第21話 父親の顔、戦争屋の顔
レビューを頂いている事に今日初めて気づきました。
ワークスペースの扱いに慣れてないと、せっかく反応を頂いてもちゃんとお返事できなくて失礼ですね……。
これから気をつけます。
7/30 表現修正
夕食は客間でひとりで摂った。
今日の控室には、従者のほかにトリストが詰めている。
守られているのはわかっているが、正直、あまり食欲は沸かなかった。
まわりから自分の挙動が見張られていると思うと、たとえ危険がないとしても良い気分ではなかった。
たとえそれが自分を身内のように扱ってくれているひとたちだとしてもだ。
「ユステル、今日はすまなかった。
俺はとんだ役立たずだったな」
締め切られた部屋で影から出てきたアンジェロの口調からは、普段の溢れるような覇気を感じられない。
風が止まった時のような、静かな口調だった。
「そんな事はありません。
一緒にいてくれて心強かったですよ」
「そう言ってくれるのは嬉しいんだが、まあ……何というか、今日は打ちのめされたよ」
さもありなん、とユステルは思った。
神殿で話すアンジェロから感じた郷土愛と、亡霊となったアンジェロから聞いた家族への信頼を耳にしていれば、今回の葬儀で目にした家族の振る舞いはアンジェロの求めたところとは違うのだろう。
「俺は、抱え込みすぎていたのかもしれないな」
「えっ?」
「俺はずっと、家族も領土も守らなければならないと思い、必死になって戦っていた。
そして、男は戦うべきだと思っていたし、戦えないなら逃げてほしいとも思っていた」
だが、アンジェロは微笑んでいた。
「実際のところは、俺のように戦ってほしいと願った息子は家族の生を望んで戦いを拒み、逃げて生き延びてほしかった妻は俺のかわりに命がけで戦っている。
バカで卑怯者だと思っていたラオベルトは、あいつなりにこの戦争のことを考えていた」
「それは……」
「俺は俺の理想を押し付けていたのだろうな。
あまり良い家族ではなかったかもしれん」
「…………」
「だが、皆を守りたいというこの思いだけは、誰よりも強いつもりだ」
アンジェロは諦めていない。
宙を睨む瞳には、戦いに赴く時と同じ光が宿っている。
幾度も神殿で見たその表情は、勝利を諦めない戦士のそれだ。
ユステルは背中をぞくぞくとしたものが走るのを感じた。
不快ではなかった。
「……では、ジュリオさんにもそれを伝えるべきですね」
「ジュリオに?」
アンジェロが問い返すと、ユステルは強く頷いた。
「今日話してみて、ジュリオさんは確かに賢い方だと感じました。
全ての事情を理解した上で、それでも母の安全を選びたいのが彼の意思です。
それを覆せるとしたら、きっと家族としての言葉だけだと思います」
「家族としての言葉……?」
「アンジェロ、あなたはジュリオさんの父親なのでしょう?」
ユステルはアンジェロを見た。
怒ったような、困ったような、不思議な顔をしているアンジェロは、口をもごもごさせたあと、そうだな、と短く答えた。
「ただ説得するだけではなく、父親としての言葉を伝えたら、もしかしたら何かが変わるかもしれません」
「……亡霊の俺がか?
どうやって?」
「もちろん、私が伝えましょう」
アンジェロは驚いたように体を跳ね上げる。
「神殿の施術室では、私とアンジェロのふたりで話す事が大半でした。
その時に聞いていたことにしましょう」
「……なるほど、そうか、いいな。
神殿ならよほど腕の良い間諜でも手は出しにくいはずだし、お前が多少不自然な物言いをしたとしても、殺戮卿に聞きました、と言えば大抵のことはごまかせる」
ユステルの提案を受けて、アンジェロは顎をさすりながらその利便性に思いを馳せた。
うんうんと頷く顔には笑みが浮かんでいる。
「そうだな、これからもこの方法は使える。
これは強いぞ、剣にも盾にもなる」
ユステルもアンジェロの言葉を聞きながら、自然と微笑んでいた。
この男のちからになりたいという気持ちは、亡霊となった彼と顔を合わせたあの夜よりも強く、燃え上がっている。
それはきっと、アンジェロのことを知ったからだ。
彼の守りたいものを自分も守りたいと思えたからだ。
それを自覚した上で、ユステルは伝えるべきことを伝えた。
「では、アンジェロはこれからジュリオさんに何を伝えるか、よく考えて下さいね」
「……なに?」
「明日の朝にはジュリオさんともう一度お会いするので、それまでに伝えたいことをまとめておいて下さい。
軍議みたいな説明を用意したらだめですよ、ちゃんと父親としての言葉を用意しておいて下さい」
「俺はいい父親じゃなかったって言っただろう」
「私なら、仮にスラムの仲間が死ぬ前に言っていたと伝えられたら、どんな言葉でも喜ぶと思います。
いいですか、父親としてジュリオさんに対して思っていることを伝えるんですよ?
領主になることの理屈だとか、そうすることで得られる利益だとか、そういうのは話の枕程度にしておいて下さい」
「クソっ、難しい事を言う……」
アンジェロは再び腕を組んで背を丸めてしまった。
これまでで一番深く背を丸めているが、ユステルはこれまでで一番平和なアンジェロの姿に見えた。
夜の間、亡霊であるアンジェロは起き続けられるらしいが、普通に生きているユステルは程々で眠らなければならない。
その前に話すべきことはまだあった。
「アンジェロ、ジュリオさんと話す内容もそうですが、後継者問題についてはどうお伝えするつもりですか?」
「新領主はジュリオだ」
姿勢はそのままに、アンジェロはきっぱりと言った。
「ナザディアと家臣団の意思、領民感情、王国法、全てに照らし合わせた上で、ジュリオが領主になることが最も収まりが良い」
「ジュリオさんは拒否していますし、まだ子どもですが……」
「拒否はともかく、十歳の男児が領主になることそれ自体は何ら問題ない」
ユステルは頷いて先を促す。
いつしかアンジェロは顔を上げていた。
話しながら自分の考えを整理しているのだ。
「実務については、俺が死んでからのナザディアの働きを以て、領主代行として執務できるだけの能力があると証明できる。
仕事を抱え込みすぎて疲労する問題があるなら、家臣団の補強で対応する」
「どうやってですか?」
「ラオベルトを推薦している分家に圧をかける。
恐らくそいつらの中には、イウフィフィ伯爵やその手のものに圧力をかけられた奴もいるはずだ。
本家に相談せず、外部圧力に屈したことを不問にするかわりに、執務可能な人員を都合、もしくは教育してもらう」
アンジェロの言葉は先々のことにまで及んだ。
領地経営に始まり、領民の慰撫、戦線の維持方法、現在王国を悩ませている隣国の奇襲作戦への対応策、などなど。
今日のアンジェロは普段よりずっと静かだった。
ショックを受けているのだと思っていたが、もしかしたらずっと、得た情報を元に先のことを考えていたのかもしれない。
ユステルにそう思わせるくらいには、アンジェロの言葉は微に入り細を穿つ内容だった。
しかしユステルは、気になったことを一つ、指摘しなくてはならなかった。
「……軍議っぽさは抜いて下さい、と言いましたが」
「あ……」
アンジェロは一瞬動きをとめたあと、頭をわしわしと掻き回し始めた。
黒く長い髪が、太い指の間から踊った。
「これを直せだと……?」
「癖はなかなか抜けないものですから」
ユステルは知った顔で頷いた。
アンジェロは暫く唸っていたが、ふう、と大きく息を吐いて天を仰ぎ、そのまま固まってしまう。
父親としての顔と、戦争屋としての顔が繋がってしまっているのが、いかにもアンジェロらしかった。
「……では、それをどう伝えるかですが」
「お前がさっき言った通りにしよう」
話が落ち着いたところでユステルが切り出すと、アンジェロはユステルの方を向き、口の端を片方だけあげて笑った。
いつもの笑みだった。
「お前が伝えてくれ」
「私が考えたことにしろ、ということですか?」
「いいや、神殿で俺から聞いていた事にしてくれ。
息子の事を話せる関係なら、領地のことに言葉が及んでも誰も疑わないだろう」
「……ご家庭の事ならまだしも、領地運営のことを話すのは、私には荷が重いと思うのですが」
ユステルは首を振って否を示した。
アンジェロは打ちのめされたと言っていたが、ユステルも自分の立ち回りの下手さ、未熟さが、この数日で身にしみたのだ。
真の意味で貴族の前に出たのは今日が初めてだったし、考えの及ばない事ばかりだった。
自分は自分なりに落ち込んでいるし、あまり大きな動きをとりたくない思いもあったのだが、アンジェロは意にも介さなかった。
「お前なら出来る」
「……どうしてそう言い切れるのですか?」
「友としてお前を見てきたからだ」
この言葉を受けた時のユステルの衝撃は凄まじかった。
ユステルにとってアンジェロは憧れであり、自分を導くものであり、死してなお自分より上位にある男だったからだ。
友……ユステルにとってその存在は、スラムで得た仲間たちを示すものであり、対等な関係のもののことだ。
アンジェロは続ける。
「ユステル、お前は確かにものを知らないが、頭はいい。
年のわりには落ち着いているし、神官教育を受けたおかげか、物腰も柔らかで敵を作りにくい。
人と話す才能ってやつがあるなら、お前はそれを持っている」
「人と話す、才能」
「それは貴族の魔法や治癒のちからとは違う、得難い資質だ」
アンジェロはユステルの前に跪いた。
椅子に座っていても、自分の視線は膝を折ったアンジェロと同じくらいの高さだ。
「ものを知らないなら、俺が教えてやる。
ふたりとも知らない事なら、一緒に考えよう。
俺がお前のちからになる。
だから、お前も俺にちからを貸してくれ」
アンジェロは、家族や家臣に向けていたような信頼を自分にも向けてくれていた。
彼が身内には盲目的だという欠点を知った今であってもなお、その事実はユステルの心に強く響いた。
それと同時に、自分では期待に応えられないかもしれない、と不安にもなった。
「……なんだか不満そうだな。
肩書だけではなく、本当に友だと思っていたのは俺だけか?」
「え、あの。
そうではなく……」
黙っていたからか、今度はアンジェロが不安げな表情を浮かべてしまう。
ユステルはあわてて否定し、小さな声でこたえた。
「私も、アンジェロの事は友人だと思っています」
それを聞いたアンジェロは頷き、微笑んだ。
知り合ってから初めて見る、本当に嬉しそうな微笑みだった。
「ありがとう」
「……いえ」
ユステルは照れで顔が熱くなるのを感じた。
誰かを、それも自分より随分と上の男を友だと認めるのが、これほど気恥ずかしいとは思わなかった。
肩書としてのアンジェロの友人という言葉の、真の重さを、ユステルは感じていた。
「あとひとつ。
ユステル、お前には気をつけてほしいことがある」
「何でしょう?」
「イウフィフィ伯爵やその取り巻きの前では、振る舞いに気をつけろ」
アンジェロの言葉に、ユステルは首をかしげた。
今日、自分と対面した中では、最も危険だと感じたのはイウフィフィ伯爵だ。
持論と権力を盾に利益を求める伯爵の言葉や、その周りにはべっている貴族たちのまとう粘ついた空気は、思い出すだに身震いがくるような恐ろしさだった。
そんな彼らの前で振る舞いに気をつけろ、というのは言われるまでもないことだ。
だが、アンジェロは違うところを見ていた。
「知らない顔がいる、と葬儀の時に話したのを覚えているか?」
「はい、取り巻きだけでなく、参列者にも使用人にも増えていると」
「葬儀にあたって代理人をよこしたのかとも考えたんだが、客室の埋まり具合を見ると、葬儀が終わってすぐに帰った奴はほとんどいなさそうだ。
そしてユステルと話している時の振る舞い……伯爵への迎合が自然で、圧をかける事に慣れていた。
貴族の徴もあったし、貴族当主、またはそれに近い場所にいるものたちだ」
ユステルは震える思いで伯爵の前に傅いていたが、アンジェロはその間にもしっかりと周囲を観察していたらしい。
全員に、色違いの髪……貴族の徴とされる色房があるかどうかなんて、気にも留めていなかった。
「貴族が直接動く理由は何か?
その身分が活きるのは、自分よりも下の階級のもの、平民や賤民とされる者を相手取る時だ」
「つまり、貴族籍を持たない使用人や領民に何かをしていると?」
「ああ……この領都に、不和の種を蒔いている気がする。
イウフィフィ伯爵が取引を渋っている、という情報を流し、貴族としてその噂を裏付けるだけでも十分だろうな。
領民の動きが鈍るだけでも、経済的な損害が出るし、領主一族の支持基盤を揺るがすことが出来る」
ユステルは領主の邸から一度も出ていないが、アンジェロは見えない場所で行われるであろう工作について、まるで自分で見たかのように予測している。
本当にそんな事があるだろうか、と思う反面、あの伯爵ならやりかねない、ともユステルは思った。
「特に気をつけるべきなのは、緑のショートマントの男だ」
「私を呼びつけに来た方ですか?」
「そうだ。
ユステル、ショートマントを身につける意味はわかるか?」
ユステルは首を振った。
ドラウキンではトリストをはじめ、護衛の騎士たちや、ラオベルトが身につけているのを目にした事がある。
しかし、その意味までは教わった事はない。
「正式に貴族籍を持つものは長いマントを身につける。
しかし、肩に掛けるだけのショートマントは、貴族籍は持たないが、貴族の血を引くものが身につけるんだ」
「……では、あの方は、どこかの貴族に所縁を持つ方なのですね」
「そうだ。
だが、そうだとしたら振る舞いが不自然だ」
アンジェロは表情を一層険しくして言った。
「あの男は伯爵のもとへ呼ぶ時、我が主、と呼んでいた。
しかし部屋に入る時は、伯爵、はいるぞ、と言っていた」
そうだったろうか、とユステルは思い出そうとしたが、その時には貴族に呼ばれたという緊張のほうが勝っていてそれどころではなかった。
改めて聞いてみれば、おかしな話だ。
「主をいただく方の言葉遣いではないですね」
「ああ、それに、上位者としての振る舞いに慣れすぎている。
恐らくは他貴族の、それもかなり大物に所縁を持つ刺客だ」
「……刺客」
「邸に入る時に言っただろう。
敵が来た、早速一手打ってきた、と」
アンジェロは確信を込めて言った。
「恐らくは伯爵もどこかから圧力をかけられている。
今のところ、一番怪しいのはあいつだ。
あいつの前では、特に言動に注意してくれ」
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