38話 ど素人社長とサッカーを楽しむ会
土曜の午前。
旧三間中のグラウンドには、
いつもとは違う賑やかな声が響いていた。
「ど素人社長とサッカーを楽しむ会」
──地域交流イベントの第一弾。
対象は小学生。
参加者は予想の倍以上。
保護者も含めると、グラウンドの半分が人で埋まっていた。
北島岳は、
その中心で立ち尽くしていた。
「えー……みんな、今日は来てくれてありがとう。
社長の北島です。
サッカーは……あんまり……得意じゃないです」
その瞬間、
小学生たちの間にざわめきが走った。
「え、社長なのに?」
「サッカーの社長なのに?」
「ど素人なん?」
「逆におもろい!」
笑いが起きた。
岳は苦笑しながら続けた。
「だから、みんなに教えてもらいながら、
一緒に楽しめたらと思ってます」
その言葉に、
小学生たちの目が一斉に輝いた。
「社長、パス出して!」
「社長、こっちこっち!」
「社長、走って!」
「社長、遅い!」
岳は完全に翻弄されていた。
ボールは足につかない。
パスはずれる。
トラップは跳ねる。
シュートは枠に飛ばない。
だが──
小学生たちは大喜びだった。
「社長、下手すぎて逆に楽しい!」
「社長、もう一回!」
「社長、走れー!」
岳は息を切らしながら笑った。
「……みんな、容赦ないな……!」
その様子を見ていた選手たちは、
最初は苦笑していたが、
やがて自然と輪に入っていった。
「社長、そこはインサイドです」
「社長、ボール見すぎです」
「社長、走る方向逆です」
颯が笑いながら言うと、
小学生たちが一斉に叫んだ。
「社長、逆ー!!」
岳は頭を抱えた。
「もう分からん!!」
その瞬間、
グラウンドが笑いで揺れた。
やがて、
小学生の一人が言った。
「選手のお兄ちゃんたちも混ざってよ!
試合しよ!」
その声に、
他の子どもたちも一斉に叫んだ。
「やりたい!」
「試合したい!」
「お兄ちゃんたちとやりたい!」
大畑が腕を組んで言った。
「……たけしさん。
これはもう、やるしかないですね」
「え、俺も出るの?」
「もちろんです。
“ど素人社長と楽しむ会”ですから」
岳は天を仰いだ。
「……地獄だ……」
だが、
小学生たちはすでにチーム分けを始めていた。
「社長はこっち!」
「お兄ちゃん二人こっち!」
「そっち三人強すぎ!」
「じゃあ社長そっちに貸す!」
完全に子ども主導だった。
そして──
イレギュラーなミニゲーム大会が始まった。
小学生 vs 選手+社長
小学生+社長 vs 選手
小学生+選手 vs 小学生+選手
社長 vs 小学生全員(地獄)
試合はめちゃくちゃだった。
だが、
笑い声が絶えなかった。
岳は転び、
颯は本気で走れず、
直斗は子どもに抜かれ、
慎は小学生に囲まれ、
亮太はゴール前で倒れ込んだ。
大畑は腕を組んで見ていたが、
口元はわずかに笑っていた。
「……悪くないですね。
こういう空気は」
イベントが終わる頃、
小学生たちは汗だくで笑っていた。
「また来る!」
「次は社長から点取る!」
「お兄ちゃんたち、また遊んで!」
岳は膝に手をつきながら笑った。
「……ありがとう。
またやろうな」
その声は、
自然と出たものだった。
帰り際、
大畑が岳に言った。
「たけしさん。
今日のあなたは、
“社長”ではなく“街の人”でしたね」
「え、どういう意味?」
「街に愛されるクラブは、
こういうところから始まります」
岳はゆっくりと頷いた。
十一人の選手。
街の子どもたち。
笑い声。
泥だらけのスパイク。
クラブは、
確かに動き始めていた。
まだ弱い。
まだ形になっていない。
だが──
街の中に、小さな火が灯った。
その火は、
これから大きくなっていく。




