39話 市外の風は冷たく
平日の午前。
北島岳は、総務課員としての業務で
市外の企業や役所を回っていた。
目的は、宇和島オレンジトレーディングの
取引関連の書類確認や手続きの説明。
クラブの仕事ではない。
あくまで“総務の北島”としての外回りだった。
だが、雑談の中で
どうしてもクラブの話題が出てしまう。
宇和島市内では、
最近はどこへ行っても声をかけられる。
「トライアウト見たよ」
「子どもがイベント喜んでたよ」
「応援してるけんね」
街の空気が変わり始めているのを
岳自身も感じていた。
しかし──
市外に出た瞬間、
その空気はまったく通用しなかった。
最初の訪問先。
書類の説明を終え、
担当者と軽く雑談になったときだった。
「そういえば、宇和島でサッカーチーム作ったんですよね?」
岳は少し嬉しくなって頷いた。
「はい。まだ始まったばかりですが、
地域の皆さんに応援していただいて──」
「ああ、でもあれ、宇和島市の街おこしでしょ?
うちの市には関係ない話ですよね」
笑顔のまま言われたその一言が、
岳の胸に静かに刺さった。
「……まあ、そうですね。
宇和島の取り組みですので」
岳は笑顔を崩さずに答えたが、
胸の奥が少しだけ重くなった。
次の訪問先でも同じだった。
「サッカーチーム?
ああ、ニュースで見た見た。
でも、宇和島の話でしょ?
うちらの市は関係ないし、興味ないね」
悪気はない。
ただの事実として言っている。
だからこそ、余計に堪えた。
三つ目の訪問先では、
もっとはっきり言われた。
「宇和島が盛り上がるのはいいことですけどね。
でも、うちの市にメリットはないでしょ。
正直、どうでもいい話ですよ」
岳は丁寧に頭を下げ、
車に戻った。
ドアを閉めた瞬間、
静寂が落ちた。
エンジンをかけず、
しばらくハンドルに手を置いたまま
動けなかった。
「……そうだよな」
宇和島市内では、
少しずつ応援してくれる人が増えている。
子どもたちも笑顔で集まってくれた。
だが、市外に出れば──
**「関係ない」**
その一言で切り捨てられる。
クラブはまだ、
宇和島の外には届いていない。
それが現実だった。
岳はゆっくりと息を吐いた。
「焦るな……
まずは宇和島からだ。
街に根を張らないと、外には広がらない」
そう自分に言い聞かせるように
ハンドルを握り直した。
車はゆっくりと走り出す。
市外の風は冷たかった。
だが、宇和島には
昨日の子どもたちの笑い声がある。
その温かさを思い出すだけで、
岳の胸の奥にある小さな火は
消えずに残っていた。




