第26話 傷ついたものたちの元へ
ドラウキンの大きな馬車が、それに見合った大きな音を立てながら街道を走っていく。
開かれた窓からは平和な農地と、そこかしこで自由に過ごしている馬たちが、近くに遠くに見えている。
領都周辺は今見えているような平和な景色だが、戦場が近くなるにつれて物々しくなっていくという。
ユステルはその景色から馬車の中へ視線を戻し、同乗している男へ声をかけた。
「ラオベルトさん、もうちょっと肩の力を抜いても大丈夫ですよ。
今回はトリストさんや護衛の方々も一緒に来てくれていますし、戦うような事にはなりにくいと思います」
「ばかっ、だから緊張してるんだろうが。
トリストのおっさんは一度怒ると後々までうるせえんだ。
護衛なんか初めてだし、何をどうやったら、おっさんの怒りに触れるかなんてわかんねえだろ」
鎧というほどではないが、革張りの丈夫な服に身を包み、剣を膝上に携えたラオベルトが応える。
馬車はドラウキンの男たちにあわせて広々と作ってあるのに、ラオベルトは手を膝の上で握りしめ、まるで何かから隠れているかのように小さく縮こまっている。
その恐怖の対象が、馬車の外から声をかけてきた。
「言葉遣いが悪いぞ、ラオベルト」
「はぁっ、はい、すみませんです」
「……ラオベルトさん、無理しなくていいんですよ」
「甘やかしてはいけませんよ、ユステル様。
ドラウキンの者として同道するなら、相応の振る舞いをしてもらわなくては困ります」
「ああ~、早まったかなぁ……」
トリストはあくまでも厳しく接する方針のようで、ラオベルトは両手で顔を覆ってうなだれてしまった。
少し気の毒に思いながらも、ユステルはラオベルトを無事に連れ出せた事に安堵していた。
「俺が護衛に?
冗談だろ?」
「本気です」
イウフィフィ伯爵との面会のあと、ユステルはラオベルト本人に話を通しに行った。
ラオベルトは意外にも、邸から出る選択肢に否定的だった。
「あれから随分絞られたからな、自分がやらかしたんだなって自覚はあるんだぜ。
責任を取る誰かが必要なんじゃねえのか?」
「はい、ですので、私の護衛をすることで責任を果たしてもらおうと思っています」
怪訝な顔をするラオベルトに、ユステルはひとつずつ、護衛を頼んだ理由を説明していく。
「ラオベルトさん、あなたがこの邸で実質軟禁されている理由は何だと思いますか?」
「え、あー……アンジェロの野郎がおっ死んだばっかりなのに騒いだから、とか?」
「それもありますが、もうひとつ、大きな理由があります」
ラオベルトは少しの間、宙を睨んで考えたが、すぐに首を横に振った。
「一番の問題は、ラオベルトさんが自分の判断だけで動いたのではなく、ドラウキンの外の貴族の後押しを受けていたことです」
「……それの何が悪いんだ?」
「ラオベルトさんは、自分の考えに賛同した貴族が後押ししていることを隠しませんでしたね。
ですから、ドラウキンの家臣団からは、外の貴族が送り込んだ駒だと思われています」
「はあ……?
でも、俺は戦う事に反対だってずっと言ってたし、賛同者がいるなら急ごう、と思ってこの邸に来たんだぜ」
「そうであるとしても、自分の考え方を本家に伝えることはいつでも出来たはずです。
それをせず、アンジェロの死という大きな事件にあわせて動き出し、他の貴族の存在を隠さなかったことが、ラオベルトさんへの反発を生んだのです」
「……お偉い貴族の後押しがあるから、もっと沢山のひとを助けられると思っただけなんだが」
ユステルは話を聞きながら、この男の長所が利用されてしまったことに胸を痛めていた。
物怖じせず、思ったことがすぐに外に出る素直な性格は、きっと隣人として迎え入れたならば気持ちの良い性格だと評価されたはずだ。
それを悪用され、こうした扱いになっていることが残念だった。
「思うにラオベルトさん、あなたはきっと他の貴族に目をつけられていたんです。
アンジェロに近い血をひき、分家として一定の影響力を持つ、成人男性として。
何かがあった時、このドラウキンの中に食い込む武器として」
「…………」
「そしてそのせいで、今のラオベルトさんは危険な立場にあります。
このままだとあなたも殺されかねません」
「……!?
俺が? どうして?」
納得していないらしいラオベルトは険しい表情をしていたが、この説明にはさすがに驚いた様子だ。
「ラオベルトさんは、どんな人物が、どんな事を言ってきたかを隠していませんでした。
その事は、ラオベルトさんを利用しようとした方の耳にも入っているかも知れません」
「……それで?」
「ドラウキンはこうした処罰については穏健ですから、命を奪うような厳しい罰を与えることはありません。
ではその、今回の騒動の裏にいると思しき人物は、ラオベルトさんをどう扱うと思いますか?」
「…………」
「この国には昔、政治的に敗北した方を処分する文化があったと聞いたことがあります。
今も苛烈な制裁を加える貴族家があることも。
そうした精神をもつ貴族が、貴族籍を持たない、情報を売り渡す危険がある人物を、どう扱うと思いますか?」
「……俺は何も知らねえし、そんな事はしねえ」
「私もそう思いますが、それはラオベルトさんのお人柄を知っているからです。
しかしそうでない方は、ラオベルトさんが何をするか、わかりません。
わからないなら、何かをやらかす前に、何も出来ないようにしよう……そう考える可能性はありませんか?」
「…………」
「私はラオベルトさんの命が危ないと思いました」
「……それと、俺が護衛するって話と、どう関係してるんだよ」
ラオベルトは変わらず険しい表情をしているが、その目は先程までと違い、不安げに揺れている。
ユステルは今回、アンジェロの提案を受けて、あり得る可能性の中で最も恐ろしいものを話すことにした。
効きすぎただろうか、と思いながらも、ユステルはその先を口にする。
「今回はラオベルトさんに接触してきた人物が誰かすぐに判りましたし、その方がイウフィフィ伯爵のそばにいる事も判りました。
そこで、伯爵に事情を話し、ラオベルトさんを私の護衛として連れ出すことに反対しないよう、話を通したのです」
「それで、話は通った、ってことなのか?」
「はい。
先方の反応を見る限りでは、ラオベルトさんの振る舞いは知っている様子でした。
そちらに不利に働かない提案なら、受け入れられると思ったのです」
「……命が危ないってのに、護衛なんかしてる余裕があんのかよ」
「逆に、私の護衛となって頂くことで、ラオベルトさんを狙うことは難しくなるはずです。
誰にも見えない場所で何をするかわからない駒よりも、誰にでも見える場所で治癒師について動く護衛として振る舞うほうが、少なくとも軟禁されたままでいるよりは安全だと考えました」
「ジュリオたちは?」
「賛成して下さいました。
分家二世の特権をひとまず取り上げ、戦う事を嫌がったあなたが私の護衛を務めることで、賦役や兵役に代わる罰とする、となりました」
「…………」
「私は戦闘の心得はありませんので、戦える方が近くにいれば安心できます。
そして、護衛対象である私と一緒であれば、罰を受けているあなたがドラウキン領内にいても不思議ではありません」
「……期限は?」
「私はドラウキン領での事が終わったらイウフィフィ領へ行く事になっていますので、ひとまずそこでの用が終わるまでです。
その後についてはジュリオさん……いえ、ドラウキン伯爵や、家臣団の皆様と改めて相談することにしました。
働き次第では、分家二世の特権を戻してもよい、と約束して下さっています」
「…………」
「お互いにとって良い提案だと思うのですが、どうでしょうか?」
ユステルは誠心誠意、ラオベルトに説明した。
この男に死んでほしくないのは本当だ。
誰かを助けたい、死んでほしくない、というこの男の思いは本物だと感じたからだ。
この思いが届いてほしいとユステルは願ったが、ラオベルトはやはり、直情的な男だと理解することになった。
「ユステル、あんた、今も俺の味方でいてくれてるのか?」
「はい。
領主への後押しが出来なかったのは謝罪しますが、あなたを貶めたいとは一切考えていません」
「俺のために考えてくれたんだよな?」
「そのつもりです」
ラオベルトはうんうんと頷き、そしてにっこりと笑顔を見せた。
「あんたの事、信じる」
「いいんですか?」
「もう領主候補でもなんでもない俺のことを、助けようとしてくれてるんだろ?
正直、命の危機があると言われても、どうすればいいかわからねえんだけどよ。
あんたがこんな俺のために考えてくれたっていうんなら、それを信じる事にする」
「……本当にいいんですね?」
「護衛だとか、人を守りながら戦うだとかはやった事ねえから、これから勉強することになるが、まあ何とか頑張ってみるさ。
それに、まあ何だ、俺もまだ死にたくねえからな」
頷くユステルに、ラオベルトは座ったままで深く頭を下げる。
「これから宜しく頼む」
「はい、こちらこそ宜しくお願いします。
きっとあなたを助けてみせます」
「俺も護衛をする以上は、あんたを守れるように頑張るぜ」
そして互いに視線をあわせてから、ラオベルトは以前と同じように、にっこりと笑った。
「一緒に考えてくれるやつがいるっていうのは、なかなか良いな」
前と同じ言葉が、今度は暖かく胸に響いた。
影の中のアンジェロからは安堵の空気を感じた。
馬車はがらごろと音を立てて走っていく。
戦争の傷跡へ。
今も血を流す傷のもとへ。
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