27話 公開トライアウト 一次審査
土曜日の朝。
旧三間中の校庭には、薄い朝靄が残っていた。
陽が昇りきる前の冷たい空気が、張りつめた緊張をさらに際立たせている。
校門の向こうから、次々と人影が現れ始めた。
サッカーシューズを手にした青年。
ジャージ姿で軽くストレッチをしながら歩く男。
表情は硬いが、歩幅には迷いがない。
今日を掴むために来た者の足取りだった。
17名。
宇和島オレンジエクストリーム、初の公開トライアウト。
応募者全員が、時間前に揃った。
北島岳は、受付テントの前でその姿を見つめていた。
胸の奥がじんわりと熱くなる。
手のひらが汗ばみ、呼吸が浅くなる。
だが、それは不安ではなかった。
期待と責任が混ざり合った、心地よい緊張だった。
「たけしさん」
背後から声がした。
大畑悠斗が歩いてきた。
黒いジャージ、ノート、落ち着いた目。
その姿は、すでに監督の風格をまとっている。
「いい朝ですね。空気が張っている」
「ええ。緊張します」
「緊張して当然です。クラブの最初の選手を選ぶ日ですから」
大畑は校庭を見渡した。
17名の選手たちが、それぞれアップを始めている。
その動きには、共通して前へ進む意志があった。
校庭の外には、すでに多くの観衆が集まり始めていた。
地域の大人たち、サッカー経験者、興味を持った市民、
そして噂を聞きつけた地元メディアの姿もある。
ざっと見ただけで百人近い。
彼らの表情は、どれも期待に満ちていた。
宇和島商業のサッカー部員たちも到着した。
フィールドプレイヤー3名、GK2名。
今日はサポートとして参加してくれる。
「おはようございます!」
彼らは礼儀正しく挨拶し、大畑に軽く頭を下げた。
「助かります。17名ではミニゲームが成立しませんから」
「いえ、光栄です!」
彼らの目にも、期待と興奮が宿っていた。
岳は深く息を吸い、受付テントの前に立った。
「皆さん。
本日は、宇和島オレンジエクストリームの公開トライアウトに
参加していただき、ありがとうございます」
17名の選手が一斉に振り向く。
観衆のざわめきが静まる。
「今日のトライアウトは、ただ上手い選手を選ぶための場ではありません。
このクラブがどんなサッカーをするのか、どんな哲学を持つのか、
その最初の一歩を皆さんと作るための場です」
岳は大畑へ視線を送った。
「そして、この人が皆さんを見ます」
大畑が一歩前へ出た。
その瞬間、空気が変わった。
選手たちの背筋が伸び、観衆が息を呑む。
「大畑悠斗です。
今日は、皆さんの覚悟を見に来ました。
技術は問いません。体力も問いません。
問いたいのは、このクラブで戦いたいかどうかです」
大畑は校庭の中央を指した。
「一次審査は“止まる・見る・動く”の同時処理です。
3−4−3ムービングの基礎となる動きです。
これができない選手は、どれだけ上手くても先へ進めません」
「では、始めましょう」
一次審査が始まった。
校庭の中央に設置されたマーカー。
赤、青、黄色の三色がランダムに配置されている。
大畑が色をコールし、選手はその色へ走り、
止まり、周囲を見て、次の動きへ移る。
ただ走るだけではない。
止まる瞬間の姿勢。
視線の動き。
次の動作への移行速度。
すべてが評価対象だった。
大畑は一人ひとりの動きを、
まるで顕微鏡で覗くように細かく見ていた。
足の向き。
肩の角度。
視線の高さ。
止まる位置の微妙なズレ。
そのすべてを逃さない。
選手たちは必死だった。
息が荒くなり、汗が額を流れ落ちる。
だが誰も手を抜かない。
誰も諦めない。
観衆も静かに見守っていた。
ただの走りではないことを、
誰もが感じ取っていた。
40分後、大畑が手を挙げた。
「一次審査はここまでです」
選手たちが一斉に止まる。
肩で息をしながら、大畑の言葉を待つ。
「このあと、二次審査に進みます。
水分を取って、待機してください」
校庭に静寂が落ちた。
公開トライアウトの最初の関門が、
いま終わった。




