43話 静かなざわめき、初めての逆風
旧三間中の校庭に、
新しく設置されたクラブ事務所の看板が立った。
「宇和島オレンジエクストリーム
クラブ事務所」
岳はその文字を見つめ、
胸の奥に小さな誇りを感じていた。
ここから本格的に動き出す。
そう思った矢先だった。
──その日の午後。
市内の商店街を歩いていると、
聞き慣れない声が耳に入った。
「なんか最近、あのサッカークラブ、調子乗っとるよな」
「イベントだの、新聞だの、
なんか“宇和島の救世主”みたいな扱いでさ」
「どうせすぐ消えるんじゃない?
ああいうの、最初だけよ」
岳は足を止めた。
声の主は、近くの喫茶店の前にいた中年男性たちだった。
彼らは岳に気づいていない。
「旧三間中も、あいつらが使い始めたらしいぞ」
「え、あそこって市の施設やろ?
なんであいつらだけ優遇されとるん?」
「市の金使って遊んどるだけやろ」
岳は胸の奥が冷たくなるのを感じた。
優遇されている?
遊んでいる?
そんなつもりは一度もなかった。
むしろ、必死だった。
だが──
街の全員が同じ温度で応援してくれるわけではない。
それは、頭では分かっていた。
だが、実際に言葉として聞くと、
胸に刺さるものがあった。
そのとき、
背後から声がした。
「北島さん」
振り向くと、
商店街の八百屋の店主・山本が立っていた。
「気にせんでええよ。
ああいうのは、どこにでもおるけん」
岳は苦笑した。
「……聞こえてましたか」
「聞こえとった。
でもな、あれは“嫉妬”や」
「嫉妬……?」
「お前さんらが頑張っとるけん、
自分らが置いていかれよる気がするんよ。
人間、そういうときに文句が出るんや」
岳は黙って聞いていた。
「でもな、北島さん。
応援しとる人間の方が、ずっと多いけん」
その言葉に、
岳の胸が少しだけ軽くなった。
──その日の夕方。
旧三間中の事務所に戻ると、
大畑が書類を整理していた。
「たけしさん。
顔色が悪いですね」
「……少し、街で声を聞きまして」
大畑は手を止めた。
「反対意見、ですか」
「はい。
“優遇されている”“調子に乗っている”
そんな声が……」
大畑は静かに頷いた。
「当然です」
「当然……?」
「クラブが動けば、街も動く。
動けば、必ず“揺れ”が生まれます。
それは健全なことです」
岳は驚いた。
「健全……?」
「はい。
全員が賛成する組織は、
逆に危険です。
反対意見があるということは、
“街がクラブを意識し始めた”という証拠です」
岳はゆっくりと息を吐いた。
「……そう考えたことはありませんでした」
「たけしさん。
あなたは街に愛されたいと思っている。
それは素晴らしいことです。
ですが──
愛される前に、必ず“誤解”と“反発”が来ます」
大畑の声は静かだったが、
その言葉は岳の胸に深く染みた。
「クラブは、まだ生まれたばかりです。
これから何度も、
こういう声に出会います」
「……そのたびに、どうすれば」
「誠実に、正しく、積み重ねるだけです。
それが、街の信頼を作ります」
岳は深く頷いた。
反対意見は、
クラブが前に進んでいる証拠。
そう思えるだけで、
胸の痛みが少し和らいだ。
事務所の窓から見える旧三間中の校庭は、
夕陽に照らされて静かに輝いていた。
その光は、
まるで“揺れながらも前へ進め”と
背中を押してくれているようだった。




