第23話 立志
(あれで良かったでしょうか)
(ありがとう、十分だ)
自室へ戻りながら、ユステルは先のジュリオとのやりとりを思い返していた。
伝える内容についてはアンジェロが夜通し添削していたし、本来はもっと色々な話を用意していた。
それが今朝になって、周りを頼れとだけ伝えてほしい、と方向転換したのだ。
(他にも伝えることがあれば手伝いますよ。
王都に帰るまでにはまだ時間がありそうですし)
(いいんだ。
ジュリオは目を逸らしていただけで、心が折れそうだったわけじゃない)
(……強いお子さんでしたね)
(俺の子だからな)
ユステルは自分がうまく話せたとは思っていないが、あのやりとりでジュリオが周りの大人たちにも目を向け、母親と領地を治めていく未来に前向きになってくれたら良いと願った。
(しかし、今回は癒しは施さなかったのだな?)
(……そういえばそうですね)
(まあ、ジュリオは疲れていた訳ではなさそうだし、そもそもお前の治癒はなんだかよく分からんからな)
これもユステルの気がかりのひとつだった。
ナザディアの時は癒しが必要だという確信があったが、ジュリオを前にしたとき、彼に向き合おうという気持ちは強く抱いたものの、癒しが必要だとは感じなかった。
ナザディアとジュリオの違いは何なのだろうか。
傷、病、癒し。
ユステルの中で、願いと祈りがぐるぐると渦を巻いたが、何かが足りない気がして、形にはならなかった。
自室に戻ると、今度はラオベルトが訪ねてきた。
今日はひとりでいるらしい。
「こんにちは、ラオベルトさん。
呼んでいただければ私から顔を出しましたのに」
「暇だからいいんだよ。
邪魔するぜ」
ラオベルトは領地の特産だというチーズや、野草のピクルスを差し入れに持ってきた。
なにげに気遣いらしいことをしているのが、最初に受けた粗野な印象とちぐはぐで、おかしかった。
「おいしいです」
「俺の親が治めてる村で作ってんだ。
戦争が終わったらもっと増やして、腹いっぱい喰いてえな」
ラオベルトはユステルとともにそれらを食べ、満足そうに笑った。
ユステルはラオベルトを見る。
戦っていても戦争が終わらないから、話し合いで解決したいと考えたラオベルトは、領主になるためにここへ来た。
後ろに何がいるかはさておき、彼の気持ちは純粋で、ジュリオを気遣い、自分にも気を遣っている。
だから、聞いてみる事にした。
「ラオベルトさん、もしも領主になれなかったらどうしますか?」
「ああ?
お前が俺を領主に推してくれるって話だろ?」
「もしもの話ですよ」
ラオベルトは怪訝そうに顔を歪めた。
「そうだな……つまりジュリオが領主になったら、ってことか?
まあ、本家に殴り込んだんだ、なにかの罰はあるだろうなあ」
のんびりとした口調で話すラオベルトに、気負いは感じられない。
逆にユステルには驚きがあった。
罰がある可能性を理解していて、そのうえで受け入れている、この態度にだ。
(アンジェロ、もしラオベルトさんに罰が下るとしたら、どうなりますか?)
(葬儀の場に騒乱を持ち込んだからな……。
賦役か、兵役か、罰金か。
少なくとも分家二世としての特権は失うだろう)
(そうですか……)
ユステルは苦い気持ちになった。
この男はアンジェロや他の家臣たちからみると利用された愚か者かも知れないが、芯のところは善良だ。
そして、自分が何をしたかも彼なりに理解していて、覚悟している。
ユステルはラオベルトの横柄な態度は少し苦手だが、彼のことは嫌いではなかった。
「では、そのときは私が何とか口を利いてみましょうか」
「おっ、いいのか?」
「貴族本家の後継者を押しのけて分家の方を当主に据えるよりは簡単です」
「言うじゃねえか」
きっと世が平和であれば、こんな事件を起こさずに、よき長として村々を治めたはずだ。
目の前で笑っている男の未来を思った。
「もう一つ、聞きたいのですが……。
ラオベルトさんって強いんですか?」
「んなわけねぇだろ。
アンジェロの野郎のほうが頭も良くて戦は上手い。
世にいう殺戮卿と同じ仕事なんか出来ねえよ」
「ですが、武勇だけならアンジェロにも勝ると伺った事があります」
「ああ……そういう事を言うのは、トリストのおっさんか?」
「いえ、神殿にいる頃、アンジェロから聞きました」
ラオベルトは頭をガリガリと掻いて、口を尖らせて宙を睨む。
あまり触れてほしくなかっただろうか、とユステルは思ったが、ラオベルトはすぐに話し始めた。
「まあ、魔法ありなら、差しで戦えば負けなかった」
「ええ!
やっぱりお強いんですね」
「いいや、俺は弱い。
人を傷つけるのが怖いからな」
「怖い?」
「ケガをして、元に戻らなかったら可哀想だろ。
まだ畑でも耕してるほうがマシだ」
ラオベルトは気まずさをごまかすように、ピクルスをいくつか口に放り込んでがしがしと嚙み始めた。
なにかの蕾か新芽だろうか、コリコリとよい音がして、おいしそうな酸味の強い香りが漂う。
ユステルも同じように一つ取り、よく味わった。
独特の苦みがあったが、さわやかな山菜の風味がして、次を食べたくなる味だった。
「アンジェロはきっと、ラオベルトさんが戦うことを望んだでしょうね」
「おう、でも断った」
「人を傷つけるのが怖いからですか?」
「それもあるが」
ごく、と音を立てて口のなかのものを飲み込んだラオベルトは、ふう、と息をつき、言った。
「帰らない人を待つ奴らが沢山いるんだ。
あいつらの傍にいたかった」
ユステルは微笑んで頷いた。
ラオベルトはこのままでは負ける。
しかし彼の主張すべてが間違っていたとは思えないし、罰が相応しいとも思えない。
心の中は葛藤で満ちていた。
その日の夜、ナザディアは今も邸で返答を待っている貴族たちを歓待する名目で、会食を開いた。
ユステルも呼ばれ、トリストを含む何人かが護衛について会食に臨んだ。
弔い上げの会食と同じく、席を決めない形式で、格式張らない空気はユステルを安心させた。
最初はナザディアが会食の名目を謳い、数々の料理が並べられて、穏やかな始まりだった。
しかし、参加している貴族たちの間には緊張感が漂っている。
(アンジェロ、私はどうしたらいいですか?
貴族たちのまとう空気が尖っていて、身の置き場がありません)
(周りに護衛がいるから安全は守られる。
だが、静かにしていろ。
この空気、どこから火が上がるかわからん)
(やはり、そういう事ですか?)
(ああ、ナザディアが領主の事で何かしら言うと考えているのだろうな)
ユステルはトリストたちと共にホールの端のほうへと移動した。
イウフィフィ伯爵が何人かの貴族と談笑している様子が見える。
彼らの一団は独特の圧力があって、特別に背が高い訳でもないのに、集団のなかで目立っている。
そして、ラオベルトの姿はない。
貴族たちが神経を尖らせているのも、この場にラオベルトがいない事が関係しているかも知れない。
その彼らの視線を集めるようにして、ナザディアが進行の鈴を鳴らした。
参加者たちの視線を集めたナザディアが数歩前に出た。
隣には、人垣で見えなかったジュリオの姿がある。
ふたりは背を伸ばし、堂々と振る舞っている。
葬儀の時の、朽ちかけた古木のように頼りなく佇んでいる痛々しい姿からは見違えていた。
「お集まりの皆様に申し上げます。
新領主を誰にするかについて、我々ドラウキン一族は家臣団と共に協議を重ねて参りました。
結論として、新しい領主は……」
ナザディアが言葉を切ると、ジュリオが前に出てその先を引き継いだ。
「この私、ジュリオ・ドラウキンが就かせていただきます」
「反対だ」
即座に否の声をあげたのは、イウフィフィ伯爵だった。
「私は前の会食の際、責任を取れるものを求めた。
この子供が伯爵領を十全に運営できるとは思えない」
「私一人だけであれば、仰るとおりです」
対するジュリオは受けて立った。
「しかし元々領地運営は領主ひとりで行うものではありません。
家令を始め、家臣団の助力あっての運営です。
イウフィフィ伯爵、あなたも家臣団はお持ちですよね」
「そういう問題ではない。
有事の際に責任を取れるものがいない事が問題だと言っている」
「それこそ、責任の所在を詳らかにすることが領主の仕事です」
「君のような子供に出来るとは思えない」
「はい、ですので家臣団の助けを受けながら対応させていただくつもりです」
「その家臣団とやらはどの程度信頼できるのかね?」
「部下を信頼する懐の広さを見せるのも、上に立つものの素養かと思います」
「ジュリオくん、君は」
「イウフィフィ伯爵」
それまで淡々と受け答えしていたジュリオの声色が鋭くなり、イウフィフィ伯爵の言葉を遮る。
「私は新領主として就任いたしました。
王の認可はまだですが、王国法上では領主代理の承認を得た時点で、私が暫定的にドラウキン伯爵です。
現在は父を亡くしてすぐですので会食の規模は落としていますが、貴族の作法に則った公表を行っています」
「……それで?」
「どういった理由で私を子供扱いしているのですか?
私は貴方と同じ階位ですよ、イウフィフィ伯爵」
イウフィフィ伯爵はしばらく黙っていたが、やがて口元に笑みを浮かべ、軽く礼をとった。
「失礼した、ドラウキン伯爵。
この通りだ」
「いえ、ご心配いただきありがとうございます。
以前に仰られていた取引の更新については、草案を用意しておりますので、明日にでも改めて詰めさせていただければと思います」
「迅速な対応に感謝する」
イウフィフィ伯爵が折れたことで、その場の趨勢は決した。
貴族か家臣か、誰かが拍手をして、それが周りに伝わり、ホールは歓迎の拍手に包まれた。
人数は少ないかも知れないが、貴族たちに認められた伯爵領主が定まったのだ。
ジュリオは胸に手を当て、歓迎してくれている貴族たちに礼を取った。
ユステルは拍手しながら、護衛たちの陰に隠れた。
口元以外は笑っていないイウフィフィ伯爵を見るのがこわかった。
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