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治癒の神官と殺戮卿  作者: Yulz
第一章

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第10話 外へ

 翌日、ユステルは間を置かずに神官長のもとへ向かった。


「……ずいぶん顔色がいいな。

 昨日の様子では、当分働けないと思っていたが」

「ご心配をおかけしました。

 一日お休みをいただきましたので、胸のつかえがとれたように思います」


 ユステルは努めて普段通りの態度でそう言ったが、神官長は痛々しいものを見るように眉を寄せた。

 内心、冷や汗をかく思いのユステルの頭の中に、アンジェロの声がひびく。


(そうか、俺から見ても随分と落ち込んでいるなとは思っていたが。

 なんだか面映いな)

(アンジェロ、ちょっと黙ってて下さい。

 上手にごまかせるか、自信がないのですから)


 必死に表情を取り繕うユステルを、神官長は憐れみを込めて見ている。

 ふたりの間には決定的な齟齬があった。




「仇討ち、ですか……」


 前日の夜、ユステルはアンジェロの願いを聞いたが、それはすぐに受け入れられるようなものではなかった。


「下手人は全員、その、責任を取らせたと……」

「俺が言っているのはそいつらではない。

 この筋書きを書いた奴のことだ」


 アンジェロは腕を組み、目を閉じて天を仰いだ。

 考え込む時にやる癖だ。


「俺には確かに敵が多い。

 だが、同じ国の貴族同士で命のやり取りをするほど、険悪ではなかった。

 戦争中に内戦を起こすような愚を犯す奴はいなかったんだ」

「思い込み、ということは?」

「これでも俺も貴族だから、ちゃんと見極めていたつもりだったさ。

 少なくとも戦争が終わるまでは、事態は動かないと思っていた」


 アンジェロの説明に、ユステルは頷いて先を促す。


「でも、実際にアンジェロは」

「そうだ、こんな事になってしまった。

 だが、おかげで判った事がいくつかある。

 ユステル、わかるか?」

「えっ? いや、急に言われても……」


 突然聞かれて、思わずしどろもどろになる。

 それでなくてもいっぱいいっぱいなのだが、アンジェロは構わずに話を続ける。


「最も厳重に守られているはずの王都に、隣国の奴らが現れ、暗殺を行った。

 つまり、そいつらが入れるように手引きした者が必ずいる。

 ……そして」


 アンジェロは目を開いた。


「国の守りとして置かれていた俺を殺してもいいと考えるくらい、事態は進んでいる」

「……事態が」

「そう、悪い事態が、だ。

 この国はもうすぐ酷く荒れるだろう」


 ユステルは驚いた。

 アンジェロが暗殺されたのは確かに国にとっての大きな損失だと思うが、それが直接、戦争での敗北に傾く事態につながるとは思えなかった。

 しかし、アンジェロは確信を持っているようだ。


「なぜ言い切れるのですか?」

「ただの隣国じゃない、戦争している相手の兵士を、五体満足で招き入れたんだ。

 間違いなく強い権力と実行力を持つ高位貴族だ。

 それだけ影響力のある奴が、事が表に出れば一族まるごと首をとられるような真似をした。

 何がそいつに内応させた?」


 今度こそ、ユステルは考える。

 これでも一通りの教育は受けてきた。

 過去の戦争や小競り合いが、生存をかけたものや、欲望をみたすものであることは、知識として理解している。

 であれば、暗殺に繋がるような考え方は限られてくる。


「外部への同調、名誉や利権の獲得、生存の保障……。

 ……。……新しい、支配?」


 血の気が引いた。

 アンジェロは頷いた。


「俺もそう思う」


 そして、床に両膝をついた。

 実際には床についた音はしなかったが、そうとわかるように体を曲げ、指を曲げた両手をあわせて、額に掲げ、体を前に傾けた。

 罪人の作法だった。


「本当はこんな事を頼むべきではないと分かっている。

 お前のような年若い者に背負わせる話ではない。

 神官に死人が託すような話でもない。

 だが、放っておけば、俺だけじゃなく、多くのひとが死ぬ。

 俺の妻子も、俺の領民も、この国にいる沢山の民も」


 大きな体を小さく縮めて、アンジェロは言った。

 懇願だった。


「俺は体を失ったが、お前に声を届ける奇跡を得ることができた。

 頼む、ユステル。

 俺の仇を討ってくれ」


 ユステルは戸惑いを感じていたが、アンジェロの言葉はすっと心の奥へ入ってきた。


 この男はいつでも誰かのために動いていた。

 戦場ですら、自分が一番強いからと、自分を守る護衛を守るために前へ出て、ひどい傷を負うような男だった。

 アンジェロは死んでも変わっていない。

 そのことが、ユステルをひどく安心させた。


「私は戦う力を持ちません。

 むしろ世間では狙われる側の、非力な治癒師です。

 どなたか、強い方を頼るべきではないのですか?

 昼にお会いしたトリストさんのような、強い方にお伝えしたほうが良いですか?」

「トリストに会ったのか。

 協力を仰ぐのはいいだろうが、あいつを主として動くのはやめておけ。

 俺の近くにいた戦力は、敵に見張られていると思ったほうがいい」

「……敵、ですか」

「ああ。同じ国民だとしても、敵だ」


 ユステルの声に応えるアンジェロの声は、あくまでも静かだ。

 きっと、先ほどに見せた亡霊の狂態も、今のこの真摯な願いも、アンジェロの本心なのだ。


「俺のせいで貴族からは避けられているようだが、お前はまだ俺と契約していない、ただの治癒師だ。

 裏にいる何者かを追うのなら、その立場はきっとお前の佑けになる」

「……でも、荒事に巻き込まれたら、私は無力ですよ」

「その時は」


 アンジェロは顔をあげた。


「俺は命をかけてお前を守る」


 真剣な表情には、あの眼が輝いていた。

 ユステルはそれを正面から受け止めた。

 迷っているように話していたが、実際のところ、ユステルの心はとっくに決まっていたのだ。


 しかし、それでもこれは、言わずにはいられなかった。


「……死人なのに?」

「おい、死人でも出来る事はあるかもしれんだろう。

 まだ死人初心者なんだ、長い目で付き合ってくれ」


 いつもの皮肉げな笑みでアンジェロは言った。

 ユステルは今日、初めて笑った。




 神官長は少し考え込んだが、そろそろ検分は終わっているだろうと、いくつかの書面を出し、やるべきことをユステルに指示した。


「良いんですか?」

「昨日言ったろう、もう反対はせんと。

 それにユステル、お前にとっては王都を離れたほうが安全かもしれん」

「……どういうことですか?」


 神官長は書類をとんとんと整え、ユステルの近くにきてそれを差し出した。


「殺戮卿……ドラウキン伯爵は死んだ。

 あの男が手にしていたものは、全て宙に浮いた。

 これから、この国に巣食う貴族たちが、牙を剥いてそれを喰らいつくしにかかるだろう」


 差し出された書類が胸に届く。

 神官長の手は震えていた。


「お前もだ」


 ユステルは書類を受け取り、頷いた。


「ご忠告ありがとうございます。

 よく気をつけて行動したいと思います」

「そうしてくれ」


 そして、神官長はユステルの肩に手を置き、言った。


「生を慶び、命を祝し、老いを諾い、死を諒し、あまねく旅路の助けとなるよう」

「…………」

「お前の旅路の無事を祈ろう、ユステル」


 ユステルは膝をつき、聖職者の正式な跪拝で礼を取った。

 神官長に心を込めて跪拝するのは初めてだった。




(あの男、お前にはあんな態度を取るのだな。

 いつも治癒棟の入口で追い返そうとしてくる姿しか知らなかったので、不思議な気分だ)

(ああして柔らかく接してくれるようになったのはつい最近です)

(ほう……何があった?)

(後でゆっくり話しますよ)


 ユステルは書類を持って神官長の元を離れた。

 トリストは今日一日までを移動準備に充て、帰還は許可が降り次第だと言っていたが、それだって日程がどう転ぶかわからない。

 急がなければならなかった。

 急ぎ足で神殿の中を歩くユステルの影の中から、アンジェロの声がする。


(ユステル……俺はお前の決意に感謝する)

(言っておきますが、命を奪いに行くわけではないですからね)


 ユステルは足を止めない。

 この話は、夜の間に何度もアンジェロと話したことだ。


(本当にアンジェロは死ななければならなかったのか。

 どういう思惑があって、何が起こったのか、私は知りたい。

 事を全て詳らかにし、そこに罪があれば、神の名のもとに告発します)

(それでいい)


 アンジェロが影の中で頷いているような気配がした。


(大切な事を間違わなければ、それでいい)


 ユステルも頷いた。


 ほどなくして、問題なく外出の許可は降りた。

 日帰りではないということで手続きはやや煩雑だったが、誰もユステルに理由を尋ねたりはしなかった。

 ユステルは神官長の影を感じていた。


(必ず、生きてここに帰ってくる)


 決意を胸に足を踏み出す。

 神殿から出るのは、実に十年ぶりのことだった。

お読み頂きありがとうございます。

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