第24話 取引
ジュリオが領主に就任した事を通達した翌日、ドラウキン領は大きく揺れた。
領都の民たちは諸手を上げて歓迎した。
先代の喪中ではあったが、新たな領主の誕生を祝し、死者を送る黒い旗の近くに季節の花を添えて歓迎の意を示した。
これから新領主就任の通達が広がるにつれて、領内各所から祝いの品や祝意を伝えたい人々が集まるだろう。
それに備えてか、領都はにわかに活気づき、邸から見える人々にも笑顔が見られるようになった。
ユステルはラオベルトの事が気になったが、ジュリオを含む領主一族は流通契約の協議があるとして会う事が出来なかった。
引き続き護衛として同行してくれているトリストに聞いてみても、首を振るばかりだ。
「内々のことですので、お教え出来ません」
「少し会って話すだけでも良いのですが」
「どうかお控え下さい」
こういったやり取りばかりで、今の様子を知ることも難しかった。
(アンジェロ、ラオベルトさんはどう過ごしているのでしょうか)
(そうだな……。
今は軟禁されていて沙汰を待っている所だと思うぞ。
うちは穏健だからな)
(穏健……?
戦争屋とか呼ばれてたのに?)
(そこは関係ない。
かつて分家が主家となる権利を主張する社会的な流行があった時代には、敗者はすぐに処分されていたそうだ。
うちはそこまで苛烈ではないから、せいぜいが人と会わないように見張りをつける程度のものだろう)
ユステルは自分が心配したような酷いことは無いだろうと言われて安心した反面、既にラオベルトが敗者として扱われていることに胸を痛めた。
ラオベルトの視線は、戦乱という怪物に虐げられたものたちの視線だ。
元凶を取り除くべきだとして戦ったアンジェロの主張にも正義があると感じてはいるが、ラオベルトの主張はどちらかといえばスラムで暮らしていた自分に近い。
悲しみを増やしたくない。
苦しみを取り除きたい。
その思想は自分と同じだとユステルは感じていた。
昼頃になると、ジュリオから召喚がかかった。
向かったのはナザディアと話した時の応接間で、ジュリオとナザディアが揃って迎え入れてくれた。
ジュリオは人払いを済ませると、ユステルに対して深く礼を取る。
「ユステルさん、昨日はありがとうございました。
あの後で母と話して、この領を継ぐことを決意しました。
無礼な振る舞いをしましたので、この通り謝罪いたします」
「どうかお直り下さい。
私も、図々しくも領主となられる方への意見などをいたしました」
「では、この話はここまでにしましょう」
ジュリオは笑った。
だが、その表情には影が差している。
「……何かありましたか?」
「それが……」
ユステルが水を向けると、ジュリオは一転して口を閉ざしてしまった。
何事かあったのか、まさかナザディアの実家が、ラオベルトが、と、色々な想像がユステルの頭の中を駆け巡ったが、ナザディアの張りのある声で正気に戻った。
「ドラウキン領民にとってはこの上ない結果となりました。
わたくしからもお礼申し上げます」
「あっ、いえ。
何かをしたつもりではないのですが、そう言って頂けるのならば、来た甲斐がありました」
「そのうえで、ユステル様。
あなたに話さなければならないことが出来ました」
ナザディアの表情は真剣だ。
ユステルが思わず姿勢を正すと、ナザディアはジュリオに視線を向ける。
視線が互いに交差して、ジュリオはひとつ頷いてから、ユステルに再度向き直った。
「私が領主となったことで、大きな契約は無事に更新できました。
少なくとも冬までは、領民に不便を感じさせない程度のことは出来るでしょう」
「そうでしたか。
本当によかったです」
「ありがとうございます。
ですが、特に大きな流通契約のうち、イウフィフィ伯爵の持つ契約については暫定更新となり、いくつか条件がつけられました」
「……条件?」
「正式な更新の条件として、ユステル様を自分の領地へ派するように要求しています」
頭の中に、あの伯爵の冷たい視線が蘇る。
上級客室で自分を覗き込んできた捕食者の瞳が、会食でじっとジュリオを見つめていた温度のない目つきが、記憶の中から今の自分を見たような気がした。
震えそうになった指先をぐっと握りしめ、ユステルは続きを促す。
「このドラウキンの領地は、その成り立ちから、教会が存在しません。
ご存知でしょうか?」
「存じております」
「では、戦線において緊急に治癒が必要な人々はどこで診られていると思いますか?」
「アンジェロからは、金品の支払いを約束することで、近隣の教会に協力を仰いでいたと聞いています」
「その通りです。
そして、最も大きな負担をかけているのが、ドラウキンから近く、領内に複数の教会を抱えていて、人員が豊富な領地……イウフィフィ領なのです」
「つまり、その代償として、ですか?」
「……ユステル様は我がドラウキンの家臣ではなく、契約をした治癒師でもないので、わたくしたちから命令する権限はありません。
その上で、伯爵はあなたを自領へ派遣するように言ったのです」
「…………」
「戦争で怪我を負った方々の治癒や世話を負担して頂いているのは事実です。
治癒が間に合っておらず、傷ついたドラウキンの領民が残っているうちは、ドラウキンを信頼できない、というのがあちらの言い分です。
アンジェロの遺した、贖われるべき負債については、ご友人に相談してみてはどうか、とも……」
ナザディアの説明のあと、ジュリオは沈痛な面持ちで話し始める。
「ユステルさん、ぼくは行かないほうがいいと思います。
イウフィフィ伯爵は富を集め、自分の領地を肥え太らせる事に心血を注いでいます。
そのためならどんな事でもやりかねない、危険な貴族です」
「断っても良いのですが、ユステル様にもお話を通してからと思い、ひとまず回答は待ってもらっています」
「……そう、ですか……」
ジュリオは心配そうな目でこちらを見ている。
アンジェロの友人として来た神官を、というよりは、仲間になったものを心配しているような目つきだ。
昨日までのことで彼の身内として懐に入れられたのだと思うと、決断が早い所といい、やはりアンジェロにそっくりだと感じた。
そのアンジェロから、思わぬ提案があった。
(ユステル、俺達の目的を話して協力を仰ごう)
(ええ?
ですが、しかし……)
(ただし、俺が亡霊となってお前と話が出来る事は伏せておいてくれ。
俺が暗殺されたと考えていることと、その真相を探るという目的だけを伝えるんだ。
そのうえで、イウフィフィ伯爵のもとへ行くのだ)
(…………)
(俺達は敵の懐に潜り込む事ができるし、イウフィフィとドラウキンの問題も緩和される。
教会を複数持っているから、治癒師を無茶な使い方で潰すようなこともないとは思うが……。
欠陥品、となじったお前を欲しがっている以上、何か狙いがあるはずだ。
それを明らかにするためにも、今取れる最善手のはずだ)
ユステルは目を閉じて考えた。
アンジェロの言う事は確かにその通りだと思うが、自分の感情が追いついていない。
正直な所、あの伯爵には強い恐怖を感じている。
これまで又聞きでしか知らなかった貴族の怖さや、ドラウキンまでの道中で会った権力者たちの圧力が、まるで子どものように感じられるくらいには、底知れないものを持っていると感じている。
その伯爵の元へ行くことで、何が起こるのか……。
「ユステル様、もしお嫌でしたら断りますので、どうぞ気を楽になさって下さい。
怖いお顔をされていますよ」
ナザディアの言葉にはっとして顔を上げる。
知らず、しかめっ面になってしまっていたようだ。
ユステルは恥じ入る気持ちになりつつ、眼の前に座るふたりを見た。
ふたりとも貴族だ。
だが、こちらを見る視線から悪意は感じない。
そして彼らはアンジェロの家族だ。
アンジェロの死という悲劇の一番の被害者たちだ。
そしてアンジェロだ。
自分のことは話すなと言ったが、家族と話したくないはずがないのだ。
そのうえで自分の事は明かさずに、最善手を提案してくれた。
彼らのために動きたい、という気持ちが湧き上がった。
それは幼い頃に抱いた指針と、アンジェロに乞われて掲げた目標と重なり、自分の意思としてひとつの思いに繋がった。
「その話の返事をする前に、私の事情を話してもよろしいでしょうか」
ユステルは覚悟を決めた。
空気が変わったのを感じたのか、ジュリオもナザディアも表情を引き締めた。
「お二人も疑っておられる通り、アンジェロは暗殺されたと私も考えています。
そしてそうであるなら、王都の中で彼を暗殺できるほどの実行力を持つものが関わっていると予想しています」
ふたりは頷いて先を促す。
ユステルも頷き返し、ドラウキンに来た真の目的を口にした。
「私は事の真相を突き止め、そこに罪があれば、神の名のもとに告発したいと考えています」
「それは……!」
「貴族籍を持たない私でも、治癒師という立場であれば貴族と接触することができます。
また、貴族と違って強いしがらみはありません。
そして今回、ドラウキン領を狙ったものたちの中で、最もちからを持ち、動きが怪しいのが、イウフィフィ伯爵なのです」
「…………」
「伯爵がどこの貴族と繋がっているかは判りませんが、今は暗殺を企てたものの情報を得ることが第一です。
仮にあの方がドラウキンの衰退を狙っているのであれば、同じことを考えている貴族たちとの繋がりを持っているかも知れません」
ユステルは座ったままで頭を下げた。
「私はイウフィフィ伯爵領へ行きたいと思います。
私の目的のためにも、ご協力頂けませんでしょうか」
ジュリオとナザディアは再び顔を見合わせた。
だが、困惑というよりは、逡巡の色が強い顔だ。
ナザディアが頷くと、ジュリオはゆっくりと口を開いた。
「きっと、危険ですよ。
ドラウキンに所縁があるというだけで敵視するひともいます」
「承知の上です。
しかし、そうすることが、アンジェロの思いを継ぐ事になると考えています」
「父の?」
「はい。
戦乱を起こす元凶を突き止め、これ以上の悲しみが生まれないようにしたいと。
その思いを継ぎたいと思います」
「……思いを、継ぐ……」
ジュリオはしばらく、黙り込んで考えていた。
服の裾をつまんだり、所在なさげに指を動かしたりと、そうしたところはまだまだ子供らしい仕草だ。
しかし意を決してこちらを見る目は、ひとりの貴族のそれだった。
「ぼくはユステルさんの提案を受けます。
そのうえで、ユステルさんの助けになりたいと思います」
「当家が表立って動けば余計な波風が立つことになるでしょう。
援助を出す時にはわたくしたち個人からの支援という形になりますが、ドラウキン所縁の立場を使う時には相談が欲しいです」
「……ありがとうございます」
ユステルは心から頭を下げた。
アンジェロが遺したこの母子のためにも、真実を詳らかにすべきだという決意に燃えていた。
そしてそのためにも、このふたりにお願いするべきことがあった。
「早速ですみませんが、ひとつ、協力して頂きたいことがあるのですが」
「もちろんです。
どうぞ仰って下さい」
「ラオベルトさんを私の護衛にして下さいませんか」
ジュリオとナザディアは、今度は驚きの表情をのせて顔を見合わせた。
ユステルはあえてアンジェロのように、片頬を歪めて笑ってみせた。
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