第15話 後継者問題
葬儀自体は恙無く終わった。
弔客向けの開柩ののち、玄関で領民向けの開柩を行い、落ち着いてから屋敷内で正式な別離式と入廟を行う、という段取りで、ナザディアとドラウキンの家臣たちは全てを問題なく進行した。
別離式では、弔客は見舞い品の目録を柩の前に捧げた。
貴族位の高い者から順に、アンジェロのいる柩に別れの挨拶を行い、ナザディアを含む親族に挨拶をして席へ戻るという流れだった。
葬儀の場にはラオベルトと、もう一人、初めて見る黒髪の子どもがいた。
子どもは気丈にも胸を張り、顔を上げてアンジェロのほうを見つめている。
しかし、その顔には隠しきれない悲しみが浮かび、悲壮感を漂わせていた。
(あの子がアンジェロの息子ですか?)
(ジュリオという。
幼いとはいえ、本来なら次期後継者として、息子が筆頭に立って挨拶をすべきなのだが……)
(私には、泣かないように必死に耐えているように見えますが)
(貴族、それも当主となるなら、無理をしてでも立たねばならんものだ)
(……厳しいですね)
挨拶を受けた後のやり取りは全てナザディアが行っている。
ラオベルトは、邸へ来た初日に見せたような、横暴な態度はとっていない。
服は着崩しているし、髪を時折がしがしと掻き回しているせいで、態度はだらしないと言う他ないが、葬儀そのものには真剣に臨んでいるように見える。
時折、ジュリオを気遣わしげに見ているのも気になった。
(ラオベルトさんって子ども好きですか?)
(知らん、興味もない)
(アンジェロって、切り捨てた相手には本当に冷たいですね)
(殺戮卿だからな)
(今それは関係ないでしょう)
ユステルとアンジェロがそうしてドラウキン一族を見ている間にも、列は進んでいく。
貴族が終わると騎士が、次に商人が、そして使用人達が、と続く流れで、ユステルは商人たちの後に挨拶を行った。
ユステルが柩の前へ出ると、再びアンジェロの声が頭の中に響いてくる。
(自分の葬儀を見る、というのは不思議な体験だ)
(普通なら絶対に経験しないことですからね)
(ああ、普通ならな)
ユステルは棺の前まで進み出ると、両腕を軽く開き、掌を前に見せながら、右足を少し引いて膝を曲げた。
貴族や騎士、商人たちが行った礼とは違うが、ユステルが知っている礼の取り方は、神官教育で身につけたこの手法だけだ。
上半身を傾け、再び体を起こした時に、柩の中のアンジェロが目に入った。
(ユステル、間違わないでくれ。
そこにあるのは俺の抜け殻だ。
本当の俺は今、お前と共にあるこの俺だ)
(……そうですね。わかってますよ)
(なら何故泣く)
(わかってるんですよ。
わかっては、いるんですけどね……)
柩の中のアンジェロは、王都で顔を見た時よりも白くなっていたが、死んでから十日も経過したとは思えないほど綺麗だった。
スラムでは十日もあれば死体は目も当てられない状態になっていたし、そうなる前に誰かが死体を埋めるなどして片付けていた。
これも貴族の死の扱いのひとつということなのだろう。
しかし、綺麗な姿でいるからこそ、ユステルは再び喪失感に包まれた。
きっとアンジェロの顔を見れば、この喪失感は何度でも蘇るだろうとユステルは思った。
(わかっていても、アンジェロの死は悲しいのです)
(…………)
(見苦しくてすみません)
(いや、いい。俺も無神経だった)
ユステルは手布で涙を拭った。
うう、と漏れ出た子どもの声が耳に入った。
周囲からも鼻を啜る音が聞こえた。
ユステルが下がり、使用人たちが終わった後、再び前に出ると、ナザディアが声をあげた。
「今回、こちらの神官ユステル様は、主人の友人としてご参列下さいました。
しかし、領民の思いを慮って、誄詞を上げて下さる事となりました。
この場を借りて、改めてお礼申し上げたく存じます」
そして、貴族としては殆ど取ることのない敬礼をとると、騎士たち、使用人たちもそれに倣った。
貴族に敬礼を取られるのはアンジェロ以外では初めてなので、ユステルは内心動揺していたが、それでも努めて平静に振る舞い、神官としての執務を果たした。
誄詞では彼の功績を称え、そして癒しの詞でその旅立ちを寿ぐ。
「生を慶び、命を祝し、老いを諾い、死を諒し、あまねく旅路の助けとなるよう」
席に戻る途中、イウフィフィ伯爵と目があった。
彼は眉ひとつ動かさず、じっとユステルを見ていた。
入廟が終わった後、ナザディアは改めて弔客に向き直った。
「皆様、本日はご参列頂きありがとうございました。
粗末ではありますが、弔い上げの会食を用意しております。
よろしければ邸の第二ホールへお越し下さいませ」
ナザディアはそう言って弔客たちを案内した。
案内されたホールには立派な料理が並べられていて、すっかり会食の場に整えられていた。
珍しいのは、椅子が壁際に揃えられていることだ。
「伯爵夫人、これはどういった趣かな?」
貴族らしき男が問うと、ナザディアはにっこりと笑って答えた。
「王都では座って会食されるのが主流ですが、当領ではこうした手法をとっておりますの。
これなら、身分や席次を気にせずに交流できますでしょう?」
貴族の男は意表を突かれたような表情をしたが、伯爵夫人が言うならと、それに倣った。
ユステルと目が合うと、ナザディアは少しだけ笑みを深めた。
それを見て、正式な神官でも、契約した治癒師でもなく、身分を持たないユステルのことを思っての仕様と気付いた。
(どうしてそんな奇妙な顔をしている?)
(アンジェロの友人というだけでここまでして下さっている事に今気づいたからです。
伯爵夫人には頭が下がる思いですね)
(そう、俺の妻はやり手なのだ)
そうして葬儀後の会食は穏やかに始まった。
……が、その空気はすぐに凍りつく事になる。
「おい」
横柄な声が、ホールに響く。
何事かと周囲の視線が集まった先には、ラオベルトがいた。
「それで、次期伯爵は誰にするか、決まったのかよ?」
ぴたり、と話し声がやんだ。
ぴんと空気が張り詰めて、個人を偲ぶ場だったホールがにわかにぎらついた空気になっていく。
ナザディアは大きくため息をついた。
「ラオベルト、仮にも貴族の血族としてここにいるのなら慎みなさい。
その件については、のちほど然るべき場を設けます」
「いや、腹案があるのなら、私としてもお伺いしておきたい」
突然の横槍にナザディアは意表をつかれたようで、軽く目を見開いて、近づいてくる壮年の男を見た。
あとに続く取り巻きには、最初に連れてきた者だけでなく、他の貴族たちの姿もある。
イウフィフィ伯爵は冷たい口調で続ける。
「大口の取引がいくつもあるが、その責任者たる当主がいないのでは、取引は行えない」
「イウフィフィ伯爵、期限はまだ先のはずですよ」
「その期限の中で何かがあった時に責任をとれる者がいないのが問題だと言っている」
「何かあった時の備えはしております」
「それでも何が起こるかわからないのが戦争というものだ。
これから増える取引、減らす取引の調整もあるし、すぐにでも更新したい取引も持ってきている。
私は誰にその話をしたらいいのだ?」
「……当主代行として、伯爵夫人のわたくしが承ります」
「私はね、伯爵夫人。
子爵令嬢だったあなたが、代理とは言え伯爵領の指揮を取る事には納得できない」
伯爵は顎を上げてナザディアを見た。
捕食者の目だった。
「伯爵家当主の名で行われた取引は、伯爵家当主がするべきだ」
「……次期当主には息子のジュリオを、と考えております」
ナザディアが苦しそうに声を出すと、その後ろでジュリオが身じろぎした。
その姿を遮るようにしてラオベルトが前へと出る。
「ばか言うな。
ジュリオはまだ十歳のガキだぞ。
もっと適役がいるだろ」
「ほう、どなたかな?」
「俺だ」
伯爵の問いに、ラオベルトは自分を指さした。
「俺にも継承権はあるし、他のじじいどもと違ってまだ若い。
分家筋だが自分の街を切り盛りした経験もある。
そして俺は、戦争ばっかりやってたアンジェロの野郎とは違う」
ラオベルトはそこで息を吸うと、ホールの弔客たちに向かって声を張った。
「俺は、戦争を終わらせる!」
貴族や商人たちは困惑し、騎士たちは殺気立った様子でラオベルトを見ていて、ナザディアは頭痛に耐えているかのように険しい表情で額を抑えた。
そんな中で、イウフィフィ伯爵だけは表情を崩さず、ナザディアに向けて言う。
「だそうだが、結局、誰が後継となるのかな?
他にも後継者を名乗る者が出るようでは困るな」
「…………。
申し訳ございませんが、この場での即答は控えさせて下さいませ。
後日、改めて……」
「それは困る。
すぐにでも更新したい取引を持ってきている、と言っただろう」
「…………」
「いや、葬儀の日にあれこれ言うべきではなかったか。
こちらも少々気が急きすぎたようだ。
だが、物流が止まると困るのはお互い様だと考えるが、どうかね」
伯爵は尋ねるような物言いだが、声色は返答を許さない冷たいものに満ちている。
取引が止まる、ではなく、物流が止まる、という言い方は実質、辺境にあるドラウキン領への脅迫だ。
ナザディアは体を固くしているが、その強張った顔に向けて、伯爵は言い放った。
「三日ほど滞在させてもらう。
その間に決めてくれ」
そして言うが早いか、伯爵は取り巻きを連れてホールから出ていった。
あとに残された者たちの間には困惑のさざめきが満ちている。
ユステルは何も言わずに現状把握に努めていた。
(アンジェロ、どういうことでしょうか?)
(……少なくともイウフィフィ伯爵が仕掛けてきた事はわかる。
これまでの駆け引きは膠着状態だったから、主導権を握りたいのだろう)
(内向きの事はナザディアさんがしていたのでは?)
(それでも決算をとるのは伯爵当主の俺だった。
クソっ、嫌な攻め方をしてきやがる)
ユステルは悪態をつくアンジェロの言葉を聞きながら、うつむいて何も話そうとしないジュリオの姿を目で追っていた。
まだ幼さの残る小さな体は今にも倒れそうに見えた。
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