40話 何も知らない社長とAEDを体験する会
日曜の午後。
旧三間中の体育館には、
落ち着いた緊張感と、どこか温かい空気が漂っていた。
対象は大人。
消防団とのコラボで行う
「何も知らない社長とAEDを体験する会」。
北島岳は、
参加者の前に立ち、深く一礼した。
「本日はお越しいただきありがとうございます。
私は北島と申します。
AEDについては、正直に申し上げて“知識はほとんどありません”。
だからこそ、皆さんと一緒に学びたいと思っています」
その言葉に、
参加者たちの表情がわずかに和らいだ。
消防団の隊長が前に出る。
「では今日は、
“知らない人がどう学ぶか”を皆さんと共有します。
社長さんには、あえて最初に実演していただきます」
岳は頷き、
AEDのケースを丁寧に開けた。
動作は慎重で、
無駄な慌て方はしない。
だが、初めて触る機器に
自然な戸惑いが生まれる。
「……なるほど、こういう構造なんですね。
パッドは……こちらが胸部用ですか?」
消防団員が補足する。
「はい、その通りです。
貼る位置はこの図の通りで──」
岳は真剣に聞き、
確認しながら動作を進めた。
参加者の一人が言った。
「社長さん、落ち着いとるねえ。
初めて触るのに、ちゃんと順番追ってる」
別の参加者も頷く。
「こういうのって、
“知らんことを知らんと言える人”の方が強いんよね」
岳は人形にパッドを貼り、
音声ガイドに従って操作を進めた。
途中で一度だけ、
コードの向きを確認するために手を止めた。
「すみません、この向きで合っていますか?」
その“確認の姿勢”が、
参加者たちの信頼をさらに引き寄せた。
消防団の隊長が言った。
「社長さんのように、
分からないことをそのままにせず、
確認しながら進めるのが一番大事なんです」
参加者たちは真剣に頷いた。
その後は、
参加者全員が順番にAEDを体験した。
岳は横で見守りながら、
必要な場面では声をかけた。
「大丈夫です、ゆっくりで。
音声が案内してくれますから」
「その位置、さっき消防団の方が言っていた“少し外側”ですね」
岳の落ち着いた声が、
参加者の緊張を和らげていった。
最後に、
消防団の隊長が全体に向けて言った。
「今日の社長さんの姿勢、
皆さんも見ていたと思います。
“知らないことを恥じず、正しく学ぶ”。
地域の安全は、こういう姿勢から生まれます」
拍手が起きた。
イベントが終わる頃、
参加者たちは岳に声をかけた。
「社長さん、ええ学び方しとった」
「落ち着いとるけん、こっちも安心するわ」
「またこういう会、やってほしいね」
「社長さんが真面目にやるけん、こっちも本気になる」
岳は深く頭を下げた。
「こちらこそ、ありがとうございました。
また皆さんと一緒に学べる機会を作りたいと思います」
体育館を出ると、
夕方の風が心地よかった。
大畑が隣に立ち、
静かに言った。
「たけしさん。
今日のあなたは、
“街に信頼される人”でしたね」
岳は少し照れたように笑った。
「……まだまだですけどね」
「いえ。
こういう積み重ねが、
クラブを街に根付かせます」
岳はゆっくりと頷いた。
クラブはまだ弱い。
まだ形になっていない。
だが──
今日の学びは、
確かに街との距離を縮めた一歩だった。




