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治癒の神官と殺戮卿  作者: Yulz
第一章

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第12話 ドラウキン領へ

入院したから更新頻度は落ちると言ったな……あれは嘘だ

 ユステルはアンジェロの邸に一泊した。

 トリストを含む護衛のものたちは皆寡黙で、あまり口を開かなかったが、アンジェロに敬意を払い、彼の死を悼んでいることはわかった。

 ユステルもあれこれと話すのでなく、ただ同じ気持ちをもつひとりとしてそこで過ごした。


 その日の夜、アンジェロは自分の息子のことを話した。


「まあ、俺に似て聡明かつ大胆な性格で、顔も頭も良い美丈夫だ」

「……まだ十歳とか言ってませんでしたっけ」

「これからなる」


 アンジェロは息子のことをいくらでも話したがったし、ユステルはそんな彼の一面を面白く感じていたが、さすがに何時間も話を聞いていると疲れが勝ってきたので、さっさと寝た。

 これから向かうドラウキン領のことを聞きたかったが、最初に振る話題を間違えたことをユステルは認めた。




 翌朝早く、用意された馬車をみて、ユステルは驚いた。

 アンジェロたちの大きさに合わせているのだろう、馬車は縦にも横にも大きくて、しかも鉄で補強されている。

 窓こそ鉄格子ではないものの、これではまるで檻だ。


(こんなに頑丈に作る必要、あるんですか?)

(俺たちが乗っただけで壊れるような馬車では困るからな。

 それに、これなら急襲を受けても対応できる)


 ユステルが感心したように馬車を見ていると、トリストが近づいてきた。


「この重たい馬車が動くか、ご不安ですか?」

「えっ? あっ、はい。少し心配に思いました」

「我々の乗る馬は、ドラウキン領で育てた特別なものです。

 馬車を引く馬も特別なので、速さは普通の馬車と同じか、それ以上には出ますよ」


 急ぐと揺れは酷くなりますがね、とトリストはつけ足して、他の者たちに合図を送る。

 すぐに、四つの柩が屋敷から運び出され、列の中央にある馬車に運び込まれた。

 一緒に入れ込んでいる箱は、馬車の中を冷やす道具らしい。

 アンジェロと護衛たちの遺体が運び込まれたのを見届けてから、ユステルはトリストの案内で賓客用の馬車に乗り込んだ。


 中は驚くほど綺麗に整えられており、布張りの内側に綿でも仕込んであるのか、壁すらも柔らかそうな印象を受けた。

 そして座面にはクッションが敷いてある。

 これで賓客用というのだから、当主が使う馬車の豪勢さはいかばかりか。

 ユステルは恐る恐る腰掛けると、窓を空けて外を見た。


 ほんの僅かな時間のあとで、馬車の列がゆっくりと動き出す。

 邸を出る頃、アンジェロは影から出てきて、ユステルの隣に座った。


「本当に馬車に一人でよかったのか?

 トリストの顔をみただろう、本当にいいのかって顔をしていたぞ」

「賓客の扱い自体が私には不相応ですし、一人になりたかったのも本当です。

 むしろこんな子供の言うことをちゃんと聞いて下さった事に驚いていますよ」

「トリストは真面目だからなあ」


 よく解らない納得の仕方をしているアンジェロを横目に、ユステルは窓の外を見る。

 一人になりたかった理由はいくつかある。

 そのうちの一つが、この亡霊になった男とゆっくり話したいがため、という事は、本人には伝えるつもりはなかった。


 王都の中では、馬車はゆっくりと進んでいる。

 そのため、窓から見える人々の顔まで観察する余裕があった。

 ……彼らの、恐れおののく表情すら、はっきりと見える。


「皆怖がっていますね」

「こんなに目立つ馬車に乗ってるのは俺ぐらいだからな。

 構わないさ、強い男は怖がられるくらいが丁度いい」


 ユステルはアンジェロの言葉を聞きながら、彼はどんな気持ちで彼らを守っていたのだろうか、と思った。




 ほどなくして、分厚い城壁を抜け、王都の外側……スラムに入った。

 ユステルが一人で馬車に乗りたいと訴えた別の理由の一つがこれだった。


 大きな道の近くは、整った外観の店が並び、人通りも多くて清潔で、活気を感じさせる。

 しかし、裏路地に一歩踏み込めば、そこは生と死のやり取りが常の、暗く汚い世界だ。

 遠くに広がる荒れ屋の群れと、こちらを伺っている黒い影の存在が、ユステルの心をあの頃に戻した。


「ここは何もかわりませんね」


 ユステルがこぼすと、アンジェロは意外そうに顔を上げ、首を振ってそれを否定した。


「いいや? ずいぶん良くなったと聞いているぞ」

「えっ?」


 ユステルが振り返ると、アンジェロも指を折りながら思い出すようにして話し始める。


「確かにスラムは広がったし、それに合わせて住人も増えた。

 だが、何年か前から孤児院が立つようになったし、炊き出しも増えたと聞いている。

 道を増やすだの、河を整備だのという話も耳にした。

 ここに住む者でもできる仕事はこれから増えていくだろう。

 それから」


 そう言って、アンジェロは窓の外を見た。

 何かを探すような素振りだったが、納得したのか、背中を預けてうんうんと頷く。


「……それから?」

「うむ、それから何より、死体を見なくなったな。

 前はどこでも抗争ばかりで、子供を含めて表街道にまで死体がゴロゴロ転がっていた。

 今は少なくとも、人通りの多い所で死体を見ることは無くなった」


 ユステルは両手で服を握りしめた。

 金を渡すとき、本当にこれが仲間たちの元に届いているのか、神官長が着服していないだろうかと、ずっと不安な気持ちがあったからだ。

 ちゃんと対応している、と言われても、自分の目で確認したわけではなかったので、信じきれていなかった。


「この広さのスラムに平和をもたらしたんだ。

 相当な熱意と資金がないと無理だったろうな」

「……そうですね」


 神官長は、神殿の人々は、ちゃんと応えてくれていた。

 仲間たちが笑顔で過ごせていればいいと何度祈ったか。

 自分だけの功績ではないが、この場所が前より良くなっているのなら良かったと心から安堵した。


 ユステルはスラムを抜けるまで窓から目を離さなかった。

 アンジェロはもう何も言わなかった。




 ドラウキン領までは、馬車で七日の旅だった。

 普段は五日程度で着くらしいが、今回は遺体の護送が目的なので、道中で世話になった貴族に顔つなぎをしているとのことだ。

 ユステルも敢えて顔を出した。

 アンジェロが死んだ今、彼と神殿との繋がりを証明できるのは自分しかいないと思っての事だった。


 反応は様々だった。

 関わり合いになりたくないと、そっけなく振る舞うもの。

 蛇蝎のごとく嫌い、追い出そうとするもの。

 そして、ここで馬車を降りて自分の領地で治癒師として働くよう言うもの。


 とくに治癒師としてのユステルを求める貴族は、神殿で会ったことのない気質のものが多かった。

 お前の家族を殺すぞ、と脅すものや、女を好きなだけ用意してやろう、と懐柔してくるものなど、手段を選ばずユステルを手元に置こうとした。

 さすがに実力行使は無かったが、それもアンジェロの護衛たちがいなかったらどうなったか分からない。

 ユステルは改めて自分が守られていたことを実感し、治癒師の現実に目眩がする思いになった。


 道中のアンジェロとの会話はユステルの救いになった。

 子供のことになると箍が外れるようだが、それ以外は領主としての視点でしっかりとユステルに教えてくれた。


「そんなに強い馬が育てられるなら、馬の名産地にもなれそうですけど」

「わかっていないな、ユステル」


 ユステルの疑問にアンジェロは首を振る。


「俺たち用に育てた馬だぞ。体もデカけりゃ気性も荒い。

 王都の兵士や貴族たちに乗りこなせるとは思えんな」

「なら、馬車馬として売るとか」

「うーん、それも違うんだよ」


 アンジェロは領地の事を話す時、それとわかるほどに憧憬をうかべて話す。

 こうあってほしい、こうしたい、という気持ちがあるのだろう。


「戦時中の馬ってのは軍事物資だ。

 育成も管理も大変で、その割に用途は少ない。

 肉も食えるが、多くのひとびとに行き渡るだけの産出量もない。

 それなら、牛や豚みたいな家畜を育てるほうが割がいい」

「お金の問題なんですか?」

「大事なんだぞ、運営費用の話は。

 それに、同じ金を使うのでも、そういう平和な使い方のほうがいいだろう」


 また、ある時には護衛たちが戦う所を目にした。

 街と街の間にある森の中を通りがかった時、毛皮を被った虫のような生き物が、群れをなして襲いかかってきた。

 しかし、護衛たちはすぐに馬車を守るものと前に出て戦うものに分かれ、あっという間に野獣たちを追い払ってしまった。


「こんな人里の近くで呑岩蟲が群れているとは。

 次の街で警告しておいたほうがいいな」


 トリストも戦ったが、彼はただの一撃もその身に受けていなかった。

 普段の物言いから裏方向きの男だと勝手に思っていただけに、ユステルの驚きは大きかった。


「……強かったんですね、トリストさん」

「なんの。我々は誰でもこのくらいは出来ます」


 トリストは特に誇るでもなく持ち場に戻り、ほどなくして馬車は再び進み始めた。


「うむ、トリストめ、また腕を上げたな」

「ずっと一緒に戦ってるんじゃないんですか?」

「あいつにはあいつにしか出来ない仕事がある。

 難しい事は任せて、その間に俺が敵を潰しまわるほうが建設的だ」

「……トリストさん、可哀想ですね」

「どういう意味だよ、それは」


 ユステルは領地のことを語る彼との話が好きだった。

 彼が故郷を思う心は、亡霊になっても変わっていない。

 アンジェロの死は自分にとっても大きな喪失だったが、彼が死んだ後でもこうして話ができる幸運に感謝した。




 六日目、ひときわ人の多い街を抜けると、急に人通りがなくなった。

 あれほど馬車の往来があった街道と繋がっているとは思えないほど閑散としている。

 そして時折すれ違う馬車は、どれも大きい。


「ようこそ、ドラウキン領へ」


 アンジェロの言葉に、ユステルの緊張が高まった。


 その日は人の少ない宿場町に泊まった。

 客がほとんどいないにも関わらず、宿の主は彼らが伯爵の護衛とわかると諸手を挙げて歓迎し、アンジェロの死をひどく悲しんでいた。

 既に領主が没したというお触れが出ているらしい。

 涙を流す店主の男をみたアンジェロは、いたたまれなさそうな様子だった。


 七日目に領主邸に到着した。

 ドラウキン領都は王都にも負けないくらい立派で、スラムのかわりに牧草地が広がっている。

 そして、その一角には生々しい戦闘の爪痕が見て取れた。


「あれは?」

「随分前に、そこそこの人数で領都に奇襲をかけられた事があってな。

 何とか撃退したが、他の奇襲部隊への対応なんかに手を取られていて、まだ整地の指示すら出せていないんだ」


 そこにある建物は何かに吹き飛ばされたように半壊しており、地面も人間がやったとは思えない抉れ方をしている。

 ユステルはアンジェロの言葉を思い返していた。


 ――隣国の兵士の戦い方は、俺たちとは違う。




 領都にはいると、領民たちの反応はこれまでと正反対だった。

 道に出てくる誰もが彼らの帰還を祝し、そして偉大な領主の死に涙していた。

 ユステルはアンジェロの領内での人気に驚いた。


「物凄く慕われていたのですね」

「戦って、勝てる間は、良い領主。

 負けた領主は、その限りでない」

「そんな寂しいこと言わないで下さいよ」

「……そうだな。

 負ければ終わり、くらいに思っていたんだが……」


 アンジェロは領民の様子をしばらく眺めてから、ぼそりと言った。


「思い違いだったかもしれん」

「素直に喜べばいいんですよ」

「うるさい」


 ユステルが不器用な亡霊をいじめているうちに、馬車は領主邸へと入っていく。

 広間から屋敷までの道には、使用人や守衛と思しき者たちが並んでいた。

 半ば予想はしていたが、この領地にいるもののうち、黒髪のものは皆とても大きな体をしている。

 馬車から降りたユステルは身をもってその威風を感じることとなった。


「トリスト様」


 声をかけてきたのは老齢の男だが、背の高さも髪色もユステルと変わらない。

 優しげな顔つきに、隙のない服の着方をしているのが印象的な男だ。

 その男が、トリストの元へ近づき、なにかを耳打ちした。


「……こんな時に何を考えているんだ!」


 途端に、トリストの怒りが爆発した。

 トリストはその老人や周囲の使用人に二、三指示を出し、ユステルの下へ戻ってきた。


「すみません、予期せぬ来客があったようでして、予定していた客室が使えなくなってしまいました。

 少し格は落ちるのですが、通常の客室でもよろしいでしょうか?」

「いえ、お構いなく」


 トリストは恐縮しきりという様子だったが、ユステルと、影のなかに潜むアンジェロは強く緊張していた。


(やはり、来ていたか)

(アンジェロ、何がですか?)

(敵だ。

 早速、一手打ってきたぞ)


 空はどこまでも透き通った青さで、まぶしいくらいの晴天だ。

 そのせいか、明け放たれた屋敷の扉の中は暗くて何も見えなかった。


お読み頂きありがとうございます。

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