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治癒の神官と殺戮卿  作者: Yulz
ドラウキン領編

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33/36

第33話 帰る場所

「おはようございます」

「おう、おはよう」


 朝日が昇って暫くした頃、ユステルは寝室から出てラオベルトに声をかけた。

 ラオベルトは何事もなかったかのように挨拶を返したが、ユステルの顔をまじまじと見たかと思うと、にっこりと口元を動かした。


「随分と顔色が良くなってるぜ。

 しっかり休めたか?」

「はい、かなり無茶をしていたのだなと反省しました。

 ご心配をおかけしました」


 対するユステルがあまりに素直に謝ったので、逆にラオベルトのほうが驚いた様子だった。

 前日までの様子を間近に見ていたなら無理のないことだが、ユステルはそんな彼の姿を見て恥じ入った表情になった。


「えーと……トリストさんと今後の事を相談したいのですが、良いですか?」

「あっ、ああ。

 今頃は下でメシでも喰ってると思うぜ。

 俺もまだなんだ、一緒に喰おう」

「ええ、是非」


 ラオベルトの先導で、宿の一階へと向かう。

 昨日と違ってすいすいと階段を降りる姿を見て、やはり気を使わせていたのだとユステルは察した。


「トリスト隊長、起きてきたぜ」

「言い直し」

「……トリスト隊長、治癒師ユステルが起きました」

「よし、こっちへ案内してくれ」


 宿の一階では、トリストをはじめ、ユステルの護衛たちが食事をとっていた。

 彼らはめいめいにユステルに挨拶しながら、自分の食事を続けている。

 ユステルもそれに挨拶を返しながら、トリストの元へと向かった。


「おはようございます、トリストさん」

「おはようございます。

 ……お体はもう大丈夫そうですね」

「ご迷惑をおかけしました。

 お陰様で調子を取り戻せたと思います」


 ユステルが自然体で返すと、トリストも納得したように頷き、宿の給仕に食事を持ってくるように声をかけた。

 ラオベルトも食事を頼み、そのままユステルの隣にどっかりと腰を下ろすと、トリストはそれを見てため息はついたものの、注意はしなかった。


「今日から診て頂くのは、傷の治りの遅いものや、病を得て弱ったものになります。

 特に重篤なものは選んでありますので、そちらを先に回って頂きたく思います」

「わかりました。

 宜しくお願いします」

「治癒が難しい時や、体の調子に異変がある時には仰って下さい」

「そういたします」


 ユステルが素直に頷くと、トリストも驚いたように目を開き、ユステルの顔をまじまじと見つめた。


「……何というか、人が変わったかのようですね。

 おひとりで過ごされている間に、何か感じる事がありましたか?」

「はい。

 部屋でひとりになった後、これまでの私の未熟さを恥じて、その後……アンジェロの事を思い出しました。

 彼の友人として、今の私の振る舞いは、彼にどう見えるだろうかと考えました。

 私は、彼の友人として恥ずかしくないものでありたいと思いました」


 実際には亡霊のアンジェロと話したのだが、それを話すことはしない。

 かわりに、この一言だけは心から、アンジェロを主とするトリストに伝えたかった。


「私はアンジェロに救われたのだと思います」

「……そうですか」


 トリストは優しげな顔をふにゃりと歪めて、悲しそうな、嬉しそうな笑みを見せた。

 ユステルも微笑んでみせた。

 きっとトリストも、アンジェロに恥じない部下であり続けることで、この地に立っているのだと思った。


「あっ、神官様」

「……貴方は」


 程なくして食事を運んできたのは、ラオベルトの知り合いである、片足のない男だった。

 男は失った足を補う簡単な義足をつけており、それでゴツゴツと床を叩きながら皿を配ると、ユステルの前で跪拝した。

 巡礼のものが行う、教会での祈りの作法だ。


「神官様のおかげで俺は死なずにすみました。

 どうかお礼を言わせて下さい」

「…………」


 ユステルはどう返事をするか迷った。

 しかし、アンジェロと話した時のことを思い出し、神官長のことを思い出すと、自然と言葉が滑り出た。


「いえ、治癒師として当然のことをしたまでです。

 それで、傷の具合はいかがですか?」

「はい、歩くのはちと不便ですが、それ以外はすこぶる元気です。

 噂にきく、失くした体が痛むっつー病も無くて、拍子抜けでした」

「お体に障りがないなら良かったです。

 どうかお戻り下さい、まだ給仕の途中なのでしょう?」

「はあ、ありがとうございます。

 神官様、今日も頑張って下さい」

「ありがとうございます」


 男は立ち上がると膝を払い、ユステルとトリストに会釈し、ラオベルトににっかりと笑顔を見せてから戻っていった。

 ラオベルトは男に手を振ってそれを見送り、言った。


「あいつ、傷が治ってから、お前にお礼がしたいっつってよ、湯を用意したり、綺麗な布を探してきたり、一生懸命だったんだぜ」

「……そうでしたか、あの方が……」

「まあ、直接顔を合わせて礼を言えたんだ、良かったんじゃねえかな」


 そしてラオベルトはがつがつと食事を摂り始めた。

 トリストも短い祈りの後、食事に手を付けたが、その様子は洗練されていて、ラオベルトとは比べるべくもない。

 彼が貴族教育を受けている事は明白だった。


 ユステルも食事を摂った。

 味わって食べるそれは、領都の邸で出た料理と比べると味は落ちるが、腹の底にしっかりと溜まるような味がした。




 その日、ユステルは精力的に動いたが、トリストの誘導には素直に従った。

 すぐに癒しを受けられないものから不満が出る事もあったが、そうした声をあげるものは大抵あまり傷や病が重くないものだった。

 真に死に魅入られたものの中には、助けを求める声すらあげられないものもいるのだ。

 ユステルは今日になり、ようやくそれに思い至った。


「あれだけ文句を言えるなら、少なくとも今すぐ癒しが必要ではないでしょう」


 不満を漏らすものに対し、トリストの反応は冷めたものだった。


 護衛たちが治癒を必要とするものたちを運んだり、文句を言うものを遠ざけている中で、ラオベルトは甲斐甲斐しくユステルの世話をやいた。

 汗をかいていれば濡れた布を用意し、声がかすれていれば水を用意した。

 ユステルはそれを拒絶することなく受け取り、その度に礼を言った。


「ここではこんなに美味しい水が飲めるのですね」

「河から離れていますが、深井戸を掘ると質のよい水が得られるのです。

 この水がなければ、前線の怪我人を収容することは出来なかったでしょう」


 トリストはこの街の有用性を話し、ラオベルトは何故か得意げにしていた。

 これも、この街に来てから今日まで知ろうともしなかったことだった。


 落ち着いた心で治癒を行っていると、ユステルにも、自身の治癒に対する発見があった。


「お、おお……曲がった腕が、こんなに早く」

「……終わりました。

 指先まで丁寧に癒したつもりですが、いかがですか?」

「ああ、ああ、指が動く、手が握れる。

 神官様、ありがとう、ありがとう!」


 その時に癒した男は鍛冶職人だった。

 会戦の折、手首のすぐ近くで叩き折られたという腕は、曲がり、捻じれ、手指の動きを止めて鈍い痛みを発していたが、ユステルの治癒のちからはそうした傷にも問題なく発揮された。

 一方で、鍛冶仕事の最中についたという火傷の痕や、子供の頃にできたという傷跡などが消えることはなかった。


(アンジェロ、これはどういう事なのでしょう?)

(俺もお前の治癒を受けたが、古い戦傷なんぞは消えなかったしな……。

 傷自体が古すぎると治せないのかもしれないな)

(ちからを流しても、手応えがありませんでしたし、そうかも知れませんね)


 気にはなったが、治癒を求めるものは多くいるため、ユステルは今できる事に専念して時を過ごした。

 夕暮れになり、トリストが治癒を止めるよう声をかけてきた頃には既に疲れ果てていたが、この街に来てから初めて感じる、充足感のある疲れだった。

 ユステルは義足の男に湯の礼を伝え、寝室でよく体を拭いてから、アンジェロと話す事もなく、ぐっすりと眠った。




 二日間はあっという間に過ぎ去った。

 ユステルの働きで、集められた重篤な傷病者はその全てが癒しを受け、彼らが自分の生活に戻っていくことで、街はにわかに活気づいていた。


 賑やかな大通りを歩き、まだ門が開かれていない馬車広場へ向かうと、トリストが何者かと話しているのが見えた。

 トリストの言葉に男は頷きながら、遠くからもそれとわかる上等な白い紙に、何かを書きつけている。

 ユステルが手を振ると、トリストは男と別れてこちらへと向かってきた。


「ユステル様……今日まで、本当にありがとうございました。

 ドラウキンの地というだけで治癒を諦めていたものが、どれだけいたか」


 トリストはそう言って深々と礼を取った。

 その顔には輝くものがあった。


 この男も前線で戦っていたのだから、きっと顔を知っているものも多くいたはずだ。

 当然、彼らを心配する気持ちもあっただろうが、それでもユステルが倒れたあの日には、全てのものを元通りにする事ではなく、この地に来て癒しを施してくれた事に意味があると、トリストは言ってくれていた。

 どちらも心に抱けるくらい、この男の心は大きいのだ。

 ユステルはこの涙が不快ではなかった。


「次また来る事があれば、今日までに診られなかった方も、ゆっくりと診たいですね」

「次……はい、次、ですね。

 どうかまた、この街へおいで下さい」


 ユステルがそう言うと、トリストは破顔した。


 ふと、先の男に目を向けると、馬車に乗り込むのが見えた。

 並んでいる馬車の一部は、ドラウキンの騎士を乗せるための特製馬車だ。

 しかし残りは普通の馬車で、そこには知らない文様の入った様々な旗がついている。

 男が乗った馬車は、旗が一枚だけの小さな馬車だ。


「トリストさん、あちらの馬車は?」

「物資のやり取りを行った馬車や、ここから自分の家に帰るものたちが乗る馬車です。

 飾られている旗は、その馬車が通る街や、その先に向かう領地がわかるようになっています」


 ユステルは頷いた。

 馬車の横に垂れ下がっている旗は色とりどりで、まるで何かを祝っているかのような彩りだ。

 そしてその旗の並びが、ほとんど同じ旗で終わっていることに気がついた。


「旗の並びの最後にある、ブラシカの花があしらわれた水色の旗は、何処のものですか?」

「イウフィフィ領のものです」


 それを聞いた瞬間、息が止まるのを感じた。

 では、あれだけ並んでいる馬車のほとんどは、必ずイウフィフィに向かい、そこで止まるのだ。


 そうであるなら、旗が一枚しかないあの馬車は、イウフィフィ直通のものなのだろう。

 馬車が小さいのは、速さを出すためか。


 頭の中に、こちらを見下ろしてくる貴族の男が思い出された。

 あの男の指示一つで、ここに来る馬車のどれだけが止められるのだろうか。

 ユステルは改めて、辺境という地に影響を持つ領の恐ろしさを感じた。




 ほどなくして馬車は進みだした。

 来た時には自分に迫ってくるように見えた盛り土の山が、今度は眼の前を横切り、遠ざかっていく。


(ユステル、明日か明後日にはイウフィフィに向かう事になるな)

(ええ、恐らくは)

(あちらに着いた後、伯爵から無茶な要求を受けたら、突っぱねろ)


 城壁を出てすぐに、アンジェロはそのような事を言い出した。


(どういう事ですか?)

(さっき、トリストと話していた男がいただろう。

 乗り込んだ馬車から察するに、イウフィフィ伯爵の手のものだろうな。

 だとしたら、トリストに尋ねていたのは、お前のことだ)

(私の……?)

(そうだ。

 何人を、どのくらいの時間で、どう癒したか、正確な情報が伯爵のもとへ届く事になる。

 それを確認し次第、伯爵は迎えの馬車を送ってくるだろうな)

(……それで?)

(今回、お前は街に集められた傷病者を癒すという大事業で、死者を出さないという結果を出した。

 お前は間違いなく、ちからのある治癒師だ。

 その評価は、誰から見ても同じのはずだ。

 だから、無茶な要求を受けたら、相応の扱いを求めろ。

 そのほうが自然で、お前自身のためになる)


 それは、ユステルも心配していたことだった。

 自分の治癒がどのように伝わっているかもそうだが、あのぎらついた目をした男が自分に何を求めてくるのか、不安だった。

 そして思った。


(励ましてくれているのですか?)

(……まあ、そうだ)

(ありがとうございます。

 もしもの時は、今日のように助けて下さい)

(ああ、勿論だ)


 ユステルが返事をすると、アンジェロは黙ってしまった。

 影の中でなんだか身悶えしているような気配を感じたが、ユステルはそれをつつくつもりにはならなかった。




 ラオベルトに目を向けると、街に来た時と同じように、剣を抱きしめるようにして座っている。

 しかし、窓を閉めようとは言わなかった。

 じっと、開かれた窓から、外を見ている。


「ここの墓が増えなかったんだから、お前が来てくれた意味はあったよ」


 不意にそう言ったラオベルトは、複雑な顔色をしていた。

 きっとこの男にも意味のある旅だったのだろうと、ユステルは思った。


「ありがとうございます」


 ユステルが言うと、ラオベルトは一瞬だけ視線を戻し、にこりと笑うと、再び窓の外を眺め始めた。

 ユステルも同じように窓の外を見た。


 近くの墓と、遠くの墓。

 その向こう側に、彼らが帰る場所と、自分が向かう場所がある。

 そう思うと、ユステルは無性に神殿が恋しくなった。

 それが郷愁という感情であることは知らなかった。


 馬車はがらごろと音を立てて走っていく。

 その音だけは、いつもと変わらず、長閑だった。

お読み頂きありがとうございます。

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