第16話 問題の核心
説明回です。
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会食は騒然としたまま解散となった。
ユステルも自分の客室へ戻ると、待っていたかのようにアンジェロが影の中から飛び出してきた。
「ユステル、作戦会議をするぞ。
あの伯爵に好きにさせたら、この領は食い物にされる。
そしてラオベルトみたいな腐れぼんくらに当主は務まらない。
物事は収めるべき場所に収めなければならん」
口に出しながら、アンジェロはいつものように背を丸めて部屋の中を練り歩き始める。
しかし、その足取りはいつにもまして荒々しく、表情も険しい。
彼が亡霊でなければ、控室の使用人が慌てて飛び込んで来かねない、荒々しい歩き方だった。
「伯爵は滞在日数を決めていましたけど、その前に追い出せないのですか?」
「あの場で一番高位なのはイウフィフィ伯爵だ。
いきなりの要求に抗議することはできるだろうが、どのみち押し切られただろうな。
圧をかける手法としてはありきたりだが、それだけに強力だ」
「……ジュリオさんが当主になると宣言すれば解決するのでは?」
「そこだ」
ユステルがこたえると、アンジェロは頷いてユステルに向き合った。
「俺には他に子はないし、親戚筋も王国法の上では継承権を持つが、それぞれにある程度の特権を与えるかわりに継承権は放棄させている。
ラオベルトは分家二世になるが、継承権の扱いは同じようにしていたはずだ。
なのに、実際にはジュリオはこの段になっても当主を名乗らず、ラオベルトは継承権を主張して自分を当主にしろと迫っている」
「なぜジュリオさんは宣言しないのでしょう?」
「そこがわからん。
だが、次期領主には息子を、という妻の言葉が嘘だとは思えん」
「……事情が、あるのでしょうか」
「あいつも幼いとはいえ俺の息子だ。
敵をはねのける勇猛さと、それを考える頭の良さは備えているはずだ。
……わからん、だからこそもっと情報がいる」
そして、アンジェロは肩を落として片手で顔を覆った。
深いため息には彼の苦悩が満ちているように感じた。
「ユステル、すまないが妻と話してみてくれないか。
俺の預かり知らない所で何かが起こっているだとか、誰かの圧力を受けているだとか、とにかく問題が明らかになれば対処法は考えられるんだが……。
今の俺達では情報がなさすぎる」
「わかりました。
できるだけ早く、話せる機会を設けてほしいと伝えてみます」
ユステルは客室から出て、控室にいるパーラーメイドにナザディアへの言伝を頼んだ。
自分では明日以降にでも、という気持ちで伝えたことだが、その予想を裏切り、ナザディアからは今から話が出来ないかと逆にユステルに向けて提案があった。
(もしかしたら、思った以上に切羽詰まっているのかもしれない)
ユステルがナザディアの提案を了承すると、ほどなくして家令が客室へやってきた。
「ユステル様、お時間を頂きありがとうございます」
「いえ、私も話したい事があったので、良い機会でした」
家令の老人は粛々と案内を始める。
陽の落ちた邸の中は昼と違って薄暗かったが、よく整えられているおかげで恐怖心よりも安らぎのほうが強く感じられた。
他の客間に、宿泊していく弔客たちの気配があることも理由のうちかもしれない。
(くそっ、俺が世に言われる亡霊と同じであったなら、そこら中の部屋で誰が何を企んでいるか、壁を抜けて覗き見てやるというのに)
(思ったよりも亡霊というものは制約が強いんですね)
(これが亡霊の制約なのか、俺だけなのかはわからんが……。
不便だ、せめて壁を抜けるくらいの力は欲しかった)
アンジェロが悔しそうに唸る言葉が頭の中に響いてくる。
この旅の中で、ユステルとアンジェロは亡霊となった彼の限界を調べることもしていた。
わかったことは、日のある場所で姿を現すと痛みを感じる事と、屋内、とくに締め切られた室内であればユステルの影から制限なく外に出られるという事、その姿ですらユステル以外には一切見えていない事。
そして、ユステルの目の届く場所までしか進めない事と、市井に語られる亡霊によくある、壁を抜けたり、誰かに取り憑いて力を奪うような行動はとれない、という事だった。
ユステルはあまり深く考えていなかったが、アンジェロは本当に自分が亡霊となったのであれば、もっと自由に怪異としての異能を振るえると思っていたらしい。
それが実際のところは、姿はユステルにしか見えず、遠く離れて諜報活動をとることも出来ない、同居人じみた不自由な状態とあって、アンジェロは自分の非力さに愕然としていた。
出来ることはせいぜい、曲がり角の向こうから誰が来るかを事前にアンジェロが覗き込めるだとか、ユステルに助言を囁く程度のことだ。
非力な羽虫のようなもの。
アンジェロはそう自分を評していたが、ユステルはそれがアンジェロの価値を貶めるとは思わなかった。
本当ならば命を落とした時に何もかもを喪っていたはずなのだ。
それを思えば、亡霊であっても対話が出来て、ともに色々な事柄を共有できる今の状況を悪くは感じなかった。
そうした事を考えているうちに、家令はある部屋の扉を叩き、中へとユステルを促した。
仕立ての良い厚い扉の中は執務室らしかった。
大きな机には大量の書面や木簡が置かれているが、そこには誰も座っていない。
隣にはいくつかの机が並んでいて、そこに数名の家臣らしきひとたちと、ナザディアが座っていた。
ナザディアはユステルの姿をみとめるとすぐに立ち上がり、談話用に整えられた椅子へと促した。
「ようこそいらっしゃいました、ユステル様」
「遅い時間に恐れ入ります。
こちらからお話したい事があったところで、伯爵夫人からありがたいご提案がありましたので、乗らせていただきました」
「あら、どうぞナザディアとお呼び下さいな。
当方にもお話しておきたい件がありましたので、ちょうどよかったですね」
そうして二人で席につくと、茶を用意した家令の促しで家臣たちは執務室から全員出ていった。
どうやら既に人払いを手配してくれていたようだ。
そつのないナザディアの手際に関心していると、二人きりになってすぐ、ナザディアが言った。
「本当は未亡人となった今、男性とふたりきりになる行為ははしたないものとされるのですが、どうしても内々にご相談したいことがありましたので、こうした形をとらせて頂きました。
ご不快に思われましたら謝罪いたします」
「え! いえ、そんな。
お気遣い頂いているようで、恐縮しておりました。
私で出来ることであれば受けさせて頂きます」
「そう言ってもらえるのであれば、安心いたしました。
……相談というのは、ジュリオの……息子のことです」
ユステルは、この相談が持ちかけられるであろうことは予想していた。
そもそも邸へ来た初日、ナザディアからある程度は事情説明を受けており、その時はふたつ返事で了承を伝えていた。
その時には単純にジュリオが当主として立つ予定が既にあり、葬儀と同じく、神官として一言欲しいという程度の話だと思っていたのだ。
しかし、今日の会食の時の様子では、どうやら問題はもっと根深い様子だった。
もともとユステルが王都の神殿で治癒師として務めていたときは、訪れてくる貴族や富豪たちの話を聞く立場だった。
神官としても、立場ある者から話を聞く時、あるいは聞き出す時の所作についての教育を受けている。
ユステルはそれとわかるよう、あえて身振り大きく姿勢を正し、ナザディアの目をしっかりと見てから、そっと表情を緩めた。
「お伺いいたします」
ナザディアの口から順を追って語られたのは、今のドラウキン領の当主を巡る、政治的な暗闘だった。
「元々、主人が当主を退いた時には、ジュリオが当主として立つ予定になっていました。
しかし、主人が王都で命を落としたという報せがここへ届いて二日後に、ラオベルトがやってきたのです」
「ラオベルトさんが?」
「ええ、それもいくつかの分家筋からの、次期当主への推薦を手にして」
そしてラオベルトは、敵と徹底抗戦を続ける頑ななアンジェロの方針を批判し、幼いジュリオには当主としての振る舞いは難しいと指摘した上で、自分が当主となることで戦争を終わらせる、と言い放ったという。
分家筋の推薦状はどれも本物だったそうで、分家二世であるラオベルトは身分に相応しい特権を持たず、その特権を得る代償としての継承権放棄もしていないので、順位は低くとも血族として正当な継承権を持っている、という主張が記されていた。
家臣団、とくに騎士の身分があるものはアンジェロへの忠誠心が高い分、当主批判を堂々と展開したラオベルトを畳んで放り出そうとしたらしいが、分家とはいえ仮にも領主一族の端くれということで、ひとまず客室に置いたようだ。
ナザディアも家臣たちも、葬儀を終えてからラオベルトの処遇を考えるつもりでいた。
それが出来なくなったのは、葬儀が始まってからだ。
「見舞い品の目録と一緒に、手紙がきたのです」
「手紙……どなたからですか?」
「わたくしの実家です」
子爵令嬢だったナザディアは、王城に勤める貴族の出身で、自分以外の家族は今も王都に住んでいるという。
その家族から、ドラウキン伯爵領の政から手を引き、息子を連れて速やかに王都へ戻るようにと指示があった。
「どういう意図の指示なのでしょう?」
「主人は表向き病死とされていますが、王都内で暗殺されたという情報は、貴族の身分であればすぐに手に入ると思われます。
わたくしの家族もきっと、その情報を得て、わたくしたち母子が暗殺されるかもしれない、と考えたのでしょう」
「実際に、その可能性はあるのですか?」
「あります。
わたくしがここで政を取り仕切っている間は、貴族は領地に手出し出来ませんから」
王国法では、当主が死んだ後、次期当主が定まるまでの間は、当主一族から選出した代表者が当主代理として政を執り行える。
ドラウキン領においては、当主アンジェロの両親は既に亡く、他の一族には分家としての特権と引き換えに継承権放棄をさせているので、法の上で当主一族とされるのはナザディアとジュリオのふたりだけだ。
そこに腰を下ろすことで、ナザディアはこの領地を守っていたのだ。
「次期当主を定めるための期限はありますが、それもひと月と長く、まだ猶予はあると思っていたのです」
「……そこに、イウフィフィ伯爵が圧力をかけてきた、ということですね」
ナザディアは頷いた。
同じく王国法においては、領地間の取引についてはそれぞれの当主にかなりの権限を与えているという。
そのため、当主間で結ばれた取引や契約には、当主、または当主以上の権限を持つ貴族以外は介入できない。
伯爵はそれを盾に、次期当主の腰が座っていない間に取引の主導権をとろうとしている、とナザディアは予測していた。
「では、ジュリオさんが当主として立つと宣言すれば、全てまるく収まるのでは?
アンジェロは、領地の内向きの仕事は全て伯爵夫人や家臣が行っていると話していました。
新当主を支援するかたちで、ひとまず領内の統治は何とかなるのではないかと愚考いたしますが」
「……それが、……」
「……? 何か、問題があるのですか?」
ナザディアは言いづらそうに、眉をしかめたり、目を閉じたりしている。
ここで急かすと口も心も閉ざしてしまう、と思い、ユステルは何も言わずにじっとナザディアの言葉を待った。
逡巡していたのは僅かな間で、ナザディアは問題の核心を口にした。
「ジュリオが、当主になりたくないと言い出したのです」
影の中のアンジェロの気配が、ぴたりと沈黙したのをユステルは感じた。
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