帰るんだ。死した白き竜が白い花びらとなりて静かに道しるべの先へ去っていく。

 父さん母さん。僕ね、ひとつだけ教わったことがあるんだ。




 人の涙は枯れ果てぬ。それが心の涙となる。

 しかして人は心を知らず。人に心があることを。

 故に心を見つけ、そっと寄り添うべきなのだ。

 共に等しく心優しき弱い心があるのだから。




 ここがシンザの家か!

 私が先に入るんだ!

 僕が先に入るんだ!

 三人の子供たちが僕の家を覗いている。

 まだ中に入っちゃ駄目だよ、いまお掃除中だから。

 シンザの家は汚いのか!

 違うよ、僕の壊れた心の破片が家の中で散らばっているんだ。掃除しないで家を出ちゃったんだ。だからもう少し待ってね。

 僕の心の破片が少しずつ戻ってくる。あの日僕の心を静かに閉じ込めた地獄の牢獄、いま僕の心からそっと静かに消えていく。明るい日差しが僕を照らす。明るい未来が僕を照らす。

 僕はシンザだ、ただの小さくて弱い人の子供。英雄カシムとアリスティアに愛された、皆に支えられたただの小さくて弱い人の子供なんだ。そして父よ、あの地図に描かれた線は父が通った空なのですね。僕は静かにほほ笑んだ。あなたが苦痛を感じることはないのです、あなたは誰もより人から愛されていたのだから。僕は全ての心の荷を降ろし背伸びをする。

 さてと! 楽しみに取っておいていたサンドウィッチでも食べよう! 砂漠の熱で痛むと思っていたけど、砂漠の空は涼しかった。たぶん食べられるだろう。

 これうまいな僕が食べる!

 私が食べる!

 これは僕が食べる!

「ん? あ!」

 三人の子供たちが僕の鞄に首を突っ込み、僕の大好物をたいらげしまった。




 僕は疲れ果て日の出と共に眠り、その日は一度も目を開けなった。子供たちの重さに少し苦しみながらもその温もりにほっとする。そして僕は気配を察してゆっくりと起き上がる。子供たちを起こさないように静かに外へ出るんだ。暗雲が暴風に強く流されている。まるで大きく巨大な渦の中。僕の髪や服を力強く引っ張っていく。家の前に巨大な黒き竜、ただ動かずにじっと何かを待っている。僕はそっと手を触れる、そしてそっと目を閉じる。瞼に見る暗闇に白い花びらがいくつも舞ってくる。それが小さな子供が地べたに座り、泣いてる姿を形づくる。だから僕はそっと頭を撫でて尋ねてみた。彼は迷子になったと言った。だから僕は言ったんだ。この場所で合ってるよ。名も知らぬ小さな黒き竜よ、どうか心穏やかにお休みください。この地はあなたを愛してくれます。悲しみの風がやみ始め、暗雲割けて光さす、その光小さな子供を暖かく照らす。小さな子供は涙を拭ってただ頷く。子供が笑顔で手を振って先の空へと飛んで行く。そっと瞼を開けば巨大な黒き竜が風に乗って空へとあがる。僕はそっと空を見上げる。


 神よ、弱き心の身でありながら深く考えたことお許しください。

 竜殺しの槍、人の優しき心で振れば、そが真実の槍となる。

 真実の槍、竜の盾が振りしとき、それが心の鐘となる。


 竜殺しの槍は人が竜を倒すため竜の骨を削ったものです。そして竜殺しは竜に乗るのです。なぜ、なぜあなたは人に竜を分け与えたのですか? 僕はあなたの力を知っています。人が足を一歩踏み出す感覚であなたは世界を滅ぼせた。なぜあなたはそれをしなかったのですか? そして竜殺しの槍を真実の槍とするには、人の優しき心がなくてはいけません。しかして竜の盾は竜なのです。つまり心の鐘は人と竜が共に振らねば鳴らないのです。僕はあなたを滅茶苦茶と言いました。言い換えればそれは大いなる「矛盾」です。だから僕は考えた「矛盾」で終わらせたくなかった。だから僕なりの答えを出したのです、それが間違いであるならどうか小さな僕を罰しください。あなたは……。


「人の心」を諦めきれなかったのですか?

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