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治癒の神官と殺戮卿  作者: Yulz
第一章

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13/13

第13話 伯爵夫人と従兄弟

 領主邸は王都にある邸と同じくらいの大きさだったが、邸のもつ雰囲気は全く異なっていた。

 壁や階段など、至る所に領の持つ旗、領旗が掲げられており、黒地の旗には三日月と牛、鉈が描かれている。

 季節のものなのだろう、色とりどりの花が各所に飾られている。

 王都の邸と違い、人の気配、生活感があるのだ。

 そして、玄関ホールには同じ服を着た使用人たちと、一人の女性が立っていた。

 ユステルは女性の髪に一房の色違いを見つけ、体をこわばらせた。


(どうした、ユステル?)

(貴族の女性がいます。

 髪色が明るくて、青紫色の房飾りをつけています)

(ああ、それなら心配いらない。為人は保障する)

(ええ?)


 動かないユステルの横からトリストが前に出て、さっと膝をつく。

 迷いなく礼を尽くすその態度から、ユステルは女性の正体に気がついた。


(妻のナザディアだ)


 答え合わせはすぐだった。


「伯爵夫人、ただいま戻りました。

 この度は……いえ。

 我らは、我らの不甲斐なさのために、主を失いました。

 いかなる処罰もお受けいたします」


 トリストの礼は主に対する騎士のそれだが、声色は罰を求める罪人のものだった。

 柩を運び入れた他の者達も、トリストに倣って膝をつく。

 護衛たちは全員、同じ気持ちのようだった。


 夫人は柩をみてわずかに顔を強張らせた。


「あの方は……立場ある者でありながら最前線に立ち続けたのです。

 いつかはこうした日が来ると思っていました。

 もう少し、後だといいと願っていましたが……」


 夫人の目から一粒の涙がこぼれ、周りからははっとした息遣いが聞こえた。

 夫人は首を振り、前を向いた時には、もう表情に動揺や悲哀は残っていなかった。


「領下には病死と通達しましたから、貴方がたもそのつもりでおりなさい。

 ……では、まずは汚れを落とし、体を癒しなさい。

 トリスト、早馬で概要は聞きましたが、あなたの口から詳しく聞きます。

 先に応接室へ来なさい。

 それと、そちらのお客さまは……」


 毅然とした態度できびきびと指示を出す夫人だったが、話している途中で、どこかの扉が開き、重い足音が近づいてくる。

 ほどなくして、他の者たちよりやや大柄で、礼服を汚く着崩した男が現れた。

 男は短く切った黒髪をがしがしと掻きながら近づいてくる。


「おう、帰ってきたか。

 なあナザディアさんよ、これで話は進められるよな?

 いつからだ? 今日これからか?」

「ラオベルト!

 貴様、伯爵夫人に向かってその口の利き方はなんだ!」


 トリストが立ち上がり、怒声をあげるが、ラオベルトと呼ばれた男は面倒くさそうに顔をしかめるだけだ。

 夫人はそんなふたりをみて大きくため息をつき、ラオベルトに向き合った。


「ラオベルト、私は必要な時にまた呼ぶと言いました。

 あなたの持ち込んだ話は葬儀の後で精査します、とも伝えました。

 覚えていますか?」

「そうだったか?

 でも、こういう話は早いほうがいいだろ?」

「どういう事だ、ラオベルト」

「トリストのおっさんには関係ねえよ。

 俺たち領主一族の問題だ」


 この物言いで、横で聞いているだけだったユステルにも、ラオベルトが持ち込んだという話の内容が見えてきた。


(こいつ……!

 息子がいる以上、後継者にはなり得んのに、どういうつもりだ?)


 アンジェロも同じ結論に至ったらしい。

 彼は後継者問題に口を挟んだのだ。


 ひとまずラオベルトを下げた夫人はトリストとともにその場を離れ、ユステルは先ほどの老人に客室まで案内してもらった。

 中は木の製品を主とした暖かな色の家具で揃えられており、夫人の洗練された差配を感じさせる。

 老人は邸を取り仕切る家令を名乗り、何かあれば控室のメイドに伝えて下さいと、丁寧に礼を取って部屋を辞した。


「……アンジェロ、どういう事でしょうか?」

「わからん。

 が、これが敵の打ってきた手だとしたら、稚拙という他ない」


 部屋に誰もいなくなり、遠慮なくユステルが話しかけると、アンジェロもすぐに影から現れ、腕を組んで部屋の中を練り歩き始めた。

 足音がないのは亡霊だからだろうが、この大きな男が背中を丸めて歩いているとまるで獣の徘徊のようだ。


「ラオベルトは血筋としては俺の従兄弟、地位としては分家にあたる男だ。

 継承権は無くはないが、息子やアイツの父に比べると格段に劣るし、他にも分家はある」

「夫人は継承権はないのですか?」

「ない。この国の貴族は基本的に男系継承だ」


 実態はどうあれな、と付け加えて、アンジェロはいくつか並んだソファのひとつに身を投げた。

 重さを感じない、ふわりとした着地をみせてから、続けて自分の予想を話し始める。


「そうだな、適当な貴族が、こちらが後ろ盾になるから領主になれとラオベルトを誑かした線が強いだろう。

 あいつは力は強いが、怠け者で愚か者で思慮の浅い女好きだから、さぞかし動かしやすかったろうな」

「ラオベルトさんの事、嫌いなんですか?」

「いや?

 共に戦えと声をかけても知らんぷりをして居留守を決め込んだような奴だ。

 まあ、見込みが外れたといえばそうか。

 今となってはどうでもいい」

「嫌いなんですね」


 ユステルはため息をついた。

 この数日話していて気づいたことだが、アンジェロは戦況や陰謀に対しては背筋が寒くなるような深い観察眼を持っているが、こと自分の周りのことになると急に視野が狭くなるきらいがある。

 こうあるべき、こうなってほしい、という思いや、誇りに思う気持ちが強すぎて、懐に入れているものの欠点や影の部分が見えていないか、あえて無視しているようなのだ。


 これも殺戮卿の知られざる一面ということなのだろうが……この意見にはアンジェロの私見が多分に含まれている気がする。

 ユステルは切り口を変えることにした。


「では、今ある情報から、隣国が打ってきそうな手はありますか?」

「ああ。いくつかある」


 途端にアンジェロは冷徹な戦争屋の顔に戻った。

 この切り替えの速さはアンジェロの美点だとユステルは思った。

 死してなお、まだ知らない事があるという事実が、今も喪失に潰れる胸の内を慰めてくれていた。


 ユステルは話を聞いた。

 一番の懸念はやはり再進攻で、領内が揺れているこの瞬間に攻め込まれる事が一番被害が大きくなるだろうという予想だった。

 更には、暗殺の罪のなすりつけによる内乱の誘発や、王家に近い中枢部の腐敗にまで話は及んだ。

 ただの政争ではなく、戦争中の出来事であることが、事態を読みにくくしているようだった。


 暫くふたりで話し込んでいると、ふいに扉がノックされ、来客を伝えられた。

 アンジェロはそのまま手で促してきたので、ユステルも中へと促す。

 入ってきたのは、女性……ドラウキン伯爵夫人その人だった。


「お初にお目にかかります。

 この度はご愁傷様でした」

「どうか楽になさってください。

 貴方のお話は夫から伺っています」


 聖職者の礼を取るユステルに、夫人は鷹揚に楽にするよう伝え、先にソファに腰掛けてからユステルにも着席を促した。

 ユステルは向かいに座った。

 近い席に座ると、夫人の近くにいる亡霊が噛みついてきそうだと思ったからだ。

 しかし予想に反して、アンジェロは寂しそうに夫人を見るだけだった。


 使用人が茶を入れるのを待って、夫人は人払いし、ユステルに向き直って目礼した。


「せっかくご来訪頂いたのに、ろくにおもてなしも出来ず、申し訳ございません。

 治癒師の方には格の落ちる客間ですが、どうかご寛恕ください」

「そんな、まだ未熟な神官ですので、過分な対応に恐縮しております」

「あの人はそうは言っていませんでしたよ。

 大怪我をして、受け入れ先を探しに領を出た後、有望な治癒師に出会った、ぜひうちに迎え入れたい、って、それからずっと申しておりましたもの」


 ユステルは頬が熱くなるのを感じた。

 アンジェロは初めて会った時から自分を求めてくれていたのだ。

 ユステルがちらりと視線を向けると、アンジェロは閉じられた窓の方へ顔を向けていた。

 ほんのりと温かな気持ちになったユステルとは反対に、伯爵夫人は沈痛な面持ちでユステルに話し始めた。


「ユステル様は、あの人の葬儀には参列してくださると思って良いのでしょうか?」

「はい。そのつもりで来ました」

「契約を済ませておられない神官が参列すると、周囲から何か言われるかも知れません。

 今からでも私と契約いたしませんか?

 主人のようにとは言えませんが、私から庇護を与えることも出来ます」


 ユステルは夫人の顔を見た。

 ぎらついたものを感じさせない、ただ悲しんでいる人の目だ。

 ユステルは首を横に振った。


「すみませんが、今は返答を控えさせて下さい。

 私はアンジェロの友人として葬儀に参列しにきたんです」

「そうですか。失礼なことを申し上げました」


 夫人はすがるでも、威圧するでもなくそう言って再び目礼した。

 必要だから聞いた、と言わんばかりの、あっさりとした引き際だった。

 そっと、居住まいを正したのが目に入った。

 これから話す内容が本題だ。


「あの人から、この領の後継者のことを聞かれたことはありますか?」

「聡明かつ大胆で、顔も頭もいい美丈夫がいると伺っております」

「……ふふ、本当にご友人なのですね。

 そう、私たちの間には息子がひとりおります」


 夫人はふっと微笑んだ。


「ですが、今のこの邸にいるものは、息子を後押ししてくれるものばかりではありません。

 お願いがあります。

 息子が後継者になれるようにご助力願えませんか」


 痛々しい笑みには騒乱の影が浮いていた。

お読み頂きありがとうございます。

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