第54話 満員の奇跡と、街のもう一押し
クラファン公開から三週間。
数字の伸びは、明らかに鈍っていた。
管理画面のグラフは、
最初の勢いを失い、ゆるやかな横ばいになっている。
(……ここからが“地獄”だ)
クラファン担当者の言葉が、岳の頭をよぎった。
支援者数は増えている。
コメントも温かい。
街の反応も悪くない。
だが――
(目標の二千万円には、まだ遠い)
岳は、机に突っ伏したくなる衝動を必死で抑えた。
そんな中、
西予市の社会人チームから練習試合の申し込みが届いた。
「公開練習試合にしませんか?
うちのグラウンド、観客席もありますし」
大畑監督は即答した。
「やりましょう。
街に“今の俺たち”を見てもらういい機会です」
岳も頷いた。
(クラファンの後押しになるかもしれない)
試合当日。
西予市のグラウンドに到着した岳は、
目を疑った。
「……嘘だろ」
観客席が、
満員だった。
いや、満員どころではない。
立ち見が溢れ、フェンスの外にも人が並んでいる。
子どもたちがオレンジ色のタオルを振り、
商工会の人たちが横断幕を掲げ、
勝手連の人たちが太鼓を叩いている。
「たけしさん……」
大畑監督も、驚きで言葉を失っていた。
「なんで……こんなに……」
岳は、震える声で呟いた。
すると、近くにいたおばあさんが笑顔で言った。
「そりゃ来るよ。
“宇和島のクラブ”が初めて試合するんやけん」
その言葉に、岳は胸が熱くなった。
試合が始まると、
観客席は異様な熱気に包まれた。
「行けぇぇぇ!!」
「オレンジ!!」
「宇和島ぁぁぁ!!」
まるでJリーグの試合のような歓声。
選手たちは、明らかに気圧されていた。
だが――
ボールが動き始めると、
選手たちの表情が変わった。
声が出る。
走る。
繋ぐ。
笑う。
大畑監督の“楽しいサッカー”が、
ピッチの上で形になっていく。
観客席からは、
驚きと歓声が入り混じった声が上がった。
「うまい!」
「パス速い!」
岳は、胸が震えた。
(これが……うちのサッカーだ)
だが、現実は甘くなかった。
相手は社会人チームとはいえ、
経験も体格も上。
前半で2失点。
後半で3失点。
結果は――
0-5の惨敗。
それでも、
選手たちは最後まで走り続けた。
最後の笛が鳴った瞬間、
観客席から大きな拍手が起きた。
「よくやった!!」
「楽しかったぞ!!」
「宇和島、最高!!」
選手たちは、
悔しさと嬉しさが入り混じった表情で頭を下げた。
大畑監督は、選手たちの肩を叩きながら言った。
「これでいい。
今日のサッカーは、胸を張っていい」
岳は、涙をこらえながら拍手を送った。
(負けても……
街は、こんなにも喜んでくれるんだ)
試合後。
岳のスマホが震え続けていた。
クラファンの通知だった。
支援者数が、
試合前から大幅に増えていた。
コメント欄には、こんな言葉が並んでいた。
「試合見ました! 感動しました!」
「負けても楽しいサッカー、最高でした」
「子どもが“サッカーしたい”って言ってます」
「宇和島の誇りです」
「勝手連です! 今日の試合、泣きました!」
岳は、画面を見つめたまま動けなかった。
(……街が、もう一押ししてくれた)
胸が熱くなり、視界が滲んだ。
帰りの車の中。
大畑監督が言った。
「たけしさん。
今日の試合は、勝ちより価値がありましたよ」
「……はい」
「街が、クラブを“自分ごと”にし始めています」
岳は、静かに頷いた。
(クラファンは……
まだ終わっていない)
街の熱狂が、
クラブをもう一度押し上げようとしていた。
宇和島オレンジエクストリームは、
負けたのに、
確かに“勝っていた”。




