33話 揺れる三崎
大畑悠斗が正式に監督に就任した──
その知らせは、翌日には宇和島中に広がっていた。
「本気やな、あのクラブ」
「監督まで決まったんやって」
「動画見た? あの人、指導めっちゃ的確やったで」
商店街でも、学校でも、会社でも。
人々は自然とその話題を口にしていた。
そして、噂はもう一つあった。
「十人も受かったらしい」
「まだ一人足りんらしいけどな」
「追加で誰か入るんちゃう?」
その噂は、
ゆっくりと、しかし確実に──
三崎陽斗の耳にも届いた。
夕方。
旧三間中の裏手のベンチ。
陽斗はスマホを握りしめたまま、
動けずにいた。
SNSには、
トライアウトの動画が切り抜きで流れていた。
颯の突破。
慎の指示。
直斗の声。
そして──
大畑の鋭いコーチング。
陽斗の胸が締めつけられた。
「……すげぇな、みんな」
グラウンドからは、
選手たちの声が聞こえてくる。
「そこ半歩内側!」
「ナイス、今の判断いいよ!」
「切り替え早く!」
陽斗は目を閉じた。
──自分も、あの輪の中にいたかった。
だが、あの日。
応募ボタンを押せなかった。
怖かった。
挑んで落ちることが。
夢を追って傷つくことが。
逃げた。
その結果、残ったのは後悔だけだった。
風が吹き、
陽斗の髪を揺らした。
「……監督まで決まったのに、
俺は何してんだよ」
胸の奥が痛い。
でも、足はまだ前に出ない。
噂はさらに陽斗を追い詰める。
「あと一人、誰が入るんやろな」
「追加で受けるやつ、おるんかな」
陽斗は顔を覆った。
「……俺のことじゃねぇよな」
だが、心のどこかで分かっていた。
──自分が行かなきゃ、何も始まらない。
夕陽が沈みかけるグラウンドを見つめながら、
陽斗は小さくつぶやいた。
「……どうすりゃいいんだよ、俺」
その声は、
誰にも届かないほど弱かった。




