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サッカークラブメイキング 〜ど素人社長、丸投げされる?〜  作者: 双鶴


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第47話 ページがひらく日

 クラウドファンディング公開当日の朝、岳は目覚ましより早く目を覚ました。


 天井を見つめたまま、しばらく動けなかった。

 胸の奥で、何かが静かにざわついている。

 不安とも違う。

 高揚とも違う。

 ただ、今日という日が“特別な日”であることだけは、身体が知っていた。


 隣では、美咲が穏やかな寝息を立てている。

 その向こうで、カーテンの隙間から差し込む朝の光が、部屋を淡く照らしていた。


(今日、クラファンが公開される)


 その事実を思い出すたび、胸の奥がじんわりと熱くなる。




 朝食のテーブル。

 トーストの香りが漂う中、晃がスマホをいじりながら言った。


「パパ、今日だよね。クラファン」


「ああ」


「URL送ってよ。学校行く前に“お気に入り”入れとくから」


「公開されたらな」


「じゃ、帰ってきたら見る」


 晃はあっさりと言ったが、その声には期待が滲んでいた。


「“宇和島キッズと一緒に歩みたい”ってタイトル、めっちゃいいよ」


 岳は照れくさくなった。


 晃の笑顔は、岳の胸の不安を少しだけ溶かしてくれた。





 出社すると、総務課はいつもどおりの空気だった。


「おはようございます、キタさん」


「おはよう」


 誰もが、今日がクラファン公開日だと知っている。


 岳は席に座り、パソコンを立ち上げた。

 メールチェックをしながらも、頭の片隅は十時の公開時刻を意識している。


(十時公開……)


 時計を見る。

 九時二十分。


(仕事に集中しろ)


 自分に言い聞かせるように、岳は総務の業務を淡々とこなした。

 備品発注、勤怠確認、来客予定の調整。

 どれも、いつもどおりの仕事だ。


 だが、時間は容赦なく進む。


 九時五十五分。

 あと五分。


(……見に行くか)


 総務のパソコンでクラファンサイトを開くのは恥ずかしかった。

 岳は席を立ち、「ちょっと離席します」とだけ言って廊下に出た。


 向かった先は、クラブ事務所用の部屋だった。




 クラブ事務所のドアを開けると、大畑監督が椅子に座っていた。


「おはようございます、たけしさん」


「おはようございます。監督、今日は?」


「午前中は事務作業です。午後から練習。

 ……十時ですよね」


「はい」


 岳は事務所の隅の机にノートパソコンを置き、電源を入れた。

 クラブ用に支給された古い型のノートだが、今日は頼もしく見えた。


 クラファンの管理ページには「公開予定:10:00」の文字。


 時計は九時五十九分。


「たけしさん」


「はい」


「深呼吸、しときましょう」


 岳は思わず笑った。


「……そうですね」


 二人でゆっくり息を吸い、吐く。


 秒針が十時を指した。


 岳は「更新」をクリックした。


 画面が白くなり、

 次の瞬間――


 『宇和島キッズと一緒に歩みたい』


 その文字が、堂々と画面に現れた。


 岳は息を呑んだ。


 社食の片隅で書いた言葉が、

 今、世界に向けて開かれている。


 ページをスクロールする。


 宇和島の風景。

 選手たちの笑顔。

 大畑監督の真剣な横顔。

 そして、岳が書いた“クラブの言葉”。


 ――宇和島の人が誇れるクラブでありたい。

 ――関わった人が、“自分のクラブだ”と思えるクラブでありたい。

 ――勝ったから好きになるクラブではなく、

   関わったから好きになるクラブをつくりたい。


 その下に、資金の使い道が丁寧に並ぶ。


 幼稚園・小学校へのサッカーボール配布。

 公園の遊具点検と修理。

 学習ドリルの制作。


 そして最後に――


 ――宇和島を、一等賞にしたいんだ。


 三好社長の条件だった一文が、

 ページの締めくくりに静かに置かれていた。


「……いいページですね」


 大畑監督が言った。


「広報課の人が、うまくまとめてくれました」


「いえ。

 土台が良くなければ、こうはなりません」


 岳は、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。




 公開から一時間後。

 クラファン担当者からメールが届いた。


『公開直後から支援が入り始めています』


 岳は管理画面を開いた。


 支援者一覧には、すでにいくつもの名前が並んでいる。


 最初の支援者は、商店街の八百屋の店主。

 二人目は、選手の高校時代の恩師。

 三人目は、オレンジトレーディングの元社員。


 コメント欄には、短い言葉が並んでいた。


「宇和島の子どもたちのために」

「教え子が頑張っているクラブを応援したい」

「会社を辞めても、オレンジには世話になったからな」


 岳は、画面を見つめたまま動けなくなった。


(本当に……支援してくれる人がいるんだ)


「たけしさん」


 大畑監督が静かに言った。


「これは、クラブの“借り”ですよ」


「借り……?」


「ええ。

 この人たちに、いつか返さないといけない借りです。

 勝つことで返すのか、

 街に根を張ることで返すのか、

 それは、これから決めていけばいい」


 岳は、ゆっくり頷いた。


「……はい」





 夜。

 オレンジトレーディングの工場見学番組が放送された。


 みかんが流れ、ジュースが瓶に詰められ、

 従業員たちが笑顔で働く姿が映る。


「パパの会社、すごいなぁ」


「いや、パパは総務だからな」


 晃が笑い、美咲も微笑む。


 番組の最後に、

 クラファンの告知が流れた。


 ――宇和島キッズと一緒に歩みたい。


 晃が叫んだ。


「出た! パパのクラブ!」


 岳は胸の奥が熱くなるのを感じた。


(テレビに……出てる)


 自分が社食で書いた言葉が、

 今、テレビの画面に映っている。



 深夜。

 クラファンの数字は、昼間とは比べものにならないほど伸びていた。


 県外からの支援も増え、

 コメント欄にはこんな言葉が並んでいた。


「宇和島には行ったことがないけれど、

 こういうクラブがあるなら行ってみたい」


「“宇和島を一等賞にしたい”に心を打たれました」


「子どもたちのために使うクラブ、応援したい」


 寝ていたはずの晃が画面を覗き込んだ。


「パパ。

 これ、全部“仲間”だよね」


 岳は、ゆっくり頷いた。


「……ああ。

 そうだな」




 その夜、

 岳はひとり、窓の外の暗い宇和海を見つめた。


(ここからだ)


 スマホが震えた。

 クラファン担当者からのメッセージ。


『初日としては、かなり良いスタートです』


 岳は、静かに呟いた。


「……宇和島を、一等賞にしないとな」


 その言葉は、

 夜の静けさに溶けていった。


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