第11話 柩
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神殿が手配した案内でアンジェロの邸を訪ねると、トリストが出迎えてくれた。
「ようこそおいで下さいました、ユステル様。
ご要件をお伺いいたします」
「……アンジェロに会えますか?」
ユステルの言葉に、トリストは頷いて邸の奥へと促し、先に立って歩き始める。
邸は大きく広かったが、アンジェロがいつも出していた豪快な支払いからは想像もつかないほど、家具や装飾が少なかった。
使用人も少ないようだが、かわりに体の大きな兵士たちが邸に詰めていた。
「みんな、アンジェロ様が懇意になさっていた治癒師の方がおいでになった。
粗相のないようにしてくれ」
トリストが言うと、全員が居住まいを正してユステルを出迎えた。
どうやらアンジェロが王都に来る際に連れてきた護衛らしい。
その彼らに守られるようにして、閉じられた扉があった。
「こちらの中におられます」
トリストが扉をあけてくれたので、ユステルはそのまま中に入る。
部屋の中は肌をさすような冷気に満たされており、家具は片付けられていて、木製の柩が四つ置いてあった。
蓋は閉じられているが、部屋の中央におかれた柩は覗き窓が開いており、そこから……。
「アンジェロ……」
そこから、真っ白な顔色のアンジェロが横たわっているのが見えた。
「…………。少しだけ、彼とふたりにしてくれませんか」
ユステルが言うと、トリストは自分が羽織っていたショートマントを外し、ユステルの肩にかけてくれた。
「冷気の魔法で部屋ごと凍結されていますので、お体が冷えてきたと思ったらご退室下さい。
……では、失礼いたします」
トリストが出ていくと、ユステルは小さくため息をつき、自分の影に話しかけた。
「アンジェロ、どうでしたか?」
「駄目だな。
大声で何度も話しかけてみたつもりだが、聞こえている素振りはなかっただろう」
「やっぱり、私にしか聞こえないのですね」
「ああ、こう、何か繋がったような、ピンとしたものが感じられなかった」
影の中から返答したのはアンジェロだ。
邸に来てから、アンジェロはトリストにずっと話しかけていたようだが、もしも自分の主の声が聞こえていたならば、態度や様子に変化があったはずである。
しかし、トリストの態度は一貫して変わらなかった。
「私にも聞こえなかった、というのが不思議ではあります」
「お前に向かって話した事だけが聞こえるというなら、それはそれでよかった。
独り言や鼻歌まで聞かれてしまったら恥ずかしいからな」
「そんな癖があったんですか」
「……いや、ない」
話しながら、ユステルの影のなかからアンジェロがゆっくりと姿を表した。
足の先まで出てきたアンジェロは、体をぐっと伸ばして首をぐるぐると回し始める。
「あーあ、窮屈だった」
「死人でも窮屈とか感じるんですか?
というか、家の中なら外に出られるんですね」
「陽の光のある場所では体が焼けるような感覚があるんだが、こうして締め切られた部屋なら大丈夫そうだ。
これも死人の法則ということかな」
そして、アンジェロは棺の中を覗き込んだ。
ユステルも隣に立ち、同じようにして覗き込む。
柩の中のアンジェロは、大立ち回りの末に毒を受けたとは信じられないほど、綺麗な顔で静かに目を閉じている。
ここへ収められる前に誰かが清め整えたのだろう。
「……うん、何も感じない。
間違いなく、俺は死んでいる」
「そうですか……」
ユステルは少しだけ、このアンジェロを体のある場所へ連れてきたら、もとに戻って生き返るのではないかと期待していた。
だが、当の本人から確実な死を言い渡され、その淡い期待は霧散した。
かわりに、アンジェロを喪ったという実感が、じわじわと湧いてくる。
「アンジェロ……」
ユステルはこの二日間で一生分の涙を流したと思っていたが、それでもまだユステルの目からは輝くものが落ちた。
アンジェロはそれに触れず、ただ静かに横にあった。
そしてすすり泣く声が落ち着いてきた頃、アンジェロは口を開いた。
「他の三人は、俺が奇襲を受けた時、身を呈してかばってくれた者たちだ。
彼らのおかげで反撃する機会が出来た。
トリストは彼らも連れて帰れるように手配してくれたようだな」
アンジェロが祈るような仕草をしたのが目に入り、ユステルも奥の柩に目を向ける。
窓は閉められているが、そこにいるだろうひとたちの事を思い、アンジェロと一緒にそっと祈った。
「さて、ユステル、この後の事を話そう」
アンジェロは自分の柩に腰掛け、足を組んでユステルに向き合う。
「……そういうの、不謹慎だと思いますよ」
「自分で自分の死体に腰掛けて何が悪い。
もう動かない俺の体なんぞより、今喋っている俺の言葉のほうが大切だろう」
「わかりましたから、普通にして下さい。
そこに座られると逆に気が散ります」
「わかったわかった、繊細なことで」
ユステルが抗議すると、アンジェロは不承不承といったていでゆっくりと自分の柩から体をどけた。
この現実主義な男の前では悲しみに浸ることも出来ないのか、と苦笑しながら、ユステルはあえて体ごと亡霊のほうへと向き直る。
「それで、これからどうすれば良いですか?」
「そうだな……」
アンジェロは腕を組んで考え始める。
「この死体をどうこうしようとする奴はいないだろう。
そういう意味では、今この邸は安全だ。
俺が死んだことで、これから動きがあるとしたら、王城、隣国、そして俺の領地とその周りだな」
「ここに来たのですから、向かうのはドラウキン領ということですよね」
「そうなるな。他のことは、今の俺達では今すぐどうこうは出来ない」
「では、私は何をすべきですか?」
ユステルが意気込んで言うと、アンジェロは掌をユステルに向け、落ち着くようにと身振りで宥めた。
「まあ、まずは俺の領地までの旅を楽しんでくれ」
「……遺体の護送をしているのに、楽しめるわけないでしょう」
「おっと、そうだな。
まあでも、お前、王都から出るのは初めてだろう?
きっと馬車でいく事になるし、景色を楽しむくらいの事は許されるだろう」
そして、憂鬱そうにこぼす。
「俺は嫌われてるからな。
死体とはいえ、さっさと王都から出ていったほうがいいだろう」
「そんな」
ユステルは何か言い返そうと口をもごつかせたが、それと同時にノックの音が部屋の中に響く。
「ユステル様。よろしいでしょうか」
「はい、どうぞお入り下さい」
ユステルが促すと、トリストが部屋の中に入ってきた。
一瞬、アンジェロの柩に視線を送っていたが、その横に立っている亡霊の姿は目に入っていないようだ。
「あまり長くここにいるとお体にさわります。
今後の事もご相談したく思いますので、どうぞこちらへ」
トリストが邸の執事らしき者と一緒に歩き出す。
ユステルは部屋から出たあと、一度だけアンジェロの遺体の入った柩を振り返って、それきり振り返らなかった。
「私たちは明日の朝に王都を出る事にいたしました」
客室で、トリストは今後の自分たちのことについて話し始めた。
領地には早馬で訃報をしらせており、戻ればすぐにも葬儀が出来るように手配していること。
もともと今回の外出はすぐに戻る予定だったので、王都の邸には備蓄が少なく、あまり長居できないこと。
周辺の貴族からの視線が厳しいこと、そして仲間たちもアンジェロの死地となってしまった王都に滞在するのが辛いこと。
そうした事情から、早めに戻る事にしたという。
「私も連れていって下さい」
言うならここだろう、とユステルが切り出すと、トリストはぴたりと動きをとめた。
どうやら本当に驚いた時、この男はこうなるらしい。
「同行される、とおっしゃられましたか?」
「神殿の許可はおりています。
費用も自分からの持ち出しがありますので、長期滞在でも問題ないと思います」
「おいで下さるなら、賓客としてこちらで費用は持ちますが……。
いえ、そうではなく……」
「神官として、治癒師としてではなく、せめて友人として葬儀の席に並びたいのです」
トリストは言葉を選んでいるようだったが、ユステルのその言葉には胸をうたれたようだった。
「……かしこまりました。
主のご友人としてのお言葉であれば、お申し出に否やはございません。
どうか、我が主の葬儀へのご参列をお願い申し上げます」
そして、トリストはそっと目元に笑みを浮かべて言った。
「言伝のとおり、坊ちゃまにも……伯爵令息にもお会い頂ければと思います」
ユステルは力強く頷いた。
アンジェロが影の中で身悶えているような気配があったが、無視した。
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