第19話 それぞれの思惑(2)
(……恐ろしい方でした)
(ああ、そして要求の内容は深刻だ。
少し腰を落ち着けて話したいな)
貴族たちから解放されたユステルが自分の客室へ戻ってくると、今度は部屋の前にドラウキンの家令と、トリストの姿があった。
「トリストさん?」
「ユステル様、葬儀の件はありがとうございました。
ドラウキンの臣下として改めてお礼申し上げます」
トリストは片膝をついてそう言った。
平服の姿を見るのは初めてだが、上にも横にも大きなトリストは身をかがめていてもやはり大きく、存在感がある。
「こちらこそ、葬儀に参列させて頂きありがとうございました。
急なことでしたが、受け入れて下さって本当に感謝しております」
「主も喜んでおられるでしょうから、お互い様ということで」
そう言うと、トリストはにっこりと微笑んだ。
この男が微笑んだのを見るのも初めてだ。
口の端を大きく持ち上げる、おおらかさを感じる笑みだった。
「こんな所ではなくて、中で話しませんか」
「いえ、私は本日、護衛として同行しております」
しかし、客室の中へと促すと、トリストはその申し出を断った。
よく見てみれば、邸の中だというのに帯剣している。
老齢の家令に視線をうつすと、家令はことさらに慇懃に礼を取って言った。
「ジュリオ様が、ユステル様と話がしたい、と仰られています。
お戻りになられてすぐで恐縮ですが、少々お時間を頂きたく存じます」
影の中でアンジェロが身じろぎするのを感じた。
(会おう、ユステル。
息子から直接理由を聞きたい)
ユステルは頷いた。
家令はそれを了承の頷きと見て、廊下を歩き始める。
その後に続き、後ろをトリストが固める形で一行は進みだした。
家令はほとんど音を立てずにするすると進んでいる。
対して、後ろをついてくるトリストの足音は大きく、それ以上に腰に帯びた剣がたてる金音が気になった。
「トリストさん、護衛というのは?」
「無論、ユステル様の護衛です」
「私の?」
「今のこの邸には多くの貴族がいますので、お守りするようにと、伯爵夫人より言付かっております。
……一歩、出遅れたようでしたが」
ユステルは、ナザディアもまた貴族たちや自分の動向に目を配っていることを理解した。
ひとを使って調べているのか、そういった技能をもつものを用意しているのかはわからないが、自分でもわからないうちに自分のことが誰かに知られているというのは恐ろしい体験だ。
まるで夜の暗闇のなかを灯りも持たずに歩いているような不安をユステルは感じた。
「こちらでございます」
連れられてきたのは、邸の中で一度も来たことのない、奥まった場所だった。
これまでに目にした客間や廊下が、落ち着きを演出された空間だとすれば、今いる場所は物は少ないのにひとの気配が強く、誰かが通ったりするために効率化された印象を受ける。
生活感があるのだ。
きっとここは邸のなかでも、領主一族向けの私的な空間なのだとユステルは思った。
トリストが扉をノックし、開いて中へと促してくる。
それに従って中に入ると、トリストと同じような男たちに囲まれて、葬儀の時にみた黒髪の少年が座っていた。
「ユステルさん、こんにちは。
ぼくはジュリオといいます。
どうぞそちらの椅子へかけて下さい」
(ジュリオ……)
頭の中に、アンジェロの悲しげな声が聞こえてくるが、ユステルはそっと心の中で少年……ジュリオへの警戒を強めた。
ジュリオは表情を崩す事もなく挨拶をこなした。
声に温度がない。
「遅くなって申し訳ございません。
貴き方からのご用命がありますと、卑賤な身の私ではお断りすることが難しく」
「迂闊ですね、あなた」
ユステルの口上すら許さず、ジュリオはばっさりと言葉で切り捨てた。
顔を上げると、ジュリオはやはり冷たい無表情のままでユステルのことを見ている。
まるでイウフィフィ伯爵を相手にしているようだ。
「葬儀に出るだけならともかく、領主一族や貴族の間を神官が動き回ってたら、何事かと警戒するのは当然でしょう?
あなたがとんでもなく素晴らしい腕を持っている、有名な治癒師だ、っていうなら話は別ですけど」
「ご忠告、ありがたくお受けいたします」
(……信じられん。
息子はもっと、普段から誰にでもにこにこと笑う明るい子どもだった。
こんな王都の貴族どもみたいな、冷たい子どもではなかったはずだ)
(アンジェロから見ると、違和感があるということですか)
(少なくとも俺が死ぬ前とは明らかに違う。
心境の……いや、家臣の……圧力が、……。
……わからん、何がそこまで……)
アンジェロの混乱がユステルにまで伝わってくる。
反対にユステルは、アンジェロの言っていた人物評がなかなか当たっているのではないかと感じていた。
言っていることは正しいし、比較的歳が近いとはいえ年上の自分を相手に、主導権を渡さない話し方をしている。
「それより、聞きたいことがあるんです」
「お伺い致します」
「どうして母を癒したんですか?」
聡明だし、大胆だ。
ユステルはイウフィフィ伯爵を相手にしている時と同じくらいに気を引き締めた。
「私は治癒師ですので、必要に応じて治癒を施すことが責務です」
「母は怪我も病気もしていなかったでしょう?
強いて言えば、父が亡くなってから色々とやる事があって疲れていたと思うけど、それだけです。
癒す必要はなかったのに、どうして癒したのですか?」
ジュリオの話し方は平静そのものだが、言葉はひどく尖っていて、ユステルを責める色をしている。
ユステルは返答を迷った。
出来ればアンジェロと打ち合わせをしてからジュリオとの面会に臨みたかったが、その時間はなく、アンジェロもまだ混乱している。
子どもだからと返答をはぐらかしたり、適当な受け答えをすれば、この子どもは二度と自分と話をしないだろう、という確信がユステルにはあった。
だが、ここへ来た目的ははっきりとしている。
ユステルは密かに拳を握りしめ、ジュリオの顔を見て言った。
「ひとを癒すことは我々治癒師にとっては当然のことです。
失礼ながら、癒してはならない理由があったのなら、お伺いしたく存じます」
「…………」
ジュリオは沈黙し、周囲に立つ護衛たちを見た。
護衛たちは皆その視線を受けて、気まずそうに身じろぎしたり、目を伏せたりしている。
「……まあいっか。
ユステルさん、あなたは父と仲が良かったそうですし、この領の問題とは無関係じゃないと思うので、お話しますね」
語られたのは、ジュリオの組み立てた論理だった。
「父が亡くなってから、母は領主代理として働き続けてます。
誰がどんなに止めても、母は寝る間も惜しんで執務を続けてました。
ぼくも手伝いたいと言ったんですけど、母は、あなたにはもうすぐ大変な役目を背負わせることになるから、それまでは父を喪った心を休めておきなさい、って言って聞かないんです」
「……母親の子への思いとしては、当然と思いますが」
「そうですね、父がただ戦死しただとか、病死したとかだったらそうしてたと思います。
でもユステルさん、父は暗殺されたんですよね?」
ユステルは息を呑んだ。
十歳とはいえ、領主一族の当主候補者筆頭であれば、アンジェロ暗殺の顛末は聞いているだろう。
しかし、それを語る声色が、あまりにも冷たい。
ジュリオの言葉は続く。
「強すぎて殺戮卿とまで呼ばれた父があっさり殺されたんですよ。
母もぼくも殺されるわけがない、大丈夫……だなんて、とても思えません」
「……だから、当主に就かずに領地を去ろうと?」
「ラオベルトさんが来た時は、別にそこまで考えてなかったんですけど、どうしようかと悩んでる時に、母の実家から手紙がきたんです。
逃げられる先があるのなら、ぼくは母にそこへ逃げてほしいと思いました」
「それと、私が癒したことに何の関係が?」
「母は本当に疲れていました。
それでも働くことはやめないし、止めるひとたちの声は届かなくて、全部抱え込もうとしてました。
だから、母の限界を待つことにしたんです。
そうすれば、それを理由に母の実家へ戻れるでしょう?
やれるだけの事はやった、十分に頑張った、と胸を張って、この領地に見切りをつけられるでしょう?」
この言葉に、ついにアンジェロは沈黙した。
あれだけ息子への期待や信頼を口にしていたアンジェロにすれば、認められないことだろう。
「あなたの癒しを受けたことで、母は持ち直しましたし、ぼくを新しいドラウキン領当主にすることをもっと強く心に決めてしまいました。
ぼくの計画はあなたのせいで大きく遅れました。
ぼくは怒ってます」
「……あなたは、ナザディアさんを守りたいのですね」
「当然です。
今となってはぼくの唯一の家族ですよ」
ユステルは、むしろジュリオの冷たさの根源を理解した。
この小さな子どもは、母を守りたいという並々ならぬ強い決意を胸に行動したのだ。
そのために、母の望むものとは違う道を選ぼうとしているのだ。
「母はもう十分に悲しんで、苦しみました。
平穏な時間を過ごしてほしいんです。
ぼくの願いは、間違ってますか?」
ジュリオは変わらず、冷たい顔でそう言った。
しかしその言葉には間違いなく、ひとりの少年の祈りが込められていた。
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