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治癒の神官と殺戮卿  作者: Yulz
第一章

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第7話 戦争屋の顔

「……どちら様ですか?」


 ユステルは眼の前に現れた大男の顔を見上げながら言った。

 王国の民のほとんどは茶色っぽい髪色と色素の薄い瞳をしているが、眼の前の男は肌の色こそ似ているものの、黒目黒髪で、見上げる程度には背が高い。

 男は両方の太い眉毛を大きく上げたあと、面白そうにユステルを見下ろし、自分の顎をさすった。


「そうか、名前は伝えていたが、家名は言わなかったし、顔も見せていなかったか。

 栄えある王国の貴族としての礼を失していたようだ。

 この通り謝罪させてもらう」


 男は笑みを崩さず、右足を後ろに引き、右拳を鳩尾においてそっと上体を傾けた。

 ユステルは聞き覚えのある声を初めて耳にした時のことを思い出し、その声の主がこんなに美しく礼をすることにひどく驚いた。


「ドラウキン伯爵領々主、アンジェロ・ドラウキン。

 改めて先日の礼をしに来た」


 大男は、先日に命を救った全身鎧の中身だった。




 春の終わり頃から、アンジェロは何かと王都の神殿へ顔を出すようになった。

 アンジェロの領地は馬車で何日かかかる程度には離れており、気軽に来れるような距離ではないが、アンジェロはわざわざユステルを頼ってきた。

 そのたびにユステルはアンジェロを癒した。

 最初に会った時のような、命を落としてもおかしくない傷はそうそうなかったが、肩を深く切り裂かれていたり、槍で貫かれた痕があったり、何箇所も骨が折れていたりと、普通の兵ならそのまま前線を退くような怪我ばかりだった。


「本当に、よく怪我をされますね」

「毎回傷を負っているわけではないのだがな。

 部下たちの命を守るための、名誉の負傷というわけだ。

 傷ついたのが部下だったなら、有無を言わさずここに座らせてる」


 ユステルが傷口に手を添えると、黄金の光が静かに広がった。

 裂けていた肉が閉じ、血が止まったのを見て、アンジェロはゆっくりと肩を回す。


「うん、見事だ。今回も助かった」


 言うが早いか、アンジェロは帰り支度を始める。

 あとに用事があるときの彼はいつもこんな感じだ。


「ドラウキン伯爵」

「おいおい、硬いな。アンジェロと呼んでくれ」

「では、アンジェロ伯爵。

 なぜご自身の領地で治癒を受けようとなさらないのですか?」

「あー、まあ、いいか。

 知らなかったようだが、俺の領地に教会はない」

「何ですって?」

「何度も打診はしているが、建ててもらえないのだ」


 アンジェロは苦笑し、言った。


「嫌われものだからな」


 ユステルは沈黙で応えた。

 この男に何が気に入られたのかはわからないが、何度も治癒を施した今この時であっても、この男への恐怖や嫌悪感が全て消えたわけではない。

 アンジェロはそんなユステルの気持ちを知ってか知らずか、他人事のように続ける。


「身分のない者なら受け入れてくれる教会もある。

 大金を積めば、なんとか話を聞いてくれる領地もある。

 だが俺は領主で、戦争屋だからな。

 どこへ行っても煙たがられる」

「だから、こんなはるばる王都まで?」

「あちこち断られて、最後にここだ」


 コンコンと、アンジェロがつま先で床を叩くと、施術室の扉をあけて大男が入ってきた。

 いつかの日に見た護衛の男の一人のようだ。

 アンジェロはその部下から革袋を引き受けると、そのまま机にずしりとおいた。


「そういうわけで、治癒師殿には感謝している。

 これは今回の寄進だ」

「……毎回お伝えしていますが、多すぎます」

「命より安い」


 アンジェロの受け答えはいつも迷いがない。

 こと、命がかかることに関しては。


「では、失礼する。

 今日は獲った首の検分がある」


 黒いマントを翻して、アンジェロは治癒室を後にする。

 その後ろには、ショートマントを羽織った大男たちが付き歩いていく。


 ユステルは、この大男の性根はそんなに悪くないと、何度かの治癒を経て感じていた。

 それでもユステルが心を開いていないのは、アンジェロの言葉や振る舞いに、戦場の風を感じていたからだった。




 アンジェロが建物から出ていくと、入れ違いに神官長がやってくる。


「戦争屋め、やっと帰ったか。

 ユステル、今回の寄進はどうなった?」


 ユステルは黙ってテーブルを指し示し、神官長はそれを見て革袋の中身を検めはじめる。


「ふむ、相変わらず支払いだけはよい男だな。

 ユステルよ、お前の取り分はどうする?」

「いつも通り、余る分は貧困救済へ回して下さい」

「欲のないことだ。私がお前くらいの歳の時には、もう少し色気を出していたがな」


 じゃらじゃらと硬い音を立てるそれを数えながら、神官長は言った。


「だが、あの男には近づくな」

「……またその話ですか」

「ユステル、殺戮卿の庇護など受けるものではない。

 それは更なる災いを呼ぶ呪いになりかねんからな」


 ユステルは肩をすくめて返事をした。

 アンジェロと関わるようになってから毎回聞かされるようになった言葉だった。




 夏になる頃には、アンジェロは治癒よりも雑談をする時間のほうが長くなっていた。

 アンジェロは一領地の主である。傷の治癒以外にも、王都での軍議に呼び出されたり、戦果報告や情報収集で定期的に王都に赴く必要があり、その帰りに神殿へ立ち寄っているとの事だった。

 戦闘自体は減っていないので、慌ただしく何度も出入りしているようだが、その分、時間は短くとも、顔を合わせる回数は増えていた。


「今の戦況はどのようになっているのですか?」


 その日も軽い傷の治癒だけをさっと終えて、ユステルはそう切り出した。


 何度か会ううちに、ユステルはアンジェロの不思議に気がつくようになった。

 王国貴族は髪の中に色の違う一房を飾っているが、アンジェロにはそれがない。

 だが、アンジェロは貴族であり、少なくともほかの貴族よりは戦場で活躍できているくらいには、強いらしい。

 ユステルは深く考えずに尋ねた。多くの貴族は、こう尋ねると喜んで自分の活躍を語り始めたので、アンジェロもそうするだろうと思ってのことだった。

 しかしアンジェロが語る戦場の話は、武器を振るい部下を従え仇敵を打ち砕く英雄のそれではなく、他の神官や訪れる貴族たちから聞く話よりもずっと生々しい、戦場の深刻な現状だった。


「そうだな……最近では、大勢で槍を突き合わせるような大会戦は減った」

「終わりが見えてきた、ということですか?」

「逆だ」


 希望を抱いて尋ねたユステルの言葉を、アンジェロは切り捨てる。

 そして何かをなぞるように、宙に指をはわせた。


「戦線が広がりすぎた。

 大きな拠点はお互いに完全防備を敷いているから、攻め入るのは容易ではないし、かといって会戦をするだけの体力もない。

 今は補給線を狙う奇襲ばかりだ」

「でも、戦闘の規模が落ちたのなら、負傷者は減るのでは?」

「減らん」


 低い声だった。


「隣国の兵士は強い。不意の遭遇戦ならまだしも、奇襲が決まると逃げられん。

 そして奇襲部隊ってのは、その存在が露見しないように、全ての証拠を消しながら行動している」

「……つまり、どういう事ですか?」

「あいつらと出会った者は全て殺される。

 兵士だけじゃない。荷運びも、農民も、旅人も、どんな身分でも関係なく」


 アンジェロは歯を食いしばり、目に悲哀を浮かばせた。

 それは、神殿で教わることのない、神官たちが耳にすることのない、現実だった。


「死人の数は、会戦のときと変わらん」




 秋になり、風が涼しくなってきた頃。

 その日、ユステルはずっと気になっていたことを尋ねる事にした。


「殺戮卿」


 アンジェロは不意をつかれたのか、きょとんとした顔でユステルを見て、そして笑った。


「その名か。ここで聞くと新鮮だな」

「嫌ではないのですか?」

「好きじゃない」


 アンジェロは首を振った。

 自ら名乗っている訳ではなさそうだと、ユステルは何となくあたりをつけていたが、その日はもう少し踏み込んでみたくなった。


「では、何故そのように呼ばれるようになったのですか?」

「そうだな……」


 アンジェロは腕を組み、目を閉じて天を仰いだ。

 いつもはきはきと話すこの男にしては珍しく、言葉を選んでいるようだ。


「殺される前に殺した。それだけだ」


 そして、ごく端的にそう答えた。

 当然だが、ユステルの納得の行く答えではなかったので、追求が始まった。


「捕虜をとったりはしなかったのですか?」

「もちろんしたとも」

「では、その捕虜を使って交渉すれば良いでしょう」

「もちろんしたとも」

「……それでも戦争は終わらないのですか?

 和平を望んたりはしないのですか?」

「望んでいるとも」


 アンジェロはその一つ一つに頷き、目を開くとユステルをまっすぐに見て言った。


「だが、その度に別の街が焼かれた」


 おもわず言葉を失うユステルに、アンジェロは言葉を重ねていく。


「捕虜を生かせば兵がいる。メシもな。それを用意するのは誰だ?

 メシの煮炊きをする煙を見られれば、敵に居場所がわかる。襲われるのは誰だ?

 さて、そいつに手を取られている間に、守りの薄くなったところはどうなる?」


 ユステルは何も言えなかった。

 ぼんやりと、対話さえできればこの争いは終わるのではないかという期待を抱いていた。

 だが、アンジェロの言葉はまさにその最前線にいる者の言葉だ。


「隣国の奴らの戦い方は我々とは違う。奴らと戦って生き残れるものは少ない」


 その言葉の重みが、ユステルの心の奥に、鉛のように沈んでいく。


「だから殺した。それしかなかったのだ」


 アンジェロの言葉には、自分を誇るような輝きはなく、ただ大きな時代の波に翻弄されている男の諦めだけがあった。




 冬になると、王都は幾度となく雪を迎える。

 アンジェロが顔を出す頻度は減ったが、かわりに王都に滞在する日程が伸びたようで、一度顔を出すと数日は繰り返し神殿へ来るようになった。


「戦うことがお好きなのですか?

 人を殺す事に何かを思ったりはしないのですか?」


 ある日、ユステルは火鉢の中の炭を転がしながら聞いた。

 アンジェロはその明かりに顔を焼かれながら、即座に答えた。


「違う」


 そして、椅子に深く座りなおし、背中を椅子に預けながら話す。


「違うぞ、治癒師殿。

 俺はな、牛を追って、畑を耕して、妻と酒を飲んで、子供が走り回るのを眺めて……。

 そういう人生が送りたいんだ」


 ごく当たり前の願いだった。

 ユステルは真意を測りかねる様子で、なおもアンジェロに問う。


「では、どうして?」

「そうしないと全部なくなるからだ」


 アンジェロは寂しげに笑った。

 ユステルはまた一つ、この男の知らない表情をみた。

 ゆるく首を振ったアンジェロは、窓のほうへと視線をうつす。

 外は吹雪くほどではないが、はらはらと細かい雪が振り、窓にあたっては更に細かく崩れて、視界の外へと落ちていく。

 ユステルもそれを見た。この数年、冬場はずっと見ている景色だが、頭の中には知らない場所の景色が映し出されていた。


「そちらも雪はふるのですか?」

「ああ。王都ほどではないが、結構寒いな」


 そしてアンジェロは再び笑った。

 今度は頬の片方だけをゆがませるような、皮肉げな笑みだった。


「だが、悪くないぞ。雪が積もると戦が止まるからな」

「そうなのですか?」

「少なくとも、こっちから攻めることは殆どないな。

 おかげでこの季節は普段より静かに過ごせている」


 ユステルの心はすこしだけ軽くなった。

 戦争に赴いている兵士たちにも、休息の時があるのならよかったと、彼らの安らぎを祈った。




 帰り際、アンジェロはこちらに振り返って言った。


「なあ。俺達の領地へ来ないか?」


 その目はユステルをしっかりと見据えていた。


「この戦争も十年以上続いていて、怪我人は増える一方だ。

 それでも何とか生き延びている奴らがいる。

 でも、そいつらは近くの教会にも断られて、ただ死ぬのを待っている。

 ……俺のせいで」


 いつかの日に見た、生命を諦めない輝きが、そこにあった。


「お前が来てくれるなら、俺は命をかけてお前を守る」


 ユステルは俯き、視線をそらした。

 その目を見ていると、アンジェロの全てが正しいと思ってしまうから。

 何度か呼吸を整えてから、そっと呟くように言う。


「考えさせて下さい」

「それでいい」


 アンジェロは笑った。


「また会おう、ユステル」




 その日の寝床で、ユステルは何度もアンジェロの言葉を思い出した。

 それと共に、アンジェロのあの視線を思い出した。

 初めて治癒を施したあの日に、自分の腕を掴みながら治癒を願った時のあの視線。

 それと同じ輝きを、今日のアンジェロからは感じた。


(他人の話なのに、あんなに真剣になれる貴族がいるのか)


 それは、これまで会ってきた貴族や商人たちの振る舞いからは感じたことのないもので、ユステルの心にあった厚い壁に、大きな穴をあけるに足る衝撃があった。

 ユステルの中にあった疑問が確信に変わった瞬間でもあった。


(あの男は、少なくとも血に飢えた獣のような男ではない)


 その日を境に、ユステルはアンジェロのことをもっと知りたいと思うようになった。

お読み頂きありがとうございます。

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