31話 入社と寮生活 不安が消えていく場所
公開トライアウトから一週間後。
宇和島オレンジトレーディング本社の会議室には、
新しい空気が流れていた。
合格者四名と練習生六名、計十名。
スーツ姿で椅子に座る彼らの表情には、
緊張と期待、そして少しの不安が混ざっていた。
北島岳は、その不安の正体を知っていた。
アマチュア選手が抱えるもの――
収入の不安、練習時間の不安、怪我の不安、将来の不安。
それらが積み重なり、
夢を追うこと自体が“リスク”になる世界。
だからこそ、今日という日は特別だった。
会議室の前に立ったのは、
宇和島オレンジトレーディング社長・三好大悟。
「ようこそ、宇和島オレンジトレーディングへ」
その声は、豪快さよりも温かさが勝っていた。
「君たちは今日から、うちの社員だ。
昼は会社で働き、夕方からはサッカーに打ち込む。
その両方を全力でやってほしい」
十名の背筋が伸びた。
「アマチュア選手は、どうしても不安が多い。
収入が不安定、練習時間が確保できない、
怪我をしたら終わり、引退後の仕事もない。
そういう声を、俺は何度も聞いてきた」
選手たちの表情がわずかに揺れた。
図星だった。
「だが、うちは違う。
収入は安定している。
勤務時間は調整する。
怪我をしても雇用は続く。
引退後も仕事はある。
生活の心配はいらん」
その言葉は、
十名の胸に深く染み込んだ。
藤川颯が小さく息を吐いた。
三輪直斗は目を伏せて噛みしめた。
江里口慎は静かに頷いた。
大森亮太は拳を握った。
三好は続けた。
「寮も用意してある。
既存の社員たちも住んでいる場所だ。
生活の面倒は全部見てやる。
その代わり――」
声が少しだけ低くなる。
「サッカーは本気でやれ。
宇和島の街に夢を見せるつもりでな」
十名の目が一斉に輝いた。
入社式が終わると、
岳は選手たちを寮へ案内した。
寮は、宇和島オレンジトレーディングの社員寮として
長年使われてきた建物だった。
古いが清潔で、温かみがある。
玄関には、先輩社員たちが掃除してくれた花が飾られていた。
「ここが、今日から君たちの家だ」
岳が言うと、
選手たちはそれぞれの部屋を見て回り、
荷物を置き、
窓を開け、
深呼吸をした。
廊下では、先輩社員たちが声をかけてくれる。
「よろしくな」
「困ったら言えよ」
「練習、見に行くからな」
その自然な空気が、
選手たちの緊張を少しずつ溶かしていった。
藤川颯が言った。
「……なんか、安心しますね。
社員さんたちが普通にいるのが、逆に心強いというか」
三輪直斗が笑った。
「会社に入って、寮に入って、
夕方から練習できて……
こんな環境、普通ないですよね」
江里口慎は静かに頷いた。
「生活が安定すると、
サッカーに集中できる」
大森亮太は、寮の廊下を見渡しながら言った。
「ここで生活して、
一緒に働いて、
一緒に練習して……
絶対に強くなれる」
練習生の六名も同じ気持ちだった。
正式合格ではない。
だが、この環境に身を置けること自体が、
彼らにとって大きなチャンスだった。
夕方、寮の食堂で十名が揃って夕食を取った。
笑い声が響き、
緊張が少しずつ溶けていく。
岳はその光景を見ながら思った。
この十名は、
宇和島オレンジトレーディングに入社し、
昼は会社で働き、
夕方は共に練習で汗を流し、
同じ寮で生活し、
互いの弱さも強さも知りながら、
一体感という名の絆を育てていく。
そしてその絆が、
クラブを強くし、
街を動かし、
未来を切り開いていくのだと。
宇和島オレンジエクストリームの物語は、
ここから本当の意味で始まる。




