第48話 現実の数字
クラファン公開から三日後。
宇和島オレンジエクストリームの名前は、少しずつ街に広がり始めていた。
岳は、朝から市役所へ向かった。
今日は、スポーツ振興課と商工会への正式な挨拶回りだ。
市役所のロビーは、午前の光が差し込み、明るく広い。
受付で名前を告げると、職員が笑顔で案内してくれた。
「北島さん、こちらへどうぞ」
スポーツ振興課の会議室に通されると、
課長と数名の職員が待っていた。
「宇和島オレンジエクストリームさん、クラファン拝見しましたよ」
「ありがとうございます」
「“宇和島キッズと一緒に歩みたい”……いいですねぇ。
こういうクラブができるのは、市としても嬉しいです」
岳は深く頭を下げた。
「市内の幼稚園と小学校にボールを配る件、
こちらでも協力できる部分はあります。
学校との調整は、我々が窓口になりますので」
「本当ですか……! ありがとうございます」
課長は笑った。
「ただし、クラブの負担が大きすぎないように。
無理は禁物ですよ、北島さん」
その言葉が、胸に少し刺さった。
(……無理、してるよな)
次に向かったのは商工会議所。
ここでも、クラファンの話題はすでに広まっていた。
「キタさん、あれはすごいですよ。
“全部子どもたちのために使うクラブ”なんて、聞いたことがない」
「ありがとうございます」
「商店街の店主たちも、応援したいと言ってます。
何か協力できることがあれば、遠慮なく言ってください」
岳は、また深く頭を下げた。
(街が……動き始めている)
その実感が、じんわりと胸に広がった。
午後。
岳はクラブ事務所に戻り、
リターン制作のための業者との打ち合わせに入った。
まずは、オレンジトレーディングのジュース詰め合わせ。
「北島さん、詰め合わせセットは何種類にします?」
「三種類でお願いします。
ただ……クラブの持ち出しになるので、できるだけ安く……」
「了解です。社長から“協力最優先”と言われてますので」
次に、Tシャツ業者。
「一枚あたりの原価は、このくらいになります」
「……結構しますね」
「小ロットですからね。大量生産ならもっと下がりますが」
さらに、応援用ユニフォームの業者。
「デザインはこの案でいきますか?」
「はい。ただ……こちらも原価が……」
「ユニフォームはどうしても高くなります。
背番号入りなら、さらに……」
岳は、ノートに数字を書き込みながら、
徐々に顔色が悪くなっていくのを自覚した。
(ジュース……Tシャツ……ユニフォーム……タオル……
全部合わせると……)
最後に、クラファン担当者が言った。
「北島さん。
リターン原価と配送費、手数料を含めた“赤字額予想”を出しました」
「……お願いします」
担当者は、印刷した紙を差し出した。
岳は震える手で受け取り、数字を見た。
――マイナス 12,480,000円
目の前が、すっと暗くなった。
「……一千二百……四十八万……?」
「はい。
支援が増えれば増えるほど、赤字も増えます」
「……」
「もちろん、これは“最大値”ですが……
現状の支援ペースだと、かなり近い数字になるかと」
岳は、椅子に沈み込んだ。
(……俺は……何を……)
クラブのために。
宇和島キッズのために。
街のために。
そう思って始めたクラファンが、
クラブの財政を直撃する“爆弾”になっている。
(俺……社長なのに……
何も……見えてなかった……)
額に手を当てたまま、岳は動けなかった。
大畑監督が、静かに言った。
「たけしさん」
「……はい」
「数字は現実です。
でも、現実を知ったうえで、どう動くかが“代表”です」
岳は、ゆっくり顔を上げた。
大畑監督の目は、厳しくも温かかった。
「……はい」
岳は、震える声で答えた。
クラファンは、夢ではなく、
現実として岳の前に立ちはだかり始めていた。




