第52話 初めて袖を通す日
ユニフォームの最終デザインが決まってから一週間後。
クラブ事務所に、ひとつの大きな段ボール箱が届いた。
送り主は、ユニフォーム業者。
箱の側面には、太いマジックでこう書かれていた。
――「サンプル在中」
(……来た)
岳は、胸が高鳴るのを抑えきれなかった。
大畑監督が事務所に入ってきた。
「おはようございます、たけしさん。……それは?」
「ユニフォームのサンプルです」
「ついに、ですね」
二人は無言で頷き合い、
岳はカッターを手に取った。
段ボールのテープを切る音が、
やけに大きく響いた。
箱を開けると、
鮮やかなオレンジ色が、ふわりと光を放った。
岳は、そっと一枚を取り出した。
胸には、
宇和島オレンジトレーディング のロゴ。
背中には、
宇和島商工会
袖には、
うわじまっくす
パンツには、
サポーター勝手連
印刷ではなく、
刺繍でもなく、
“街の想い”がそこに刻まれていた。
「……すごい」
岳は、思わず呟いた。
大畑監督も、静かに言った。
「これは……誇りですね」
その日の午後。
練習を終えた選手たちが事務所に戻ってきた。
「代表、お疲れさまです!」
「今日、何か届いたんですか?」
岳は、段ボール箱を指差した。
「ユニフォームのサンプルが届いた。
みんな、見てくれ」
選手たちの目が一斉に輝いた。
「マジっすか!?」
「うおおおお……!」
「初ユニフォーム……!」
岳は、一枚ずつ手渡していった。
選手たちは、子どものように喜びながら、
胸のロゴ、背中のロゴ、袖のロゴを何度も撫でた。
「商工会さん……!」
「“うわじまっくす”って、あの雑誌の……!」
「勝手連って、あの人たちか!」
それぞれのロゴに、
選手たちは“顔”を思い浮かべていた。
大畑監督が言った。
「みんな。
このユニフォームは、ただの服じゃない」
選手たちが静かに監督を見る。
「街の人たちが、
自分の財布からお金を出して、
“このクラブに託したい”と思ってくれた証だ」
監督の声は、静かだが強かった。
「だから、着るときは胸を張れ。
勝つためじゃない。
街の誇りを汚さないために」
選手たちは、誰も口を開かなかった。
ただ、深く頷いた。
その後、選手たちは自然とユニフォームを着始めた。
鏡の前でポーズを取る者。
仲間と写真を撮る者。
袖のロゴを何度も触る者。
岳は、その光景を少し離れた場所から見ていた。
(……これが、クラブなんだ)
胸が熱くなった。
クラブは、
街の人たちの想いで作られ、
選手たちの身体で形になり、
これからピッチで“命”を持つ。
その瞬間を、岳は確かに見ていた。
夕方。
事務所にひとり残った岳は、
ユニフォームをそっと手に取った。
胸のロゴを指でなぞる。
(社長……)
背中のロゴをなぞる。
(商工会さん……)
袖をなぞる。
(うわじまっくすさん……)
パンツをなぞる。
(勝手連のみなさん……)
そして、胸に抱きしめた。
(……このユニフォームで、
宇和島を一等賞にしないと)
その誓いは、
静かに、しかし確かに岳の中に刻まれた。
クラブは、
街の色をまとい、
初めて“戦う準備”を整えた。




